忍者の黒ずくめの服は、舞台の衣装から広まった
歴史のウソ・ホントNo.148

忍者の黒ずくめの服は、舞台の衣装から広まった

忍術の本がすすめた色は、茶・柿・黒・紺。

グレーGRAY

この判定の対象「本物の忍者は、黒ずくめの服を着ていた」

うなり度 読む時間7分 出典5件 確認した事実13件
もくじ
  1. 1681年の忍術の本は、目立たない普通の服を勧めた
  2. 黒ずくめの衣装は、お客さんにひと目で「忍者だ」と分からせるための舞台の工夫だった
  3. これまでに見つかった忍術の本には、手裏剣のことは書かれていない
  4. 「忍者」という呼び名が使われ始めたのは、昭和30年代
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

1681年、紀州藩(いまの和歌山県あたり)の殿さまに雇われた軍学者(戦の方法を研究する学者)が、1冊の忍術の本を書きあげました。『正忍記(しょうにんき)』です。

この本には、しのび(忍者の昔の呼び名)が着る服の色が書いてあります。茶色、柿色、黒、紺色の4つです。国会図書館の解説によると、どれも当時は、ありふれた目立たない色でした。

4つの色には、黒も入っています。でも、黒は「当時ありふれた、目立たない色」の1つとして入っているだけです。頭から足の先まで黒でかため、覆面で顔を隠した、あの「忍者の衣装」とは違います。

では、黒ずくめの忍者の姿は、どこから来たのでしょうか。たどっていくと、江戸時代の芝居小屋の舞台に行きつきます。

この記事では、まず『正忍記』が勧めた服と変装を見ます。次に、黒ずくめの衣装が舞台で生まれたわけを紹介します。最後に、手裏剣と「忍者」という呼び名が、いつから広まったかを確かめます。

011681年の忍術の本は、目立たない普通の服を勧めた

しのびの仕事では、目立たないことがいちばん大事です。いかにも「わたしは忍者です」という服を着ていたら、かえって目立ってしまいます。国会図書館も、忍者はもともと、わたしたちが思い浮かべるような黒ずくめではなかった、と説明しています。

『正忍記』は、服の色だけでなく、変装のしかたも教えています。それが「七方出(しちほうで)」です。7つの姿に化けるとよい、という教えです。

7つのうち、いくつかを見てみましょう。尺八をふいて回るお坊さん(こむそう)、山で修行する人(やまぶし)、商人、曲芸をする芸人。そして「常の形」、つまりふだんの格好です。ほかに、お坊さんや、芸能をする人もいます。

7つの姿には、同じところがあります。どれも、人に近づいても怪しまれない姿なのです。この姿なら、旅をしていても、知らない家を訪ねても、おかしくありません。しのびにとっていちばんの衣装は、周りにとけこむ服だったのです。

02黒ずくめの衣装は、お客さんにひと目で「忍者だ」と分からせるための舞台の工夫だった

黒ずくめの忍者は、歌舞伎や浄瑠璃(人形のお芝居)の舞台から広まったと考えられています。

国会図書館の解説は、黒い衣装になったわけをこう説明しています。小説なら「この男は忍者だった」と文で書けます。でも舞台では、文で説明することができません。そこで、お客さんがひと目で「あ、忍者だ」と分かるように、黒い衣装を着せたのです。黒ずくめは、隠れるためではなく、お客さんに見せるための工夫でした。

三重大学の吉丸雄哉(よしまる・かつや)教授は、江戸時代の小説やお芝居に出てくる忍者を調べてきました。吉丸さんによると、黒ずくめに覆面、そして手裏剣という忍者の姿は、本当の歴史とは違う「作られた姿」です。この姿は、18世紀の中ごろのお芝居で生まれ、広まっていきました。

そのあと、黒ずくめの忍者は小説などにも広がっていきます。浮世絵を描いた葛飾北斎の『北斎漫画』にも、黒ずくめの忍者が出てきます。

黒ずくめは、お客さんにひと目で「忍者だ」と伝えるための工夫だった
黒ずくめは、お客さんにひと目で「忍者だ」と伝えるための工夫だった

03これまでに見つかった忍術の本には、手裏剣のことは書かれていない

黒ずくめとセットで思い浮かぶのが、手裏剣です。でも国会図書館によると、これまでに見つかっている忍術の本には、手裏剣のことが書かれていません。忍者が手裏剣を使ったという記録も、見あたらないそうです。

手裏剣そのものは、本当にありました。武芸の1つとして、流派(技を教え伝えるグループ)ごとに伝えられていたのです。ただ、それを使ったのは武士でした。

江戸時代のお芝居や小説では、忍者が手裏剣を投げます。でもその手裏剣は、細い棒の形でした。星のような平たい手裏剣が広く知られるようになったのは、ずっと後です。1942年(昭和17年)に出た藤田西湖(ふじた・せいこ)の本などで、紹介されてからのことでした。

04「忍者」という呼び名が使われ始めたのは、昭和30年代

「忍者」という言葉そのものも、実は新しい言葉です。国会図書館によると、この呼び方が使われ始めたのは昭和30年代です。

それより前は、いろいろな名前で呼ばれていました。「しのび」「くさ」「かまり」「すっぱ」「らっぱ」などです。「くさ」は、草むらにふせて、敵のようすを探る仕事から来た名前でした。

日本で、しのびが働いたことを確かめられるいちばん古い記録とされるのは、『太平記』です。1368〜1375年ごろに書かれた本です。そこには、「しのび」が石清水八幡宮の建物に火をつけた、と書かれています。

戦国時代のしのびは、いろいろな仕事をしました。草むらに潜んで見張る。夜にかがり火をたいて、見回りをする。道をふさいで、敵に食べ物や武器が届かないようにする。敵の城にしのびこんで火をつけ、城を奪うこともありました。

江戸時代になると、仕事は大きく変わります。幕府に仕えた「伊賀者」と呼ばれるしのびは、大奥(将軍の家族が暮らす場所)の見張りや、空き屋敷の見回りをしました。「甲賀者」と呼ばれるしのびの中には、鉄砲を持って江戸城の門を守った人たちもいました。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

忍術の本は、戦国時代が終わった平和な時代に書かれた

忍術書(忍術の本)を読むときに気をつけたい点があります。それは、本が書かれた時期です。有名な『万川集海(ばんせんしゅうかい)』は1676年、『正忍記』は1681年に書かれました。どちらも、戦国時代が終わって何十年もたった江戸時代の本です。

国立国会図書館は、世の中が平和になって忍術を使う機会がほとんどなくなったため、忍者たちが技を書き残そうとしたと考えられる、と説明しています。つまり忍術書は、戦国時代のしのびが働いていたときに、その場で書いた記録ではありません。戦いが終わった後の時代に、しのびの知識を整理してまとめた本なのです。

しかも『正忍記』は、作者が書いた原本が見つかっていません。残っているのは、書き写された写本です。国会図書館にある写本には、1743年に名取兵左衛門から渡辺六郎左衛門へ与えられたと記されています。写本は、書き写すたびに文字が変わることがあります。そのため研究者は、いくつもの写本を比べて、もとの文を確かめています。

昔の研究は、作られた忍者の姿を本物だと思いこんでいた

吉丸教授の研究報告は、それまでの忍者研究の問題点をはっきり指摘しています。以前の研究の多くは、本当かどうかはっきりしない資料をもとにしていました。その資料は、後の時代の人が書いた「二次資料」です。そのため、作られた忍者の姿を、本物のしのびの姿だと思いこんで研究してきたというのです。報告によると、2010年ごろまでは、作られた忍者の姿がすっかり広まっていました。

研究のやり方が変わったのは、2010年代です。三重大学は2012年に忍者研究を始め、2017年7月に国際忍者研究センターを開きました。2018年2月には国際忍者学会もできています。歴史学の研究者は、古文書(昔の手紙や記録)から本物のしのびを調べます。文学の研究者は、小説や芝居から「作られた忍者」を調べます。2つの方向から調べることで、作られた姿(虚像)と本物の姿(実像)の違いが見えてきたのです。

舞台の忍者には、ひと目で分かる目印が必要だった

舞台では、短い時間で、お客さんに「この人物はだれか」を伝えなければなりません。だから、服などの見た目で、ひと目で分かる目印が必要になります。黒装束(黒い服)は、まさに忍者を表す目印でした。

本物のしのびは「目立たないこと」が仕事でした。ところが舞台の忍者は、「忍者だと目立つこと」が役目でした。目的が正反対だったから、姿も正反対になったのです。

「松尾芭蕉は忍者だった」という話は、昭和に作られた

作られた忍者の話は、今も生まれています。吉丸教授は、「松尾芭蕉は忍者だった」という説も調べました。この説が最初に出てくるのは、1966年の松本清張と樋口清之の本『東京の旅』です。その後、推理小説などで話がふくらんでいきました。でも、芭蕉の父は、しのびではなく農民でした。また芭蕉は、旅先からよく手紙を出しています。人に隠れてこっそりする旅ではなかったのです。「江戸時代の古い話」に見えるものが、実は昭和に作られていることもあります。

05まとめ

黒ずくめに覆面の忍者は、18世紀中ごろの舞台で生まれたイメージです。お客さんがひと目で「忍者だ」と分かるための衣装でした。1681年の忍術書『正忍記』が勧めた服の色は、茶・柿・黒・紺。どれも当時ありふれた、目立たない色です。

黒も、『正忍記』が勧める4色に入っています。ただしそれは「忍者の制服」としてではなく、町にとけこむ普通の服の色としてです。そして「忍者」という呼び名が使われ始めたのは、昭和30年代のことでした。

人に話すなら、こう言おう

忍者って黒ずくめのイメージでしょ。あれ、江戸時代の舞台で「この人は忍者ですよ」ってひと目で分かるようにした衣装なんだって。本物の忍術書がすすめた色は茶・柿・黒・紺で、普通の服の色だったらしいよ。
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英語で読む

Why Are Ninja Dressed in Black?

CEFR A2221 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In 1681, a Japanese scholar wrote a book about ninja skills.1681年、日本のある学者が、忍びの技についての本を書きました。 The book is called Shoninki.その本は『正忍記』といいます。 It tells ninja what colors to wear: brown, orange-brown, black, and dark blue.そこには、忍びが着るべき色が書かれています。茶色、柿色、黒、紺色です。 These were common colors for clothes at that time.これらは当時、服によくある色でした。

So black was on the list.つまり、黒もリストに入っていたのです。 But it was just one normal color, not a special uniform.でもそれは、ふつうの色の1つにすぎず、特別な制服ではありませんでした。 A real ninja wanted to look like everyone else.本物の忍びは、ほかのみんなと同じように見えることを望みました。 The book also teaches seven disguises, such as a traveling monk, a seller, and a person in everyday clothes.その本は7つの変装も教えています。旅をするお坊さん、商人、ふだんの服を着た人などです。 In these clothes, a ninja could walk up to people without trouble.こうした服なら、忍びは人に近づいても困ることがありませんでした。

Then where did the black ninja costume come from?では、黒ずくめの忍者の衣装はどこから来たのでしょうか。 Researchers say it came from the theater, such as kabuki.研究者たちは、それは歌舞伎などのお芝居から来たと言います。 On a stage, you cannot write "This man is a ninja."舞台の上では「この男は忍者だ」と書くことができません。 So the actors wore all black with a mask, and people knew the role at once.そこで役者は黒ずくめに覆面をつけ、観客はすぐにその役がわかったのです。 A professor at Mie University says this image started in plays in the middle of the 1700s.三重大学のある教授は、このイメージは1700年代の中ごろのお芝居で始まったと言います。

The famous star-shaped shuriken is also a later idea.有名な星の形の手裏剣も、後の時代の考えです。 Old ninja books do not talk about shuriken at all.昔の忍術の本は、手裏剣のことをまったく書いていません。 Flat shuriken became well known only after a book came out in 1942.平たい手裏剣がよく知られるようになったのは、1942年にある本が出てからのことです。

Even the word "ninja" is new.「忍者」という言葉さえ新しいのです。 In the past, people said "shinobi" or "kusa," which means grass.昔の人は「しのび」や、草という意味の「くさ」と呼んでいました。 People in Japan started to use the word "ninja" sometime between 1955 and 1964.日本の人々が「忍者」という言葉を使い始めたのは、1955年から1964年のあいだ(昭和30年代)でした。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When was Shoninki written?

    『正忍記』はいつ書かれましたか。

  3. Q3Why did actors wear all black with a mask?

    役者はなぜ黒ずくめに覆面をつけたのですか。

  4. Q4In paragraph 2, the word "disguises" is closest in meaning to ...

    第2段落の "disguises" に最も意味が近いのは…

  5. Q5Which is true about the color black?

    黒という色について正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • costume名詞
    衣装

    She made a cat costume for the party.

    彼女はパーティー用にネコの衣装を作った。

    💡 custom(習慣)と同じ語源。つづりのちがいに注意。

  • disguise名詞・動詞
    変装(する)

    He wore glasses as a disguise.

    彼は変装としてめがねをかけた。

    💡 in disguise で「変装して」。

  • scholar名詞
    学者

    The scholar read many old books.

    その学者はたくさんの古い本を読んだ。

    💡 scholarship は「奨学金」。school と同じ語源。

  • uniform名詞
    制服

    Students at my school wear a uniform.

    私の学校の生徒は制服を着る。

    💡 uni-(1つの)+ form(形)で「みんな同じ形」。

  • theater名詞
    劇場、演劇

    We saw a play at the theater last night.

    昨夜、私たちは劇場で劇を見た。

    💡 イギリスつづりは theatre。

  • actor名詞
    役者、俳優

    The actor played a king in the movie.

    その俳優は映画で王様を演じた。

    💡 act(演じる)+ -or(人)。

  • role名詞
    役、役割

    She got the main role in the school play.

    彼女は学校の劇で主役を得た。

    💡 play a role in ~ で「~で役割を果たす」。

  • common形容詞
    よくある、ふつうの

    Sato is a common name in Japan.

    佐藤は日本でよくある名字だ。

    💡 common sense は「常識」。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 13件)。

  1. 本の万華鏡 第33回 NINJA 虚像と実像 参之巻「エンタメ忍者とホンモノ忍者、ここが違う!」(国立国会図書館)ndl.go.jp
  2. 本の万華鏡 第33回 NINJA 虚像と実像 弐之巻「ホンモノ忍者」(国立国会図書館)ndl.go.jp
  3. 本の万華鏡 第33回 NINJA 虚像と実像 秘伝之巻「忍術書を読んでみよう」(国立国会図書館)ndl.go.jp
  4. 吉丸雄哉「忍者文学作品から作られた忍者イメージの謎を追う」(三重大学広報誌『三重大X』46号, 2022)mie-u.ac.jp
  5. 吉丸雄哉 科研費研究成果報告書「近世日本における忍者像の形成と変容に関する研究」(三重大学, 2021)mie-u.repo.nii.ac.jp

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文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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