ハエトリグサは、虫に1回触られたことを30秒間覚えている
生き物No.127

ハエトリグサは、虫に1回触られたことを30秒間覚えている

実際によく捕まえるのは、ハエよりアリ。

うなり度 読む時間7分 出典9件 確認した事実24件
もくじ
  1. ダーウィンは、ハエトリグサが葉を閉じる条件を細かく調べた
  2. ハエトリグサは、1回目に触られたことを、細胞の中のカルシウムの量で約30秒覚えている
  3. ハエトリグサがよく捕まえるのは、ハエよりもアリや甲虫
  4. ダーウィンは、葉のふちのトゲは小さな虫を逃がすためだと考えた
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

一匹のアリが、ハエトリグサの赤い葉の上を歩いています。アリが、葉の内側にある細い毛に触れました。でも、葉は動きません。0.8秒後、アリがもう一度、毛に触れました。今度は、葉が閉じました。10秒後の画像では、アリは葉の中に閉じこめられていました。

これは2025年、日本の研究チームが発表した論文に記録された場面です。ハエトリグサは、1回目に触られたことを覚えていて、2回目に触られたときに葉を閉じます。1回目を覚えていられるのは、約30秒だけです。

もう一つ、名前からは想像しにくい事実があります。ハエトリグサが野生でよく捕まえる獲物の一つは、ハエではなく、アリなのです。

この記事では、まずダーウィンがハエトリグサをどう調べたかを紹介します。次に、ハエトリグサが1回目を約30秒覚える仕組みを説明します。そのあと、ハエトリグサが実際に何を捕まえているのかを見ていきます。

01ダーウィンは、ハエトリグサが葉を閉じる条件を細かく調べた

ハエトリグサ(ハエトリソウ)に夢中になった科学者がいます。進化論で知られる、ダーウィンです。ダーウィンは1875年の本『食虫植物』で、ハエトリグサを「世界で最もすばらしい植物の一つ」と書きました。葉が閉じる動きの速さと力強さに、驚いたからです。

ダーウィンは、葉の内側にある小さな毛を調べました。毛は、左右の葉に3本ずつ、合わせて6本あります。この毛を感覚毛と呼びます。感覚毛に触れると、葉が閉じるのです。

ダーウィンの実験は、とても細かいものでした。

  • 細い髪の毛をぶら下げて揺らし、感覚毛に触れさせても、葉は閉じなかった。
  • 少し太い木綿の糸で触れると、葉は閉じた。
  • 小麦粉をぱらぱら落としても、水のしずくを落としても、葉は閉じなかった。

ダーウィンは、感覚毛が反応するのは、特別な種類の触れ方だけだと考えました。

02ハエトリグサは、1回目に触られたことを、細胞の中のカルシウムの量で約30秒覚えている

今では、ハエトリグサは普通、30秒ほどのあいだに2回触られると、葉を閉じることが知られています。1回目に触られたときは、そのことを「覚えておく」だけです。脳も神経もない植物が、どうやって覚えているのでしょうか。

1988年、ドイツのボン大学の研究者が、細胞の中のカルシウムが関わっているのではないか、と考えました。でも当時は、細胞を壊さずにカルシウムの量を測る方法がありませんでした。

この考えを確かめたのが、愛知県岡崎市にある基礎生物学研究所の、長谷部光泰教授と須田さんたちです。2020年、チームは、ある遺伝子をハエトリグサに組みこみました。カルシウムとくっつくと緑色に光るたんぱく質を作る遺伝子です。こうすると、細胞の中でカルシウムが増えた場所が、光って見えます。

感覚毛に触れると、カルシウムが増えた部分が光り、その光が葉全体に広がっていく
感覚毛に触れると、カルシウムが増えた部分が光り、その光が葉全体に広がっていく

感覚毛を1回触ると、カルシウムが増えて、毛から葉全体へ広がりました。でも、葉が閉じるほどの量ではありません。そこで2回目を触ると、カルシウムがさらに増えました。そして、ある量を超えたときに、葉が閉じました。反応が起きるかどうかの境目になるこの量を、しきい値と呼びます。

1回目に触ったあと、カルシウムは少しずつ減っていきます。約30秒たつと、2回目を触っても、カルシウムがしきい値に届かなくなりました。つまり、ハエトリグサが1回目を約30秒しか覚えていないのは、1回目で増えたカルシウムが、約30秒で減ってしまうからなのです。

03ハエトリグサがよく捕まえるのは、ハエよりもアリや甲虫

ダーウィンは、アメリカのウィルミントンに住むキャンビー博士に、あることを頼みました。博士はハエトリグサの自生地を訪ね、虫を捕まえた葉を集めて、ダーウィンに送ってくれました。

届いた葉は、14枚でした。

  • 10枚には、大きな虫が入っていた。そのうち8匹は甲虫だった。
  • 4枚には、小さな虫が入っていた。そのうち3匹はアリだった。

すぐに飛んで逃げられるハエの仲間は、14匹のうち1匹だけでした。

1977年の野外の調査では、捕まった獲物のおよそ3分の1が、アリでした。2025年の論文も、アリは自生地で最もよく捕まる獲物の一つだ、と書いています。

この2025年の研究チームは、感覚毛で触られたことを感じとる役のたんぱく質を、なくしたハエトリグサも作りました。このハエトリグサでは、アリが来たときに、カルシウムの信号(葉の中でカルシウムが増える反応)が出る割合が、18.5%下がりました。

04ダーウィンは、葉のふちのトゲは小さな虫を逃がすためだと考えた

ハエトリグサの葉のふちには、トゲが並んでいます。ダーウィンは最初、このトゲは役に立たないと思っていました。

やがて、ダーウィンはこう考えました。葉が閉じ始めると、左右のトゲどうしが交差します。そのトゲのすき間は、1.7〜2.5mmほどです。小さな虫は、このすき間から逃げられます。実際に、ダーウィンの息子は、小さな虫が逃げるのを見ました。

では、なぜ小さな虫を逃がすのでしょうか。ハエトリグサの葉は、一度虫を捕まえると、何日も閉じたままになります。ダーウィンの記録では、15日から35日も閉じたままで、そのまま枯れた葉もありました。

小さな虫のために、葉を何週間も使うのは損です。だからトゲは、漁の網の目が小魚を逃がすように、小さな虫を逃がす役目をしている。これが、ダーウィンの説です。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

野外で調べると、ハエトリグサは小さな虫を逃がしていなかった

ダーウィンの「網の目」説は、130年以上たってから、野外で確かめられました。2009年、ハッチェンス(Hutchens)とルーケン(Luken)は、自生地で9か月にわたって、虫を捕まえた葉(わな)を集めました。そして、中の獲物を調べました。

結果は、ダーウィンの予想とは違いました。大きなわなでも、小さめの虫が普通に捕まっていたのです。獲物は、大きな虫に偏っていませんでした。論文は、ハエトリグサは獲物を「選んで」捕まえているのではなく、「手当たりしだい」に捕まえている、と結論しています。

キャンビー博士が集めた14枚は、自生地の、早い季節にとった限られた葉でした。少ない例から立てた説が、多くのデータでくつがえされたのです。科学がどう進むかが、よく分かる例です。

ハエトリグサは、触られた回数を数えて、消化を始めるか決める

ハエトリグサが数えるのは、2回までではありません。2016年、ヘドリッヒ(Hedrich)らのチームは、コオロギを使って調べました。捕まった虫は、逃げようとして、何時間も感覚毛に触れ続けます。

チームは、1分に1回ずつ感覚毛を刺激して、葉の中で何が起きるかを調べました。

  • 2回目の刺激で、「接触ホルモン」と呼ばれるジャスモン酸の信号が動き出した。
  • 消化酵素を作る遺伝子が働くには、3回より多い刺激が必要だった。はっきり働き出すには、5回の刺激が必要だった。
  • 刺激の回数が多いほど、消化酵素を作る遺伝子もよく働いた。

さらに、獲物から出るナトリウムを、葉が取りこむための通り道も、刺激の回数に応じて増えていました。葉の中のナトリウムは、えさを与えて6時間以上たってから増え始めました。12〜24時間で高いまま落ち着き、少なくとも2〜3日続きました。

つまり、ハエトリグサは、何度も暴れる獲物ほど、生きていて栄養のある動物だと判断している、というわけです。論文は、人の子どもが数を数えられるようになるのは生後15〜18か月だと書いたうえで、ハエトリグサも数えられる、と述べています。

筋肉のないハエトリグサは、葉の曲がり方を一気に裏返して、0.1秒で閉じる

ハエトリグサは、信号を伝える速さも特別です。2020年の研究では、感覚毛から葉に広がるカルシウムの波は、とても速く伝わりました。シロイヌナズナという植物で、葉を傷つけたときに広がる信号と比べて、10倍ほどの速さです。

葉が閉じるのにかかる時間は、約0.1秒です。2005年、フォルテール(Forterre)らは、高速カメラを使って、この速さの秘密を調べました。

ハエトリグサには、筋肉がありません。速さの秘密は、葉の曲がり方が、一気に反対向きにひっくり返る現象でした。これを、スナップ座屈と呼びます。プラスチックのうすいふたを押すと、ある所で「パチン」と裏返ります。それと似た現象です。論文によると、ハエトリグサは、このひっくり返りが始まるきっかけを、自分で調節しています。

野生のハエトリグサは、山火事が起きなくなったことと、勝手に掘り取られることで、おびやかされている

米国魚類野生生物局によると、ハエトリグサの自生地では、山火事が起きなくなったことも、ハエトリグサにとって脅威になっています。火事がないと、低木や木が、ハエトリグサの生える草地に入りこんでくるからです。同局は、勝手に掘り取られる盗掘も、脅威の一つにあげています。一方で2023年、同局は、ハエトリグサを絶滅危惧種に指定する必要はない、と判断しました。

05まとめ

ハエトリグサは、感覚毛に1回触れられたことを、細胞の中のカルシウムの量として、約30秒覚えています。2回目に触れられて、カルシウムの量がしきい値を超えると、約0.1秒で葉を閉じます。

ダーウィンのもとに届いた14枚の葉の獲物のうち、ハエの仲間は1匹だけでした。自生地のハエトリグサにとって、アリは、よく捕まえる獲物の一つです。

人に話すなら、こう言おう

ハエトリグサって、虫に1回触られたのを30秒だけ覚えてて、2回目で閉じるんだって。しかも名前はハエトリなのに、野生でよく捕まえてるのはアリらしいよ。
READ IN ENGLISH

英語で読む

The Plant That Remembers for 30 Seconds

CEFR A2229 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

An ant walks across a red leaf.一匹のアリが、赤い葉の上を歩いていきます。 It touches a tiny hair, but nothing happens.アリは小さな毛にふれますが、何も起きません。 Less than one second later, it touches a hair again.1秒もしないうちに、アリはまた毛にふれます。 This time the leaf shuts, and the ant is caught.今度は葉が閉じて、アリは捕まってしまいます。 This plant is the Venus flytrap.この植物がハエトリグサです。

A flytrap usually closes only after two touches within about 30 seconds.ハエトリグサはふつう、約30秒のあいだに2回ふれられたときだけ閉じます。 So it must remember the first touch.ということは、1回目にふれられたことを覚えているはずです。 But how can a plant remember without a brain?でも、脳のない植物がどうやって覚えるのでしょう。

In 2020, scientists in Japan found the answer.2020年、日本の科学者たちがその答えを見つけました。 They made flytraps that glow green when calcium rises inside their cells.彼らは、細胞の中のカルシウムが増えると緑色に光るハエトリグサを作りました。 After the first touch, the calcium went up, but not enough.1回目にふれたあと、カルシウムは増えましたが、十分ではありませんでした。 After the second touch, it went higher and passed a line, and the leaf closed.2回目にふれると、カルシウムはさらに増えて境目をこえ、葉が閉じました。 The calcium slowly falls after that, so the memory lasts only about 30 seconds.そのあとカルシウムはゆっくり減っていくので、記憶は約30秒しか続かないのです。

The flytrap does not catch many flies in the wild.ハエトリグサは、野生ではハエをあまり捕まえていないのです。 In the 1870s, Charles Darwin looked at 14 leaves from the plant's home.1870年代、チャールズ・ダーウィンは、自生地から届いた14枚の葉を調べました。 Most of the bugs inside were beetles and ants, and only one was a fly.中の虫はほとんどが甲虫やアリで、ハエは1匹だけでした。 Today, scientists also say that ants are one of its most common foods.今日の科学者たちも、アリはハエトリグサの最もよくある食べ物の一つだと言っています。

Darwin also had an idea about the spikes on the edge of the leaf.ダーウィンは、葉のふちのトゲについても、ある考えを持っていました。 He thought they let very small bugs escape, like holes in a fishing net.彼は、トゲが漁網の目のように、とても小さな虫を逃がすのだと考えました。 But in 2009, a study of wild plants found that small bugs were caught too.でも2009年、野生の株を調べた研究で、小さな虫も捕まっていることが分かりました。 The flytrap eats whatever walks in.ハエトリグサは、入ってきたものは何でも食べるのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2How long does the flytrap remember the first touch?

    ハエトリグサは1回目にふれられたことをどれくらい覚えていますか。

  3. Q3What happens inside the leaf after the second touch?

    2回目にふれたあと、葉の中では何が起きますか。

  4. Q4In paragraph 5, the word "escape" is closest in meaning to

    第5段落の escape に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    この話の内容と合っているのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • touch名詞・動詞
    ふれること、ふれる

    Please do not touch the paintings.

    絵にさわらないでください。

    💡 keep in touch(連絡をとり合う)という表現もよく使う。

  • remember動詞
    覚えている、思い出す

    I remember your birthday.

    あなたの誕生日を覚えているよ。

    💡 remember to do(忘れずに~する)と remember doing(~したことを覚えている)の区別に注意。

  • brain名詞
    脳

    The brain needs a lot of energy.

    脳はたくさんのエネルギーを必要とする。

    💡 brainstorm(アイデアを出し合う)も brain から。

  • glow動詞
    光る、輝く

    The stars glow in the night sky.

    星が夜空で光っている。

    💡 炎や熱のない、ぼんやりした光によく使う。glow-in-the-dark(夜光の)。

  • calcium名詞
    カルシウム

    Milk has a lot of calcium.

    牛乳にはカルシウムがたくさん入っている。

    💡 骨や歯だけでなく、細胞の中で信号を伝える役目もある。

  • beetle名詞
    甲虫(カブトムシやテントウムシの仲間)

    A small beetle was sitting on the flower.

    小さな甲虫が花の上にいた。

    💡 ladybug(テントウムシ)も beetle の仲間。

  • edge名詞
    ふち、はし

    Put the cup away from the edge of the table.

    コップをテーブルのふちから離して置きなさい。

    💡 on the edge of ~(~のふちに)。

  • escape動詞
    逃げる

    The bird escaped from its cage.

    鳥がかごから逃げた。

    💡 escape from ~(~から逃げる)。名詞も同じ形。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 24件)。

  1. Suda, H. ほか (2020) Calcium dynamics during trap closure visualized in transgenic Venus flytrap, Nature Plants 6:1219-1224doi.org
  2. Venus flytrap's memory mechanism revealed(基礎生物学研究所 プレスリリース)nibb.ac.jp
  3. Suda, H. ほか (2025) MSL10 is a high-sensitivity mechanosensor in the tactile sense of the Venus flytrap, Nature Communications 16doi.org
  4. Böhm, J. ほか (2016) The Venus flytrap Dionaea muscipula counts prey-induced action potentials to induce sodium uptake, Current Biology 26:286-295doi.org
  5. Forterre, Y. ほか (2005) How the Venus flytrap snaps, Nature 433:421-425doi.org
  6. Darwin, C. (1875) Insectivorous Plants, Chapter XIII(Project Gutenberg)gutenberg.org
  7. Lichtner, F. T., Williams, S. E. (1977) Prey capture and factors controlling trap narrowing in Dionaea (Droseraceae), American Journal of Botany 64:881-886doi.org
  8. Hutchens, J. J., Luken, J. O. (2009) Prey capture in the Venus flytrap: collection or selection?, Botany 87:1007-1010doi.org
  9. Venus flytrap(米国魚類野生生物局)fws.gov

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