
スコッチガードは、ジェット機の燃料ホース用のゴム液が助手の靴にこぼれて生まれた
最初のスコッチガードは、羊毛にしか効かなかった。
もくじ
ガラスのびんが手からすべり、床に落ちて割れました。中に入っていた牛乳のような白い液が、飛び散ります。液がかかったのは、実験を手伝っていたジョーン・マリン(Joan Mullin)の、新しいテニスシューズでした。アメリカの会社3M(スリーエム)の研究所で、1950年代の初めに起きたことです。
靴についた液は、水でも石けんでも、ほかの溶剤(ものを溶かす液)でも落ちませんでした。この「落ちない液」から、布に水や油をはじかせる加工剤「スコッチガード」(3M社の商標)が生まれました。
この話は、3Mが2002年に出した社史にも出てきます。ただ、社史を読むと、その先はすんなり進んだわけではありませんでした。最初の製品は羊毛にしか効かず、開発した研究者自身が「さんざんな結果」だったと話しています。
この記事では、まず液がこぼれるまでの研究の流れを紹介します。次に、靴の事故が布の加工剤になり、売れるようになるまでを見ていきます。最後に、水も油もはじくしくみと、2000年に成分を切りかえた話をします。
013Mの研究者は、ジェット機の燃料に負けないゴムを調べていた
3Mは、1950年代の初め、フッ素を含む化学物質の研究に力を入れていました。社史によると、1952年には100人もの人がこの研究にかかわっていました。当時の3Mで、いちばん大きな研究計画です。
ところが、使い道のある製品は、なかなかできませんでした。作った物質はとても高く、社内では「人類が知るいちばん高い有機化学物質」と呼ばれていました。値段は1ポンド(約450g)で約40ドルです。3Mは、研究にかかわる50人に1人ずつ、「この研究を続けるべきか」と聞きました。48人が「続けるべきだ」と答え、研究は続けられました。
1952年、パッツィー・シャーマン(Patsy Sherman)が、実験の技術者として3Mに入りました。大学で数学と化学を学んだ女性です。社史によると、シャーマンは子どものころ、父と家で実験をしていました。ところが、失敗した実験で台所の天井を汚してしまい、母に止められたそうです。
研究所でシャーマンは、フッ素を含む新しいゴムの試験を見ました。このゴムは、試験管の中でどんな溶剤にも負けませんでした。シャーマンはこのゴムにひかれ、自分から担当を願い出ました。
シャーマンに任されたのは、このゴムが新しいジェット燃料に耐えられるかを調べる仕事です。燃料は、アメリカのライト・パターソン空軍基地で試されていたものでした。ゴムは燃料には耐えました。でも、成層圏という高い空の厳しい寒さには耐えられませんでした。
02テニスシューズにこぼれた液は、水でも石けんでも落ちなかった
ジェット機のための仕事は、なくなりかけていました。それでもシャーマンは、1953年にもフッ素の化学物質の実験を続けました。そして、ゴムの小さな粒を水に混ぜた、牛乳のような液を作りました。全米発明家殿堂(アメリカの発明家をたたえる施設)は、この液のもとになったフッ素のゴムを、ジェット燃料のホースに使うためのものだったと書いています。
シャーマンは、この液のサンプルを後輩のマリンに渡し、試験を頼みました。ところが、ガラスのびんがマリンの手からすべって、床で割れてしまいます。液は、マリンの新しいテニスシューズに飛び散りました。
社史によると、靴についた液は、水でも石けんでも、ほかの溶剤でも弱まりませんでした。シャーマンは、そのあとの出来事をこう振り返っています。マリンが上司のジョージ・ラスマン(George Rathmann)に、新しい靴がだめになったとこぼしました。するとラスマンは、「テニスシューズは空を飛ばない」と言いました。靴では空軍基地の役には立たない。でも、この液を布に塗って様子を見てみよう、というのです。
シャーマンとラスマンは、液を布に塗って乾かし、蛇口の下に持っていきました。水は布に当たると、90度向きを変えてはね返りました。溶剤をかけても同じでした。シャーマンは、このとき「ここには何かある」と思ったと話しています。

031956年に出た最初の製品は、羊毛にしか効かなかった
シャーマンは、上司で師でもあるサム・スミス(Sam Smith)と組みました。全米発明家殿堂によると、2人は1954年から1972年まで一緒に研究を続けました。
布用のスコッチガードは、1956年に発売されました。ところが、シャーマンはのちに、こう話しています。繊維の業界に出すまで3年かかり、結果は「さんざん」だった。最初の製品は羊毛にしか効かなかった、というのです。
スミスも、最初の製品の弱点を挙げています。ドライクリーニングには耐えるが、家での洗濯には耐えなかった。ナイロンや綿にも使えて、洗濯に強く、もっと安い加工剤が必要だった、というのです。社史によると、使える布用の加工剤を作るところから始まった試行錯誤は、全部で約7年続きました。
04一般の人向けに売り出すと、売り上げは1年で約15倍になった
1967年、じゅうたんや家具の布用のスコッチガードが発売されました。今度は、一般の人向けです。社史によると、それまでの売り上げは1年に約20万ドルでした。そのほとんどは、オーストラリアの羊毛業者向けです。それが発売の最初の1年で、300万ドルになりました。約15倍です。
スミスは、3Mはフッ素の研究に20年をかけ、最初の利益が出るまでに何年もかかったと話しています。全米発明家殿堂によると、スコッチガードはやがて、3Mに1年で3億ドル以上をもたらすようになりました。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
布の1本1本のせんいが、フッ素の膜で包まれる
マサチューセッツ工科大学(MIT)の発明家紹介のページは、スコッチガードのしくみをこう説明しています。じゅうたんや家具の布に加工剤をつけると、せんいの1本1本のまわりを、目に見えないフッ素の膜が包みます。この膜は、水や油、ほとんどの液体、それにほこりを寄せつけません。
全米発明家殿堂によると、スミスとシャーマンが作ったのは、フッ素を含む高分子(小さな分子がたくさんつながった大きな分子)です。この高分子が、布に水のしみも油のしみもはじかせます。
「しみをはじく」と「汚れを落とす」は両立できない、と専門家は言った
1967年までに、アイロンのいらない加工(パーマネントプレス)をした布が広まりました。ところが、この布には弱点がありました。全米発明家殿堂によると、油のしみがつくと、何度洗っても落ちにくかったのです。
シャーマンとスミスは、この問題に取り組みました。ところが社史によると、フッ素の専門家2人が、理屈の上でできるはずがない(熱力学的に不可能だ)と言いました。専門家の考えはこうでした。フッ素の加工は布に水をはじかせる。それなのに、洗濯の水で油汚れを落とせるはずがない、というのです。
シャーマンは、3Mの「15%ルール」を使いました。社史によると、3Mの技術者は、勤務時間の15%を自分で選んだ研究に使ってよいことになっていました。シャーマンはこの時間に図書室で調べ、同僚が作った新しい種類の高分子を見つけました。
全米発明家殿堂によると、2人が考えたのは、1つの高分子の中で、水になじむ部分と、フッ素で水をはじく部分をつなぐ方法です。この加工をした布は、1回の洗濯で油のしみが完全に落ちました。
資料によって、発売の年やこぼれた容器が少しずつ違う
同じ発明の話でも、資料によって細かい点が違います。
- 発売の年:3Mの社史と全米発明家殿堂は1956年と書いています。MITのページは1955年と書いています。
- こぼれた容器:社史は「ガラスのびん」、MITのページは「ガラスのビーカー」と書いています。
- 水のはじき方:社史は、液を塗った布に水をかけると、水が90度向きを変えた、というシャーマンの言葉をのせています。MITのページは、靴の液を洗い落とそうとした水や溶剤が玉になり、「カモの背中の水のように」流れ落ちた、と書いています。
社史は、シャーマン本人やスミス本人の言葉を多くのせている点で、ほかの資料より細かい資料です。一方で、会社が自分で書いた歴史でもあります。この記事では、年や数字は社史を中心にして、ほかの資料と違う所はそのまま並べました。
2000年、3Mはスコッチガードの一部に使っていた成分をやめると発表した
社史によると、3Mは1990年代の終わりに、スコッチガードの環境の問題に気づきました。そして、多くの費用をかけて、代わりの成分を開発しました。
2000年5月16日、アメリカ環境保護庁(EPA)と3Mは、3MがPFOS(ピーフォス)という化学物質を使うのを、自分からやめると発表しました。PFOSは、スコッチガードの一部の製品に使われていました。EPAの発表によると、3Mのデータでは、PFOSなどは環境の中でなかなか分解されません。また、人や動物の体にたまりやすく、長い目で見ると、健康や環境に害を与えるおそれがあるとされました。EPAは、3Mが自分から問題を見つけて申し出たことを評価しました。当時、アメリカでPFOSを作っていた会社は3Mだけでした。
05まとめ
スコッチガードのもとになったのは、ジェット機の燃料ホースのためのゴムの研究でした。そのゴムは、高い空の厳しい寒さに耐えられませんでした。でも、1953年にシャーマンが作った液が助手のテニスシューズにこぼれ、水でも石けんでも落ちなかったことから、布の加工剤が生まれました。
1956年に出た最初の製品は羊毛にしか効きませんでした。使える布用の加工剤を作るところから始まった試行錯誤は、全部で約7年続きました。「不可能」と言われた油汚れの問題も、2人の研究者が解決しました。マリンの上司ラスマンが言ったとおり、テニスシューズは空を飛びません。でも、テニスシューズについた液は、やがて3Mに1年で3億ドル以上をもたらす加工剤になったのです。
人に話すなら、こう言おう
スコッチガードって、ジェット機の燃料ホース用に作ったゴムの液が、助手の新しいテニスシューズにこぼれたのが始まりなんだって。水でも石けんでも落ちなかったから、布に塗ってみたら水をはじいたらしいよ。
英語で読む
The Tennis Shoes That Did Not Fly
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In 1952, a young woman named Patsy Sherman started working at 3M, an American company.1952年、パッツィー・シャーマンという若い女性が、アメリカの会社3Mで働き始めました。 At 3M, she tested a new kind of rubber for jet fuel.3Mで、彼女はジェット燃料のための新しい種類のゴムを試験しました。 The rubber was strong against the fuel, but it failed in the very cold air high in the sky.そのゴムは燃料には強かったのですが、空の高い所のとても冷たい空気の中ではだめになりました。
In 1953, Sherman made a milky liquid with tiny pieces of rubber in water.1953年、シャーマンは、ゴムの小さな粒を水に入れた、牛乳のような液を作りました。 She gave a bottle of it to a coworker, Joan Mullin.彼女はそれを入れたびんを、同僚のジョーン・マリンに渡しました。 But the glass bottle slipped and broke on the floor.ところが、ガラスのびんがすべって床で割れました。 The liquid landed on Mullin's new tennis shoes.液はマリンの新しいテニスシューズにかかりました。 Water and soap could not wash it off.水でも石けんでも、それを洗い落とせませんでした。
Mullin's boss, George Rathmann, said, "Well, tennis shoes don't fly."マリンの上司のジョージ・ラスマンは「まあ、テニスシューズは空を飛ばないからね」と言いました。 The liquid was no use for jets, but he wanted to try it on cloth.その液はジェット機には役立たないけれど、布に試してみたいと彼は考えました。 They put some on cloth and held it under running water.彼らは布に液を少し塗り、流れる水の下に持っていきました。 The water jumped off the cloth instead of going in.水は布にしみこまず、はね返りました。
Sherman and her boss and teacher, Sam Smith, worked on the idea.シャーマンと、上司であり先生でもあるサム・スミスは、このアイデアに取り組みました。 In 1956, 3M started to sell Scotchgard.1956年、3Mはスコッチガードの販売を始めました。 But the first product worked only on wool.しかし、最初の製品は羊毛にしか効きませんでした。 Sherman later said the results were a disaster.シャーマンはのちに、結果はさんざんだったと話しました。
In 1967, Scotchgard for carpets and furniture went on sale for everyday people.1967年、じゅうたんや家具用のスコッチガードが、一般の人向けに売り出されました。 Sales jumped from about 200,000 dollars a year to 3 million dollars in the first year.売り上げは、1年に約20万ドルから、最初の1年で300万ドルへとはね上がりました。 Rathmann was right, and tennis shoes cannot fly.ラスマンの言うとおり、テニスシューズは空を飛べません。 But a spill on a pair of them became a big business.でも、1足のテニスシューズにこぼれた液が、大きな商売になったのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C How a spill led to Scotchgard
第2段落で液が靴にこぼれ、第3〜5段落でそれがスコッチガードになって売れるまでを述べているので、正解はC。Bのジェット燃料は第1段落の研究のきっかけにすぎない。
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Q2What happened to the rubber that Sherman tested for jets?
シャーマンがジェット機のために試験したゴムは、どうなりましたか。
正解:A It failed in very cold air.
第1段落3文目に it failed in the very cold air high in the sky とあるので、正解はA。同じ文に燃料には強かった(strong against the fuel)とあるので、Bはちがう。
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Q3Why did Rathmann want to try the liquid on cloth?
ラスマンは、なぜその液を布に試したいと思ったのですか。
正解:B Because water and soap could not wash it off the shoes
第2段落5文目で液が水や石けんで落ちなかったと述べ、そのあと第3段落2文目で布に試したいと考えているので、正解はB。第3段落2文目に液はジェット機には役立たない(no use for jets)とあるので、Cはちがう。
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Q4In paragraph 4, the word "disaster" is closest in meaning to ...
第4段落の disaster という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:C a very bad result
第4段落3文目で最初の製品は羊毛にしか効かなかったとあり、その結果を disaster と言っているので、正解はC。Aの「大成功」は意味が逆。
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Q5Which is true about Scotchgard?
スコッチガードについて正しいものはどれですか。
正解:D Sales for carpets and furniture grew to 3 million dollars in the first year.
第5段落2文目に、売り上げが最初の1年で300万ドルになったとあるので、正解はD。第4段落3文目に最初の製品は羊毛にしか効かなかったとあるので、Aはちがう。一般向けは1967年なのでBもちがう。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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rubber名詞ゴム
The ball is made of rubber.
そのボールはゴムでできている。
💡 rub(こする)から。鉛筆の字を「こすって消す」消しゴムも、イギリスでは rubber。
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fuel名詞燃料
The car needs more fuel.
その車はもっと燃料が必要だ。
💡 jet fuel で「ジェット燃料」。発音は「フューエル」。
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liquid名詞液体
Water is a liquid.
水は液体だ。
💡 solid(固体)、gas(気体)とセットで覚える。
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slip動詞すべる、すべり落ちる
Be careful not to slip on the ice.
氷の上ですべらないように気をつけて。
💡 スリッパ(slipper)は「すっとはける」靴から。
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spill名詞・動詞こぼれ/こぼす
Clean up the spill on the table.
テーブルにこぼれたものをふいて。
💡 動詞 spill の過去形は spilled(米)。
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cloth名詞布
She cleaned the window with a soft cloth.
彼女はやわらかい布で窓をふいた。
💡 clothes(衣服)とつづりも発音もちがうので注意。
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wool名詞羊毛、ウール
This sweater is made of wool.
このセーターはウールでできている。
💡 発音は「ウル」に近い。sheep(羊)の毛。
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disaster名詞大失敗、災害
The party was a disaster because of the rain.
雨のせいで、パーティーは大失敗だった。
💡 「災害」の意味もある。natural disaster で「自然災害」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 41件)。
- 3M (2002) A Century of Innovation: The 3M Story(3M公式の社史PDF、54〜56ページ)multimedia.3m.com
- Patsy O. Sherman(National Inventors Hall of Fame)invent.org
- Samuel Smith(National Inventors Hall of Fame)invent.org
- Patsy Sherman(Lemelson-MIT Program, MIT)lemelson.mit.edu
- EPA and 3M Announce Phase Out of PFOS(U.S. Environmental Protection Agency, 2000)archive.epa.gov
公式ページで見てみよう
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