
「ローマ兵の給料は塩だった」は、古代の記録では確かめられない
サラリーの語源が「塩」なのは本当。
この判定の対象「古代ローマの兵士は、塩で給料をもらっていた」
もくじ
「サラリー(salary=給料)の語源は塩。古代ローマの兵士は塩で給料をもらっていたから」。英語の授業や雑学の本で、一度は聞いたことがあるかもしれません。
前半は本当です。salary はラテン語の salarium(サラーリウム)から来ていて、その元は sal(サル=塩)。ここまでは辞書が認めています。ところが後半の「塩で給料をもらっていた」はどうでしょう。古代ローマの人が書いた記録を探しても、見つかりません。
では、この話はどこから来たのか。たどっていくと、行き着くのは古代ローマではなく、1783年、1840年、1879年に出た辞書でした。ラテン語の辞書の編集者たちは、salarium の意味を説明するとき、「後ろに『お金』などの言葉が省略されているのだろう」と推測しました。その説明が次の辞書へと写され続けて、多くの人が信じる話になったのです。
この記事では、まず古代ローマの記録に、塩と給料について何が書かれているかを見ます。次に、「塩を買うためのお金」という説明が、辞書と翻訳を通して広まった道すじをたどります。最後に、本当の salarium がどんなお金だったかを紹介します。
01古代の記録で「塩」と「給料の名前」を結びつけているのは、ローマの学者の一文だけ
「塩」と「サラリー」を結びつける古代の文章として、必ず名前が出る本があります。プリニウス(大プリニウス, Pliny the Elder)の『博物誌』です。プリニウスは、1世紀のローマの博物学者(動物や植物、鉱物など、自然のものを広く調べる学者)でした。第31巻で、彼は塩のすばらしさを長々とほめています。
その中に、こんな意味の一文があります。「塩は、名誉や軍務(軍の仕事)にも関わっている。そこから salarium という言葉ができた」。
書いてあるのはこれだけです。兵士が塩を受け取ったとも、塩を買うお金をもらったとも書いていません。メリアム・ウェブスター(Merriam-Webster)の辞書編集部も、注をつけています。プリニウスが述べているのは、「戦いの名誉に塩が果たした、はっきりしない役割」にすぎない、と。そして、こうも指摘しています。プリニウスは塩をほめちぎっている章で書いているのだから、塩と給料の関係をもっとはっきり知っていたなら、書いたはずだ、と。
02「給料はもともと塩を買うためのお金」という説明は、辞書の編集者の推測だった
ラテン語の辞書を開くと、プリニウスにはなかった説明が出てきます。1879年に、イギリスのオックスフォードで出た辞書があります。ルイス&ショートの『ラテン語辞典(A Latin Dictionary)』です。salarium の項には、こう書いてあります。「argentum(お金)が省略されている。もとは兵士に塩のために与えたお金」。
この説明が、「兵士は塩のためのお金をもらった」という話のもとです。メリアム・ウェブスターの語源注によると、この説明は推測に基づいています。「salarium argentum(塩のお金)」という言い回しがもともとあり、それが短くなった、という推測です。ところが、salarium argentum という言い回しそのものは、古代の文章に一度も出てきません。
推測の理由はこうです。ラテン語には、calcearium(靴のためのお金)や vestiarium(衣服のための手当)という言葉がある。だから salarium も「塩のためのお金」だろう。これを類推(似た言葉から意味を推し量ること)といいます。
しかもこの推測は、ルイス&ショートが最初ではありませんでした。
- 1783年:シェラー(I. J. G. Scheller)のラテン語・ドイツ語辞典。ただしシェラーが補ったのは「お金」ではなく「donum(贈り物・賞品)」でした。
- 1840年:フロイント(Wilhelm Freund)のラテン語・ドイツ語辞典。
- 1879年:ルイス&ショート。フロイントの辞典をもとに作られ、その後何度も刷られました。
辞書は、ほかの辞書を参考に作られます。一度書かれた推測が、次の辞書、また次の辞書へと受けつがれました。そのうちに、まるで確かめられた説のように扱われるようになったのです。
03古代ローマの本の英語訳についた注も、辞書の推測を広めた
辞書のほかにも、この推測が広まった道があります。1855年にロンドンで出た、プリニウス『博物誌』の英訳です(ボストックとライリーの訳)。
本文の訳は「塩は戦いの名誉の中でも役割を果たし、そこから salarium という言葉ができた」。ここまでは、原文と同じ内容です。ところが、そこに番号つきの脚注(ページの下に小さく書く説明)がついています。「文字どおりには『塩のお金』。argentum が省略されている。もとは将軍や軍団の副官の給料に使われた。英語の salary はここから」。
プリニウスの原文にない説明が、脚注の形で、古代の文章のすぐ横に置かれたわけです。英語でプリニウスを読む人は、本文と脚注を一緒に読みます。辞書の推測は、こうして古典の翻訳にも入りこみました。

04salary のもとの言葉 salarium は、古代ローマでは役人の高い給料を指した
では、実際の salarium はどんなものだったのか。記録が残っているのは、ローマが皇帝の時代に入ってからです。
オックスフォード古典辞典によると、salarium は帝政期(皇帝が治めた時代)に、役人へ定期的に支払われたお金を指す言葉でした。支払いを始めたのは、初代皇帝アウグストゥスです。相手は、属州(ローマが支配した、イタリアの外の地域)で働く役人でした。元老院議員(ローマの政治を動かした有力者)や、騎士身分と呼ばれる位の高い人たちです。属州を治める総督(プロコンスル)の salarium は、1年で100万セステルティウス。のちの皇帝ウェスパシアヌスは、ローマで修辞学(話し方や文章の技術)の先生にも salarium を払いました。
プリニウス自身も、別の巻で「軍団副官の salarium ほどもする燭台(ろうそく立て)」を買う人々を嘆いています。プリニウスの時代、salarium は塩ではなく、お金の額として話されていたのです。メリアム・ウェブスターは、文書や碑文から分かる salarium の額について書いています。その額は、塩を買うのに必要な額より、はるかに大きかった、と。
一方、普通の兵士の給料は、stipendium(スティペンディウム)と呼ばれました。主に、銀貨などの硬貨で支払われました。古代史家ピーター・エドウェル(Peter Edwell, マッコーリー大学)によると、給料は年3回に分けて払われました。そこから、衣服や食料の代金、葬式の積み立てなどが差し引かれました。カエサルは紀元前50年ごろに、兵士の給料を倍にして、年225デナリウスにしました。2世紀の終わりには、年600デナリウスになっていました。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
「salarium の後ろに言葉が省略されている」という推測は、1783年の辞書から始まった
語源の話を確かめるときは、「その説明を最初に書いたのは誰か」を探します。この話の場合、塩と salarium を結びつける古代の文章として挙げられるのは、プリニウスの一文(『博物誌』31巻89節)です。そこに書かれているのは、「名誉や軍務」と「salarium という名前」の関係です。支払いの方法には、ふれていません。
一方、「salarium の後ろに言葉が省略されている」という推測が文字になったのは、確認できる範囲では1783年のシェラーの辞典が最初です。シェラーが補ったのは donum(贈り物)でした。それが1840年のフロイント、1879年のルイス&ショートでは、「お金(argentum)」になって受けつがれました。つまり、「塩のためのお金」という説明は、プリニウスの時代から1700年以上あとに付け加えられたものです。1855年の英訳の脚注は、その説明を古典の本文のすぐ横に置きました。メリアム・ウェブスターは現在、この話について、はっきり「古代の資料に根拠がない」と注をつけています。参考として挙げているのは、ニュージーランドの古典学者ピーター・ゲインズフォード(Peter Gainsford)が2017年に書いた検証記事です。
salarium の後ろで省略された言葉が「お金」なのか「贈り物」なのかは、証拠がない
ラテン語の salarius は「塩の」という形容詞です。その形を少し変えた salarium は、名詞として使われることがあります。このとき学者たちは、「後ろにあったはずの名詞が省略された」と考えました。英語でいえば、daily newspaper を a daily(日刊紙)と言うような現象です。この考え方そのものは言語学でよく使われます。問題は、省略された名詞を argentum(お金)と決める証拠がないことです。最初のシェラーは、お金ではなく donum(贈り物)を補っていました。補う言葉が辞書によって違うこと自体が、この推測が確かでないことを示しています。
給料を表す言葉に、なぜ「塩」が入っているのかは、今も分かっていない
分かっていることは2つです。salarium が、帝政期に役人への定額の報酬を指したこと。そして、名前が塩と関係することです。メリアム・ウェブスターは「帝政初期のローマで、塩が公的な報酬の考え方と何らかの形で関わっていたのは明らか。だがそれ以上は推測」とまとめています。兵士がみずからを salarii(salarium を受ける者)と名乗った碑文も、少しあります。でも、その多くは近衛隊(皇帝を守る部隊)で長く勤めた兵士です。普通の兵士の話ではありません。名前がなぜ塩とつながったのかを示す決め手は、まだ見つかっていません。
本当らしい話ほど、確かめられないまま広まりやすい
塩が貴重だったこと、兵士が塩を必要としたことは、どちらも本当らしく聞こえます。本当らしいことを組み合わせた話は、確かめられないまま広まりやすいのです。ちなみに、お金と本当に結びついている兵士の言葉もあります。英語の soldier(兵士)は、メリアム・ウェブスターによると、古いフランス語で「給料」を意味する言葉を通じて、ローマ帝国後期の金貨ソリドゥス(solidus)にさかのぼります。
対照的なのが、兵士の給料 stipendium の名前です。メリアム・ウェブスターによると、これは stips(贈り物)と pendere(量る、支払う)からできた言葉です。兵士の給料の名前には、「塩」ではなく「量って支払う」という意味の言葉が入っていました。そして塩の名前を持つ salarium のほうは、記録の上では、主に役人の報酬だったわけです。
05英語で使ってみよう
sal(塩)の仲間の英単語は、ほかにもあります。
- salary(給料):He gets a monthly salary.(彼は月給をもらっている)
- saline(塩分を含む):saline water(塩水)
- salami(サラミ):塩漬けの肉から作るソーセージ
- worth one's salt(給料分の働きをする、有能な):Any teacher worth her salt knows this.(有能な先生なら誰でもこれを知っている)
ちなみに、サラリーマンの「給料」に近い英語は salary(月給・年俸)で、時給は wage(ウェイジ)と言い分けます。
06まとめ
salary が sal(塩)とつながるのは本当です。でも「ローマ兵は塩で給料をもらった」と書いた古代の記録はありません。その説明は、辞書から辞書へ写されて広まった推測でした。1783年のシェラー、1840年のフロイント、1879年のルイス&ショートです。実際の salarium は、役人に払われた高い給料でした。属州総督なら、年100万セステルティウスにもなりました。
人に話すなら、こう言おう
サラリーの語源が「塩」なのは本当なんだけど、ローマ兵が塩で給料をもらってた記録はないんだって。その話を広めたのは、1700〜1800年代の辞書の「たぶんこうだろう」という推測らしいよ。
英語で読む
Were Roman Soldiers Paid in Salt?
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
Many people say that the English word "salary" comes from salt.英語の「salary(給料)」という言葉は塩から来ている、と多くの人が言います。 They also say that Roman soldiers got their pay in salt.さらに、ローマの兵士は塩で給料をもらっていた、とも言います。 The first part is true, but the second part has a problem.前半は本当ですが、後半には問題があります。 Nobody has found an ancient Roman text that says it.それを書いた古代ローマの文章が、まだ誰にも見つかっていないのです。
"Salary" comes from the Latin word salarium.「salary」はラテン語の salarium から来ています。 This word is related to sal, the Latin word for salt.この言葉は、塩を意味するラテン語の sal と関係があります。 In the first century, a Roman writer named Pliny wrote about salt.1世紀に、プリニウスというローマの作家が塩について書きました。 He said that the word salarium came from salt.彼は、salarium という言葉は塩から来たと述べました。 But he did not say how or why.しかし、どのように、なぜそうなったのかは書きませんでした。
So where did the salt story come from?では、塩の話はどこから来たのでしょうか。 It came from dictionaries, not from ancient Rome.それは古代ローマからではなく、辞書から来ました。 In 1783, a dictionary maker guessed that a word was missing after salarium.1783年、ある辞書の作り手が、salarium のあとに言葉が1つ省略されていると推測しました。 Later dictionaries in 1840 and 1879 said the missing word was "money."その後、1840年と1879年の辞書は、省略された言葉は「お金」だと書きました。 So salarium became "money for salt," and people believed it.こうして salarium は「塩のためのお金」となり、人々はそれを信じました。
The real salarium was regular pay for government officials.本当の salarium は、国の役人に支払われる定期的な報酬でした。 A governor could get one million sesterces a year.属州の総督は、1年に100万セステルティウスを受け取ることもありました。 That is much more money than anyone needs to buy salt.それは、塩を買うのに必要な額よりはるかに大きなお金です。 Roman soldiers got a different kind of pay, called stipendium.ローマの兵士は、stipendium と呼ばれる別の種類の給料を受け取っていました。 They were paid mostly in coins, three times a year.兵士たちは主に硬貨で、1年に3回支払いを受けました。
So the word "salary" is connected to salt.つまり、「salary」という言葉は塩とつながっています。 But we still do not know how salt and pay were connected.けれども、塩と給料がどうつながっていたのかは、今もわかっていません。 The next time you hear a word story, ask one question.次に言葉の由来の話を聞いたら、1つ質問をしてみましょう。 "Who wrote it first?"「最初にそれを書いたのは誰?」と。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C Whether the salt story about "salary" is true
第1段落で「兵士は塩で給料をもらった」という話に問題があると述べ、その後の段落で出どころを調べているので正解はC。Bの硬貨の話は第4段落の一部にすぎない。
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Q2When did the first dictionary maker guess that a word was missing?
最初の辞書の作り手が「言葉が省略されている」と推測したのはいつですか。
正解:A In 1783
第3段落3文目に「In 1783」とあるので正解はA。1840年と1879年は、その後の辞書が「お金」と書いた年。1世紀はプリニウスが書いた時代。
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Q3Why does the story say the real salarium was not for buying salt?
本当の salarium は塩を買うためのものではなかった、と話が言うのはなぜですか。
正解:D Because the amount was much bigger than salt needed
第4段落2〜3文目に、総督は年100万セステルティウスで、塩を買うのに必要な額よりはるかに大きいとあるので正解はD。Cは誤りで、salarium は役人への報酬だった。
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Q4In paragraph 3, the word "guessed" is closest in meaning to
第3段落の「guessed」に最も意味が近いのはどれですか。
正解:B thought without sure facts
guess は「確かな根拠なしに推測する」という意味なので正解はB。第2段落でプリニウスは理由を書かなかったとあるので、Dの「プリニウスから写した」は誤り。
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Q5Which is true according to the story?
話の内容と合っているものはどれですか。
正解:C Roman soldiers were mostly paid in coins.
第4段落最後の文に兵士は主に硬貨で支払われたとあるので正解はC。第5段落1文目に salary は塩とつながっているとあるのでBは誤り。最初の推測は1783年なのでDも誤り。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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salary名詞給料(月給・年俸)
Her salary goes up every year.
彼女の給料は毎年上がる。
💡 時間単位の賃金は wage。日本語の「サラリーマン」は英語では office worker などと言う。
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ancient形容詞古代の、とても古い
We visited an ancient temple in Nara.
私たちは奈良の古い寺を訪ねた。
💡 ancient Rome(古代ローマ)、ancient Greece(古代ギリシャ)の形でよく使う。
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be related to熟語〜と関係がある
This word is related to music.
この言葉は音楽と関係がある。
💡 人について使うと「〜と親せきだ」の意味にもなる。
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guess動詞推測する、言い当てる
Can you guess my age?
私の年齢を当てられますか。
💡 名詞も guess。make a guess(推測する)。
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dictionary名詞辞書
Look up the word in your dictionary.
その単語を辞書で調べなさい。
💡 look up(〜を調べる)とセットで覚える。
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official名詞役人、公務員
A city official answered our questions.
市の職員が私たちの質問に答えた。
💡 形容詞では「公式の」(an official website)。
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regular形容詞定期的な、ふつうの
Regular exercise is good for you.
定期的な運動は体によい。
💡 副詞は regularly(定期的に)。
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connect動詞つなぐ、関係づける
This bridge connects the two towns.
この橋は2つの町をつないでいる。
💡 be connected to 〜で「〜とつながっている」。名詞は connection。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 18件)。
- salary(Merriam-Webster Dictionary, 語源注)merriam-webster.com
- Pliny the Elder, Natural History 31.41(§89。Bostock & Riley 英訳, 1855; Perseus, Tufts University)perseus.tufts.edu
- Lewis & Short, A Latin Dictionary(1879)"salarius"(Perseus, Tufts University)perseus.tufts.edu
- Millar, F. & Burton, G. (2016) salarium, Oxford Classical Dictionarydoi.org
- Edwell, P. (2026) Our pay is called a 'salary', but were Roman soldiers really paid in salt?, The Conversationdoi.org
- soldier(Merriam-Webster Dictionary, 語源)merriam-webster.com
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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