ポテトチップス誕生の有名な話は、あとから少しずつ作られていた
失敗から生まれたNo.009

ポテトチップス誕生の有名な話は、あとから少しずつ作られていた

伝説の大富豪は、約120年後の広告で登場した。

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この判定の対象「ポテトチップスは1853年、怒った料理人が大富豪への仕返しに発明した」

うなり度 読む時間9分 出典7件 確認した事実17件
もくじ
  1. 物語の1853年の夏、文句を言ったはずの大富豪はヨーロッパにいた
  2. 初めは、料理人ではなく店が、ポテトチップスを生んだとされていた
  3. 大富豪を物語に入れたのは、ポテトチップスの袋を作る会社の広告だった
  4. 薄く切ったジャガイモを揚げる作り方は、1817年のイギリスの料理の本に載っていた
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

ポテトチップスが生まれたときの話として、有名な物語があります。

1853年、アメリカ・ニューヨーク州の保養地サラトガ・スプリングスの近くでのことです。湖のほとりに、「ムーンズ・レイク・ハウス」という店がありました。ある客が「フライドポテトが厚すぎる」と言って、料理を突き返しました。腹を立てた料理人ジョージ・クラム(George Crum)は、ジャガイモを、フォークで刺せないほど薄く切りました。それをカリカリに揚げて出すと、客は大喜びしました。こうしてポテトチップスが生まれた、という物語です。

英語の百科事典ブリタニカも、「〜とされる」と断りながら、この物語を紹介しています。物語によっては、文句を言った客は、大富豪のコーネリアス・ヴァンダービルト(Cornelius Vanderbilt)だったことになっています。汽船の会社を持っていた人です。

ところが、古い記録を調べると、この物語の中身は、ばらばらの時代に付け足されたものでした。料理人のクラムが出てくる記録は、1885年が最初です。大富豪のヴァンダービルトが出てくるのは、1853年から約120年後です。ポテトチップスの袋を作っていた、紙の会社の広告からでした。そして、薄く切ったジャガイモを揚げる作り方は、1853年より前に、イギリスの料理の本にすでに載っていました。

この記事では、まず有名な物語が事実と合わない点を確かめます。次に、物語に料理人や大富豪が付け足されていった順番をたどります。最後に、薄切りのジャガイモを揚げる料理が、もっと古い本に載っていたことを紹介します。

01物語の1853年の夏、文句を言ったはずの大富豪はヨーロッパにいた

ポテトチップスの物語を調べた民俗学者がいます。民俗学は、昔から人々の間で語り継がれてきた話や習慣を調べる学問です。調べたのは、ウィリアム・フォックス(William Fox)とメイ・バナー(Mae Banner)の2人です。2人は1983年、学術誌『ウェスタン・フォークロア』に、ポテトチップスの物語がどう変わってきたかをまとめました。

2017年には、この研究などを紹介した記事が出ています。学術データベースのJSTORが出している、ウェブ雑誌の記事です。この記事によると、有名な物語は、ほとんどすべての点で事実と合いません。

まず、ヴァンダービルトは1853年の夏、家族とヨーロッパを旅行していました。サラトガにはよく通っていた人です。でも、この夏にサラトガで料理に文句を言うことはできません。

さらに、物語の舞台の店を経営したムーン夫妻が、レイク・ハウスを買ったのは1854年でした。「1853年のムーンズ・レイク・ハウス」という設定そのものが、年代と合わないのです。

02初めは、料理人ではなく店が、ポテトチップスを生んだとされていた

フォックスとバナーが調べると、1800年代の半ばには、ポテトチップスはある店が生んだものとされていました。ムーンズ・レイク・ハウスという店です。

それより前の記録もあります。1849年7月、新聞『ニューヨーク・ヘラルド』に、湖のほとりのレイク・ハウスについての記事が出ました。記事では、イライザ(Eliza)という料理人が紹介されています。イライザがジャガイモを揚げる腕前は、サラトガでよく話題になるほど評判だというのです。

1849年は、ムーン夫妻が店を買う5年前で、物語で「発明」されたとされる1853年の4年前です。そのころには、もうこの店の揚げジャガイモは評判になっていたのです。

クラムがポテトチップスに関わったという記録は、今分かっている範囲では、1885年のものが最初です。クラムは、アフリカ系とアメリカ先住民の血を引く料理人でした。後に近くで自分の店「クラムズ・プレイス」を開き、1914年に亡くなりました。

ポテトチップスを生んだ人の候補は、クラムだけではありません。歴史家のデイブ・ミッチェル(Dave Mitchell)は、生みの親として語られてきた人たちを調べました。イライザ、ムーン夫妻、クラムの妹ケイト・ウィックス、店の支配人ハイラム・トーマスなどです。サラトガ以外の場所で生まれた可能性まで考えました。そのうえで、本当の始まりは、おそらく分からないだろうと結論しています。

物語は時代とともに付け足されていった。最初は「店」、次に「料理人」、最後に「大富豪の客」が加わった。
物語は時代とともに付け足されていった。最初は「店」、次に「料理人」、最後に「大富豪の客」が加わった。

03大富豪を物語に入れたのは、ポテトチップスの袋を作る会社の広告だった

その広告を出したのは、セント・レジス製紙会社という紙の会社です。広告が出たのは、発明されたとされる1853年から約120年後です。

広告には、クラムの肖像画と見出しが載っていました。見出しは、「大富豪ヴァンダービルトやジェイ・グールドの料理を作り、10億ドル規模の産業まで生んだ男」という意味のものでした。

その後、物語はさらに広まりました。1976年には、ポテトチップ/スナック食品協会という業界の団体が、クラムをたたえる記念の標識を建てました。場所は、レイク・ハウスがあった所の近くです。この標識は、まもなく盗まれてしまったそうです。1977年には、ヴァンダービルトの子孫が書いた料理の本が、ヴァンダービルトを「ポテトチップの創始者」と呼びました。

物語が分かりやすく、劇的になるたびに、その物語を語りたがる人たちが現れました。袋を売る会社、業界の団体、そしてヴァンダービルトの子孫です。

04薄く切ったジャガイモを揚げる作り方は、1817年のイギリスの料理の本に載っていた

では、この料理はいつからあったのでしょう。

ウィリアム・キッチナー(William Kitchiner)というイギリス人が書いた、料理の本があります。題は『料理の神託(The Cook's Oracle)』です。1817年に、ロンドンで最初の版(初版)が出た本です。その初版の104番の料理が、「ジャガイモの薄切り揚げ」です。

作り方はこうです。大きなジャガイモの皮をむき、2ペンス硬貨くらいの厚さに切る。布でよく水気をふき、粉をまぶしてラードで揚げる。カリカリになるまで動かし、ざるで油を切って、塩を少しふる。切る、水気をふく、揚げる、油を切る、塩をふる、という流れは、今のポテトチップスの作り方とよく似ています。

1830年にニューヨークで出た版では、同じ104番の文章が書き換えられていました。題は「薄切り、または削りくずのように切ったジャガイモの揚げ物」です。厚さは約4分の1インチ(約6mm)で、今のポテトチップスよりずっと厚めです。その代わり、「レモンの皮をむくように、ぐるぐると薄く削る」という切り方が加わりました。粉はまぶさず、ラードか肉の脂で揚げます。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

物語は、語り継がれるうちに登場人物が足されて、劇的になっていった

フォックスとバナーの論文の題名には、「民間伝承の変異(バリアント)」という言葉が入っています。民俗学では、同じ話が、語る人や時代によって少しずつ形を変えることを、こう呼びます。

ポテトチップスの物語では、話の変わり方がはっきりしています。最初は「店」の名物でした。次に「料理人」という主人公が付き、最後に「有名な大富豪」という敵役が付きました。

話は、誰かに語られるたびに、分かりやすく劇的な形に近づいていきます。名前のない客より有名人のほうが、ただの思いつきより「怒り」や「仕返し」のほうが、人に伝えたくなるからです。このようにしてできた、物事の始まりを説明する物語を「起源神話」と呼びます。

記録を読むときは、「いつ」「誰が」「なぜ」書いたかを確かめる

記録をそのまま信じず、その記録がいつ、誰によって、どんな目的で書かれたかを調べることを、史料批判と呼びます。ポテトチップスの物語に、これを当てはめてみましょう。

物語の大事な登場人物が出てくる記録は、どれも出来事からずっと後のものです。クラムの話は32年後、ヴァンダービルトは約120年後でした。

出来事と同じ時代に書かれた記録を、一次史料と呼びます。この物語で一次史料に近いのは、1849年の新聞記事のほうです。そこに書かれていたのは、発明した人の名前ではなく、イライザという料理人の評判でした。

さらに大事なのが、「なぜ」書いたかです。ヴァンダービルトを最初に物語に入れたのは、袋を作る会社の広告でした。物語は、商品に歴史と話題性をつけるための宣伝の道具として使われたのです。業界の団体の記念標識も、子孫の料理の本も、それぞれの立場からこの物語を語りました。

アメリカの料理の本に、キッチナーの本とほぼ同じ文章が載っていた

キッチナーの作り方には、もう一つの話があります。アメリカの料理の本、メアリー・ランドルフ(Mary Randolph)の『ヴァージニアの主婦』にも、「薄切りジャガイモの揚げ方」が載っています。1860年の版を見ると、その文章は、キッチナーの1830年版の104番とほぼ同じです。4分の1インチに切るか、レモンの皮のように削り、布で乾かし、ラードか肉の脂で揚げる。言い回しまでそろっています。

ランドルフの本の前書きには、作り方の多くは長年の経験から、記憶をもとに書いた、とあります。ところが、この料理の文章がそっくりなのは、キッチナーの初版の文章ではありません。後で書き換えられた1830年版の文章のほうです。

キッチナーの本の中で文章が変わり、変わった後の文章がランドルフの本に出てくる。この順番から見ると、ランドルフの本のほうが、キッチナーの文章を取り入れたと考えるのが自然です。ただし、ランドルフの本の初版にこの作り方があったかどうかは、今回は確かめられていません。

「その料理を最初に書いた本」を探すときは、版ごとに文章を比べて、どの本がどの本を写したかを確かめる必要があります。

ポテトチップスの袋では、「本物らしさ」が宣伝に使われている

研究者のフリードマンとジュラフスキーは、2011年に、ポテトチップスの袋に書かれた宣伝の文章を調べました。

値段の安いポテトチップスの袋では、「本物らしさ」が、伝統や家族の作り方、アメリカの土地と結びつけて書かれていました。値段の高い袋では、自然で手が加えられていないことが強調されていました。

土地や人物にまつわる誕生の物語は、「伝統」をアピールする宣伝にぴったりの材料です。起源神話が広告でよく使われる理由の一つが、ここにあります。

05まとめ

「1853年、怒った料理人が大富豪への仕返しに発明した」。このポテトチップス誕生の物語は、記録をたどると、登場人物が後から足されてできた話でした。料理人クラムが関わったという記録が出るのは、1885年です。大富豪ヴァンダービルトが加わったのは約120年後で、袋を作る会社の広告からでした。

一方で、サラトガの店で揚げたジャガイモが評判だったことは、1849年の新聞にも出てきます。そして、薄く切ったジャガイモを揚げる作り方は、1817年に出たイギリスの料理の本の初版に、もう載っていました。

物語に名前の出てこない料理人のイライザは、1853年より4年も前に、サラトガの揚げジャガイモの名人として新聞に書かれていました。

人に話すなら、こう言おう

ポテトチップスって「怒った料理人が客への仕返しで薄く揚げた」って話が有名だけど、その客の大富豪が話に出てきたのは120年もあと、袋を作る会社の広告からなんだって。
READ IN ENGLISH

英語で読む

Who Really Made the First Potato Chip?

CEFR A2219 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

There is a famous story about the first potato chip.最初のポテトチップスについて、有名な話があります。 In 1853, a customer at a restaurant near Saratoga Springs, New York, did not like his potatoes.1853年、ニューヨーク州サラトガ・スプリングス近くの店で、ある客がジャガイモ料理を気に入りませんでした。 The angry cook, George Crum, cut them very thin and fried them until they were hard.怒った料理人ジョージ・クラムは、ジャガイモをとても薄く切り、かたくなるまで揚げました。 The customer loved them.客はそれをとても気に入りました。

In some versions, the customer was Cornelius Vanderbilt, a very rich man.話によっては、その客は大金持ちのコーネリアス・ヴァンダービルトだったとされています。 But he was traveling in Europe that summer.でも、彼はその夏、ヨーロッパを旅行していました。 And the restaurant owners bought the place in 1854, not 1853.それに、店の持ち主がその店を買ったのは1853年ではなく1854年でした。

Researchers looked at old papers to see how the story grew.研究者たちは、この話がどう大きくなったのかを知るために古い記録を調べました。 At first, people said the restaurant made the first chips.最初、人々は「その店」が最初のポテトチップスを作ったと言っていました。 Crum's part in the story first appeared in 1885.クラムがかかわったという話が初めて出てきたのは1885年です。 Vanderbilt joined the story about 120 years later, in an ad by a company that made chip bags.ヴァンダービルトが話に加わったのは約120年後、ポテトチップスの袋を作る会社の広告の中でした。

Fried potato slices are also older than the story.薄切りのジャガイモを揚げる料理も、この話より古くからありました。 In 1849, a newspaper wrote about Eliza, a cook at the same restaurant, and her famous fried potatoes.1849年、ある新聞が、同じ店の料理人イライザと、彼女の評判の揚げジャガイモについて書いています。 An English cookbook, first printed in 1817, gave a recipe for thin potato slices fried in fat.1817年に初めて出版されたイギリスの料理書には、薄切りのジャガイモを油で揚げるレシピが載っていました。 It even said to add a little salt.塩を少しふるように、とまで書かれていました。

So who made the first potato chip?では、最初のポテトチップスを作ったのはだれなのでしょう。 Nobody knows for sure.はっきりとは、だれにも分かりません。 But each new teller added something to the story, and it became more exciting.でも、新しく語る人がそのたびに何かを付け足し、話はどんどん面白くなっていきました。 The next time someone tells you this story, ask one question: "Who wrote it down first?"今度だれかがこの話をしたら、一つ質問してみましょう。「最初にそれを書きとめたのはだれ?」

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When did Crum's part in the story first appear in the records?

    クラムがかかわったという話が記録に初めて出てきたのはいつですか。

  3. Q3Why could Vanderbilt not be the customer in 1853?

    1853年の客がヴァンダービルトであるはずがないのはなぜですか。

  4. Q4In paragraph 2, the word "versions" is closest in meaning to:

    第2段落の "versions" に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • customer名詞
    客、顧客

    The shop was full of customers on Sunday.

    日曜日、その店は客でいっぱいだった。

    💡 店の客は customer、招かれた客は guest、乗り物の客は passenger。

  • fry動詞
    (油で)揚げる、炒める

    My father fried some eggs for breakfast.

    父は朝食に卵を焼いた。

    💡 過去形は fried。French fries(フライドポテト)もこの語から。

  • slice名詞・動詞
    薄い一切れ、薄く切る

    Can I have a slice of bread?

    パンを一枚もらえますか。

    💡 a slice of pizza(ピザ一切れ)のように数える時にも使う。

  • version名詞
    (話などの)~版、型

    I like the new version of this game.

    私はこのゲームの新しい版が好きだ。

    💡 「バージョン」として日本語にもなっている。in some versions で「ある話では」。

  • owner名詞
    持ち主、オーナー

    The owner of the dog came to get it.

    犬の飼い主が迎えに来た。

    💡 own(所有する)+ -er(人)。

  • ad名詞
    広告

    I saw an ad for a new phone on TV.

    テレビで新しい電話の広告を見た。

    💡 advertisement の短い形。

  • recipe名詞
    レシピ、作り方

    This is my grandmother's recipe for apple pie.

    これは祖母のアップルパイのレシピだ。

    💡 発音は「レサピ」に近い。最後の e も読む。

  • exciting形容詞
    わくわくする、面白い

    The soccer game was very exciting.

    そのサッカーの試合はとてもわくわくした。

    💡 人が「わくわくしている」は excited。物事が「わくわくさせる」は exciting。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 17件)。

  1. White, A. (2017) The Story of the Invention of the Potato Chip Is a Myth(JSTOR Daily)daily.jstor.org
  2. Fox, W. S. & Banner, M. G. (1983) Social and Economic Contexts of Folklore Variants: The Case of Potato Chip Legends, Western Folklore 42:114–126doi.org
  3. Kitchiner, W. (1817) Apicius Redivivus; or, The Cook's Oracle(ロンドン初版)(Internet Archive)archive.org
  4. Kitchiner, W. The Cook's Oracle(1830年ニューヨーク版)(Project Gutenberg)gutenberg.org
  5. Randolph, M. The Virginia Housewife(1860年版)(Project Gutenberg)gutenberg.org
  6. Freedman, J. & Jurafsky, D. (2011) Authenticity in America: Class Distinctions in Potato Chip Advertising, Gastronomica 11:46–54doi.org
  7. Potato chip(Encyclopaedia Britannica)britannica.com

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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