
「中世の人は地球が平らだと信じていた」は、19世紀に作られた話
中世の学者は、地球が丸いと知っていた。
この判定の対象「中世の人は、地球が平らだと信じていた」
もくじ
「コロンブスが航海に出るまで、ヨーロッパの人たちは地球が平らだと信じていた。海の果てまで行くと、船は落ちてしまうと思っていた」。こんな話を、聞いたことがあるかもしれません。
けれど、この話は作り話です。中世のヨーロッパの大学では、地球は球だと教えていました。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校の歴史家に、ジェフリー・バートン・ラッセル(Jeffrey Burton Russell)という人がいます。ラッセルによると、「中世の人は地球が平らだと信じていた」という考えは、中世の本には見つかりません。18世紀の本にも見つかりません。この考えが本に現れるのは、19世紀になってからです。ラッセルは、この考えが広まったきっかけの1つを挙げています。1828年に出たコロンブスの伝記です。
この記事では、まず中世の大学で使われた天文学の教科書と、平らな地球を説いた学者の数を見ます。次に、1828年のコロンブスの伝記に、実際に何が書いてあったかを読みます。最後に、この作り話が19世紀にどうやって広まったかを紹介します。
01中世の大学の天文学の教科書は、地球は球だと教えていた
1230年ごろ、サクロボスコという学者が、天文学の本『天球論』を書きました。アメリカの科学の図書館「リンダ・ホール図書館」は、サクロボスコを紹介する記事を出しています。その記事によると、『天球論』は、中世の大学でいちばん人気の天文学の教科書になりました。
『天球論』は、手で書き写した本(写本)として、240年も読まれました。1476年からは印刷され、17世紀の初めまで何度も出版されています。
この教科書の中で、サクロボスコは、地球が球である理由をいくつも挙げています。リンダ・ホール図書館の記事は、この部分についてこう書いています。「コロンブスの前は、みな地球を平らだと思っていた」と学校で習った人は、ここを読むと興味をひかれるだろう、というのです。
中世の大学生は、この『天球論』で天文学を学びました。つまり、中世の大学で学んだ人は、「地球は球だ」と教科書で習っていたのです。
02地球は平らだと説いた昔のキリスト教の学者は、2〜5人ほどしかいない
もちろん、地球は平らだと説いた人が、まったくいなかったわけではありません。昔のキリスト教の学者ラクタンティウスは、地球の反対側に人が住んでいるという考えを、ばかにしました。コスマスという書き手は、地面は平らな四角形で、まわりを海がかこんでいると書きました。
けれど、そういう学者は、わずかでした。ラッセルによると、地球が球であることを否定した昔のキリスト教の学者は、「少なくとも2人、多くても5人」です。一方で、地球は球だと考えた神学者や詩人、科学者は、何万人もいたといいます。神学者とは、キリスト教の教えを研究する学者のことです。
19世紀に、アンドリュー・ディクソン・ホワイトという人が、「科学と神学の戦い」についての本を書きました。ホワイトは、科学と宗教がずっと対立してきたと強く書いた人です。そのホワイトでさえ、中世の次の人たちは地球が球だと受け入れていた、と認めています。セビリャのイシドルス、8世紀のイギリスのベーダ、トマス・アクィナス、詩人のダンテです。

031828年のコロンブスの伝記は、地球が平らだと言った学者を「ごく少数」と書いていた
この作り話の出どころとされるのは、作家ワシントン・アーヴィング(Washington Irving)の本です。1828年に出た『コロンブスの生涯と航海の歴史』です。その第1巻に、「サラマンカの会議の前のコロンブス」という章があります。スペインの大学町サラマンカで、学者たちがコロンブスの航海の計画を審査した場面です。
この章の原文を読むと、確かに地球が平らだという話が出てきます。コロンブスに反対した学者の一部が、ラクタンティウスや聖アウグスティヌスの言葉を持ちだしました。そして、聖書の「天は皮のように広げられた」という言葉などから、地面は平らに違いない、と言ったというのです。
ところが、同じ章を読みすすめると、話は変わります。アーヴィングは、科学にくわしい学者たちは地球が球だと認めていた、と書いています。そのうえで、その学者たちは、別の理由でコロンブスに反対しました。地球はとても大きいので、航海には少なくとも3年かかる。だから食料がもたない、というのです。
さらにアーヴィングは、「地面は平らだ」のようなばかげた反対意見について、こう書いています。その意見は「おそらくごく少数の者が出した」。そして、ばかげていたからこそ、記録に残ったのだろう、と。
つまり、アーヴィングの原文は、「みんなが地球は平らだと信じていた」とは言っていません。ただし、ラッセルは、アーヴィングが描いたサラマンカの会議の場面そのものが作り話だ、と指摘しています。一方、アーヴィング自身は、この場面を書いた根拠として、スペインの古い歴史書などを脚注に挙げています。
04作り話を広めたのは、「科学と宗教はずっと戦ってきた」と書いた19世紀の本
ラッセルによると、この作り話を広めたのは、アーヴィングだけではありません。1834年には、ルトロンヌという学者が、昔のキリスト教の学者たちを、平らな地球を信じた人のように描きました。1860年代には、この作り話が、学校の教科書にも載るようになりました。
さらに大きな役割をはたしたのが、2冊の本です。
1冊目は、ジョン・ウィリアム・ドレイパーの『宗教と科学の闘争史』です。序文の日付は、1873年12月です。この本は、昔のキリスト教の哲学は「地は平らな面だ」と教えた、と書いています。そして、空はその上に、丸屋根のように広がっていると教えた、というのです。
2冊目は、先ほど出てきたホワイトの本です。序文の日付は、1895年8月です。どちらの本も、「科学と宗教はずっと戦ってきた」という物語を描きました。平らな地球の話は、その物語にぴったりの例として使われたのです。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
アーヴィングの原文を読むと、のちに広まった話よりずっと慎重に書かれている
作り話の出どころとされるアーヴィングの本は、今でも自分で開いて読めます。1828年の本の原文が、インターネット上で読めるのです。読んでみると、アーヴィングは、平らな地球を信じた学者を「ごく少数」としていました。そして、科学にくわしい学者は、地球が球だと認めていた、とも書いていました。
それなのに、のちの時代には、「コロンブス以外はみな地球が平らだと信じていた」という、もっと単純な話になって広まりました。話が人から人へ伝わるうちに、「ごく少数」のような細かい条件が消えて、分かりやすい形だけが残ったのです。歴史の誤解の多くは、このようにして生まれます。
平らな地球の作り話は、「科学と宗教は戦ってきた」という主張に都合よく使われた
ドレイパーとホワイトの本は、科学の歴史の研究では、「対立説(コンフリクト・テーゼ)」と呼ばれる見方の代表とされています。対立説とは、科学と宗教は昔からずっと戦ってきた、という見方です。
ラッセルは、平らな地球の作り話が、この対立説の「証拠」として使われたと考えています。さらにラッセルは、この作り話が、進化論に反対する人たちを悪く描く材料にもなった、と指摘しています。進化論に反対する人たちを、「昔から科学に反対してきた人たちの仲間」として見せるために使われた、というのです。つまり、この作り話は、たまたま生まれただけではありません。「科学と宗教は戦ってきた」という主張に都合がよかったから広まった、という見方です。
2009年には、ハーバード大学出版局から、科学と宗教にまつわる作り話を1つずつ調べ直す本が出ました。その本にも、「中世のキリスト教徒は地球が平らだと教えた」という作り話を取り上げた章があります。
この話を本で調べると出てくる言葉の意味
- 一次史料:その時代に書かれた、もとの記録。今回ならサクロボスコの教科書やアーヴィングの原文
- 教父:初期のキリスト教で、教えの土台を作った学者たち。ラクタンティウスやアウグスティヌス
- 対蹠地(たいせきち):地球の反対側の土地。そこに人がいるかどうかが昔は議論になった
- 対立説:科学と宗教はずっと対立してきた、とする歴史の見方。ラッセルらはこの見方を批判している
平らな地球の作り話は、研究者が否定しても、教科書からなかなか消えなかった
ラッセルは1997年に、こう書いています。科学の歴史の研究者たちは、少なくとも70年前から、この作り話を否定してきた。それでも、「中世の人は地球が平らだと信じていた」という話は、学校の教科書から、なかなか消えなかった、というのです。なぜ消えなかったのでしょうか。1つは、分かりやすい物語のほうが、正確だけれど複雑な話よりも、覚えやすく、人に話しやすいからです。また、「昔の人はおろかだった」という話は、今の私たちをいい気分にさせる話でもあります。だからこそ、「昔の人は〇〇を信じていた」という話を聞いたときは、一度疑ってみる価値があります。
05まとめ
「中世の人は地球が平らだと信じていた」は、19世紀に広まった作り話です。中世の大学では、1230年ごろから、地球は球だと教える教科書が使われていました。地球は平らだと説いた昔のキリスト教の学者は、ラッセルの見積もりで2〜5人ほどです。
作り話の出どころとされる1828年のアーヴィングの伝記でさえ、平らな地球を信じた学者は「ごく少数」と書いていました。歴史の話が本当かどうかを確かめるには、もとの本を自分で開いて読んでみるのが、いちばんの近道です。
人に話すなら、こう言おう
「コロンブスの時代まで、みんな地球は平らだと思ってた」って話、あれ作り話なんだって。中世の大学では地球は球だって教えてたらしい。広まったのは19世紀で、きっかけの一つはコロンブスの伝記だったって言われてるよ。
英語で読む
The Myth of the Flat Earth
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
You may have heard this story.こんな話を聞いたことがあるかもしれません。 Before Columbus sailed, people in Europe believed the Earth was flat.コロンブスが航海する前、ヨーロッパの人々は地球が平らだと信じていた。 They thought ships would fall off the edge of the world.船は世界の端から落ちてしまうと思っていた、という話です。 But this story is not true.しかし、この話は本当ではありません。
Around 1230, a scholar named Sacrobosco wrote a book about the sky.1230年ごろ、サクロボスコという学者が空についての本を書きました。 It became the most popular astronomy textbook at universities.それは大学で最も人気のある天文学の教科書になりました。 People copied it by hand for 240 years.人々は240年間、それを手で書き写しました。 In this book, he gave many reasons why the Earth is a sphere, the shape of a ball.この本の中で、彼は地球が球、つまりボールの形である理由をたくさん挙げました。
A few early Christian writers did say the Earth was flat.初期のキリスト教の著者の中には、地球は平らだと言った人もいました。 But the historian Jeffrey Burton Russell says there were only two to five of them.しかし歴史家のジェフリー・バートン・ラッセルは、そういう人は2人から5人しかいなかったと言います。
So where did the story come from?では、この話はどこから来たのでしょうか。 Russell points to a book about Columbus by the writer Washington Irving from 1828.ラッセルは、作家ワシントン・アーヴィングが1828年に書いたコロンブスについての本を挙げています。 In one scene, some scholars say the Earth must be flat.ある場面で、何人かの学者が地球は平らにちがいないと言います。 But even Irving wrote that only a few people said this.しかし、アーヴィング自身でさえ、そう言ったのはごく少数の人だけだと書いています。 Other scholars agreed the Earth was round, but they thought the trip was too long.ほかの学者たちは地球が丸いことには同意しましたが、旅が長すぎると考えました。
Later, in the 1800s, other writers told a story about a long war between science and religion.その後1800年代に、ほかの著者たちが科学と宗教の長い戦いの物語を語りました。 The flat Earth story fit that war story very well.平らな地球の話は、その戦いの物語にとてもよく合いました。 So it spread, and it even appeared in school books.それで、その話は広まり、学校の教科書にまでのりました。 The people who were wrong were not the scholars of the Middle Ages.まちがっていたのは、中世の学者たちではありませんでした。 They were the people who believed this story.この話を信じた人々のほうだったのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Why a story about a flat Earth is wrong
第1段落でこの話は本当ではないと述べ、第2〜5段落でその理由と話の出どころを説明しているので正解はB。Cの地球の大きさの測り方は本文に出てきません。
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Q2When did Washington Irving's book about Columbus come out?
ワシントン・アーヴィングのコロンブスについての本はいつ出ましたか。
正解:C In 1828
第4段落2文目に a book about Columbus by the writer Washington Irving from 1828 とあるので正解はC。Aの1230年ごろはサクロボスコの教科書の時期です。
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Q3Why did the flat Earth story spread in the 1800s?
1800年代に、なぜ平らな地球の話が広まったのですか。
正解:A It fit a story about science and religion fighting.
第5段落1〜3文目に、科学と宗教の戦いの物語に平らな地球の話がよく合ったので広まったとあるので正解はA。B・C・Dは本文にありません。
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Q4In paragraph 2, the word "sphere" is closest in meaning to ...
第2段落の "sphere" に最も意味が近いのは…
正解:D a round ball shape
第2段落4文目で sphere は the shape of a ball と言いかえられているので正解はD。Aの平らな皿は、この記事が否定している平らな地球のイメージです。
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Q5Which is true about Irving's book?
アーヴィングの本について正しいものはどれですか。
正解:B It said only a few scholars said the Earth was flat.
第4段落4文目に even Irving wrote that only a few people said this とあるので正解はB。Aはこの記事が否定している内容で、Cはサクロボスコの本です。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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flat形容詞平らな
The table is not flat, so the ball rolls.
そのテーブルは平らではないので、ボールが転がる。
💡 a flat tire は「パンクしたタイヤ」。イギリス英語で名詞 flat は「アパート」。
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edge名詞端、ふち
Don't stand too close to the edge of the cliff.
がけの端に近づきすぎないで。
💡 on the edge of 〜 で「〜の端に」。刃物の「刃」の意味もある。
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scholar名詞学者
He is a scholar of ancient history.
彼は古代史の学者だ。
💡 school と同じ語源。scholarship は「奨学金」。
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astronomy名詞天文学
She studies astronomy at university.
彼女は大学で天文学を学んでいる。
💡 astro(星)+ -nomy(法則)。占星術は astrology で別の語。
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sphere名詞球、球体
A soccer ball is a sphere.
サッカーボールは球体だ。
💡 形容詞は spherical(球形の)。atmosphere(大気)にも入っている。
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historian名詞歴史家
The historian read many old letters.
その歴史家はたくさんの古い手紙を読んだ。
💡 history(歴史)+ -ian(人)。musician、magician と同じ作り。
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religion名詞宗教
People of many religions live in this city.
この町には多くの宗教の人々が住んでいる。
💡 形容詞は religious(宗教の、信心深い)。
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spread動詞広まる、広げる
The rumor spread around the school in one day.
そのうわさは1日で学校中に広まった。
💡 過去形・過去分詞も spread。名詞で「広がり」の意味もある。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 14件)。
- Irving, W. (1828) A History of the Life and Voyages of Christopher Columbus, vol. 1(Internet Archive)archive.org
- Russell, J. B. (1997) The Myth of the Flat Earth(American Scientific Affiliation)asa3.org
- Draper, J. W. History of the Conflict Between Religion and Science(Project Gutenberg)gutenberg.org
- White, A. D. A History of the Warfare of Science with Theology in Christendom(Project Gutenberg)gutenberg.org
- Scientist of the Day: Johannes de Sacrobosco(Linda Hall Library)lindahall.org
- Cormack, L. (2009) Myth 3. That Medieval Christians Taught That the Earth Was Flat, in Galileo Goes to Jail and Other Myths about Science and Religion, Harvard University Pressdoi.org
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