
「パンがなければお菓子を」は、マリー・アントワネットの言葉ではなかった
いちばん古い記録は、ルソーの自伝にある。
この判定の対象「『パンがなければお菓子を』は、マリー・アントワネットの言葉だ」
もくじ
1740年、フランスのリヨン。20代後半の青年が、ある屋敷で子どもたちの家庭教師をしていました。町の大司法官(裁判などをとりしきる役人)、マブリ氏の屋敷です。この青年は、のちに哲学者として知られるジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)です。
この青年には、人に言えない楽しみがありました。屋敷の食卓で出る白ワイン(アルボワ産)を気に入り、ときどき瓶ごと自分の部屋に持ち出していたのです。
困ったのは、ルソーが「何か食べながらでないとワインを飲めない」たちだったことです。パンを手に入れなければなりません。
このとき彼の頭に浮かんだのが、あの有名な言葉でした。「パンがなければ、お菓子を食べればいい」。
この記事では、まずルソーの自伝の、この言葉が出てくる場面を見ます。次に、ルソーがこれを書いたころ、マリー・アントワネットが何歳だったかを確かめます。最後に、この言葉が王妃の言葉とされるようになった流れを、19世紀の小冊子からたどります。
01この言葉がいちばん古く出てくるのは、ルソーがワインのお供のパンを探す場面
この話は、ルソーの自伝『告白(Les Confessions)』の第6巻に出てきます。自伝とは、自分の人生を自分で書いた本のことです。
ルソーの説明はこうです。召使いにパンを買いに行かせれば、ワインを持ち出していることがばれてしまう。かといって、自分でパン屋に入るのも無理だ。腰に剣を下げた立派な身なりの紳士が、パン屋に入るなんて、とてもできない。
そこで思い出したのが、ある「高貴な姫君」の話でした。姫君は、農民たちにはパンがありません、と聞かされました。そして、こう答えたというのです。
「qu'ils mangent de la brioche(それならブリオッシュを食べればいい)」
ブリオッシュは、膨らんだ形のパン菓子です。ルソーは、姫君のこの言葉を思い出しました。そして最後の手段として、パン屋ではなく、菓子屋でブリオッシュを買うことにしたのです。
ところが、それでも恥ずかしさは消えません。ルソーによると、ときには町じゅうを歩き回ったそうです。30軒もの菓子屋の前を素通りしてから、やっと1軒に入りました。店の中に人が1人しかいなくて、その人の顔つきがとても感じよく見えるとき。そんなときでないと、入る勇気が出なかったと書いています。

「パンがなければお菓子を」は、とても有名な、意地悪な言葉です。そのいちばん古い記録は、気の小さい家庭教師が、ワインと一緒に食べるパンを買いに行く話でした。言葉は、その話のちょっとしたオチとして書かれていたのです。
02ルソーが『告白』を書いたとき、マリー・アントワネットは10歳前後だった
大事なのは、ルソーがこの「姫君」の名前を書いていないことです。
もう1つ、話の時期を調べると、この姫君がマリー・アントワネットだとしたら年齢が合いません。ルソーがリヨンで家庭教師をしていたのは、1740年ごろです。『告白』が書かれたのは、1760年代の半ばです。第1〜6巻が出版されたのは、ルソーが亡くなった後の1782年でした。
マリー・アントワネットが生まれたのは、1755年11月2日、オーストリアのウィーンです。話の舞台の1740年には、まだ生まれてもいません。ルソーが『告白』を書いていた1760年代の半ば、彼女はウィーンで暮らす10歳前後の女の子でした。フランスに来て結婚したのは1770年です。
ルソーが書いた「姫君」が、マリー・アントワネットであるはずがないのです。
03王妃の言葉として出てくる記録は、19世紀の小冊子にある
では、いつからこの言葉は、マリー・アントワネットが言ったことにされたのでしょうか。
確認できた記録の1つが、『レ・ゲップ(スズメバチ)』という風刺(世の中を皮肉ってからかうこと)の小冊子です。作家アルフォンス・カール(Alphonse Karr)が、月ごとに出していました。1841年11月の号で、カールは、ある新聞の「労働者は貯金をすればいい」という意見をからかいました。そして、こう書いています。その意見は、マリー・アントワネットが言ったと伝えられる、本当かうそか分からない言葉を思い出させる。「パンがなければ、ブリオッシュを食べるでしょう」。
カールは、王妃の言葉だと決めつけてはいません。「本当かうそか分からない」と、わざわざ断っています。
04カールは、同じ言葉を王妃ではない女性の話として書いた、1760年の本を見つけた
1843年4月の号で、カールはブリオッシュの言葉について、続きを書いています。
カールによると、王妃の時代には、こんなうわさが流されたそうです。民衆が「パンがない」と苦しんでいると聞いて、王妃がブリオッシュを食べればいいと答えた、と。ところがカールは最近、1760年の日付が入った古い本を見つけました。そこには、まったく同じ言葉が、トスカーナ(今のイタリアの一地方)の公爵夫人の話として書かれていたのです。
そこからカールは、こう結論しました。この言葉は、王妃が言ったものではない。古い話がもう一度持ち出され、王妃の悪口として広められたのだろう、と。
カールがこう書いたのは、王妃が亡くなってから約50年後のことです。カールは、うわさを疑い、古い本と比べて確かめました。今でいうファクトチェック(事実の確認)です。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
話の年、書かれた年、出版された年の3つを分けて考える
ルソーの話を確かめるときは、3つの年を分けることが大切です。
- 出来事の年:ルソーがリヨンにいた1740年ごろ
- 書かれた年:『告白』が書かれた1760年代半ば
- 世に出た年:第1〜6巻が出版された1782年
マリー・アントワネットは、1の時点では生まれていません。2の時点ではウィーンの子ども、3の時点ではフランス王妃でした。1782年に『告白』が出版されたとき、読者は「この姫君は、今の王妃のことでは」と思いながら読むこともできたわけです。ただし、ルソーの文章そのものには、王妃を指す言葉はありません。
また、ルソーの話は「ルソーが聞いた話」にすぎません。姫君が本当にいたのか、本当にそう言ったのか。それを、ルソーの文章から確かめる手段はありません。名言のもとになった記録をたどると、さらに古い、確かめようのないうわさに行き着くことはよくあります。
『告白』は、出来事から20年以上たって書かれた自伝
『告白』は、日記のようにその日その日に書かれたものではありません。百科事典『ユニヴェルサリス』の解説によると、ルソーは1762年ごろ、自分の人生を振り返る本を書こうと考えました。そして、追われて逃げたり、外国に移り住んだりしながら、原稿を書き進めました。1770年にパリへ戻ってからは、原稿を人前で読み上げてもいます。
リヨンの出来事から書くまでに、20年以上がたっています。しかも自伝は、書き手が自分をどう見せたいかに左右されます。ルソーは、自分の気の小ささや盗み飲みを、半分笑い話として語っています。「高貴な姫君」の言葉も、正確な引用とはかぎりません。話を面白くするための小道具として置かれている、と読むことができます。
言葉を言った人は、「姫君」から「王妃」へ変わっていった
ルソーとカールの3つの文を並べると、言葉の形も少しずつ変わっています。
- 1782年のルソー:農民にパンがないと聞いた姫君が、「それならブリオッシュを食べればいい」
- 1841年のカール:「パンがなければ、ブリオッシュを食べるでしょう」(王妃の言葉と伝えられる、と断る)
- 1843年のカール:民衆にパンがないと聞いた王妃が、「それならブリオッシュを食べればいい」(うわさとして紹介)
話し手は「姫君」から「王妃」へ、聞き手は「農民」から「民衆」へと変わっています。人から人へ語り継がれるうちに、書きかえられていったのは、言葉の中身より「誰が言ったか」のほうでした。
マリー・アントワネットは、悪口を書いた文書の標的になっていた
ヴェルサイユ宮殿の公式の解説によると、マリー・アントワネットは、だんだんとパンフレットや中傷文書、風刺画の標的になりました。1785年の首飾り事件(王妃の名前を使って高価な首飾りがだまし取られた事件)のあと、それがいっそう激しくなりました。
カールは1843年に、「古い話がもう一度持ち出され、王妃の悪口に使われた」と考えました。カールのこの見方は、王妃が中傷文書の標的になっていたことと、よく合います。まず言葉が先にあり、あとから「いかにも言いそうな人物」の言葉にされる、ということです。パンフレットや風刺画の標的になっていた王妃は、「パンよりお菓子」という言葉を言ったことにするのに、ちょうどよい相手でした。
ブリオッシュは、翻訳で「ケーキ」や「お菓子」になった
原文はブリオッシュです。ルソーの話の中でも、ブリオッシュはパン屋ではなく菓子屋で買うものとして書かれています。英訳では「pastry」や「cake」、日本語では「お菓子」と訳されました。そのため、「主食の代わりにぜいたくな甘い物を」という意味が、より強く伝わるようになりました。言葉は、別の国の言葉に訳されるたびに、少しずつ形を変えます。翻訳で有名になった名言ほど、元の言葉で書かれた文を確かめる価値があります。
05まとめ
「パンがなければお菓子を食べればいい」の最古の記録は、ルソーの自伝『告白』です。そこでは、名前のない「高貴な姫君」の言葉として出てきます。若いルソーが、こっそり飲むワインのお供を買いに行く話の中です。
その文章が書かれたとき、マリー・アントワネットはウィーンの10歳前後の女の子でした。マリー・アントワネットを「意地悪な王妃」として有名にした、この言葉。もともとは、30軒の菓子屋の前を素通りした、気の小さい青年の思い出話だったのです。
人に話すなら、こう言おう
「パンがなければお菓子を」って、マリー・アントワネットじゃなくてルソーの自伝に出てくるんだよ。しかも、こっそり持ち出したワインのお供にパンを買いに行けなかった、っていう話の中なんだって。
英語で読む
The Wine, the Bread, and the Princess
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In 1740, a young man named Jean-Jacques Rousseau worked as a teacher in Lyon, France.1740年、ジャン=ジャック・ルソーという若者が、フランスのリヨンで家庭教師として働いていました。 He liked the white wine from the family's table.彼は、その家の食卓に出る白ワインが気に入っていました。 Sometimes he secretly took a bottle to his room.ときどき彼は、こっそり瓶を自分の部屋に持っていきました。
But Rousseau could not drink without eating.でもルソーは、何か食べないとお酒が飲めませんでした。 He needed bread.パンが必要でした。 If a servant bought it, everyone would know his secret.召使いに買わせたら、みんなに秘密がばれてしまいます。 He also felt too shy to go into a bakery himself.かといって、自分でパン屋に入るのも恥ずかしくてできませんでした。 Then he remembered a story about a great princess.そのとき彼は、ある高貴な姫君の話を思い出しました。 People told her that the farmers had no bread.人々は姫君に、農民たちにはパンがないと伝えました。 She answered, "Then let them eat brioche."姫君は「それならブリオッシュを食べればいい」と答えたのです。 Brioche was sold in cake shops.ブリオッシュは菓子屋で売られていました。
So Rousseau went to the cake shops to buy brioche.そこでルソーは、ブリオッシュを買いに菓子屋へ行きました。 But he was still shy.でも、やっぱり恥ずかしかったのです。 Sometimes he walked past thirty shops before he finally went into one.ときには30軒の店の前を通り過ぎて、ようやく1軒に入りました。
Rousseau wrote this story in his autobiography, a book about his own life.ルソーはこの話を、自分の人生について書いた本、つまり自伝に書きました。 He wrote it in the 1760s, and it came out in 1782.彼はそれを1760年代に書き、本は1782年に出版されました。 He never said the princess was Marie Antoinette.彼は、その姫君がマリー・アントワネットだとは一度も書いていません。 In fact, she was born in 1755 in Vienna.実際、彼女は1755年にウィーンで生まれています。 When Rousseau was writing, she was only a child of about ten.ルソーが書いていたころ、彼女はまだ10歳くらいの子どもでした。
Later, people said the queen spoke these words.のちに人々は、王妃がこの言葉を言ったと言うようになりました。 In 1843, a French writer, Alphonse Karr, found the same words in a book from 1760.1843年、フランスの作家アルフォンス・カールは、1760年の本に同じ言葉を見つけました。 In that book, a duchess of Tuscany said them.その本では、トスカーナの公爵夫人がその言葉を言ったことになっていました。 Karr decided that the queen never said it.カールは、王妃はそんなことを言っていないと判断しました。 Someone found an old story and used it against her.だれかが古い話を見つけ出して、王妃を攻撃するのに使ったのだ、と。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Where a famous saying really came from
第2段落で言葉がルソーの話に出てくることを、第4・5段落で王妃の言葉ではないことを説明しているので正解はB。Cの家庭教師の話は場面設定にすぎない。
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Q2When was Marie Antoinette born?
マリー・アントワネットはいつ生まれましたか。
正解:C In 1755
第4段落4文目に「she was born in 1755 in Vienna」とあるので正解はC。Aの1740年はルソーがリヨンにいた年、Bの1782年は本が出版された年。
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Q3Why didn't Rousseau buy bread at a bakery?
ルソーはなぜパン屋でパンを買わなかったのですか。
正解:D He felt too shy to go into a bakery
第2段落4文目に「He also felt too shy to go into a bakery himself」とあるので正解はD。Cはまちがいで、第2段落2文目に「He needed bread」とある。
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Q4In paragraph 4, the word "autobiography" is closest in meaning to
第4段落の「autobiography」という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:A a book about your own life
第4段落1文目で「a book about his own life」と言いかえているので正解はA。Cの王妃は自伝の中に名前が出てこない。
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Q5Which is true about the story?
この話について正しいものはどれですか。
正解:B Karr found the words in a book from 1760
第5段落2文目に、カールが1760年の本に同じ言葉を見つけたとあるので正解はB。Aは第4段落3文目と逆。Dのウィーンはマリー・アントワネットの生まれた所で、姫君の住まいではない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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secretly副詞こっそり、ひそかに
She secretly made a birthday cake for her mother.
彼女はお母さんのために、こっそり誕生日ケーキを作った。
💡 secret(秘密)+ -ly。keep a secret(秘密を守る)も一緒に。
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servant名詞召使い
The rich family had three servants.
その裕福な家には3人の召使いがいた。
💡 serve(仕える、給仕する)の仲間。
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bakery名詞パン屋
I buy bread at the bakery near the station.
私は駅の近くのパン屋でパンを買う。
💡 bake(焼く)+ -ery(店・場所)。baker はパン職人。
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shy形容詞恥ずかしがりの、内気な
He was too shy to speak in class.
彼は恥ずかしくて授業中に話せなかった。
💡 too shy to ~(恥ずかしくて~できない)の形でよく使う。
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princess名詞王女、姫
The princess lived in a castle by the sea.
その王女は海辺の城に住んでいた。
💡 prince(王子)の女性形。
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autobiography名詞自伝
The singer wrote an autobiography about her childhood.
その歌手は子ども時代についての自伝を書いた。
💡 auto(自分)+ bio(人生)+ graphy(書くこと)。biography は伝記。
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duchess名詞公爵夫人、女公爵
The duchess opened the new hospital.
公爵夫人が新しい病院の開院式を行った。
💡 duke(公爵)の女性形。
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against前置詞~に反対して、~に不利に
They used his old words against him.
彼らは彼の昔の言葉を彼への攻撃に使った。
💡 use A against B(AをBへの攻撃に使う)。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 9件)。
- Rousseau, J.-J. (1782) Les Confessions, tome 2, Genève(トロント大学 トマス・フィッシャー稀覯書図書館 所蔵本)archive.org
- Jean-Jacques Rousseau, Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード大学)plato.stanford.edu
- Delon, M. Les Confessions, Encyclopædia Universalisuniversalis.fr
- Marie Antoinette(ヴェルサイユ宮殿 公式)en.chateauversailles.fr
- Karr, A. Les guêpes, 1-6 série, tome 3(Michel Lévy, 1858。オタワ大学 所蔵本)archive.org
- Rousseau, J.-J. The Confessions(英訳。Aldus Society, London, 1903。Project Gutenberg #3913)gutenberg.org
公式ページで見てみよう
- ヴェルサイユ宮殿 公式サイト:マリー・アントワネットen.chateauversailles.fr
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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