パイレックスの耐熱皿は、研究者の妻が電池用のガラスびんでケーキを焼いて始まった
失敗から生まれたNo.268

パイレックスの耐熱皿は、研究者の妻が電池用のガラスびんでケーキを焼いて始まった

パイレックスは、鉄道の信号ランプ用のガラスから生まれた。

うなり度 読む時間7分 出典6件 確認した事実27件
もくじ
  1. 鉄道の信号ランプは、温まったガラスが冷たい外気にふれると、よく割れた
  2. 陶器の皿が割れた研究者の妻は、電池用のガラスびんの底でケーキを焼いた
  3. ベッシーの台所は、会社の最初の「試験用キッチン」になった
  4. 台所で使うために、ガラスから鉛を抜いた
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

1913年ごろのアメリカでのことです。ベッシー・リトルトン(Bessie Littleton)が使っていた陶器の焼き皿が、オーブンの中で割れました。まだ2回しか使っていない皿でした。

夫のジェシー・リトルトン(Jesse T. Littleton)は、ガラス会社の研究者です。ベッシーが夕食のときに皿の話をすると、次の日、ジェシーは家にガラスを持って帰りました。電池に使うガラスのびんを、のこぎりで切った底の部分です。ベッシーはそれを焼き皿の代わりにして、スポンジケーキを焼きました。

これが、今も世界中の台所にある耐熱ガラスの皿「パイレックス」の始まりとして、会社に伝わる話です。しかも、このガラスはもともと、料理のためのものではありませんでした。鉄道の信号ランプのために作られたガラスだったのです。

この記事では、まず信号ランプのガラスがなぜ割れにくく作られていたのかを見ます。次に、ベッシーの台所で何が確かめられたのかを紹介します。最後に、台所で使えるようにするためにガラスから抜いたものと、「パイレックス」という名前の由来を見ていきます。

01鉄道の信号ランプは、温まったガラスが冷たい外気にふれると、よく割れた

パイレックスを作ったのは、コーニング・グラス・ワークスです。アメリカのニューヨーク州のガラス会社です。この会社は、電池用のガラスびんや電球など、毎日の暮らしや工場で使うガラス製品を作っていました。

当時の鉄道は、ランプの光で列車に合図を送っていました。コーニングガラス美術館のブログによると、ランプのガラスは、温まったところに冷たい外の空気が当たると、よく割れました。信号ランプが割れると、列車の事故や、事故になりかけることにつながるおそれがありました。

そこでコーニングは、急な温度の変化に強いガラスを作りました。名前は「ノネックス」です。ノネックスは信号ランプで成功しました。会社は次に、このガラスを使える別の商品を探し始めました。

02陶器の皿が割れた研究者の妻は、電池用のガラスびんの底でケーキを焼いた

新しい使い道を探す仕事を任された1人が、ジェシーです。コーニング社によると、ジェシーは1913年に、会社で最初の物理学者として研究所に入りました。

ある晩、ジェシーとベッシーは、夕食を食べながら、ノネックスの新しい使い道の話をしました。ベッシーは、陶器の焼き皿が2回使っただけでオーブンの中で割れた、と話しました。そして、ノネックスなら焼き皿に向いているかもしれないと考え、試すためのガラスを持ってきてほしいと頼みました。

次の日、ジェシーが持ち帰ったのは、ノネックスでできた電池用のガラスびん2つの、切った底でした。ベッシーはその1つでスポンジケーキを焼きました。ケーキはむらなく焼け、ガラスからきれいに取り出せました。焼けるのも、金属や陶器の皿より早かったといいます。

電池用のガラスびんを切った底で焼いたスポンジケーキは、むらなく、早く焼けた。
電池用のガラスびんを切った底で焼いたスポンジケーキは、むらなく、早く焼けた。

03ベッシーの台所は、会社の最初の「試験用キッチン」になった

ベッシーは、1回で終わりにしませんでした。いろいろな料理を作り、大きさの違うガラスの器を試しました。ランプのほや(火のまわりを囲むガラスの筒)の上の部分を使って、カスタードを作るための小さな器にしたこともありました。そして、結果をていねいに書きとめていきました。

コーニングガラス美術館のブログは、ベッシーの台所を「会社がパイレックスを商品にするために使った、最初の試験用キッチン」と言ってもよい、と書いています。

ただし、ベッシーのケーキですぐに商品ができたわけではありません。同じブログによると、ケーキの実験から数年のあいだ、会社の研究者たちはさらに改良を重ねました。料理に使っても安全なガラスの成分で特許を取ったのは、2人の研究者でした。ユージーン・サリバン(Eugene Sullivan)と、ウィリアム・テイラー(William C. Taylor)です。

04台所で使うために、ガラスから鉛を抜いた

ノネックスのガラスには、そのまま料理に使えない問題がありました。スミソニアン協会のアメリカ歴史博物館の解説には、こう書かれています。会社はノネックスから鉛を取りのぞいて、料理に使っても安全なガラスにした、と。鉛が入ったままでは、料理に使うのに安全ではなかったのです。

サリバンとテイラーが1915年6月24日に出した特許の申請は、のちに2つの特許に分かれ、1919年に認められました。ガラスの成分の特許には、鉛の成分を含まないガラス、という条件で権利を求めた項目があります。

スミソニアンの解説によると、「パイレックス」という名前は1915年に使われ始めました。コーニングガラス美術館のブログによると、パイレックスは最初は金物屋で売られ、やがてデパートでも買えるようになります。家庭科の専門家たちが自分の台所で試し、すすめる言葉が広告や料理の本にのりました。1920年までに、パイレックスはアメリカ中の台所に広がり始めていました。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

特許は、ガラスの割れにくさを「熱への耐久力」という数で表した

ガラスは、温まると少しだけのび、冷えると少しだけ縮みます。サリバンとテイラーの特許は、急に冷やされても割れない力を「熱への耐久力」と呼び、数で表しています。

この数の計算には、ヴィンケルマンとショットが1894年にドイツの物理学の雑誌で発表した式が使われています。式に入るのは、温度でガラスがのびる割合、熱の伝わりやすさ、引っぱる力への強さなどです。特許のガラスは、のびる割合がとても小さいことを大事な性質としています。

特許によると、商品に使われたガラスをアメリカの国の標準局が測ると、温度が1℃上がるごとに、長さが100万分の3.3だけのびました。特許のガラスは、ケイ素を含む成分(シリカ)が70%以上で、ホウ素を含む成分(酸化ホウ素)も多く入っています。こうしたガラスを「ホウケイ酸ガラス」といいます。

焼き皿のガラスは、厚くしなければならなかった

焼き皿の特許には、こんな説明もあります。焼き皿は、使うときも洗うときも乱暴に扱われます。浅くて広い形でもあるので、ガラスの壁を厚くする必要があります。ところが厚いガラスほど、熱への耐久力が下がります。だから、のびる割合がとても小さいガラスを使わなければならない、というのです。

特許には、皿の底の形の工夫も書かれています。底の上の面は平らにしてあります。くぼみがあると、焼いているときにそこに汁がたまります。たまった汁が熱い部分にはねると、ガラスに急な温度の差ができてしまうからです。

ガラスの皿で早く焼けるのは、熱をはね返しにくいから、と特許は考えた

ベッシーのケーキは、金属の型より早く焼けました。特許を書いたサリバンとテイラーも、ガラスの器で焼くと、金属の器より低い温度か短い時間で焼ける、と書いています。ガラスは金属より熱を伝えにくいのに、ふしぎな結果です。

特許はその理由を、こう考えています。オーブンの中で食べ物を焼く熱は、主に目に見えない光(熱の放射)として届く。金属の器はこの熱をよくはね返すが、ガラスはあまりはね返さず、吸いこむ。だから、ガラスの器のほうが中の食べ物に多くの熱が届くのだろう、というのです。特許は「〜かもしれない」という書き方で、この説明を示しています。

「パイレックス」の名前には、3つの説明がある

名前の由来は、1つに決まっていません。コーニングガラス美術館のブログによると、会社の説明では、口にしたときの響きがよく、ガラスの名前に「エックス(ex)」をつける会社の習慣にも合っていたから、とされています。「ノネックス」と同じ終わり方です。

一方で、初期の広告には「パイレックス」の下に「ファイア・グラス(火のガラス)」と書かれていました。そのためブログは、会社が英語の pyre(パイア。火をつけるために積み上げた木の山)にも引っかけていたのだろう、と見ています。さらにスミソニアンの解説は、「パイ」は最初の商品だったパイ皿からとった、と書いています。

05まとめ

パイレックスのガラスは、もとは鉄道の信号ランプのために作られた、急な温度の変化に強いガラスでした。1913年ごろ、陶器の皿がオーブンで割れてしまったベッシー・リトルトンが、そのガラスでできた電池用のびんの底でスポンジケーキを焼きました。ケーキは、むらなく早く焼けました。

その後、会社の研究者たちがガラスから鉛を抜き、料理に使える成分で特許を取りました。1915年に「パイレックス」という名前が使われ始めます。パイレックスの皿を見たら、「このガラスの始まりは、鉄道のランプと電池用のびんだった」と思い出してください。

人に話すなら、こう言おう

パイレックスの耐熱皿って、もとは鉄道の信号ランプ用のガラスなんだって。研究者の奥さんが、電池用のガラスびんの底を切り取ってケーキを焼いたら、金属の型より早くきれいに焼けたのが始まりらしいよ。
READ IN ENGLISH

英語で読む

A Cake Baked in a Battery Jar

CEFR A2219 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

Around 1913, Bessie Littleton's baking dish broke in her oven.1913年ごろ、ベッシー・リトルトンの焼き皿がオーブンの中で割れました。 She had used it only two times.彼女はそれを2回しか使っていませんでした。 Her husband, Jesse, was a scientist at a glass company called Corning Glass Works.夫のジェシーは、コーニング・グラス・ワークスというガラス会社の科学者でした。

The company made a special glass named Nonex.その会社は、ノネックスという特別なガラスを作っていました。 It was first made for railroad lanterns.それは最初、鉄道のランプのために作られました。 Old lanterns often broke when the warm glass met cold air, and broken signal lanterns could cause train accidents.昔のランプは、温まったガラスが冷たい空気にふれるとよく割れ、割れた信号ランプは列車の事故の原因になることがありました。 Nonex did not break easily when the temperature changed quickly.ノネックスは、温度が急に変わっても簡単には割れませんでした。

Jesse's job was to find new uses for this glass.ジェシーの仕事は、このガラスの新しい使い道を見つけることでした。 Bessie asked him for a piece of Nonex to try in her kitchen.ベッシーは、台所で試すためにノネックスのガラスを1つ持ってきてほしいと彼に頼みました。 The next day, he brought home the bottoms of two glass battery jars.次の日、彼は電池用のガラスびん2つの、底の部分を持ち帰りました。 Someone had cut them off with a saw.それはのこぎりで切り取られたものでした。

Bessie baked a sponge cake in one of them.ベッシーは、そのうちの1つでスポンジケーキを焼きました。 The cake cooked evenly and came out of the glass easily.ケーキはむらなく焼け、ガラスから簡単に取り出せました。 It also baked faster than in a metal or ceramic dish.金属や陶器の皿で焼くより早く焼けもしました。 She tested many more recipes and wrote down her results.彼女はさらにたくさんの料理を試し、結果を書きとめました。

But Nonex had lead in it, so it was not safe for food.でも、ノネックスには鉛が入っていたので、食べ物に使うには安全ではありませんでした。 Company scientists removed the lead and made a new glass.会社の科学者たちは鉛を取りのぞき、新しいガラスを作りました。 The name Pyrex was introduced in 1915.パイレックスという名前は、1915年に使われ始めました。 A year later, in 1916, Pyrex glass also began to be used in science labs.その1年後の1916年には、パイレックスのガラスは科学の実験室でも使われ始めました。 One museum says the "Py" came from the pie plate, the first Pyrex product.ある博物館は、「パイ」は最初のパイレックスの商品だったパイ皿から来た、と説明しています。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2How many times did Bessie use her baking dish before it broke?

    ベッシーの焼き皿は、割れるまでに何回使われましたか。

  3. Q3Why did the company remove something from Nonex?

    会社がノネックスから何かを取りのぞいたのはなぜですか。

  4. Q4In paragraph 2, the word "accidents" is closest in meaning to

    第2段落の accidents という語に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • lantern名詞
    ランプ、手さげランプ

    We used a lantern at the campsite.

    私たちはキャンプ場でランプを使った。

    💡 中に火や電球を入れて持ち運ぶ明かり。paper lantern で「ちょうちん」。

  • railroad名詞
    鉄道

    The railroad runs along the river.

    その鉄道は川に沿って走っている。

    💡 アメリカ英語。イギリス英語では railway と言うことが多い。

  • temperature名詞
    温度、気温

    The temperature dropped quickly at night.

    夜になると気温が急に下がった。

    💡 take one's temperature で「体温を測る」。

  • battery名詞
    電池

    My phone battery is almost empty.

    私の電話の電池はほとんど空だ。

    💡 battery jar は「電池用のガラスびん」。

  • evenly副詞
    むらなく、均等に

    Spread the butter evenly on the bread.

    パンにバターをむらなくぬりなさい。

    💡 形容詞 even(平らな、均等な)に -ly がついた形。

  • ceramic形容詞
    陶器の、焼き物の

    She bought a ceramic cup in Kyoto.

    彼女は京都で陶器のカップを買った。

    💡 名詞 ceramics で「陶磁器」。発音は「セラミック」。

  • remove動詞
    取りのぞく

    Please remove your shoes at the door.

    入り口でくつをぬいでください。

    💡 take away / take off と近い意味。名詞は removal。

  • lead名詞
    鉛

    Old paint sometimes has lead in it.

    古いペンキには鉛が入っていることがある。

    💡 「鉛」の意味では「レッド」と読む。動詞の lead(導く)は「リード」。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 27件)。

  1. Brumagen, R. (2015) The Beginning of Pyrex(The Corning Museum of Glass Blog)blog.cmog.org
  2. Dr. J.T. Littleton(Corning Incorporated)corning.com
  3. Pyrex At 100(C&EN, American Chemical Society, 2015)cen.acs.org
  4. Modified Florence flask(National Museum of American History, Smithsonian Institution)americanhistory.si.edu
  5. Sullivan, E. C. & Taylor, W. C. US Patent 1,304,622 "Heating vessel"(1919)patents.google.com
  6. Sullivan, E. C. & Taylor, W. C. US Patent 1,304,623 "Glass"(1919)patents.google.com

公式ページで見てみよう

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

NEXT TRIVIAこの雑学にうなった人は、これにもうなる