電気を通すプラスチックは、予定の1000倍の触媒を入れた間違いから生まれた
失敗から生まれたNo.175

電気を通すプラスチックは、予定の1000倍の触媒を入れた間違いから生まれた

触媒1000倍の間違いは、白川さんの書き忘れかもしれない。

うなり度 読む時間9分 出典8件 確認した事実40件
もくじ
  1. 普通の方法で作ると、ポリアセチレンは黒い粉になった
  2. 1967年、触媒が予定の約1000倍入り、粉ではなく膜ができた
  3. 白川さんはノーベル賞の講演で、膜の発見に一緒に立ち会った研究者に感謝した
  4. 膜にしても電気の通しやすさは変わらず、白川さんは大事な手がかりを見逃した
  5. 1976年、臭素を加えた瞬間に測定器の数字が急に上がった
  6. 深掘り講義
  7. まとめ
  8. 英語で読む(A2・4択5問)
  9. 出典・ウラ取り

1976年11月23日、アメリカのペンシルベニア大学。白川英樹さんは、薄い銀色の膜に臭素という物質を加えながら、電気の通しやすさを測っていました。臭素を加えた瞬間、測定器の数字が急に上がりました。上がり方が速すぎて、一緒に測っていた研究者は、測定器の目盛りの切りかえが間に合いませんでした。

電気の通しやすさは、臭素を加える前の1000万倍になりました。プラスチックは電気を通さない、という常識をくつがえす発見でした。白川さんは、この研究で2000年のノーベル化学賞を受けました。

この膜の作り方は、実験の間違いから見つかったことで知られています。触媒(反応を速める物質)を、予定の約1000倍も入れてしまったのです。ただ、この話には、あまり知られていない続きがあります。白川さん自身が、間違えたのは自分かもしれない、とも書いているのです。

この記事では、まず1967年の間違いで膜ができた流れを紹介します。次に、白川さんが一度は見逃した発見と、測定器が壊れた日の話をします。最後に、プラスチックが電気を通すしくみと、資料によってずれる数字を見ていきます。

01普通の方法で作ると、ポリアセチレンは黒い粉になった

白川さんは1936年8月に東京で生まれ、2026年8月24日に90歳で亡くなりました。中学3年のとき、文集に作文を書いています。普通の人の役に立つプラスチックの研究をする科学者になりたい、という内容でした。この作文は引っ越しの間になくなりましたが、ノーベル賞が発表された翌日、日本の新聞に載りました。白川さんは、45年ぶりに自分の作文を読めたそうです。

白川さんは1966年4月、東京工業大学の助手になりました。そして、ポリアセチレンという物質の研究を始めます。ポリアセチレンは、アセチレンという気体の小さな分子が、たくさんつながってできた物質です。プラスチックの仲間です。

研究の目的は、アセチレンがどんなしくみでつながるのかを調べることでした。ところが、普通の方法で作ると、ポリアセチレンは真っ黒な粉になりました。この粉は、どんな液体にも溶けず、熱しても溶けません。そのため、形を整えて性質を調べることが、とても難しい物質でした。

021967年、触媒が予定の約1000倍入り、粉ではなく膜ができた

1967年の秋のことです。研究室を訪れていた研究者が、普通の方法でポリアセチレンを作ろうとしました。ところが、できたのは粉ではなく、ぼろぼろの膜の切れはしでした。

白川さんは、この失敗の理由を調べました。作る条件を何度も変えて試したところ、決め手は触媒の濃さだと分かりました。普通、触媒は「ミリモル(mmol)」という単位で量るくらいの少しの量で足ります。ところが、そのときは「モル(mol)」の単位で入っていました。モルは、化学で物の量を数えるときの単位です。1ミリモルは、1モルの1000分の1です。つまり、予定の約1000倍の触媒が入っていたのです。

白川さんは、ノーベル財団に残した自伝に、原因をこう書いています。自分が実験の指示書で「mmol」の「m」を書き忘れたのかもしれない。あるいは、訪れていた研究者が読み違えたのかもしれない。どちらにしても、触媒が何モルも入ってしまった、というのです。

触媒が多すぎたせいで、アセチレンの気体は、触媒の液の表面ですぐに膜になった。
触媒が多すぎたせいで、アセチレンの気体は、触媒の液の表面ですぐに膜になった。

03白川さんはノーベル賞の講演で、膜の発見に一緒に立ち会った研究者に感謝した

間違えた人の書き方は、資料ごとに少し違います。

白川さんは2000年のノーベル賞の講演で、わたしたちは偶然の間違いで膜を作った、と書きました。そして講演の最後に、Hyung Chick Pyun(ピュン)博士に感謝しています。偶然の間違いによる膜の発見に、一緒に立ち会った人として、名前を挙げたのです。

2003年に金沢で開かれた、白川さんの市民向けの講演の記録もあります。プラスチックの学会の雑誌に載った記録で、当時の留学生が、白川さんの指示とはかけ離れた量の触媒を使った、とまとめています。

自伝では、白川さんは自分の書き忘れの可能性も書いています。白川さん本人が、どちらの間違いかを決めていないのです。

04膜にしても電気の通しやすさは変わらず、白川さんは大事な手がかりを見逃した

膜ができたおかげで、研究は大きく進みました。光(赤外線)を膜に当てて調べると、作るときの温度によって、分子の形が変わることが分かりました。研究のはじめの目的は、ここで果たせたのです。

ただ、膜にしても、電気の通しやすさは粉とほとんど変わりませんでした。そこで白川さんたちは、別のことを試しました。ポリアセチレンは、重さの92.3%が炭素です。この膜から、炭素でできたグラファイト(黒鉛)の膜を作れないか、と考えたのです。

そのために、膜を塩素と反応させる実験をしました。でも、黒鉛の膜はうまくできませんでした。そこで、膜と塩素の反応の途中で何が起きているかを、赤外線で測って調べることにしました。すると、おかしなことが起きました。塩素をほんの少し加えただけで、赤外線を測る装置が、何も記録できなくなったのです。膜が赤外線を全部吸いこみ、光を通さない物に変わりました。

この現象は、のちに「ドーピング」で起きる変化だと分かります。ドーピングとは、ここでは、膜に塩素や臭素などを加えて、電気の性質を変えることです。白川さんはノーベル賞の講演で、残念ながら当時はこれが電気を運ぶものだと気づかなかった、と書いています。

2003年の講演の記録によると、臭素を加える初歩的な試験もしていました。でも、当時使った測定器では、わずかな変化をとらえられませんでした。

051976年、臭素を加えた瞬間に測定器の数字が急に上がった

白川さんの銀色の膜は、ある化学者の目にとまりました。アメリカのペンシルベニア大学の化学者、アラン・マクダイアミッド(Alan MacDiarmid)さんです。ノーベル賞の解説によると、マクダイアミッドさんは東京で白川さんに会ったあと、ポリアセチレンの研究を始めました。

1976年9月、白川さんはマクダイアミッドさんに招かれて、ペンシルベニア大学へ行きました。同じ大学には、物理学者のアラン・ヒーガー(Alan Heeger)さんもいました。

11月23日、白川さんは、ヒーガーさんの研究室のチアン(C. K. Chiang)さんと実験をしました。膜に臭素を加えながら、電気の通しやすさを測ったのです。冒頭の場面です。電気の通しやすさは、臭素を加える前の1000万倍になりました。白川さんによると、このとき高い測定器が壊れてしまったそうです。

論文は、白川さん、マクダイアミッドさん、ヒーガーさん、チアンさん、ルイス(E. J. Louis)さんの5人で書きました。論文は1977年5月16日に受け付けられ、その年に発表されました。題名は「電気を通す有機高分子の合成」です。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

プラスチックが電気を通すには、2つの条件がいる

ノーベル財団の発表によると、プラスチックが電気を通すには、2つの条件があります。

1つ目は、分子の形です。炭素どうしの結びつきに、1本の結びつき(単結合)と2本の結びつき(二重結合)が、交互に並んでいる必要があります。ポリアセチレンは、まさにこの形をしています。

2つ目は、ドーピングです。分子から電子を抜いたり、分子に電子を加えたりします。電子を抜いた所にできる「穴」や、加えた電子が、分子にそって動けるようになります。電子が動けば、電気が流れます。この処理は、半導体(コンピューターの部品の材料)のドーピングにならって、「ドーピング」と名づけられました。

ノーベル賞の解説によると、ドーピングしたポリアセチレンは、それまでに知られていたどの高分子(小さな分子がたくさんつながった大きな分子)よりも、電気をよく通しました。それでも、銀や銅と比べると、約1000分の1です。

触媒が多すぎたのに膜ができたのには、ほかにも理由があった

白川さんは自伝で、膜ができた理由を説明しています。触媒が1000倍あったので、反応の速さもおよそ1000倍になりました。そのため、アセチレンの気体を入れたとたんに、触媒の液の表面で気体がつながり、膜になったのです。

でも、白川さんは、触媒の量だけでは膜にならないとも書いています。ほかに3つの理由がありました。

  • ポリアセチレンは、どんな液体にも溶けない。
  • 電子顕微鏡で見ると、膜は細い繊維がからみ合ってできていた。繊維の太さは20〜100ナノメートル(1mmの5万分の1〜1万分の1)だった。
  • 使った触媒は、液体によく溶ける特別な触媒だった。同じ種類の触媒(チーグラー・ナッタ触媒)の多くは、液の中で固まりができてしまう。

つまり、間違いが起きたのが、この物質とこの触媒の組み合わせだったから、膜ができました。白川さんは、自然が膜を作る道を用意してくれていた、と書いています。

資料によって、年や「何倍」の数字がずれる

同じ発見について、資料によって数字が違う所があります。

  • 膜ができた年:白川さんの講演と自伝は1967年です。ノーベル賞の解説は、銀色の膜にしたのを1974年と書いています。
  • 電気の通しやすさが何倍になったか:白川さんの自伝は、臭素で1000万倍と書いています。ノーベル賞の解説は、ヨウ素で処理した膜について「7けた(1000万倍)」と書く一方、別の所では「10億倍」とも書いています。2003年の講演の記録は「6けた以上」です。

何倍になったかは、どの膜に何を加えたかで変わります。ノーベル賞の解説でも、シス形の膜に五フッ化ヒ素という物質を加えた場合は「11けた(1000億倍)」と書かれています。ですから、数字を比べるときは、何と何を比べた数字なのかを確かめる必要があります。一方、1974年と書かれた理由は、今回調べた資料では確かめられませんでした。

白川さんは「心構えと基礎の知識がないと発見を見過ごす」と話した

白川さんは、膜を塩素と反応させたとき、ドーピングの変化をすでに見ていました。でも、それが電気を運ぶものだとは気づきませんでした。

白川さんは2003年の講演で、身の回りには偉大な発見の種が漂っていると話しました。そして、心構えと基礎の知識がないと、それを見過ごしてしまうと強調しました。最初の膜ができる理由が分かったのも、白川さんが失敗の理由を何度も調べたからでした。

06まとめ

1967年、ポリアセチレンを作る実験で、予定の約1000倍の触媒が入りました。そのせいで、黒い粉のはずの物質が、金属のように光る膜になりました。白川さんは、原因は指示書の「m」の書き忘れか、読み違いかもしれないと書いています。書き忘れたのなら、それは白川さん自身です。

白川さんは一度、ドーピングの変化を見ていながら、気づきませんでした。でも、1976年11月23日、臭素を加えた膜の電気の通しやすさは1000万倍になりました。ノーベル賞につながった発見は、「m」1文字の書き忘れか読み違いから始まったのです。

人に話すなら、こう言おう

電気を通すプラスチックって、触媒を予定の1000倍入れちゃった失敗から始まったんだって。しかも白川英樹さんは、指示書の「m」を自分が書き忘れたのかもしれない、とも書いてたらしいよ。
READ IN ENGLISH

英語で読む

The Missing Letter M

CEFR A2230 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

Most people think that plastic does not carry electricity.多くの人は、プラスチックは電気を通さないと思っています。 But in 2000, Hideki Shirakawa from Japan won the Nobel Prize in Chemistry with two scientists in the United States.しかし2000年、日本の白川英樹さんは、アメリカにいた2人の科学者とともにノーベル化学賞を受けました。 They found a plastic that can carry electricity.彼らは、電気を通すプラスチックを見つけたのです。

The story started with a mistake in 1967.この話は、1967年のある間違いから始まりました。 Shirakawa was studying a material called polyacetylene in Tokyo.白川さんは東京で、ポリアセチレンという物質を研究していました。 Usually, it came out as a black powder.ふつう、それは黒い粉としてできました。 But one day, a visiting scientist made a thin film instead.ところがある日、訪れていた研究者が、かわりに薄い膜を作りました。 He had used about 1,000 times more catalyst than planned.彼は、予定より約1000倍多い触媒を使っていたのです。 A catalyst is a material that makes a reaction go faster.触媒とは、反応を速く進める物質です。

Why did this happen?なぜ、こんなことが起きたのでしょうか。 The planned amount was in "mmol," a very small unit.予定の量は、とても小さな単位である「mmol(ミリモル)」で量る量でした。 But the visitor used "mol," a unit 1,000 times bigger.しかし、その研究者は1000倍大きな単位の「mol(モル)」で入れてしまいました。 Later, Shirakawa wrote that he might have forgotten to write the letter "m."のちに白川さんは、自分が「m」の文字を書き忘れたのかもしれない、と書きました。 Or the visitor might have read it wrong.あるいは、その研究者が読み違えたのかもしれません。

The film looked shiny like metal, but it still did not carry much electricity.その膜は金属のように光って見えましたが、それでも電気はあまり通しませんでした。 In 1976, Shirakawa went to the University of Pennsylvania in the United States.1976年、白川さんはアメリカのペンシルベニア大学へ行きました。 On November 23, he and another researcher added bromine to the film.11月23日、彼ともう1人の研究者が、膜に臭素を加えました。 At that moment, the film carried electricity ten million times better than before.その瞬間、膜は前より1000万倍も電気を通しやすくなりました。 The change was very fast, and an expensive machine broke that day.変化はとても速く、その日、高い装置が壊れてしまいました。

Shirakawa did not say whose mistake it was.白川さんは、それがだれの間違いだったかを決めませんでした。 Instead, he studied why the mistake made a film.かわりに、その間違いでなぜ膜ができたのかを調べました。 One missing letter helped open a new world of plastics.1文字の書き忘れが、プラスチックの新しい世界を開く助けになったのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2How much more catalyst did the visiting scientist use than planned?

    訪れていた研究者は、予定より何倍多い触媒を使いましたか。

  3. Q3What happened right after they added bromine to the film?

    膜に臭素を加えた直後、何が起きましたか。

  4. Q4In paragraph 2, the word "catalyst" means ...

    第2段落の catalyst という語の意味はどれですか。

  5. Q5Which is true about Shirakawa?

    白川さんについて正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • electricity名詞
    電気

    This town gets its electricity from the sun.

    この町は、太陽から電気を得ている。

    💡 形容詞は electric(電気の)。carry electricity で「電気を通す」。

  • mistake名詞
    間違い

    I made a mistake on the test.

    テストで間違いをした。

    💡 make a mistake で「間違える」。do a mistake とは言わない。

  • powder名詞
    粉

    Add some milk powder to the cake.

    ケーキに粉ミルクを少し加えて。

    💡 baking powder(ふくらし粉)、snow powder ではなく powder snow(粉雪)。

  • film名詞
    薄い膜

    There is a thin film of oil on the water.

    水の上に薄い油の膜がある。

    💡 「映画」の意味もある。もとは「薄い膜」。

  • catalyst名詞
    触媒

    A catalyst can make a reaction faster.

    触媒は反応を速くすることができる。

    💡 比ゆ的に「(変化の)きっかけ」の意味でも使う。

  • unit名詞
    単位

    A meter is a unit of length.

    メートルは長さの単位だ。

    💡 unit of ~ で「~の単位」。

  • bromine名詞
    臭素

    Bromine is a dark red liquid.

    臭素は暗い赤色の液体だ。

    💡 元素記号は Br。ギリシャ語の「悪臭」が語源。

  • expensive形容詞
    高価な

    This watch is too expensive for me.

    この時計は私には高すぎる。

    💡 反対は cheap(安い)や inexpensive。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 40件)。

  1. Shirakawa, H. (2000) The Discovery of Polyacetylene Film: The Dawning of an Era of Conducting Polymers, Nobel Lecture(NobelPrize.org)nobelprize.org
  2. Hideki Shirakawa – Biographical(NobelPrize.org)nobelprize.org
  3. Hideki Shirakawa – Facts(NobelPrize.org)nobelprize.org
  4. Alan J. Heeger – Biographical(NobelPrize.org)nobelprize.org
  5. The Nobel Prize in Chemistry 2000: Conductive polymers, Advanced Information(The Royal Swedish Academy of Sciences)nobelprize.org
  6. Press release: The Nobel Prize in Chemistry 2000(NobelPrize.org)nobelprize.org
  7. 小長谷重次 (2004) 市民公開講座:白川英樹先生「導電性高分子材料の発見と開発」の講演を聞いて, 成形加工 16(1)doi.org
  8. Shirakawa, H., Louis, E. J., MacDiarmid, A. G., Chiang, C. K. & Heeger, A. J. (1977) Synthesis of electrically conducting organic polymers: halogen derivatives of polyacetylene, (CH)x, J. Chem. Soc., Chem. Commun.doi.org

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