
一卵性の双子でも、指紋は違う
指紋は、おなかの中で波のように広がってできる。
この判定の対象「一卵性の双子でも、指紋は違う」
もくじ
指紋の歴史には、こんな有名な話があります。1903年、アメリカ・カンザス州のレブンワース刑務所に、ウィル・ウェストという男が入ってきました。係の人が体のあちこちを測って記録を調べると、おどろくことが分かりました。測った数字も顔もそっくりな「ウィリアム・ウェスト」が、すでにこの刑務所にいたのです。
二人を見分けたのは、指紋だったと語られています。「体を測る方法より、指紋のほうが確かだ」と示した事件として、よく紹介されます。
ただし、アメリカ司法省の研究所が出した指紋の専門書は、この話は少し大げさに語られていると書いています。同じ本によると、この刑務所が受刑者全員の指紋をとり始めたのは、1904年10月です。1903年の出来事より、あとのことです。のちの研究者が刑務所の記録を調べると、二人は同じ家族と手紙をやりとりしていました。二人は親せきだった可能性が高いのです。当時のほかの受刑者の一人は、「二人は双子の兄弟だ」と話していました。二人の本当の関係は、今も分かっていません。
では、もし本当に一卵性の双子だったら、指紋も同じになるのでしょうか。この記事では、まず指紋がおなかの中で、いつ、どうやってできるのかを見ます。次に、一卵性の双子の指紋が同じにならない理由を説明します。最後に、指紋の歴史にまつわる話と、指紋の研究の新しい発見を紹介します。
01指紋は、生まれる前のおなかの中で、妊娠10週ごろから作られ始める
指紋ができ始めるのは、生まれるずっと前です。
妊娠2か月ごろ、赤ちゃんの手のひらや指先に、小さなふくらみができます。これを「ボラーパッド」と呼びます。指紋は、このふくらみの上に作られます。
妊娠10.5週ごろ、皮膚のいちばん下の層で、細胞がさかんに増え始めます。これが指紋の線のはじまりです。14週までには、もようが「弓」「ひづめ」「うず」のどれになるかが決まります。そして16週ごろまでに、線が分かれたり途切れたりする細かい点の配置が決まります。この細かい点を「特徴点」と呼びます。
一度できた線のならびは、その後ずっと変わりません。体が大きくなると、もようも大きくなります。けれど、線の順番が入れかわることはありません。深いけがや病気で皮膚の深い層がこわれないかぎり、指紋は一生同じです。
02指紋のもようは、指先のあちこちから波のように広がる線が、どこでぶつかるかで決まる
指紋の線は、どうやってできるのでしょう。2023年、イギリスのエディンバラ大学ロスリン研究所などのチームが、新しい説明を発表しました。
チームは、マウスや、幹細胞から作った小さな組織を使って調べました。すると、指紋の線のでき始めは、毛の根もとができるときとよく似ていました。指紋の線は、毛を作るしくみが、途中で止まったものだったのです。
線の並び方を決めているのは、皮膚の中で働くいくつかの信号です。「線を作れ」という信号と、それを打ち消す信号が、皮膚の中で広がりながら、たがいにせめぎあいます。その結果、線と溝が、しましまにならびます。
そして、線は指先のあちこちの出発点から、波のように広がっていきました。この波がどう進み、どこでぶつかるか。それによって、もようが弓になるか、ひづめになるか、うずになるかが決まります。出発点の場所やタイミングは、指の長さや指先の形、そこでの遺伝子の働きで変わります。
指先のふくらみ(ボラーパッド)の形も、もように関係します。ふくらみが高くもり上がっていると、うずのもようになりやすくなります。ふくらみが低いと、弓のもようになりやすくなります。

03一卵性の双子の指紋は、もようの種類は似ても、細かい形はちがう
一卵性の双子は、一つの受精卵が二つに分かれて生まれます。遺伝子はほぼ同じです。それなら、指紋も同じになりそうです。
たしかに、指紋のもようには遺伝の影響があります。もようの種類がどれくらい遺伝で説明できるかを表す数字を、「遺伝率」といいます。これまでの研究では、遺伝率は0.3〜0.8と報告されています。2022年には、2万3000人以上の遺伝子を調べた研究が出ました。遺伝子の中で、指紋のもようの種類に関わる部分は、手や足を作るときに働く遺伝子に多く見つかりました。
けれど、遺伝子が決めるのは、もようの大まかな種類までです。アメリカ司法省の研究所が出した指紋の専門書は、遺伝は特徴点のならび方や線の形までは決めない、と書いています。さらに、一卵性の双子は、遺伝子が同じでおなかの中の環境も似ているのに、もようがかなりちがうことも多いといいます。
さきほどの、線が波のように広がる話を思い出してください。波の出発点やタイミングは、指の形や、その場所のわずかな条件で変わります。遺伝子という同じ設計図があっても、波のぶつかり方まではそろわないのです。
041894年の小説にも、「双子の指紋は同じではない」というせりふがある
双子と指紋の話は、100年以上前の小説にも出てきます。マーク・トウェイン(Mark Twain)が1894年に本として出した『まぬけのウィルソンの悲劇』(The Tragedy of Pudd'nhead Wilson)です。雑誌での連載は、1893年に始まっていました。主人公の弁護士ウィルソンは、裁判のとちゅうで指紋の話をします。そして、「双子の一方のもようは、もう一方と決して同じではない」と言い切ります。
05東京にいたスコットランド出身の医師が、1880年に指紋を犯罪の捜査に使おうと提案した
指紋の歴史は、日本ともつながりがあります。スコットランド出身の医師ヘンリー・フォールズ(Henry Faulds)は、1885年までの十年あまり、東京・築地で病院を開いていました。フォールズが指紋に興味をもったきっかけは、日本の浜辺で見つかった土器です。その土器に、指の線のあとが残っていたのです。1880年、フォールズは科学雑誌『ネイチャー』に、犯罪の現場で指紋を使うことを提案する文章を出しています。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
双子の指紋のちがいは、育つ途中の小さな偶然から生まれる
「遺伝か、環境か」という問いは、指紋ではうまく当てはまりません。一卵性の双子は、遺伝子がほぼ同じで、同じ子宮で育ちます。それでも指紋はちがいます。このちがいは、遺伝でも外の環境でもない、3つめの原因から生まれると考えられます。生き物が育つ途中で起きる、小さな偶然のゆれです。これを発生のゆらぎ(発生ノイズ)と呼びます。
指紋の専門書は、特徴点がどうできるかを、こう説明しています。指先のせまい場所ごとに、皮膚が引っぱられたり押されたりする力で特徴点ができる。皮膚の層はそれぞれのペースで育ち、すでにできた線とおたがいに影響しあう。だから、細かい力のかかり方まで、二つの指でぴったり同じになることは考えにくい、という立場です。
ここで、遺伝率の意味にも注意が必要です。遺伝率0.5は、「あなたの指紋の半分は遺伝で決まる」という意味ではありません。たくさんの人のあいだのちがいのうち、どれくらいが遺伝子のちがいで説明できるかを表す数字です。人の集まり(集団)についての数字です。一人の指紋のうち何割が遺伝で決まるかを表す数字ではありません。
指紋のしましまは、「線を作れ」と「打ち消せ」の2つの信号がせめぎあってできると考えられている
2023年の研究が使った考え方は、数学者アラン・チューリング(Alan Turing)が1952年の論文で示したものです。論文の題名は「形態形成の化学的基礎」。生き物の形やもようができるしくみを、化学で説明しようとした論文です。「何かを作れ」という物質と、それを打ち消す物質が、ちがう速さで広がるとします。すると、何もなかったところに、しまや点のもようが自然に生まれる、という理論です。これを反応拡散と呼びます。
2023年の研究では、線を作る側の信号はEDARやWNT、それを打ち消す側の信号はBMPという物質でした。ただし、別の考え方もあります。2005年、研究者のキュッケンとニューウェルは、力で線ができるという説明(力学のモデル)を出しました。皮膚のいちばん下の層が押されて「たわむ」ことで、線ができるというのです。じゅうたんを両側から押すと、しわが寄るようなイメージです。化学の信号と力学の力がどう組み合わさるのかは、これからの研究の課題です。
「指紋は一人ひとりちがう」は、全員の指紋を比べて確かめたわけではない
指紋が一人ひとりちがうという考えは、100年以上、本人かどうかを確かめるときのよりどころになってきました。けれど、すべての人の指紋を比べた人はいません。専門書の説明も、指紋のでき方から考えて「同じものはできない」という理屈が中心です。
2024年、コロンビア大学などのチームは、意外なことを見つけました。約6万枚の指紋をAIに学ばせると、同じ人の別々の指の指紋が、たがいによく似ていることが分かったのです。AIが似ていると見分けた手がかりは、指紋の中心あたりの線の向きでした。昔から鑑定で大事にされてきた特徴点は、ほとんど役に立ちませんでした。チームは、「同じ人の別の指でも、指紋は似ていない」という考えは、証明されていない思いこみだったと書いています。
つまり、指紋は「一人ひとりちがう」けれど、「同じ人の指どうしは似ている」のです。双子の指紋が「似ているけれど同じではない」のと、よく似た関係です。
06まとめ
一卵性の双子でも、指紋はちがいます。指紋は妊娠10週ごろから、指先のいくつかの場所から波のように広がってできます。遺伝子はもようの大まかな種類に影響しますが、線の分かれ目などの細かい配置までは決めません。
1903年のウェスト事件の二人が、本当に双子だったのかは、今も分かりません。けれど、もし双子だったとしても、二人は指紋で見分けられたはずです。自分の両手の10本の指を見比べてみてください。どれもちがうのに、どこか似ているはずです。
人に話すなら、こう言おう
一卵性の双子でも、指紋は違うんだって。指紋はおなかの中で、指先のあちこちから波みたいに広がってできるらしい。その波のぶつかり方は、同じ遺伝子でもそろわないんだよ。
英語で読む
Why Twins Have Different Fingerprints
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In 1903, a man named Will West arrived at a prison in Kansas.1903年、ウィル・ウェストという男がカンザス州の刑務所にやって来ました。 The prison already had a man named William West.その刑務所には、すでにウィリアム・ウェストという男がいました。 The two men looked almost the same, and their body sizes were very close.二人は見た目がほとんど同じで、体の大きさもとても近かったのです。 But their fingerprints were different.でも、二人の指紋はちがっていました。 Another prisoner said they were twin brothers, but nobody knows for sure.別の受刑者は二人を双子の兄弟だと言いましたが、確かなことはだれにも分かりません。
Identical twins come from one egg, so their genes are almost the same.一卵性の双子は一つの卵から生まれるので、遺伝子はほとんど同じです。 Still, their fingerprints are not the same.それでも、二人の指紋は同じではありません。 Why?なぜでしょうか。
Fingerprints start to form before we are born.指紋は、私たちが生まれる前に作られ始めます。 About ten weeks after a baby starts to grow, small lines appear on its fingertips.赤ちゃんが育ち始めて10週ほどたつと、指先に細い線が現れます。 By about 16 weeks, the small details of the lines are set.16週ごろまでに、線の細かい形が決まります。 After that, they do not change for the rest of our lives.その後、線は一生変わりません。
In 2023, scientists in Scotland and other countries found that the lines spread like waves.2023年、スコットランドなどの科学者たちは、線が波のように広がることを発見しました。 The waves begin at a few different points on each fingertip.波は、それぞれの指先のいくつかの点から始まります。 Where the waves meet decides the pattern, such as an arch, a loop, or a whorl.波がどこでぶつかるかで、弓形、ひづめ形、うず巻きといったもようが決まります。 The starting points depend on the shape of the finger and other small things.出発点は、指の形やほかの小さなことによって変わります。
Genes help to decide the general type of pattern.遺伝子は、もようの大まかな種類を決めるのを助けます。 So twins often have similar patterns.だから、双子は似たもようをもつことがよくあります。 But genes do not control every tiny detail.でも、遺伝子は小さな細部のすべてを決めるわけではありません。 Even with the same genes, the waves never meet in exactly the same way.同じ遺伝子をもっていても、波がまったく同じようにぶつかることはないのです。 Look at your ten fingers now. Each one tells its own small story.いま自分の10本の指を見てください。1本1本が、それぞれの小さな物語を語っています。
4択問題 Reading Quiz
-
Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Why fingerprints are different even for identical twins
第2段落で「なぜ双子でも指紋は同じではないのか」と問い、第3〜5段落でその理由を説明しているので正解はB。Aは導入の場面だけ。Dは本文の中心ではない。
-
Q2By about how many weeks are the small details of the lines set?
線の細かい形は、何週ごろまでに決まりますか。
正解:A 16 weeks
第3段落3文目に "By about 16 weeks, the small details of the lines are set" とあるので正解はA。Bの10週は線が現れ始めるころ。
-
Q3What decides the type of pattern, such as a loop or a whorl?
ひづめ形やうず巻きといったもようの種類を決めるのは何ですか。
正解:C Where the waves of lines meet
第4段落3文目に "Where the waves meet decides the pattern" とあるので正解はC。A・B・Dは本文に書かれていない。
-
Q4In paragraph 5, the word "detail" is closest in meaning to ...
第5段落の "detail" に最も近い意味はどれですか。
正解:D a small part
第5段落では、遺伝子は大まかな種類 (general type) は決めるが "every tiny detail" は決めないと対比しているので、detail は「細かい部分」。正解はD。Aは general に近い意味で逆。
-
Q5Which is true about the two West men?
二人のウェストについて正しいものはどれですか。
正解:B Nobody knows for sure if they were twins.
第1段落5文目に "Another prisoner said they were twin brothers, but nobody knows for sure" とあるので正解はB。Aは第1段落4文目と逆、Dは第1段落3文目と逆。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
-
fingerprint名詞指紋
The police found a fingerprint on the glass.
警察はグラスに指紋を見つけた。
💡 finger(指)+print(あと)。
-
identical形容詞まったく同じの
The two cups look identical.
その二つのカップはまったく同じに見える。
💡 identical twins で「一卵性の双子」。identity(本人であること)と同じ語源。
-
twin名詞双子の一人
My cousin has a twin sister.
私のいとこには双子の妹がいる。
💡 双子の二人は twins。
-
gene名詞遺伝子
Eye color is partly decided by genes.
目の色は一部、遺伝子で決まる。
💡 jeans(ジーンズ)と同じ発音。
-
form動詞形づくられる、できる
Ice forms on the lake in winter.
冬には湖に氷ができる。
💡 名詞では「形、用紙」。
-
pattern名詞もよう、型
I like the pattern on your shirt.
あなたのシャツのもようが好きだ。
💡 「行動のパターン」のように決まった型の意味も。
-
spread動詞広がる
The news spread quickly through the school.
その知らせはすぐに学校中に広まった。
💡 過去形・過去分詞も spread。
-
detail名詞細かい点、細部
Please tell me the details of the plan.
その計画の細かい点を教えてください。
💡 in detail で「くわしく」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 28件)。
- The Fingerprint Sourcebook, Chapter 1 History(米国司法省 国立司法研究所 NIJ、2011年)ojp.gov
- The Fingerprint Sourcebook, Chapter 3 Embryology and Morphology of Friction Ridge Skin(米国司法省 国立司法研究所 NIJ、2011年)ojp.gov
- Glover, J. D. ほか (2023) The developmental basis of fingerprint pattern formation and variation, Cell 186:940-956doi.org
- Li, J. ほか (2022) Limb development genes underlie variation in human fingerprint patterns, Cell 185:95-112doi.org
- Guo, G. ほか (2024) Unveiling intra-person fingerprint similarity via deep contrastive learning, Science Advances 10:eadi0329doi.org
- Nousbeck, J. ほか (2011) A Mutation in a Skin-Specific Isoform of SMARCAD1 Causes Autosomal-Dominant Adermatoglyphia, American Journal of Human Genetics 89:302-307doi.org
- Twain, M. (1894) The Tragedy of Pudd'nhead Wilson(Project Gutenberg 版)gutenberg.org
公式ページで見てみよう
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
NEXT TRIVIAこの雑学にうなった人は、これにもうなる
No.029お風呂で指がシワシワになるのは、ふやけたからではなく神経の働き
神経が切れた指は、お風呂でシワにならない。
No.030ウソFALSE「体の細胞は7年ですべて入れかわる」はウソだった
目のレンズの中心は、生まれたときのまま。
No.128鳥肌を立てる小さな筋肉は、毛を生やす手助けもしていた
寒い部屋のネズミは、毛が早く生えはじめた。
No.113アルファベットの「A」は、牛の頭の形からできた
「A」の元の名前は、「牛」という意味。
No.077ホントTRUE生のパイナップルを入れると、ゼリーが固まらない
パイナップルの酵素が、ゼリーのもとを分解する。
No.163ホントTRUE太陽は、本当は白い
黄色や赤に見えるのは、空気を通るから。