
「うま味調味料で頭痛がする」という話は、1通の手紙から始まった
手紙を書いた医師は、原因を決めつけていなかった。
この判定の対象「うま味調味料(MSG)を食べると、頭痛がする」
もくじ
1968年4月、アメリカの医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に、1通の手紙が載りました。書いたのは、ロバート・ホー・マン・クォック(Robert Ho Man Kwok)という医師です。
クォックには、悩みがありました。中国の北のほうの料理を出す中華料理店で食べると、あとで調子が悪くなるのです。心臓がドキドキし、体に力が入らず、しびれも出ました。
「うま味調味料(MSG)で頭痛がする」という話は、この手紙から広まりました。でも、手紙を読むと、広まった話とは少し違うことが書いてあります。クォックは、MSGを原因だと決めていなかったのです。
この記事では、まず最初の手紙に何が書いてあったかを見ます。次に、MSGが原因だと言われるようになった流れをたどります。最後に、MSGが入っているかどうかを知らせずに試した実験で、何が分かったかを紹介します。
01最初の手紙は、塩・料理酒・MSGの3つを疑っていた
クォックが疑ったのは、3つでした。塩(ナトリウム)、料理酒、そしてMSGです。MSGは、グルタミン酸ナトリウムのことです。昆布のうま味のもとと同じ成分です。
クォック自身は、この問題を調べる専門家ではありませんでした。だから手紙で、ほかの医師たちに「何か考えはありませんか」と尋ねたのです。答えを出す手紙ではなく、質問の手紙でした。
ところが、返事が次々に届きます。1か月後、医学誌は、ほかの医師からの手紙を10通載せました。
02医師たちの返事は、症状も原因の候補もばらばらだった
10通の手紙に書かれた症状は、人によって違いました。気を失う、背中がけいれんする、汗が出る、めまいがする。顔が赤くなる、あごがしびれる、という人もいました。同じ症状を書いた人は、2人といなかったそうです。
原因の候補も、ばらばらでした。アヒル料理のソース、冷凍野菜、からし、ワンタンスープ。フグの毒を疑う人もいました。慣れない箸を使う疲れのせいだ、という手紙まであったといいます。
症状が出るかどうかは住む場所で決まる、という意見もありました。ニューヨークや南カリフォルニアは危ない。ハワイやロンドンなら大丈夫。ここまでくると、もう医学の話には見えません。
医学誌の編集部も、手紙にからかうような文章を添えていました。けれど新聞は、それを冗談とは受け取りませんでした。「中華料理店症候群」という言葉が、記事になって広まっていきます。

03「MSGは関係ない」と書いた医師が、2か月後に「MSGが原因だ」と言い出した
ばらばらだった原因の候補を、MSG1つにしぼった医師がいます。神経科の医師ハーバート・シャウムバーグ(Herbert Schaumburg)です。
1968年5月、シャウムバーグも返事の手紙を書いていました。その手紙は、MSGのせいではない、という中身でした。「自分は家でMSGを使って料理しているが、何ともない」。症状も5分ほどで消えるので、大したことはない、と書いています。
ところが7月、シャウムバーグは別の手紙を出します。近所の中華料理店に何日も通い、朝・昼・晩とメニューを順に食べてみた。すると、ワンタンスープなどで症状が出た、という報告でした。
そして1969年2月、シャウムバーグら4人は、科学誌『サイエンス』に論文を出しました。結論は、はっきりしていました。MSGが中華料理店症候群の原因だというのです。MSGの量を増やすほど、焼けるような感じ、顔を押さえつけられる感じ、胸の痛みが出る、と書いています。
アメリカの科学史研究所が出している記事は、1969年の実験の問題点を挙げています。人数が少ない。空腹のときに大量に飲ませている。飲む人が「何かが起きるかも」と知っていた。空腹で調味料をたくさんとれば、それだけで気持ち悪くなることもあります。不安だけでも、具合は悪くなりえます。
04中身を知らせずに試すと、MSGと症状の関係ははっきりしなくなった
その後、研究者たちは、もっと丁寧な実験をくり返しました。使われたのは、二重盲検というやり方です。MSGが入っているかどうかを、飲む人も、配る人も知らないまま行う実験です。
2000年、アメリカのゲハ(Geha)らのチームは、それまでで最大の実験の結果を出しました。参加したのは、「自分はMSGで具合が悪くなる」と信じる130人です。MSG入りの飲み物と、入っていない飲み物を、別の日に飲んでもらいました。
結果は、こうでした。食べ物なしで5gのMSGを飲むと、何も入っていない飲み物より、症状を訴える人が多くなりました。ただし、その割合は低く、同じ人で試しても、毎回同じ結果にはなりませんでした。そして、食べ物と一緒にとったときには、違いは見られませんでした。
2016年には、研究者2人が、MSGと頭痛についての研究をまとめ直しました。食べ物と一緒にMSGをとった6つの研究では、頭痛の出方に、ほぼ差が出ていません。差が出た例外は、ある研究で女性だけを分けて調べたグループ1つだけでした。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
いちばん古い記録は、原因を決めつけず、意見を求める手紙だった
「MSGで頭痛」の話のいちばん古い記録は、1968年4月の1通の手紙です。手紙は、症状を書き、原因の候補を3つ挙げ、ほかの医師に意見を求めていました。ほかの医師から、原因についての考えを集めようとしたのです。
ところが、のちには、この手紙がMSGを原因だと言ったかのように語られるようになります。3つの候補のうち2つが落とされ、MSGだけが残りました。元の手紙が何を言っていたかと、のちにどう引用されたかは、分けて読む必要があります。
もう1つ大事なのは、返事の手紙が、証拠としてどれくらい強いかです。体験談を集めた手紙は、弱い証拠です。比べる相手がいないからです。中華料理を食べた日に具合が悪くなった人は、手紙を書きます。何ともなかった人は、手紙を書きません。
「具合が悪くなるかも」と思うだけで、本当に具合が悪くなることがある
人は「これを飲むと具合が悪くなる」と思うと、本当に具合が悪くなることがあります。これをノセボ効果といいます。よく知られたプラセボ効果(偽の薬で良くなる)の、反対向きの効果です。
1969年の56人の実験は、目かくしをしていませんでした。飲む人は、体に悪いかもしれない物を飲むかもしれない、と知っていたのです。これでは、ノセボ効果で出た症状と、MSGそのものの作用で出た症状を区別できません。
2016年のまとめは、もう1つの落とし穴を指摘しています。濃いMSGの水溶液は、独特の味で、すぐMSGだと分かってしまいます。2%をこえる濃さで飲ませた実験では、目かくしをしたつもりでも、飲む人には中身が分かっていた可能性があります。食べ物なしでMSGを飲ませた7つの研究のうち、4つでは、MSGを飲んだときのほうが頭痛が多いという差が出ています。けれど、著者たちはこの味の問題から、「MSGが頭痛を起こすことは証明されていない」と結論しました。
量の問題もあります。FDAによると、MSGを加えた料理1食分に入るMSGの量は、ふつう0.5g未満です。2000年の実験で飲ませた5gは、その10倍以上にあたります。実験の条件が、ふつうの食事とどれだけ近いか。これも、結果を読むときの大事な目印です。
2016年のまとめの著者には、MSGメーカーの社員が入っていた
2016年のまとめを読むときには、注意点もあります。著者の1人はMSGメーカーの社員で、論文の掲載料は業界の団体が出していました。論文の終わりに、そのことがきちんと書かれています。
研究する人が、結果によって得をしたり損をしたりする立場にあることを、利益相反といいます。利益相反があるからといって、結論が間違いとは限りません。ただ、読む側は、ほかの研究とも照らし合わせる必要があります。MSGの件では、2000年のゲハらの実験や、FDAが専門家団体に頼んだ調査も、同じ結論を指しています。ふつうの食事の量で、はっきりした害は確かめられていません。
MSGは缶詰のスープにも使われていたのに、中華料理だけが疑われた
科学史研究所の記事は、ある数字を挙げています。アメリカ人がとるMSGは、1日平均約500mgです。東アジアの国々では約1,700mgで、3倍以上です。MSGは、アメリカでも缶詰のスープなどに長く使われてきました。
それなのに、疑いの目が向いたのは、中華料理だけでした。記事は、当時の「化学物質」への不安と、外国の料理への偏見が重なったと見ています。「MSGは体に悪いか」という科学の問いが、外国の料理への偏見に引っぱられた例です。
05まとめ
「うま味調味料で頭痛」の話は、1968年の1通の質問の手紙から始まりました。手紙が疑ったのは、塩・料理酒・MSGの3つです。その後、MSGを「何ともない」と書いた医師が、数か月後に「原因だ」と言い出し、「MSGが原因」という話が広まっていきました。
MSGが入っているかどうかを知らせない実験が、何度も行われました。その結果、食べ物と一緒にとるふつうの量で頭痛が起きることは、確かめられていません。ちなみに、大人が毎日のたんぱく質からとるグルタミン酸は、約13gです。料理に足すMSGからとる量の、20倍以上です。
人に話すなら、こう言おう
「中華料理を食べると頭痛がする」って話、1968年に医学誌に届いた1通の手紙が始まりなんだって。しかもその手紙、塩と料理酒とMSGの3つを疑ってただけで、犯人は決めてなかったらしいよ。
英語で読む
The Letter That Started the MSG Scare
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In April 1968, a doctor named Robert Ho Man Kwok sent a letter to a famous medical journal.1968年4月、ロバート・ホー・マン・クォックという医師が、有名な医学誌に手紙を送りました。 After he ate at some Chinese restaurants, he felt weak and his heart beat fast.いくつかの中華料理店で食べたあと、彼は体に力が入らず、心臓がドキドキしました。 He did not know why.彼には理由がわかりませんでした。
In his letter, he named three possible causes: salt, cooking wine, and MSG.手紙の中で、彼は3つの原因の候補を挙げました。塩、料理酒、そしてMSGです。 MSG is a seasoning that gives food a rich, savory taste.MSGは、食べ物に深いうま味を加える調味料です。 Kwok did not say that MSG was the answer.クォックは、MSGが答えだとは言いませんでした。 He asked other doctors for their ideas.彼はほかの医師たちに意見を求めたのです。
A month later, the journal printed 10 letters from other doctors.1か月後、その医学誌はほかの医師からの手紙を10通のせました。 Their symptoms were all different, and so were their guesses about the cause.症状はみんなちがっていて、原因の予想もばらばらでした。 Then a doctor named Herbert Schaumburg changed his mind.そのあと、ハーバート・シャウムバーグという医師が考えを変えました。 In May, he wrote that he cooked with MSG at home and felt fine.5月、彼は家でMSGを使って料理しているが何ともない、と書きました。 But in 1969, he and his team said MSG was the cause.ところが1969年、彼とチームはMSGが原因だと発表しました。
Later, scientists used better tests.その後、科学者たちはもっとよい方法で調べました。 In a blind test, people do not know if they get the real thing or a fake.目かくしの実験では、本物と偽物のどちらをもらったのか、本人にはわかりません。 In 2000, a large study tested 130 people who believed MSG made them sick.2000年、大きな研究が、MSGで具合が悪くなると信じる130人を調べました。 When people drank a lot of MSG without food, some reported more symptoms than with a fake drink.食べ物なしで大量のMSGを飲むと、偽の飲み物のときより多くの症状を訴える人がいました。 But the results were not the same each time, and with food there was no difference.でも結果は毎回同じではなく、食べ物と一緒だとちがいはありませんでした。
So the first letter was really a question, not a warning.つまり、最初の手紙は警告ではなく、本当は質問だったのです。 And our bodies already get about 13 grams of glutamate every day from normal food.それに、私たちの体は、ふつうの食べ物からすでに毎日約13グラムのグルタミン酸をとっています。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How the fear of MSG started and what tests found
第1〜3段落でMSGへの不安が1通の手紙から広がった流れを、第4段落で実験の結果を述べているので正解はB。Dの手紙は話のきっかけにすぎず、書き方の説明ではない。
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Q2How many letters from other doctors did the journal print a month later?
1か月後、医学誌はほかの医師からの手紙を何通のせましたか。
正解:D 10
第3段落1文目に「10 letters from other doctors」とあるので正解はD。3は最初の手紙が挙げた原因の数、130は2000年の研究の人数、13はグルタミン酸のグラム数。
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Q3Why did Kwok write his letter?
クォックはなぜ手紙を書いたのですか。
正解:A He wanted other doctors' ideas about his problem.
第1段落3文目で理由がわからないと述べ、第2段落4文目で「He asked other doctors for their ideas」とあるので正解はA。Dのように安全を証明しようとしたわけではない。
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Q4In paragraph 3, the word "symptoms" is closest in meaning to ...
第3段落の symptoms という語に最も意味が近いのは…
正解:C signs of feeling sick
第1段落の「weak」「heart beat fast」のような体の不調を指しているので正解はC。symptom は「症状」。AやBは食事に関係するが、意味がちがう。
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Q5Which is true about the 2000 study?
2000年の研究について正しいものはどれですか。
正解:B With food, MSG made no difference.
第4段落最後の文に「with food there was no difference」とあるので正解はB。研究は130人を調べ(C×)、偽の飲み物と比べており(D×)、全員がひどく具合が悪くなったわけではない(A×)。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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journal名詞(学術)雑誌、専門誌
She read a new study in a science journal.
彼女は科学雑誌で新しい研究を読んだ。
💡 日記の意味もある。medical journal で「医学誌」。
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seasoning名詞調味料
Salt is the most common seasoning in the world.
塩は世界で最もよく使われる調味料だ。
💡 動詞 season(味をつける)から。季節の season と同じつづり。
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savory形容詞(甘くなく)塩けやうま味のある
I like savory snacks more than sweet ones.
私は甘いおやつより、しょっぱいおやつが好きだ。
💡 イギリスつづりは savoury。うま味の説明によく使う。
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symptom名詞症状
A cough is a common symptom of a cold.
せきはかぜのよくある症状だ。
💡 複数形 symptoms でよく使う。sym-(いっしょに)が語源の一部。
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cause名詞・動詞原因/~を引き起こす
The heavy rain caused a lot of traffic.
大雨でひどい渋滞が起きた。
💡 cause and effect で「原因と結果」。
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possible形容詞ありうる、可能な
There are two possible answers to this question.
この問題には、ありうる答えが2つある。
💡 反対語は impossible。possible causes で「原因の候補」。
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blind test名詞目かくしの実験(盲検)
In a blind test, people could not tell the two colas apart.
目かくしテストでは、人々は2つのコーラを区別できなかった。
💡 double-blind で「二重盲検」。調べる側も中身を知らない。
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warning名詞警告
The sign gave a warning about strong waves.
看板は高い波への警告を出していた。
💡 動詞 warn(警告する)。warning sign で「警告の表示」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 18件)。
- Kean, S. (2023) The Rotten Science Behind the MSG Scare, Distillations(Science History Institute)sciencehistory.org
- Schaumburg, H. H. ほか (1969) Monosodium L-glutamate: its pharmacology and role in the Chinese restaurant syndrome, Science 163:826-828(PubMed)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Geha, R. S. ほか (2000) Review of alleged reaction to monosodium glutamate and outcome of a multicenter double-blind placebo-controlled study, Journal of Nutrition 130:1058S-1062S(PubMed)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Obayashi, Y., Nagamura, Y. (2016) Does monosodium glutamate really cause headache? A systematic review of human studies, Journal of Headache and Pain 17:54pmc.ncbi.nlm.nih.gov
- Questions and Answers on Monosodium glutamate (MSG)(米国食品医薬品局 FDA)fda.gov
公式ページで見てみよう
- Science History Institute(科学史研究所)の雑誌 Distillationssciencehistory.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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