
田中耕一さんのノーベル賞は、間違えてグリセリンを混ぜた液から生まれた
ノーベル賞の技術を載せた装置は、1台しか売れなかった。
もくじ
1985年2月のある日、京都の島津製作所の研究所。25歳の技術者、田中耕一さんは、自分の間違いに気づきました。金属のとても細かい粉に、使うつもりのなかったグリセリンという液を混ぜてしまったのです。
田中さんは、この液を捨てませんでした。金属の粉は高価だったので、捨てるのは「もったいない」と思ったからです。そして、この液をそのまま実験に使いました。この判断が、2002年のノーベル化学賞につながりました。
ここまでは、知っている人もいるかもしれません。でも、この話には続きがあります。この技術を載せて売り出した最初の装置は、世界で1台しか売れませんでした。そして、ノーベル賞が決まった2002年の時点で、世界で主流になっていたのは、グリセリンを使う田中さんのやり方ではなく、別の補助剤を使うやり方でした。
この記事では、まず田中さんがどんな物を探していたのかを紹介します。次に、間違えて作った液から発見が生まれるまでと、装置が売れなかった話をします。最後に、分子の重さを量るしくみと、田中さんの方法がその後どうなったかを見ていきます。
01田中さんは、大きな分子を壊さずに飛ばす「補助剤」を探していた
田中さんは1959年、富山市で生まれました。東北大学の電気工学科を卒業し、1983年に島津製作所に入りました。大学で学んだのはアンテナの工学で、化学は畑違いの分野でした。
島津製作所の資料によると、タンパク質1個の重さは、1グラムの1000億分の1の、さらに1億分の1くらいしかありません。このように軽い分子1個1個の重さを量る方法を、「質量分析」といいます。ところが、タンパク質のような大きな分子は、量る途中で壊れてしまうのが問題でした。
質量分析では、分子に電気を帯びさせて「イオン」にし、飛ばして重さを量ります。分子にレーザーの光を当ててイオンにする方法もありました。でも、大きな分子に強い光を当てると、ばらばらに壊れてしまいます。
そこで田中さんたちのチームは、「マトリックス」を探しました。マトリックスは、分子がイオンになるのを助ける補助剤です。光をよく吸う物質を分子と混ぜておくと、その物質が先に光のエネルギーを吸います。すると、分子は壊れずにイオンになりやすくなります。研究室には、マトリックスの候補になる物質が何百もありました。田中さんは毎日、それを1つずつ試していました。
02金属の粉もグリセリンも、1つずつでは大きな分子に効かなかった
チームの吉田佳一さんは、金属の超微粉末を使うことを提案していました。粒の直径が数十ナノメートル(1mmの数万分の1)しかない金属の粉です。見た目は黒く、光をよく吸います。当時は日本でしか作れず、「ジャパニーズ・パウダー」と呼ばれていました。
ところが、この粉だけでは、分子量(分子の重さを表す数)が数万もある大きな分子には効きませんでした。一方、グリセリンも、別の分析の方法で補助剤として使われていた液です。でも、田中さんたちのレーザーの光をグリセリンはあまり吸わないので、グリセリンだけでもうまくいきませんでした。田中さんは、ノーベル賞の講演で、このときは壁にぶつかっていたと振り返っています。
03間違えて混ぜた液を「もったいない」と測ったら、見たことのない信号が出た
田中さんはノーベル賞の講演で、何が起きたかを説明しています。田中さんはふだん、金属の粉をアセトンという液に混ぜて使っていました。ところがある日、間違えて、アセトンのかわりにグリセリンを使ってしまったのです。
田中さんは、すぐに間違いに気づきました。でも、高い金属の粉を捨てるのはもったいないと考えました。田中さんは自伝で、紙を丸めて捨てようとして、祖母に「もったいない」と叱られた思い出を書いています。
グリセリンは、真空の中に置けば少しずつ蒸発していきます。そこで田中さんは、液を真空の装置に入れて乾かすことにしました。早く乾かそうとして、レーザーの光も当てました。そして、グリセリンが消えるのを早く確かめたくて、測定の画面を見続けました。
すると、ふだんのノイズ(意味のない小さな信号の山)にまじって、見たことのない信号の山が出ていました。田中さんは、いつもノイズを見てうんざりしていたので、小さな違いに気づいたと書いています。何度測っても、信号の山は同じ位置に出ました。壊れずにイオンになった分子の信号でした。
田中さんは講演で、この発見は少なくとも4つの条件がそろったから起きた、と書いています。グリセリンを間違えて使ったこと、捨てずに使ったこと、レーザーを当て続けたこと、そして測定を見続けたことです。

04ノーベル賞の技術を載せた装置は、1台しか売れなかった
その後も実験は進みました。チームは1985年に分子量約3万5000の分子を、1987年には10万を超える分子をイオンにして測りました。1987年5月、京都で開かれた日本の学会で、初めて会社の外に発表しました。でも、大きな反響はありませんでした。
1987年9月、宝塚で開かれた日本と中国の合同の学会で、田中さんは初めて英語で発表しました。この学会で田中さんたちのデータを見たロバート・コッター教授たちが、その結果をヨーロッパやアメリカの研究者に知らせました。1988年には、英語の論文も出ました。
1988年、この技術を載せた装置「LAMS-50K」が発売されました。田中さんは日本中の研究室を回り、200以上の試料を測ってみせました。ところが、返ってくる言葉はたいてい「実用性が低い」でした。性能が期待に届かず、値段も高かったので、日本では1台も売れませんでした。
結局、売れたのは1台だけです。1990年、アメリカの医療研究機関シティ・オブ・ホープの研究所に納められ、がんなどの病気の研究に使われました。その後、この装置の製造は打ち切られました。田中さんは自伝で、1989年に学会から受けた研究賞が、ノーベル賞の前に公に受けたただ1つの表彰だったと書いています。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
分子の重さは、イオンが飛ぶ時間で量る
島津製作所は、「飛行時間型」という質量分析のしくみをこう説明しています。まず、分子を壊さずにイオンにして、電気の力で引き出します。このとき、重いイオンはゆっくり、軽いイオンは速く飛び出します。イオンは真空の管の中をまっすぐ飛び、管の端の検出器に着きます。着くまでの時間を測れば、イオンの重さを計算できます。
LAMS-50Kも、このしくみの装置でした。問題は、その前の「壊さずにイオンにする」段階でした。田中さんたちの発見は、ここを解決したのです。
グリセリンが役に立った理由は、田中さん自身も「証明されていない」と言った
田中さんは講演で、金属の粉とグリセリンの組み合わせが効いた理由を、こう考えています。金属の粉は、光を吸ってすぐに高い温度になります。ただ、粉と試料はうまく混ざりにくく、電子顕微鏡の写真で見ると、むらがありました。そこにグリセリンを入れると、むらなく混ざることが写真から分かりました。グリセリンには、試料を固い結晶の状態から解き放つ働きもあるかもしれない、と田中さんは書いています。
ただし田中さんは、この原理は科学的に十分に証明されたわけではない、とも述べています。その後の研究の進歩を知っていても、すべての現象を正しく理解しているとはまだ言えない、というのです。そして、自分は会社で働く技術者なので、原理が確かめられていなくても、役に立つなら応用を先にする、と話しています。
2002年の時点で広く使われていたのは、別のマトリックスだった
ノーベル賞の解説は、田中さんの方法を「ソフトレーザー脱離」と呼び、大きな突破口だったと書いています。一方で、田中さんのマトリックス(グリセリンに細かな粒を混ぜたもの)は、その後発展しなかった、とも書いています。
解説によると、2002年の時点で主流になっていたのは、レーザーで分子を飛ばす方法の一種の「MALDI(マルディ)」です。光をよく吸う小さな分子の結晶を補助剤に使う方法で、ドイツのミヒャエル・カラスさんとフランツ・ヒレンカンプさんが発表しました。ノーベル賞の解説によると、2人は1985年に、光を吸う物質を使えば小さな分子を気体にできることを示していました。でも、大きな分子では、最初はうまくいきませんでした。田中さんの発表のすぐあとに、2人はタンパク質でもMALDIが使えることを示しました。このときの補助剤はニコチン酸という物質で、レーザーも田中さんたちとは違う種類でした。
田中さんは講演で、カラスさんとヒレンカンプさん、そして世界の何千人もの研究者の努力がなければ、この技術は発展しなかったと述べています。そして、この技術は1人の天才ではなく、チームワークで生まれたものだと話しています。
資料によって、発表の場所や書き方が少しずつ違う
- 1987年9月の学会の場所:田中さんの自伝と講演は、初めて英語で発表した日本と中国の合同の学会を「宝塚」で開かれたと書いています。ノーベル賞の解説は、1987年に「大阪でのシンポジウム」で発表したと書き、この学会の記録を挙げています。
- 間違いの中身:講演では「アセトンのかわりにグリセリンを使った」と書いています。自伝では「金属の粉だけのかわりに、グリセリンと金属の粉を混ぜたものを使った」と書いています。どちらも、グリセリンが入るはずのない所に入った、という点は同じです。
- 金属の種類:講演では「金属の超微粉末」とだけ書いています。自伝と島津製作所の説明では、コバルトの粉です。
1台しか売れなかった装置が、2024年に表彰された
島津製作所によると、LAMS-50Kは2024年、アメリカの電気・電子の専門家の団体IEEEから「IEEE マイルストーン」に認定されました。これは、生まれてから25年以上たった製品や技術の中から選ばれるものです。東海道新幹線や電卓も選ばれています。贈呈式で田中さんは、大学で電気を学んだ自分にはあこがれの賞で、ノーベル賞より感慨深かったかもしれない、と笑いました。そして、装置への自分の貢献は一部で、ほかの4人がいてこそ完成した、と話しました。
05まとめ
1985年2月、田中耕一さんは、金属の細かい粉に間違えてグリセリンを混ぜてしまいました。でも、もったいないと捨てずに、乾かすためにレーザーを当て、画面を見続けました。その結果、タンパク質のような大きな分子を壊さずにイオンにする方法が見つかりました。
この技術を載せた装置LAMS-50Kは、世界で1台しか売れませんでした。それでも2002年、田中さんは43歳でノーベル化学賞を受けました。そして2024年、1台しか売れなかったその装置は、電気・電子の分野の「マイルストーン」に選ばれたのです。
人に話すなら、こう言おう
田中耕一さんのノーベル賞って、金属の粉に間違えてグリセリンを混ぜたのに、もったいないから捨てずに測ったのが始まりなんだって。しかも、その技術を載せた最初の装置は、世界で1台しか売れなかったらしいよ。
英語で読む
Too Good to Throw Away
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
One day in February 1985, a young engineer in Kyoto made a mistake.1985年2月のある日、京都の若い技術者が間違いをしました。 His name was Koichi Tanaka, and he worked for a company called Shimadzu.彼の名前は田中耕一さんで、島津製作所という会社で働いていました。 He was looking for a way to weigh very large molecules, such as proteins, without breaking them.彼は、タンパク質のようなとても大きな分子を、壊さずに量る方法を探していました。
Tanaka was using a very fine black metal powder.田中さんは、とても細かい黒い金属の粉を使っていました。 He usually mixed it with a liquid called acetone.彼はふだん、それをアセトンという液体と混ぜていました。 But that day, he used glycerin by mistake.しかしその日、彼は間違えてグリセリンを使ってしまいました。 He noticed the mistake right away.彼はすぐに間違いに気づきました。 The powder was expensive, so he thought, "Mottainai!"粉は高価だったので、彼は「もったいない!」と思いました。 This Japanese word means "What a waste!"この日本語は「なんてむだな」という意味です。
He decided to dry the glycerin with a laser and use the powder anyway.彼は、レーザーでグリセリンを乾かして、それでも粉を使うことにしました。 While he watched the screen, he saw a small signal that he had never seen before.画面を見ていると、それまで見たことのない小さな信号が見えました。 It came back every time he tried again.それは、もう一度試すたびに現れました。 The molecules had flown into the machine without breaking.分子が、壊れずに装置の中へ飛んでいったのです。
In 1988, Shimadzu started to sell a machine called LAMS-50K.1988年、島津製作所はLAMS-50Kという装置を売り出しました。 Tanaka visited many labs in Japan and tested more than 200 samples.田中さんは日本の多くの研究室を訪ね、200以上の試料を測りました。 But most people said it was not very useful, and the machine was expensive.しかし、ほとんどの人はあまり役に立たないと言い、装置も高価でした。 In the end, the company sold only one machine, to a research center in the United States.結局、会社が売ったのは、アメリカの研究所への1台だけでした。
Still, in 2002, Tanaka won the Nobel Prize in Chemistry at the age of 43.それでも2002年、田中さんは43歳でノーベル化学賞を受けました。 He said that the work was done by a team, not by one genius.彼は、その仕事は1人の天才ではなく、チームによるものだと言いました。 A small mistake and one Japanese word changed his life.小さな間違いと1つの日本語の言葉が、彼の人生を変えたのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How a mistake led Tanaka to a Nobel Prize
第2〜3段落で間違いから発見が生まれ、第5段落でノーベル賞を受けたことを述べているので、正解はB。第4段落に装置は1台しか売れなかったとあるので、Cは本文と逆。
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Q2How many LAMS-50K machines did the company sell?
会社はLAMS-50Kを何台売りましたか。
正解:B Only one
第4段落4文目に the company sold only one machine とあるので、正解はB。Dの200以上は、田中さんが測った試料の数(第4段落2文目)。
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Q3Why did Tanaka decide not to throw the mixture away?
田中さんは、なぜ混ぜた物を捨てないことにしたのですか。
正解:C Because the metal powder was expensive
第2段落5文目に The powder was expensive, so he thought, "Mottainai!" とあるので、正解はC。Bの上司の話は本文にない。
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Q4In paragraph 3, the word "signal" is closest in meaning to ...
第3段落の signal という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D a mark that shows something on a screen
第3段落2文目で、田中さんが画面を見ていて signal が見えたとあるので、画面に現れるしるしのことで、正解はD。Aの金属は第2段落の粉のこと。
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Q5Which is true about Tanaka?
田中さんについて正しいものはどれですか。
正解:A He said the work was done by a team.
第5段落2文目に He said that the work was done by a team とあるので、正解はA。間違えて使ったのはグリセリン(第2段落3文目)なのでBはちがう。ノーベル賞は2002年なのでCもちがう。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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engineer名詞技術者、エンジニア
My sister wants to be an engineer.
姉は技術者になりたがっている。
💡 engine(エンジン)+ -eer(〜する人)。
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molecule名詞分子
A water molecule is very small.
水の分子はとても小さい。
💡 形容詞は molecular(分子の)。
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weigh動詞重さを量る
Please weigh this bag.
このかばんの重さを量ってください。
💡 名詞は weight(重さ)。gh は発音しない。
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powder名詞粉
She put some powder on the cake.
彼女はケーキに粉をかけた。
💡 baking powder(ふくらし粉)など。
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expensive形容詞高価な
That car is very expensive.
あの車はとても高い。
💡 反対は cheap(安い)。
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waste名詞・動詞むだ/むだにする
Don't waste water.
水をむだにしないで。
💡 What a waste! で「もったいない!」に近い。
-
signal名詞信号、しるし
The phone has a weak signal here.
ここでは電話の電波が弱い。
💡 traffic signal で「交通信号」。
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genius名詞天才
You don't have to be a genius to learn English.
英語を学ぶのに天才である必要はない。
💡 発音は「ジーニアス」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 49件)。
- Tanaka, K. (2002) The Origin of Macromolecule Ionization by Laser Irradiation, Nobel Lecture(NobelPrize.org)nobelprize.org
- Koichi Tanaka – Biographical(NobelPrize.org)nobelprize.org
- The Nobel Prize in Chemistry 2002, Advanced Information(The Royal Swedish Academy of Sciences)nobelprize.org
- Press release: The Nobel Prize in Chemistry 2002(NobelPrize.org)nobelprize.org
- ノーベル賞と質量分析 10の質問(島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所)shimadzu.co.jp
- 「LAMS-50K」が「IEEE マイルストーン」に認定(SHIMADZU TODAY, 島津製作所, 2024)shimadzu.co.jp
- Tanaka, K. et al. (1988) Protein and polymer analyses up to m/z 100 000 by laser ionization time-of-flight mass spectrometry, Rapid Communications in Mass Spectrometry 2doi.org
公式ページで見てみよう
- IEEE Milestone認定「レーザーイオン化質量分析計」の解説(島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所)shimadzu.co.jp
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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