チューリップ・バブルで破産した人を、記録を調べた歴史家は1人も見つけられなかった
歴史のウソ・ホントNo.295

チューリップ・バブルで破産した人を、記録を調べた歴史家は1人も見つけられなかった

チューリップで破産した人は、記録に1人も見つからなかった

ウソFALSE

この判定の対象「17世紀オランダのチューリップ・バブルでは、破産する人が続出した」

うなり度 読む時間10分 出典7件 確認した事実25件
もくじ
  1. よく知られたチューリップ・バブルの話は、1841年のイギリスの本で広まった
  2. 歴史家ゴールドガーは、チューリップで破産した人を記録の中に1人も見つけられなかった
  3. チューリップの球根は土の中にあり、お金は春に球根を渡すときに払う約束だった
  4. 「球根を食べた船乗り」のような話は、暴落のあとのからかいの歌や冊子から広まった
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

こんな話が伝わっています。ある船乗りが、商人の店で、タマネギに似た球根をこっそりポケットに入れました。港で朝ごはんのニシンと一緒に食べてしまったその球根は、実は高価なチューリップの球根でした。船乗りは訴えられ、何か月も牢屋に入れられた――。

この話は、17世紀のオランダで起きた「チューリップ・バブル」の逸話として、今も紹介されています。バブルとは、物の値段が中身よりずっと高くまで上がり、そのあと急に下がることです。1630年代のオランダでは、チューリップの球根が家と同じくらいの値段で売られた。1637年に値段が暴落すると、破産する人が続出した。そう語られてきました。

ところが、オランダの古い記録を何年も調べた歴史家アン・ゴールドガー(Anne Goldgar)は、まったく違う結論を出しました。チューリップのせいで破産した人を、1人も見つけられなかったのです。

この記事では、まず、よく知られたチューリップ・バブルの話がどこから広まったかを紹介します。次に、ゴールドガーが記録の中に見つけた、本当の取引のようすを見ます。最後に、からかいの話が「歴史」になっていった道すじと、ゴールドガーへの反論を紹介します。

01よく知られたチューリップ・バブルの話は、1841年のイギリスの本で広まった

この話を広めたのは、チャールズ・マッケイ(Charles Mackay)です。スコットランド出身の記者でした。マッケイは1841年、人々の思いこみや熱狂の歴史をまとめた本を出しました。この本は、今も経済の本などでくり返し引用されています。

マッケイは、こう書いています。チューリップを手に入れたいという熱が高まり、国のふつうの仕事がおろそかにされた。貴族から農民、船乗り、使用人、えんとつそうじの人や古着売りの女性まで、チューリップに手を出した。

マッケイの本には、球根の値段の話もたくさん出てきます。「センペル・アウグストゥス」という品種の球根は、5500フロリン(フロリンは当時のお金の単位)でも安いと思われていた。「副王」という品種の球根1個と引きかえに、次のような品物が渡された。小麦、ライ麦、太った牛4頭、ぶた8頭、羊12頭、ワイン、ビール、バター、チーズ1000ポンド、ベッド、服、銀のカップ。合わせて2500フロリン分です。

そして暴落のあとについて、マッケイはこう書きました。しっかりした商人たちが、ほとんどこじきのような暮らしにまで落ちた。由緒ある家の財産がつぶれた――。冒頭の船乗りの話も、この本に出てくるものです。

02歴史家ゴールドガーは、チューリップで破産した人を記録の中に1人も見つけられなかった

ゴールドガーは歴史学者で、2018年の時点では、イギリスのロンドン大学キングス・カレッジの教授でした。オランダの公文書館で何年も記録を調べ、2007年にチューリップ・バブルについての本を出しました。2018年には、その内容を一般の読者向けの記事にまとめています。

ゴールドガーは、破産の記録も調べました。ところが、この時期に破産した人の中に、チューリップの取引がとどめになったと言える人は、1人も見つかりませんでした。チューリップを売り買いした人が破産の記録に出てくることはありました。でもそれは、ほかの理由で破産した人の家や品物を、買う側として出てくるのです。つまり、まだお金に余裕があったということです。

ゴールドガーによると、運河に身を投げた人もいませんでした。オランダの経済は影響を受けなかった、とゴールドガーは書いています。アメリカのスミソニアン協会が出している雑誌の取材には、「破産した人は1人も見つけられなかった」と答えています。

高い球根を買ったのは、ほとんどがお金持ちの商人だった

ゴールドガーは、球根を買った人も調べました。いちばん高いチューリップは、約5000ギルダーでした。これは、家具のそろった家1軒ほどの値段です。でも、ゴールドガーが記録で確かめられた中で、球根に300ギルダーより多く使った人は37人だけでした。300ギルダー(ギルダーは当時のお金の単位)は、腕のいい職人の親方が1年に稼ぐくらいの金額です。

この37人は、1〜2人をのぞいて、裕福な商人の家の人でした。高い球根を買う余裕が十分にあったのです。ほかの球根の多くは、ずっと安い値段でした。取引に加わった人の数もそれほど多くなく、ほとんどが商人と、技術を持つ職人でした。売り手と買い手は、親せき、同じ宗派の仲間、近所の人どうしであることが多かったといいます。

「同じ球根が1日に10回も転売された」という話もよく語られます。でも、ゴールドガーが記録で見つけた買い手のつながりは、いちばん長くても5人でした。取引の場所も、取引所より、町の酒場や近所が中心でした。多くの時期、取引はわりと落ち着いて行われていたといいます。

03チューリップの球根は土の中にあり、お金は春に球根を渡すときに払う約束だった

チューリップ・バブルの取引には、大事な特徴がありました。冬のあいだに売り買いされた球根は、すべて土の中に植えられていたのです。球根を渡せるのは、5月か6月です。お金を払うのも、そのときという約束でした。つまり、紙の上で「春になったらこの値段で売り買いする」と約束していたのです。

1637年2月、値段が急に下がりました。ゴールドガーは、その理由を、球根が出回りすぎる心配と、1637年の最初の5週間の値上がりが急すぎたことだろう、と考えています。

暴落のとき、まだお金も球根も、ほとんど動いていませんでした。そのため、損は「あとでお金がもらえないかもしれない」というものでした。1636年の夏から、紙の上で球根を買って、また売った人は、何も失っていません。困ったのは、お金を払ってもらうのを待っていた売り手だけです。その人たちは、損に耐えられるだけのお金を持っていました。

政府は取引を止めず、裁判所は「話し合いで解決を」とすすめた

よく、「政府が取引を止めた」と言われます。でもゴールドガーによると、政府は取引を止めていません。もめごとを解決してほしいという声に、ゆっくり、ためらいながら対応しただけでした。ホラント州の裁判所は、当事者どうしで話し合い、なるべく裁判にしないようにとすすめました。

それでも、混乱がまったくなかったわけではありません。約束した値段では払えないと言い出す買い手が出て、取引は崩れ、小さな危機が起きました。ゴールドガーは、本当の問題はお金ではなく「信用」だった、とスミソニアンの雑誌に話しています。当時の商売は、おたがいを信じる関係で成り立っていました。それなのに、「買うと言ったけれど、もういらないし、払わない」と言う人が出てきた。そして、裁判所も関わろうとしなかったので、払わせる方法がなかったのです。

ゴールドガーによると、チューリップの取引の多くは、取引所ではなく町の酒場や近所で、落ち着いて行われていた。
ゴールドガーによると、チューリップの取引の多くは、取引所ではなく町の酒場や近所で、落ち着いて行われていた。

04「球根を食べた船乗り」のような話は、暴落のあとのからかいの歌や冊子から広まった

では、破産や大混乱の話は、どこから来たのでしょう。ゴールドガーによると、もとは1637年の暴落のあとに出回った、からかいの歌や冊子です。オランダには、世の中のできごとを歌や冊子で風刺する習慣がありました。

からかいの歌や冊子の話を、17世紀の後半の作家たちが取り入れました。18世紀の終わりには、ドイツの学者が書いた発明の歴史の本がそれを広めました。この本は大ヒットして、英語にも訳されました。マッケイは、その本を材料にして、1841年の本を書いたのです。実際、マッケイの本には、ドイツの学者ベックマンの『発明の歴史』が引用されています。

ゴールドガーは、マッケイのチューリップの話の多くは、1637年のからかいの歌から直接来ている、と書いています。スミソニアンの雑誌の記事によると、球根を食べて牢屋に入れられた船乗りや、えんとつそうじの人の話も、宣伝のための冊子から来たものだといいます。冊子を出したのは、ぜいたくで社会がだめになると心配した、オランダのカルバン派のキリスト教徒でした。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

人気のしま模様のチューリップは、ウイルスの病気でできていた

チューリップ・バブルで特に高い値段がついたのは、花びらに炎のようなしま模様が入ったチューリップでした。スミソニアンの雑誌の記事によると、このしま模様は、のちに、モザイクウイルスという病気によるものだと分かりました。このウイルスは、球根を弱らせ、増えにくくします。オランダの歴史家ペトラム(Lodewijk Petram)も、2009年の書評で、しま模様は病気によるものだが、17世紀の人はそれを知らなかった、と書いています。

マッケイの本にも、これに近い説明が引用されています。チューリップは、偶然や弱り、病気によって、色がさまざまに変わりやすい。手をかけて弱らせるほど美しくなるが、そのぶん弱くなり、植えかえることさえ難しくなる――。ベックマンの『発明の歴史』の一節です。人々が高いお金を払った美しい模様は、球根が弱っているしるしでもあったのです。

「そもそもバブルではなかった」と考える経済学者もいる

経済学者の中にも、チューリップ・バブルを見直す人がいます。経済学者ガーバー(Peter Garber)は1989年の論文で、チューリップの球根の値段の記録を集めて調べました。そして、チューリップ・バブルの大部分は「明らかな狂気」ではなかった、と書いています。めずらしい球根に高い値段がつき、その値段が早いうちに下がっていくのは、花の球根の取引ではよくある形だ、というのです。ただし、ふつうの球根の値段が急に上がって暴落した最後の1か月だけは、バブルだった可能性が残る、としています。

2007年、経済学者トンプソン(Earl Thompson)は、もっと大胆な説を出しました。冬に記録された高い値段は、ふつうの「春に必ず買う」という約束の値段ではなかった、というのです。先の約束で球根を買っていた人たちと役人が、損をのがれようとしていた。そのために、約束を「買うか買わないかを後で選べる権利」に変えようとしていた。だから値段が高く見えただけで、バブルではなかった、という説です。これは1人の経済学者の解釈で、歴史家のあいだで決着した説ではありません。

ゴールドガーの本にも、批判がある

ペトラムは書評で、ゴールドガーの本の記録調査はお手本になるほどすばらしく、議論もほとんどの点で納得できる、と書いています。ゴールドガーは、1637年の暴落を、お金の危機というより、人と人との信用がゆらいだ社会の危機だったと考えました。ペトラムは、その背景も説明しています。球根は秋に植えられ、どんな花が咲くかは春まで分かりません。取引のほとんどはその間の約束だったので、売り手と買い手の信用が特に大切だった、というのです。

ただし、ペトラムは1つ大きな不満も書きました。ゴールドガーは、球根の高い値段をまったく合理的だったかのように書いている。でも、球根は金(きん)とは違い、増やせるし、病気にもなるし、くさるし、流行にも左右される。だから、1636〜1637年の冬の高い値段と暴落の理由は、この本でもまだはっきりしない、というのです。チューリップ・バブルは「破産が続出した大事件」ではありませんでした。でも、なぜ値段があれほど上がったのかは、今も研究者のあいだで議論が続いています。

05まとめ

17世紀オランダのチューリップ・バブルでは、いちばん高い球根が家1軒ほどの値段で売られ、1637年2月に値段が急に下がりました。ここまでは本当です。でも、「破産する人が続出し、オランダの経済が壊れた」という話は、記録では確かめられません。オランダの記録を何年も調べたゴールドガーは、チューリップがとどめになって破産した人を、1人も見つけられませんでした。

破産や大混乱の話の多くは、暴落のあとに作られたからかいの歌や冊子がもとでした。それが1841年のマッケイの本で世界に広まりました。球根に300ギルダーより多く使った人は、記録で確かめられただけで37人。そのほとんどは、損をしても困らないお金持ちの商人でした。

人に話すなら、こう言おう

チューリップの球根が家と同じ値段になって、暴落で破産する人が続出したって話、知ってる? でも、オランダの記録を何年も調べた歴史家は、チューリップで破産した人を1人も見つけられなかったんだって。
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英語で読む

The Tulip Crash That Wasn't

CEFR A2220 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

Here is a famous old story.有名な昔話があります。 A sailor in Holland saw something like an onion on a table, so he took it and ate it with his fish.オランダのある船乗りが、テーブルの上のタマネギのようなものを見つけ、持っていって魚と一緒に食べました。 But it was a very expensive tulip bulb, and he went to prison.でもそれはとても高価なチューリップの球根で、彼は牢屋に入れられました。

This story is part of "tulip mania" in the 1630s.この話は、1630年代の「チューリップ・バブル」の一部です。 People say tulip bulbs cost as much as houses.チューリップの球根が家と同じくらいの値段だった、と言われています。 Then, in February 1637, prices fell suddenly.そして1637年2月、値段が急に下がりました。 In 1841, a writer named Charles Mackay said that many rich traders became almost as poor as beggars.1841年、チャールズ・マッケイという作家は、多くの裕福な商人がこじきのように貧しくなったと書きました。

But a historian named Anne Goldgar spent years reading old Dutch records.でも、アン・ゴールドガーという歴史家は、何年もかけてオランダの古い記録を読みました。 She could not find a single person who went bankrupt because of tulips.彼女は、チューリップのせいで破産した人を1人も見つけられませんでした。 She found only 37 people who spent more than 300 guilders on bulbs.球根に300ギルダーより多く使った人は、37人しか見つかりませんでした。 That was about one year's pay for a master worker.それは、腕のいい職人の親方の1年分の給料くらいでした。 Most of these buyers were rich traders.こうした買い手のほとんどは、お金持ちの商人でした。

There was another reason why few people lost money.損をした人が少なかったのには、もう1つ理由がありました。 The bulbs were still in the ground in winter.冬のあいだ、球根はまだ土の中にありました。 People only promised to pay when they got the bulbs in May or June.人々は、5月か6月に球根を受け取るときにお金を払う、と約束していただけでした。 So when prices fell, very little money had changed hands.だから値段が下がったとき、お金はほとんど動いていませんでした。

Where did the wild stories come from?では、とんでもない話はどこから来たのでしょう。 After the crash, people sold funny songs and booklets that made fun of tulip traders.暴落のあと、人々はチューリップの商人をからかう、おもしろい歌や小さな本を売りました。 Later writers copied them, and Mackay copied those writers.のちの作家たちがそれを写し、マッケイはその作家たちを写しました。 A joke from 1637 slowly became "history."1637年の冗談が、少しずつ「歴史」になっていったのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When did tulip prices fall suddenly?

    チューリップの値段が急に下がったのはいつですか。

  3. Q3Why did few people lose money when prices fell?

    値段が下がったとき、損をした人が少なかったのはなぜですか。

  4. Q4In paragraph 3, the word "bankrupt" is closest in meaning to ...

    第3段落の bankrupt という語に最も意味が近いのは…

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • bulb名詞
    球根、電球

    We planted tulip bulbs in the fall.

    私たちは秋にチューリップの球根を植えた。

    💡 形が似ているので「電球」(light bulb)の意味もある。

  • expensive形容詞
    高価な

    This bag is too expensive for me.

    このかばんは私には高すぎる。

    💡 反対は cheap(安い)。

  • prison名詞
    刑務所、牢屋

    He stayed in prison for two years.

    彼は2年間刑務所にいた。

    💡 go to prison で「刑務所に入る」。

  • historian名詞
    歴史家

    The historian studied old letters.

    その歴史家は古い手紙を研究した。

    💡 history(歴史)+ -ian(人)。

  • record名詞
    記録

    The school keeps records of all students.

    学校は全生徒の記録を保管している。

    💡 動詞のときは「記録する」で、発音は reCORD。

  • bankrupt形容詞
    破産した

    The company went bankrupt last year.

    その会社は去年倒産した。

    💡 go bankrupt で「破産する、倒産する」。

  • promise動詞・名詞
    約束する、約束

    She promised to call me tonight.

    彼女は今夜電話すると約束した。

    💡 promise to ~で「~すると約束する」。

  • make fun of動詞句
    ~をからかう

    Please don't make fun of my drawing.

    私の絵をからかわないで。

    💡 fun(楽しみ)を使った決まった言い方。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 25件)。

  1. Goldgar, A. (2018) Tulip mania: the classic story of a Dutch financial bubble is mostly wrong, The Conversation(ロンドン大学キングス・カレッジの歴史学教授による解説)theconversation.com
  2. Goldgar, A. (2007) Tulipmania: Money, Honor, and Knowledge in the Dutch Golden Age, University of Chicago Pressdoi.org
  3. There Never Was a Real Tulip Fever(2017, Smithsonian Magazine)smithsonianmag.com
  4. Mackay, C. Memoirs of Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds(初版1841年。1852年版、Project Gutenberg)gutenberg.org
  5. Petram, L. (2009) A. Goldgar, Tulipmania(書評), BMGN - Low Countries Historical Review 124doi.org
  6. Garber, P. M. (1989) Tulipmania, Journal of Political Economy 97:535-560doi.org
  7. Thompson, E. (2007) The tulipmania: Fact or artifact?, Public Choice 130:99-114doi.org

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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