
「タイタニックは絶対に沈まない」と言われていたのは本当か
会社の幹部が「沈まない」と語ったのは、沈んだあと。
この判定の対象「タイタニックは、絶対に沈まない船だと言われていた」
もくじ
1912年4月15日、月曜日の朝。ニューヨークの金融街に、経済ニュースの通信社ダウ・ジョーンズの速報が流れました。
午前9時2分。「ホワイト・スター・ライン(タイタニックの船会社)の幹部によると、タイタニックが沈む危険はない。船は沈まない。乗客は不便な思いをするだけだ」。
この言葉は、記者2人が、船会社の親会社の副社長から直接聞いたものでした。でもそのとき、タイタニックはもう海の底にありました。船が沈んだのは、その日の午前2時20分(船の上の時刻)です。
タイタニックは「絶対に沈まない船」と宣伝された、とよく言われます。でも記録をたどると、事実は少し違います。沈む前に雑誌に印刷された言葉は「ほぼ沈まない」でした。そして「沈まない」と言い切った言葉が世界に流れたのは、沈んだ後だったのです。
この記事では、まず沈む前の雑誌に何と書かれていたかを見ます。次に、事故で何が起きたのか、乗っていた人たちが何を信じていたのかを紹介します。最後に、「船は沈まない」というニュースが、沈んだ後の朝に流れたいきさつをたどります。
01タイタニックが沈む前の雑誌には、「絶対」ではなく「ほぼ沈まない」と書かれていた
タイタニックは、姉妹船オリンピック号と同じ設計でした。1911年、イギリスの造船業界誌『シップビルダー』は、この2隻だけを取り上げた特別号を出しています。船のしくみを、図や写真で詳しく紹介した号です。
その中に、こんな説明があります。船の中は、15枚の防水の仕切りで区切られている。仕切りの扉は、船長が電気のスイッチを1つ動かせば、すべて一度に閉まる。そうすれば船は「ほぼ沈まない(practically unsinkable)」。
仕切りで区切られた1つ1つの部屋を「区画」と言います。同じ号には、主な区画のうち、どの2つに水が入っても、船の安全には関係ない、とも書かれています。つまり「2区画までなら大丈夫」という意味での「ほぼ沈まない」でした。
022区画まで水が入っても浮く設計のタイタニックに、6区画も水が入った
4月14日の午後11時40分、タイタニックは北大西洋で氷山にぶつかりました。
イギリスの調査委員会は、のちに報告書をまとめています。それによると、船の前のほうにある6つの区画が、氷山とぶつかって海とつながり、水が入ってきました。設計が想定した「2区画」の3倍です。
報告書は、こう説明しています。前の4区画に水が入っただけなら、船は浮いていられた。でも、その後ろのボイラー室までふくめて、5つの区画に水が入ると、船は浮いていられない。船首が沈んで、水が仕切りのてっぺんをこえ、となりの部屋へあふれる。それが次々にくり返され、船はやがて沈む。
仕切りのてっぺんより上は、となりの部屋とつながっていました。だから船首が深く沈むと、水は仕切りの上から、となりへこぼれていったのです。

03乗客や船員の多くは、「この船は沈まない」と信じていた
「沈まない」という考えは、船に乗っていた人たちの間に強く広がっていました。
乗客で生き残ったローレンス・ビーズリー(Lawrence Beesley)は、1912年に本を出しています。ビーズリーによると、ボートに乗らず船に残ると決めた人が多かったのは、「タイタニックは沈まない」と強く信じていたからでした。船の上では「この船は沈まない。ほかの船が助けに来るのを待つだけだ」という言葉が、何度もくり返されたといいます。
アメリカの上院(国の議会の一つ)は、事故のあと公聴会(関係者を呼んで話を聞く会)を開きました。その記録では、何人もの船員が「船は沈まないと思っていた」と答えています。ある船員は、ボートが全員分ないことはみんな知っていたと思う、と答えました。それでも、船は沈まないと考えていたのです。
救命ボートに乗れるのは、合わせて1,178人でした。乗っていたのは2,201人です。そして助かったのは711人でした。
04船が沈んだ後の朝に、「船は沈まない」という速報が流れた
話を、4月15日の朝のニューヨークに戻しましょう。
上院の公聴会では、ダウ・ジョーンズのニュース担当者モーリス・ファレル(Maurice Farrell)が証言しました。ファレルは、その朝の速報を時刻つきで読み上げています。午前8時58分、「乗客は全員ボートで船を離れた」。9時2分には、この記事の初めに紹介した「船は沈まない」。9時22分には、副社長フィリップ・フランクリン(Philip Franklin)の言葉として「いずれにせよ、船は沈まない」と流れました。
フランクリンは、船会社の親会社にあたる国際商船会社の、アメリカでの副社長でした。公聴会でフランクリン自身は、その日はずっと船は沈まないと考えていた、と証言しています。大きな犠牲が出たと知ったのは、夕方6時30分、姉妹船オリンピック号の船長から知らせを受けたときでした。
AP通信の総支配人メルビル・ストーン(Melville Stone)も、公聴会で証言しました。その朝にタイタニックについて流れた知らせは、11時23分に正しい1本が出るまで、すべて間違いだった、というのです。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
「ほぼ沈まない」から「ほぼ」が消えて、「沈まない船」になった
「沈まない船」という話で大事なのは、言葉の小さな変化です。1911年の業界誌は「practically unsinkable(ほぼ沈まない)」と書きました。これは、「2区画まで水が入っても大丈夫」という、設計についての説明です。
カナダ百科事典の記事は、「沈まないタイタニック」という呼び名は事故の後に生まれた、と説明しています。新聞などがフランクリンの「沈まないと思っていた」という言葉を取り上げ、まるで事故の前から「沈まない」と宣伝されていたかのように伝えたのです。
この流れから、うわさが広まるときによく起こることが分かります。条件つきの言葉から、条件の部分が落ちるのです。「2区画までなら」「ほぼ」が消え、「沈まない」だけが残ります。「沈まない」だけになると、話は分かりやすくなります。「沈まないはずの船が沈んだ」という皮肉も強くなります。だからこの話は、人に話したくなる話になったのです。
防水の仕切りがあっても、タイタニックが沈んだわけ
船の中を仕切りで区切る考え方を水密区画(すいみつくかく)と言います。1か所に穴があいても、水がその区画だけにとどまれば、船は浮いていられます。
ただし、これには条件があります。水が入った区画が多すぎると、船首が深く沈みます。すると仕切りのてっぺんが水面より下になり、水は上からとなりへあふれます。イギリスの報告書が説明したのは、まさにこの「水が次々にとなりへあふれること」でした。タイタニックの仕切りは、上までふたをされた箱ではありませんでした。上にふたのない箱がならんでいるのに近かったのです。
当時は「船そのものが救命ボート」と考えられていた
カルパチア号(タイタニックの生存者を助けた船)の船長ロストロンは、公聴会でこう説明しました。今の船は、ほぼ沈まないように造られている。船そのものが救命ボートであり、ボートは予備として積んでいるにすぎない。
ロストロンの言葉から、当時の船の安全についての考え方が分かります。ボートは「全員を乗せるもの」ではなく、ほかの船へ人を運ぶための道具と考えられていました。だから規則が求めるボートの数は、乗っている人数に比べて少なかったのです。
事故のあと、「沈まない船」は技術の目標として語られた
1912年7月、雑誌『サイエンティフィック・アメリカン』の編集者J・バーナード・ウォーカーは、『沈まないタイタニック:すべての船を救命ボートに』という本を出しました。ウォーカーが手本に挙げたのは、1858年のグレート・イースタン号です。船体を二重にし、縦の仕切りと、水を通さない甲板(デッキ)をそなえた船でした。「沈まない」という言葉は、事故の後、皮肉としてだけでなく、技術の目標としても語られたのです。
05まとめ
タイタニックが沈む前に、業界誌に印刷された言葉は「ほぼ沈まない」でした。それは「2区画まで水が入っても大丈夫」という条件つきの言葉です。実際の事故では、6つの区画が海とつながりました。
船の上では、多くの人が「この船は沈まない」と信じていました。そして「船は沈まない」という会社の幹部の言葉がニューヨークの速報に流れたのは、1912年4月15日の午前9時2分。タイタニックが海に消えてから、何時間も後のことでした。
人に話すなら、こう言おう
タイタニックって「絶対沈まない船」って宣伝されたって言うでしょ。でも沈む前の業界誌は「ほぼ沈まない」だったんだって。「船は沈まない」って会社の幹部の言葉がニュースに流れたのは、もう沈んだ後の朝だったらしいよ。
英語で読む
"The Boat Is Unsinkable"
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
On the morning of April 15, 1912, a news service in New York sent out a short message.1912年4月15日の朝、ニューヨークのある通信社が短いニュースを流しました。 An official of the Titanic's company said, "The boat is unsinkable."タイタニックの船会社の幹部が「船は沈まない」と言ったというのです。 But the ship was already at the bottom of the sea.でも、船はもう海の底にありました。 It went down at 2:20 that morning by the ship's clock.船は、船の上の時計でその日の午前2時20分に沈んでいたのです。
Many people say the Titanic was sold as an unsinkable ship.タイタニックは沈まない船として売り出された、と多くの人が言います。 The real story is a little different.本当の話は少しちがいます。 In 1911, a magazine for shipbuilders wrote about the ship.1911年、造船業者向けの雑誌がこの船について書きました。 It said the ship had walls inside, called bulkheads, with doors that could close very quickly.船の中には隔壁と呼ばれる壁があり、その扉はすばやく閉められる、と書いていました。 So the ship was "practically unsinkable," which means almost unsinkable.だから船は「practically unsinkable」、つまり「ほぼ沈まない」というのです。 It could stay up with water in two of its rooms.2つの区画に水が入っても浮いていられる、ということでした。
But when the ship hit an iceberg, six rooms at the front were opened to the sea.でも船が氷山にぶつかったとき、前のほうの6つの区画が海とつながってしまいました。 Water went over the tops of the walls and filled the next rooms, one by one.水は壁のてっぺんをこえて、となりの区画を1つずつ満たしていきました。
Many people on the ship believed it could not sink.船に乗っていた多くの人は、船が沈むはずがないと信じていました。 A passenger who lived wrote that people said again and again, "This ship cannot sink."生き残ったある乗客は、人々が「この船は沈まない」と何度も言っていたと書いています。 The lifeboats had room for 1,178 people, but 2,201 were on board.救命ボートには1,178人分の席しかありませんでしたが、乗っていたのは2,201人でした。 Only 711 lived.助かったのは711人だけでした。
After the accident, a worried father in England got a message.事故のあと、イギリスで心配していたある父親が電報を受け取りました。 His son was the radio man on the Titanic.息子はタイタニックの無線係でした。 The message said, "Practically unsinkable. Don't worry."電報には「ほぼ沈まない。心配するな」とありました。 But his son did not send it.でも、それを送ったのは息子ではありませんでした。 An uncle wrote it to make the father feel better.父親を安心させようと、おじが書いたものだったのです。
4択問題 Reading Quiz
-
Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How the idea of an "unsinkable" Titanic grew
第1段落の速報、第2段落の雑誌の「ほぼ沈まない」、第4段落の乗客の思いこみなど、全体が「沈まない」という考えについてなので正解はB。Dの無線の話は最終段落の一部だけです。
-
Q2How many people could the lifeboats carry?
救命ボートには何人が乗れましたか。
正解:C 1,178
第4段落3文目に「The lifeboats had room for 1,178 people」とあるので正解はC。2,201人は乗っていた人数、711人は助かった人数です。
-
Q3Why did the ship sink even with its walls inside?
船の中に壁があったのに、なぜ船は沈んだのですか。
正解:A Water filled too many rooms and went over the walls.
第3段落で、6つの区画が海とつながり、水が壁のてっぺんをこえてとなりの区画を満たしたとあるので正解はA。扉や材料については本文に書かれていません。
-
Q4In paragraph 2, "practically" is closest in meaning to ...
第2段落の "practically" に最も意味が近いのは…
正解:D almost
第2段落5文目で「practically unsinkable, which means almost unsinkable」と言いかえているので正解はD。ここでの practically は「実際に」ではなく「ほぼ」の意味です。
-
Q5Which is true about the message to the father in England?
イギリスの父親に届いた電報について正しいのはどれですか。
正解:C His son's uncle wrote it.
最終段落4〜5文目に、息子は送っておらず、おじが父親を安心させるために書いたとあるので正解はC。電報の内容は「ほぼ沈まない。心配するな」で、沈みかけているとは書いていません。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
-
unsinkable形容詞沈まない
My toy boat is unsinkable in the bath.
私のおもちゃの船は、おふろでは沈まない。
💡 un-(〜でない)+ sink(沈む)+ -able(〜できる)。unbreakable(こわれない)も同じ作り。
-
practically副詞ほとんど、事実上
The bottle is practically empty.
そのびんは、ほとんど空だ。
💡 almost とほぼ同じ意味でよく使う。「実際的に」の意味もある。
-
iceberg名詞氷山
Most of an iceberg is under the water.
氷山の大部分は水の下にある。
💡 the tip of the iceberg で「氷山の一角」。
-
bulkhead名詞(船の)隔壁、仕切り
The bulkhead kept the water in one room.
隔壁が水を1つの部屋にとどめた。
💡 船や飛行機の中を区切る壁のこと。
-
lifeboat名詞救命ボート
Every big ship must carry lifeboats.
大きな船はすべて救命ボートを積まなければならない。
💡 life(命)+ boat(ボート)。life jacket は「救命胴衣」。
-
official名詞役員、職員、当局者
A city official answered our questions.
市の職員が私たちの質問に答えた。
💡 形容詞では「公式の」(an official record =公式記録)。
-
passenger名詞乗客
The bus had only three passengers.
バスには乗客が3人しかいなかった。
💡 pass(通る)と同じ語源。driver(運転手)と対で覚える。
-
on board熟語(船・飛行機などに)乗って
There were 300 people on board the plane.
その飛行機には300人が乗っていた。
💡 board は「乗りこむ」という動詞でも使う(board a train)。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 14件)。
- The Shipbuilder, Vol. VI, Special Number: The White Star Liners Olympic and Titanic(1911)archive.org
- "Titanic" Disaster: Hearings before a Subcommittee of the Committee on Commerce, United States Senate(米国上院, 1912)archive.org
- Loss of the Steamship "Titanic": Report of a Formal Investigation(英国 難破調査委員会 マージー卿, 1912)archive.org
- Beesley, L. (1912) The Loss of the SS Titanic: Its Story and Its Lessonsarchive.org
- Walker, J. B. (1912) An Unsinkable Titanic: Every Ship Its Own Lifeboatarchive.org
- Bonikowsky, L. N. Unsinkable Obsession: the RMS Titanic(The Canadian Encyclopedia, Historica Canada)thecanadianencyclopedia.ca
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
NEXT TRIVIAこの雑学にうなった人は、これにもうなる
No.016ウソFALSEナポレオンの身長は約169cmで、当時のフランス人の平均より高かった
「背の低いナポレオン」は、イギリス発のイメージ。
No.017ウソFALSE「パンがなければお菓子を」は、マリー・アントワネットの言葉ではなかった
いちばん古い記録は、ルソーの自伝にある。
No.018グレーGRAYガリレオがピサの斜塔で球を落とした実験は、本当にあったのか
斜塔の実験は、約60年後の記録にしか出てこない。
No.207ホントTRUEピーナッツの実は、花のあとに伸びる柄が自分で土にもぐってできる
ピーナッツの花の柄は、自分で土にもぐる。
No.171跳ねるおもちゃ「シリーパテ」の発明者の一人が、特許でもらったのは1ドルだけだった
シリーパテは、ゴムの代わりになれなかった失敗作。
No.243左利きの割合は約10人に1人だが、数え方しだいで18%にもなる
左利きの割合は、数え方で2倍近く変わる。