
「カンガルー=分からない」という語源の話は作り話
カンガルーは、先住民の言葉で動物の名前。
この判定の対象「カンガルーは、先住民の言葉で『分からない』という意味だ」
もくじ
「カンガルー」という名前には、有名な話があります。イギリスの探検家クック船長が、あの跳ねる動物を指さして「あれは何?」と聞いた。先住民は英語が分からないので「カンガルー(分からない)」と答えた。それがそのまま名前になった、という話です。
よくできた話ですが、これは作り話です。アメリカの辞書『アメリカン・ヘリテージ英語辞典』も、語源の解説で「事実ではない」とはっきり書いています。
では、本当はどうだったのか。そして、なぜこんな話が生まれたのか。250年以上前のクックたちの航海日誌などを読むと、分かることがあります。記録にはっきり残っている聞き間違いは、クックではなく、のちにシドニーに住んだイギリス人がしたものでした。
この記事では、まず1770年にクックたちがカンガルーを見て、名前を書きとめた記録を読みます。次に、シドニーの人々が kangaroo という言葉を知らなかったこと、50年後の船長の記録から誤解が生まれたことを紹介します。
011770年、クックの船の乗組員が、オーストラリアで初めてカンガルーを見た
1770年6月11日、クックの船エンデバー号は、オーストラリア北東岸のさんご礁に乗り上げて船を傷めました。修理のため、船はエンデバー川の河口に引き上げられました。今のクイーンズランド州クックタウンのあたりです。
6月23日、クックの日誌に初めてその動物が出てきます。鳥を撃ちに行った部下が、グレーハウンド(足の速い猟犬)より少し小さい、ネズミ色のほっそりした動物を見たのです。翌24日には、クック自身も見ました。クックは、大きさも形もグレーハウンドそっくりだと書いています。でも走り方が違い、野ウサギやシカのように跳ねていた、とも書いています。
船に乗っていた博物学者ジョゼフ・バンクス(Joseph Banks)は、7月14日の日記にこう書きました。士官の一人(二等海尉)が、ついにその動物をしとめた。前足はとても短く、歩くのに使わない。後ろ足で一度に7〜8フィート(2メートル以上)跳ぶ。重さは38ポンド(約17キロ)。翌日、乗組員はこれを夕食に食べました。バンクスは「すばらしい肉だった」と書いています。
02クックたちは日誌に「現地の人々はこの動物を kangooroo と呼ぶ」と書いた
エンデバー号は、エンデバー川に7週間近くとどまりました。その間に、乗組員は地元の人々と少しずつ打ち解けていきます。バンクスの日記には、地元の人々が仲間を名前で紹介してくれたことも書かれています。
8月4日、エンデバー川を出る日の日誌で、クックはこの土地のまとめを書きました。そこには「現地の人々が Kangooroo または Kanguru と呼ぶ動物」とあります。バンクスも、現地の人々が kangooroo と呼ぶ、と書いています。2人とも「分からない」とは書いていません。動物の名前として聞き取っているのです。
バンクスは、この動物をエジプトのトビネズミにたとえました。トビネズミも後ろ足で跳ぶ動物ですが、大きさはネズミほどです。一方、エンデバー川の動物は、中くらいの子羊ほどもありました。しかも、バンクスが連れていたグレーハウンドより速く跳んで逃げた、と書いています。

03シドニーの人々は kangaroo という言葉を知らず、牛を見て「カンガルー?」と聞いた
18年後の1788年、イギリスはシドニーのあたり(ポート・ジャクソン)に植民地を作りました。イギリス人は、kangaroo という言葉も一緒に持ちこみました。ところが、シドニーの人々は、kangaroo という言葉を使っていませんでした。
植民地にいたイギリスの士官ワトキン・テンチ(Watkin Tench)は、1793年の本にこう書いています。この土地の人々は、大きな灰色のカンガルーを「パタガラン(patagaran)」と呼ぶ。そして、kangaroo という言葉は、私たちが持ちこむまで、どの動物の名前としても知られていなかった。
テンチはさらに、こんな出来事も書いています。イギリス人が船で運んできた牛を見せると、地元の男性コルビー(Colbee)は「これはカンガルーか」と聞いたそうです。コルビーにとって kangaroo は、イギリス人が持ってきた「見なれない動物」を指す言葉に聞こえたのかもしれません。
テンチは、クックの単語表がシドニーの言葉と合わなくても不思議ではない、とも書いています。シドニーでパタガランと呼ぶ動物が、遠いエンデバー川ではカンガルーと呼ばれていてもおかしくない。そう書いて、クックをかばっているのです。
そしてテンチは、自分たちの聞き間違いの例をあげました。イギリス人は、地元の言葉 beeal を「よい」という意味だと思いこみ、ずっと使っていました。ところが本当は「いいえ」という意味だったのです。記録にはっきり残っている聞き間違いは、カンガルーではなく、この beeal のほうでした。
04「クックが聞き間違えた」という説は、50年後に来た別の船長の記録から生まれた
では、「分からない」という話はどこから来たのでしょう。辞書によると、きっかけは1820年の記録です。
イギリス海軍のフィリップ・パーカー・キング(Phillip Parker King)船長は、クックから50年後、同じエンデバー川を訪れました。キングは、前の年(1819年)とこの年の2回、跳ぶまねをしながら kangaroo と言ってみました。すると地元の人々は、いつも「メヌア(men-u-ah)」と言い直したのです。
キングは、自分の本にこう書きました。この動物の名前は、偶然ついたものだ。クックが見た土地の人々の呼び名から来たのではない。カンガルーという言葉については、クックが間違えたのだ。この記録をきっかけに、「クックは聞き間違えた」と考えられるようになりました。そして、「本当は『分からない』と答えたのだ」という作り話が育ったのです。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
kangaroo のもとは、ある1種類のカンガルーを指す言葉だった
アメリカの辞書ディクショナリー・ドットコムによると、kangaroo の元は、クックタウン周辺で話されるグーグ・イミディル語の gaŋurru(gangurru とも書く)です。意味は「大きな、黒っぽいか灰色の種類のカンガルー」。つまり、カンガルー全体ではなく、ある1種類の名前でした。
これが英語では、カンガルーの仲間全体を指す言葉になりました。ある種類の名前が、仲間全体の名前に広がることを、言語学では意味の拡大と呼びます。
キングが聞いた men-u-ah についても、辞書は説明をしています。men-u-ah は、グーグ・イミディル語の minha、つまり「食べられる動物」を意味する言葉だったかもしれない、というのです。キングは、跳ぶまねをして「カンガルー」と言いました。地元の人々は、それに「それは食べられる動物だね」と答えたのかもしれません。もしそうなら、クックの kangaroo も、キングの men-u-ah も、間違った記録ではなかったことになります。
kangaroo という言葉は、イギリス人の船で大陸のほかの土地に伝わった
キングの本には、もう一つ興味をひく記録があります。1821年12月、キングが訪れた別の港では、地元の人々がもう kangaroo という言葉を知っていました。キングは、前の年に来た商船の乗組員から伝わったのだろう、と考えています。
エンデバー川の一つの言葉が、イギリス人の本と船を通って、大陸の別の場所の人々に届いていたのです。シドニーのコルビーが牛を見て「カンガルー?」と聞いたのも、イギリス人が kangaroo という言葉を運んできたからでした。言葉が、生まれた土地を離れ、外から来た人によって別の土地に運ばれることがあります。これは借用の一つの形です。
クックが書きとめた現地の言葉は、50年後の船長の記録とほとんど同じだった
キングは、自分たちが集めた言葉を、クックの単語表と1語ずつ並べています。カヌーはキングが「マラガン」、クックが「マラガン」。ひざは「ボンゴ」と「ポンゴ」。あごひげは「ウォラー」と「ワラー」。多くの言葉が、ほとんど同じ音で書きとめられていました。
キング自身も、この比べ方から2つのことを書いています。クックの単語表はエンデバー川で集められたものだということ。そして、この土地の言葉はクックのころから変わっていないということです。大きく違ったのは2語だけで、その1つがカンガルーでした。クックの50年前の記録は、ほかの言葉ではこれだけ正確だったのです。カンガルーの言葉だけがずれたのは、クックの記録が間違っていたからではなく、聞き方が違ったからだと考えるほうが自然でしょう。
作り話かどうかは、一番古い記録までさかのぼれば確かめられる
「分からない」説は、話としてはとてもよくできています。外国人が言葉を誤解する、という笑い話の形になっているからです。だから、辞書が否定しても消えにくいのです。
こうした話を確かめるには、一番古い記録までさかのぼります。これを史料批判といいます。クックとバンクスの日誌、テンチの本、キングの本を順に読むと、話の流れがはっきりします。1770年の記録には「分からない」はどこにもありません。誤解の種は、1820年のキングの記録と、それをもとにした後の人々の推測でした。
テンチの beeal の話は、聞き間違いが実際にどう起きるかをよく示しています。イギリス人は、わざと「悪い」と言って、相手に「よい」を言わせようとしました。相手が「いいえ(悪くないよ)」と答えたのを、「よい」と受け取ってしまったのです。このように、質問のしかたによって、答えの意味が変わってしまうことがあります。これは、言葉を調べるときに一番気をつけるべき点です。テンチは200年以上前に、そのことを自分で書き残していたのです。
05英語で使ってみよう
- A kangaroo can jump very far with its strong back legs.(カンガルーは強い後ろ足でとても遠くまで跳べる)
- A baby kangaroo is called a joey.(カンガルーの赤ちゃんは joey と呼ばれる)
- kangaroo court(いいかげんな裁判、つるし上げ)という言い方もあります。
06まとめ
「カンガルー=分からない」は作り話です。クックとバンクスは1770年、エンデバー川で現地の呼び名として kangaroo を書きとめました。誤解のきっかけは、1820年にキング船長が別の呼び名「men-u-ah」を聞いたことでした。一方、シドニーの人々はこの言葉を知らず、牛を見て「カンガルー?」と聞きました。本当に記録に残る聞き間違いは、イギリス人が「いいえ」を「よい」だと思いこんだ beeal のほうです。
人に話すなら、こう言おう
カンガルーって「分からない」って意味だって話、あれ作り話なんだって。もともと北東オーストラリアの言葉で、ある種類のカンガルーの名前。逆に、シドニーの人は牛を見て「これカンガルー?」って聞いたらしいよ。
英語で読む
Kangaroo Does Not Mean "I Don't Know"
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
There is a famous story about the word "kangaroo."「カンガルー」という言葉には、有名な話があります。 Captain Cook pointed at the animal and asked, "What is that?"クック船長がその動物を指さして「あれは何?」と聞きました。 A local man answered, "Kangaroo," which meant "I don't know."地元の男性は「カンガルー」と答えましたが、それは「わからない」という意味でした。 It is a funny story, but it is not true.おもしろい話ですが、本当ではありません。
In 1770, Cook's ship was damaged on a reef in northeast Australia.1770年、クックの船はオーストラリア北東部のさんご礁で傷つきました。 The crew stayed near a river for about seven weeks to fix it.乗組員は船を直すため、約7週間ある川の近くにとどまりました。 There they saw a strange animal that jumped like a hare.そこで彼らは、野ウサギのように跳ねるふしぎな動物を見ました。 Both Cook and the scientist Joseph Banks wrote that the local people called it "kangooroo."クックと科学者ジョゼフ・バンクスの2人とも、地元の人々はそれを「カングールー」と呼ぶと書きました。 Today we know the local language had the word "gangurru" for one kind of kangaroo.今では、その土地の言葉に、ある種類のカンガルーを表す「ガングル」という言葉があったことがわかっています。
So where did the funny story come from?では、あのおもしろい話はどこから来たのでしょう。 In 1820, another captain, Phillip King, visited the same river.1820年、別の船長フィリップ・キングが同じ川を訪れました。 When he said "kangaroo," the people answered with a different word.彼が「カンガルー」と言うと、人々は別の言葉で答えました。 So King thought that Cook had made a mistake.そこでキングは、クックがまちがえたのだと考えました。 Later, people made up the "I don't know" story.のちに、人々が「わからない」という話を作り上げたのです。
Real mix-ups did happen, but in other places.本当の行きちがいは、別の場所で起きていました。 Near Sydney, the local people did not know the word "kangaroo" at all.シドニーの近くでは、地元の人々は「カンガルー」という言葉をまったく知りませんでした。 When a man there was shown some British cows, he asked if they were kangaroos.そこにいたある男性は、イギリスの牛を見せられたとき、それはカンガルーかと聞きました。 Also, the British used a local word to mean "good," but it really meant "no."また、イギリス人は地元のある言葉を「よい」という意味で使っていましたが、本当は「いいえ」という意味でした。
So the word "kangaroo" is not a joke.つまり、「カンガルー」という言葉は冗談ではありません。 It is a real name from a real language that people still speak today.それは、今も人々が話している本物の言葉から来た、本物の名前なのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Why a famous story about the word "kangaroo" is wrong
第1段落最後の文で「本当ではない」と述べ、第2〜5段落で本当の語源と作り話ができた理由を説明しているので正解はB。Cの船の修理は第2段落の場面説明にすぎない。
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Q2When did Phillip King visit the river?
フィリップ・キングがその川を訪れたのはいつですか。
正解:C In 1820
第3段落2文目に「In 1820, another captain, Phillip King, visited the same river」とあるので正解はC。1770年はクックが訪れた年なので違う。
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Q3Why did King think that Cook had made a mistake?
キングはなぜ、クックがまちがえたと考えたのですか。
正解:A Because the people answered with a different word
第3段落3〜4文目に、キングが kangaroo と言うと人々は別の言葉で答えたので、クックがまちがえたと考えた、とあるので正解はA。Bは第2段落でクックたちが動物を見たとあるので違う。
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Q4In paragraph 3, the words "made up" are closest in meaning to
第3段落の「made up」にいちばん意味が近いのはどれですか。
正解:D created a story that is not true
第1段落で「本当ではない」とされた話を、人々が後から made up したと言っているので、「作り話をこしらえた」という意味。正解はD。Cの「証明した」は逆の意味。
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Q5Which is true about the story?
この話の内容と合っているのはどれですか。
正解:B A man near Sydney asked if British cows were kangaroos.
第4段落3文目に、ある男性がイギリスの牛を見せられてカンガルーかと聞いた、とあるので正解はB。Aは第4段落2文目と逆で、Cは第1段落で否定されている。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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captain名詞船長、隊長
The captain told everyone to stay calm.
船長は全員に落ち着くように言った。
💡 チームの「キャプテン」と同じ語。
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local形容詞その土地の、地元の
We asked a local person for directions.
私たちは地元の人に道をたずねた。
💡 名詞で「地元の人」の意味でも使う(the locals)。
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damage動詞傷つける、損害を与える
The storm damaged many houses.
嵐が多くの家に被害を与えた。
💡 名詞でも「損害」。発音は「ダミッジ」。
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reef名詞礁(しょう)、さんご礁
Many colorful fish live on the reef.
さんご礁にはたくさんのカラフルな魚がすんでいる。
💡 coral reef で「さんご礁」。
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crew名詞(船・飛行機の)乗組員
The crew worked all night to fix the engine.
乗組員は一晩中エンジンの修理をした。
💡 乗組員全体をまとめて言う語。
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mistake名詞まちがい
I made a mistake on the test.
テストでまちがいをした。
💡 make a mistake(まちがえる)の形で覚える。
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make up熟語(話などを)でっち上げる、作り上げる
He made up an excuse for being late.
彼は遅刻の言いわけを作り上げた。
💡 「化粧をする」「仲直りする」の意味もある。
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language名詞言語、言葉
How many languages can you speak?
あなたはいくつの言語を話せますか。
💡 発音は「ラングウィッジ」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 14件)。
- kangaroo(The American Heritage Dictionary of the English Language)ahdictionary.com
- kangaroo(Dictionary.com)dictionary.com
- Cook, J. Captain Cook's Journal During His First Voyage Round the World(W. J. L. Wharton 編, 1893, Project Gutenberg)gutenberg.org
- Banks, J. Journal of the Right Hon. Sir Joseph Banks(J. D. Hooker 編, 1896, Internet Archive)archive.org
- Tench, W. (1793) A Complete Account of the Settlement at Port Jackson(Project Gutenberg)gutenberg.org
- King, P. P. (1827) Narrative of a Survey of the Intertropical and Western Coasts of Australia, Vol. 1(Project Gutenberg / Internet Archive)archive.org
- King, P. P. (1827) Narrative of a Survey of the Intertropical and Western Coasts of Australia, Vol. 2(Project Gutenberg / Internet Archive)archive.org
- Haviland, J. B. (1974) A Last Look at Cook's Guugu Yimidhirr Word List, Oceania 44(3)doi.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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