消せるボールペンのインクは、最初は紙コップに使われていた
失敗から生まれたNo.008

消せるボールペンのインクは、最初は紙コップに使われていた

消えるインクの最初の商品は、紙コップ。

うなり度 読む時間9分 出典6件 確認した事実23件
もくじ
  1. 消えるインクの研究は、紅葉の色の変化を見たことから始まった
  2. ペンになる前、消えるインクは紙コップや五輪チケットに使われた
  3. 文字を消したままにするには、色が消える温度と色が戻る温度を大きく離す必要があった
  4. ボールペンに入れるには、インクの粒を小さくし、大量に作れるようにする必要があった
  5. フリクションボールは、日本より1年早くヨーロッパで発売された
  6. 深掘り講義
  7. まとめ
  8. 英語で読む(A2・4択5問)
  9. 出典・ウラ取り

1976年、ある紙コップが売り出されました。商品名は「魔法のコップ」です。コップには花咲か爺さんの絵がかいてあります。冷たい水を注ぐと、その絵の木に桜の花が咲きます。

コップの絵には、温度で色が変わる特別なインクが使われていました。作ったのは、パイロットインキという会社です。筆記具メーカー・パイロットのグループ会社です。このインクが、のちの消せるボールペン「フリクション」(パイロットコーポレーションの登録商標)のインクのもとになりました。

インクが生まれたのは1975年です。日本でフリクションボールが発売されたのは2007年です。消せるインクがペンに入るまでに、30年以上かかったことになります。その間、インクは紙コップや、オリンピックのチケットや、エビフライのおもちゃに使われていました。

この記事では、まず消えるインクがペンになる前に何に使われていたかを紹介します。次に、ペンにするために何が足りなかったのか、それをどう乗りこえたのかを見ていきます。最後に、温度で色が消えたり戻ったりする仕組みを説明します。

01消えるインクの研究は、紅葉の色の変化を見たことから始まった

フリクションの公式サイトは、研究の始まりをこう説明しています。40年以上前、ある研究者が、一夜にして色が変わる紅葉を見ました。そして、この色の変化をビーカーの中で再現したいと考えたそうです。

この研究は1975年に、温度で色が変わるインクとして完成しました。パイロットインキは、このインクを「メタモカラー」と名づけています(同社の登録商標)。会社の年表では「メタモインキ」とも書かれていますが、同じインクのことです。

ただ、パイロットインキがアメリカでとった特許を調べると、もっと古い日付が出てきます。1977年にアメリカで登録された、「熱で色が変わる材料」の特許です。この特許には、日本で最初に出願した日が1972年5月30日と書かれています。

公式の年表が「開発に成功」と書いているのは1975年です。つまり、1975年より前の1972年には、研究はもう特許を出願するところまで進んでいたことになります。

02ペンになる前、消えるインクは紙コップや五輪チケットに使われた

公式の年表には、メタモカラーがペンになる前に何に使われたかが並んでいます。

1976年、メタモカラーのインクを使った世界で初めての商品が出ました。最初に紹介した紙コップ「魔法のコップ」です。

1984年には、ロサンゼルス・オリンピックの入場チケットに使われました。チケットには、指先でこするだけで色が変わるインクが印刷されていました。偽物のチケットを作られるのを防ぐためです。

1985年には、おもちゃの「メルちゃん まほうのフライDEこんがり」が登場しました。おもちゃの鍋に冷たい水を入れると、おもちゃのエビフライがこんがりしたキツネ色に変わります。

この3つの商品は、どれも「温度が変わると色が変わる」という同じ性質を使っています。ただ、書いた文字を消すペンにするには、「消えた色が、冷めてもすぐには戻らない」という、もう一つの性質が足りませんでした。

03文字を消したままにするには、色が消える温度と色が戻る温度を大きく離す必要があった

普通の「熱で色が変わるインク」は、温めると色が消えます。そして、冷めるとすぐに元の色に戻ります。これでは、こすって文字を消しても、紙が冷めたとたんに文字がまた出てきてしまいます。

ペンにするには、一度消えたら消えたまま、色がついたらついたままでいるインクが必要でした。パイロットインキは、この性質を持つインクを「メモリータイプ」と呼んでいます。

公式の年表によると、パイロットインキは1988年にメモリータイプを新しく開発しました。このとき、公式の年表の言葉でいう「温度変化の幅」を、約15℃まで調整できるようにしたといいます。メモリータイプのインクは、色が消える温度と、色が戻る温度が離れています。インクの温度がこの2つの温度の間にあるかぎり、色は今の状態のままです。

それでも、約15℃の幅では、ペンにするには足りませんでした。2005年、この幅はついに80度前後に広がります。公式の年表では、マイナス20℃からプラス65℃までと書かれています。このインクが「フリクションインキ」です。

消える温度と、戻る温度の間が広いので、普段の部屋の温度では「書いた文字」も「消した文字」もそのまま残る。
消える温度と、戻る温度の間が広いので、普段の部屋の温度では「書いた文字」も「消した文字」もそのまま残る。

04ボールペンに入れるには、インクの粒を小さくし、大量に作れるようにする必要があった

パイロットインキの開発ストーリーでは、千賀さんという人が、開発の苦労を振り返っています。千賀さんは、フリクションを作るプロジェクトの中心にいた人です。

メタモカラーは、色のもとになる成分を、ごく小さなカプセルに閉じこめた顔料です。このカプセルを「マイクロカプセル」と呼びます。顔料とは、色をつけるための粉のことです。

開発の初めのころは、このカプセルが大きすぎました。色が消える温度と戻る温度の幅も、狭いものでした。ボールペンの細い先からインクを出すには、カプセルを小さくしなければなりません。しかも、カプセルの膜を強くする必要もありました。色の種類を増やす研究や、色を濃くする研究も必要でした。

これらの研究は、どれも最初からフリクションを作るために始めたものではありませんでした。パイロットインキは、何十年もかけてためた技術を組み合わせていきました。そして2002年ごろに、ようやくペンを商品にできる見通しが立ったといいます。

同じ2002年には、メタモインキを使った最初の筆記具「イリュージョン」が発売されました。黒で書いた文字が、青や赤に変わるペンです。

最後に残った難しさは、量産(大量に作ること)でした。ビーカーの中でできた材料を、性質を変えずに、500kgもの量のマイクロカプセルとして安定して作る必要がありました。インクにしたあとに、成分が分かれたり、品質が落ちたりするのも防がなければなりません。開発ストーリーには、インクの担当者だけで乗りこえたのではないと書かれています。製品の設計や、工場の設備の専門家など、あらゆる部門で取り組んだそうです。

05フリクションボールは、日本より1年早くヨーロッパで発売された

フリクションボールは、2006年にまずヨーロッパで発売されました。そして、ヨーロッパで大ヒットしました。日本で発売されたのは、その翌年の2007年です。パイロットの会社の沿革(これまでの歩み)には、2006年のところに「こすると消えるボールペン」を発売、とだけ書かれています。

なぜ日本より先にヨーロッパで売り出したのかは、公式の年表には書かれていません。はっきり言えるのは、日本の会社が開発したペンが、まず海外で売り出されたということです。パイロットインキによると、フリクションの本数は、これまでの合計で30億本になりました。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

インクのカプセルには、色を出す・消すための3つの成分が入っている

パイロットインキの説明では、メタモカラーのカプセルには3つの成分が入っています。

1つめは、色のもとになる「発色剤」です。2つめは、発色剤とくっついて色を出させる成分です。3つめは、2つがくっつく温度を決める「変色温度調整剤」です。

化学の言葉では、1つめの発色剤を「ロイコ染料」と呼びます。ロイコ染料は、それだけでは色がない染料です。1977年の米国特許には、発色剤には、分子の中に輪の形の部分(ラクトン環)を持つ色素が向いている、と書かれています。一般には、この輪は酸性の物質とくっつくと開き、そのときに色が出ると説明されます。

2つめの、発色剤とくっつく酸性の成分は、フェノールの仲間の化合物です。この成分を「顕色剤」と呼びます。

3つめの温度調整剤は、温度に合わせて、発色剤と顕色剤をくっつけたり離したりする役目をします。温度が低いときは、発色剤と顕色剤がくっついていて、色が出ています。温度が上がると、温度調整剤が2つの間に割りこみます。すると発色剤と顕色剤が離れて、色が消える、と考えられています。

温度調整剤に使うアルコールの種類を変えると、色が変わる温度を選べる

1977年の特許には、ある表が載っています。温度調整剤にどのアルコールを使うと、色が変わる温度がどうなるかを示した表です。

  • 炭素が12個つながったラウリルアルコールなら、5〜16℃。
  • 炭素が14個のミリスチルアルコールなら、24〜35℃。
  • 炭素が16個のセチルアルコールなら、32〜45℃。
  • 炭素が18個のステアリルアルコールなら、41〜53℃。
  • 炭素が22個のドコシルアルコールなら、52〜63℃。

炭素のつながりが長いアルコールほど、色が変わる温度が高くなっています。アルコールには、炭素のつながりが長いほど、溶ける温度も高くなる性質があります。つまり、使うアルコールの長さを選ぶだけで、色が変わる温度を決められるのです。特許には、この方法でマイナス40℃からプラス80℃くらいまでの温度を選べると書かれています。

フリクションは、色が消える温度と戻る温度の差をとても大きくしてある

温度を上げていったときに色が消える温度と、温度を下げていったときに色が戻る温度が違うこと。この性質を「ヒステリシス」(履歴現象)と呼びます。

ヒステリシスがあると、今のインクの色は、今の温度だけでは決まりません。それまでに温度が上がってきたのか、下がってきたのかによって決まります。このような性質は、磁石の仕組みを説明するときにも出てきます。

1984年に日本で出願されたパイロットインキの特許は、このヒステリシスを扱っています。特許には、具体的な例(実施例)がいくつか載っています。その一つでは、色が消える温度と、戻る温度の差が28℃ありました。文字はおよそ20〜39℃の間では、そのままの色を保ち、55℃で消えました。

この28℃の差は、温度調整剤に使う「エステル」という物質の、2つの温度の差と強く関係していました。1つはエステルが溶ける温度です。もう1つは、溶けたエステルを冷やしたときに、濁り始める温度です。

フリクションは、このヒステリシスをとても大きくした製品です。製品の注意書きによると、60℃以上で文字が消え、-10℃前後まで冷やさないと文字が戻りません。普段の部屋の温度は、ちょうどこの2つの温度の間にあります。だから、部屋の中では、書いた文字も、消した文字も、そのままでいられるのです。

消える温度と戻る温度の差を小さくすると、温度を知らせるインクになる

パイロットインキは、反対に、ヒステリシスが小さい「高感度タイプ」も作っています。色が消える温度と戻る温度の差が小さいので、±1℃ほどの正確さで温度を知らせることができます。ビールがどれくらい冷えたかを示すラベルなどに使われています。

2つの温度の差を広げれば、色を覚えておくインクになります。差を狭くすれば、温度計の役目をするインクになります。同じ3つの成分の組み合わせから、正反対の性格を持つ材料を作り分けているのです。

06まとめ

フリクションのインクのもとは、1975年に生まれた「メタモカラー」というインクです。最初の商品は、冷たい水を注ぐと桜が咲く紙コップでした。その後、オリンピックのチケットやおもちゃに使われました。ペンになるまでには、30年以上かかりました。

ペンにするために必要だったことは2つあります。1つは、消える温度と戻る温度を大きく離すこと(ヒステリシス)です。もう1つは、ボールペンの先から出せるくらい小さくて強いマイクロカプセルを作ることです。フリクションボールは2006年にヨーロッパで先に発売され、日本では2007年に発売されました。

消したはずの文字を見たいときは、紙を冷凍庫に入れてみてください。-10℃前後まで冷えると、消した文字が戻ってくることがあります。

人に話すなら、こう言おう

フリクションの消えるインクって、最初はペンじゃなくて、冷たい水を入れると桜が咲く紙コップに使われたんだって。ペンになったのは30年後で、しかも日本より先にヨーロッパで売り出されたらしいよ。
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英語で読む

From a Paper Cup to an Erasable Pen

CEFR A2222 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In 1976, a Japanese company sold a special paper cup.1976年、日本のある会社が特別な紙コップを売り出しました。 When you poured cold water into it, a picture on the cup changed.冷たい水を注ぐと、コップの絵が変わったのです。 An old man in the picture made cherry flowers bloom.絵の中のおじいさんが、桜の花を咲かせました。

The cup used a new ink that changed color with temperature.このコップには、温度で色が変わる新しいインクが使われていました。 The ink came from a company called Pilot Ink.インクを作ったのは、パイロットインキという会社です。 It was made in 1975.そのインクは1975年に生まれました。 Later, the ink was used on tickets for the 1984 Olympics in Los Angeles, to stop fake tickets.その後、このインクは1984年のロサンゼルス・オリンピックのチケットに、偽物を防ぐために使われました。

But the ink could not go into a pen yet.でも、このインクはまだペンには入れられませんでした。 When it got warm, the color went away.温かくなると、色が消えました。 When it got cool again, the color came back right away.そしてまた冷えると、色はすぐにもどってきました。

The scientists needed ink that stayed clear after it lost its color.研究者たちには、色が消えたあとも透明のままでいるインクが必要でした。 In 1988, they made a new type of ink.1988年、彼らは新しいタイプのインクを作りました。 It lost its color and got it back at temperatures about 15 degrees apart.そのインクは、色が消える温度ともどる温度が、約15度離れていました。 In 2005, they made the gap much wider, from minus 20 to 65 degrees Celsius.2005年には、その差をマイナス20℃からプラス65℃まで、ずっと大きく広げました。 They also made tiny capsules for a pen tip.さらに、ペン先に合う小さなカプセルも作りました。

In 2006, the FriXion pen went on sale in Europe first, and it was a big hit.2006年、フリクションのペンはまずヨーロッパで発売され、大ヒットしました。 It came to Japan in 2007.日本に来たのは2007年です。 The ink loses its color at 60 degrees, and the heat from rubbing is enough.インクは60℃で色が消えます。こすったときの熱で十分なのです。 But if you put the paper in a very cold place, around minus 10 degrees, the words may come back.でも、紙をマイナス10℃前後のとても寒い場所に置くと、文字がもどってくることがあります。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When did the FriXion pen go on sale in Japan?

    フリクションのペンが日本で発売されたのはいつですか。

  3. Q3Why could the first ink not be used in a pen?

    最初のインクをペンに使えなかったのはなぜですか。

  4. Q4In paragraph 2, the word "fake" is closest in meaning to:

    第2段落の "fake" に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • temperature名詞
    温度

    The temperature today is 25 degrees.

    今日の気温は25度だ。

    💡 体温は body temperature。take one's temperature で「体温をはかる」。

  • pour動詞
    注ぐ

    She poured milk into her coffee.

    彼女はコーヒーにミルクを注いだ。

    💡 pour A into B で「AをBに注ぐ」。It's pouring. は「どしゃ降りだ」。

  • fake形容詞・名詞
    偽物の、偽物

    This bag looks real, but it is fake.

    このかばんは本物に見えるが、偽物だ。

    💡 fake news(偽のニュース)のように使う。反対は real。

  • erase動詞
    消す

    Please erase the board after class.

    授業のあとで黒板を消してください。

    💡 eraser は「消しゴム、黒板消し」。erasable は「消せる」。

  • clear形容詞
    透明な、はっきりした

    The water in the lake was very clear.

    湖の水はとても透き通っていた。

    💡 「晴れた」「分かりやすい」の意味もある。

  • gap名詞
    すき間、差

    There is a big gap between the two numbers.

    2つの数字の間には大きな差がある。

    💡 Mind the gap.(すき間に注意)はロンドンの地下鉄の有名な放送。

  • capsule名詞
    カプセル

    The medicine comes in small capsules.

    その薬は小さなカプセルに入っている。

    💡 time capsule(タイムカプセル)でもおなじみ。

  • rub動詞
    こする

    He rubbed his hands to keep them warm.

    彼は手を温めるためにこすり合わせた。

    💡 過去形は rubbed。rubber(ゴム、消しゴム)は rub から来た語。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 23件)。

  1. 開発の歴史(フリクション公式サイト・パイロットコーポレーション)frixion.jp
  2. インキの秘密・使用上の注意事項(フリクション公式サイト・パイロットコーポレーション)frixion.jp
  3. フリクション 開発ストーリー(パイロットインキ)pilotink.co.jp
  4. メタモカラー(パイロットインキ)pilotink.co.jp
  5. Nakasuji, N. et al. 米国特許 US4028118 "Thermochromic materials"(1977)patents.google.com
  6. Kito, T. et al. 米国特許 US4720301 "Reversible heat sensitive recording composition"(1988)patents.google.com

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文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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