くしゃみの速さは「新幹線なみ」ではなかった
体と食べ物No.135

くしゃみの速さは「新幹線なみ」ではなかった

時速360kmは、測っていない計算の数字だった。

ウソFALSE

この判定の対象「くしゃみの速さは、新幹線なみの時速300km以上だ」

うなり度 読む時間9分 出典5件 確認した事実20件
もくじ
  1. くしゃみの空気を測ると、最高の速さは平均で時速57kmだった
  2. くしゃみの速さは、研究によって時速16kmから時速85km近くまでばらばらだ
  3. 「時速360km」は、くしゃみを測った値ではなく、計算で出した数字だった
  4. 1940年ごろの写真から見積もった時速約165kmは、空気ではなく、しぶきの粒の速さだった
  5. くしゃみは、息を吸い、ためて、一気に吐き出す反射だ
  6. 深掘り講義
  7. まとめ
  8. 英語で読む(A2・4択5問)
  9. 出典・ウラ取り

「くしゃみの速さは、新幹線なみ」。そんな話を聞いたことはありませんか。「時速300km以上」や「時速160km」といった数字もよく見かけます。

では、実際に測るとどうなるのでしょう。2021年、東京大学などの研究チームが、10人の大人のくしゃみを特別なカメラで測りました。くしゃみの中でいちばん速い瞬間の空気の速さは、平均で秒速15.9m。時速にすると、およそ57kmです。

町なかを走る車くらいの速さです。新幹線には、とても届きません。

では、あの大きな数字は、どこから来たのでしょうか。研究の論文をたどると、大きな数字のもとが2つ見つかります。1955年に出た1冊の本と、1940年ごろの写真です。

この記事では、まず2021年の研究で、くしゃみの空気の速さをどう測ったかを紹介します。次に、研究によって数字がばらばらな理由を見ます。最後に、「時速360km」や「時速160km」に近い数字が、どこから来たのかをたどります。

01くしゃみの空気を測ると、最高の速さは平均で時速57kmだった

2021年の研究を行ったのは、中国の華中科技大学と東京大学の研究者たちです。調べたのは、男女5人ずつ、健康な10人のくしゃみと話し声です。

使ったのは、PIV(粒子画像流速測定法)という方法です。まず、透明な箱の中に、舞台で使うスモークの細かい粒を満たします。参加者は、箱の前の直径5cmの穴に向かってくしゃみをします。そこへレーザーの光をあて、1秒間に約3000枚の写真を撮ります。粒の動きを追えば、目に見えない空気の流れの速さが分かるのです。

その結果、くしゃみの空気は、出始めてから約0.02秒でいちばん速くなりました。くしゃみ1回で空気が出ている時間は、約0.43秒です。最高の速さは、人やくしゃみの回によって違いました。遅いときで時速36km、速いときで時速85km弱でした。男女の差は、ほとんどありませんでした。

一方、ふつうに話すときに口から出る空気は、いちばん速い瞬間で時速22kmほどでした。くしゃみはその2〜3倍の速さで、ほぼまっすぐ前へ飛び出していました。くしゃみの空気が広がる角度は、上下・左右とも15度ほどです。

02くしゃみの速さは、研究によって時速16kmから時速85km近くまでばらばらだ

ところが、くしゃみの速さを測った研究どうしを比べると、数字がばらばらです。

2013年、シンガポールとカナダの研究チームのタン(Julian W. Tang)らは、6人のくしゃみを撮影しました。くしゃみは、コショウでわざと起こしてもらいました。撮影には、空気の温度の違いで生まれる光のゆがみを写す方法を使いました。この方法で、くしゃみの雲がどこまで届くかを見たのです。

雲が見えた距離は、最大0.6mでした。雲の広がり方から出した速さは、秒速4.5m、時速16kmほどでした。ジョギングより少し速いくらいです。

同じ2013年、仙台医療センターの西村(Hidekazu Nishimura)らのチームも、くしゃみを撮りました。協力したのは、身長180cmの20代前半の男性1人です。こよりで鼻をくすぐって、くしゃみを起こしてもらいました。撮影は放送局のスタジオで、高速度のハイビジョンカメラを使っています。

しぶきの粒の速さは、出た直後で秒速6m以上でした。けれど、粒は0.15秒ほどで勢いをなくします。口から85cmほど進んだところで、あとは空気に漂うだけになりました。

こうして並べると、同じ「くしゃみの速さ」でも、時速16kmから時速85km近くまで幅があります。研究ごとに、測り方も、測る人数も、くしゃみの起こし方も違うからです。

くしゃみの雲は、最初の一瞬だけ速く、すぐに周りの空気にまじって遅くなる。
くしゃみの雲は、最初の一瞬だけ速く、すぐに周りの空気にまじって遅くなる。

03「時速360km」は、くしゃみを測った値ではなく、計算で出した数字だった

では、新幹線なみの大きな数字は、どこから来たのでしょうか。タンらの論文は、研究の世界でよく引用されてきた「秒速100m」という数字の出どころを調べています。

2007年のある研究は、くしゃみの速さを「秒速100mまで」と書いていました。時速にすると、360kmです。この研究は、もとをたどると、ある本の数字を使っていました。1955年にウェルズ(W. F. Wells)が、ハーバード大学出版局から出した本です。

タンらがウェルズの本を確かめると、この秒速100mは、くしゃみを測った値ではありませんでした。液体の表面を空気がなでたとき、直径0.01mmのしぶきができるには、どれだけの風の速さが要るか。それを、物理の式で見積もった数字だったのです。

つまり、「くしゃみの空気は、これくらい速いはずだ」という計算です。本物の人のくしゃみで測ったわけではありません。それでも数字だけが残り、ほかの研究に引用されていきました。

ただし、世間の「新幹線なみ」という話が、この秒速100mから来たと書いた記録は、今回は見つけられませんでした。また、「時速360km」という言い方は、秒速100mを、この記事で時速に直したものです。

041940年ごろの写真から見積もった時速約165kmは、空気ではなく、しぶきの粒の速さだった

よく聞く「時速160km」に近い数字も、昔の研究の中に見つかります。

1940年ごろ、アメリカのジェニソン(Marshall W. Jennison)が、くしゃみを写真に撮りました。共同研究者は、エジャートン(Harold E. Edgerton)です。ストロボのとても短い光と高速度撮影を使い、飛び散るしぶきを、止まった姿で写したのです。

ジェニソンは写真から、しぶきは出た直後に秒速152フィート(約46m)以上で飛ぶと見積もりました。時速にすると、約165kmです。よく聞く「時速160km(100マイル)」に近い数字です。ただし、この数字が時速160kmの話のもとになったと書いた記録は、今回は見つけられませんでした。

大事なのは、時速約165kmが、空気ではなく、しぶきの粒の速さだという点です。ジェニソン自身も、こう書いていました。しぶきの粒は、大きさと勢いしだいで、それを運ぶ空気より速くも、遅くも、同じにもなる。

05くしゃみは、息を吸い、ためて、一気に吐き出す反射だ

くしゃみは、自分では止めにくい反射です。2025年の中国の研究者たちのまとめによると、鼻の中が刺激されると、脳の根もと(脳幹)にある「くしゃみの中枢」に信号が届きます。くしゃみの中枢とは、くしゃみをするよう体に命令を出す所です。

そこから、体は3つの段階で動きます。まず、大きく息を吸います。次に、のどの奥を閉じて、息をためます。最後に、閉じていた所が一気に開き、強い空気が外へ押し出されるのです。

タンらは、くしゃみの速さを測った研究が少ないことにも触れています。理由ははっきりしないものの、わざとくしゃみを起こすのが難しいからかもしれない、と書きました。せきと違って、くしゃみは本物の反射だからです。測ろうとしても、思いどおりに出てくれないのです。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

「くしゃみの速さ」には、少なくとも3つの意味がある

「くしゃみの速さ」という言葉には、少なくとも3つの意味がまじっています。1つ目は、口から出る空気の流れの速さ。2つ目は、その中を飛ぶしぶきの粒の速さ。3つ目は、目に見えるくしゃみの雲の先頭が進む速さです。

2021年の研究は、空気の中に細かい粒をまぜ、その動きから空気の流れそのものを測りました。2013年のタンらは、雲の先頭がどこまで届いたかから、速さを出しました。西村らは、くしゃみの中の粒の動きを、向きと速さを表す矢印のデータにして追いかけました。1940年ごろのジェニソンは、空気ではなく、大きなしぶきを写しています。

測るものが違えば、数字も違って当然です。しかも、くしゃみの空気は約0.02秒で最高になり、すぐに遅くなります。口のすぐ前で測るか、少し離れて測るかでも、値は変わります。2021年の研究も、口から少し離れた位置(口の幅の2.5倍の距離)での値と、全体の最高値を分けて書いていました。数字を比べるときは、「どこで、何を、どうやって測ったか」をそろえる必要があるのです。

測る人数も問題です。西村らは1人、タンらは6人、2021年の研究は10人でした。くしゃみの強さは、人によっても、同じ人でも回によっても違います。少ない人数の結果を「人間のくしゃみの速さ」と言い切るのは、まだ早いのです。

計算で出した数字が、引用されるうちに「くしゃみの速さ」として広まった

ウェルズの秒速100mは、物理の式から出した見積もりでした。それを、2007年の研究が「くしゃみの速さは秒速100mまで」と引用しました。ところが、その2007年の研究自身は、自分の計算には秒速20〜50mを使っていました。

元の本を確かめずに、ほかの論文に引用された文を、さらに引用することを「孫引き」といいます。孫引きが続くと、「計算で出した目安」が、「くしゃみの速さ」として広まっていきます。

孫引きでのずれは、昔の話だけではありません。2025年に出た、くしゃみの反射についてのまとめの論文があります。そこには、2021年の研究を出典として、「くしゃみの空気は時速100km近くに達する」と書かれています。けれど、2021年の研究で測られた最高の速さは、平均で時速57km、いちばん速い回でも時速85km弱でした。このように、引用されるたびに数字が少し丸められると、数字は大きいほうへずれていきがちです。

科学の論文でも、出典の出典までたどらないと、その数字が本当は何なのかは分かりません。これは、雑学を確かめるときにも、そのまま使える考え方です。

くしゃみのしぶきは、口の外で膜から粒に分かれていた

2016年、マサチューセッツ工科大学などのチームが、口から出た直後のくしゃみを、1秒に最大8000コマで撮りました。すると、だ液とねばねばした鼻水は、すぐに粒になるのではありませんでした。まず膜のように広がり、袋のようにふくらんで破れ、糸のようにのびてから、最後にちぎれて粒になっていたのです。

だ液と鼻水には、ねばりと弾力があります。そのせいで、粒になりかけたものどうしがくっつき、ちぎれるのが遅れることも分かりました。しぶきの大きさは、しぶきがどこまで飛ぶかに大きく関わります。くしゃみの速さの研究は、インフルエンザなどの感染症がどう広がるかを知るための研究でもあるのです。

06まとめ

くしゃみの空気の速さは、2021年に10人を測った研究で、最高の瞬間の平均が時速57kmほどでした。いちばん速い回でも、時速85km弱です。論文でよく引用されてきた「秒速100m(時速360km)」は、1955年の本が、しぶきのできる条件から計算した数字でした。

時速約165kmという数字も、空気の速さではありません。1940年ごろに写した、しぶきの速さです。次に「時速◯km」という雑学を聞いたら、「それは何を、どうやって測ったの?」と聞き返してみてください。

人に話すなら、こう言おう

くしゃみって新幹線なみに速いって聞くけど、2021年に10人のくしゃみの空気を測ったら、いちばん速いところで平均時速57kmくらいだったんだって。論文に出てくる時速360kmは、1955年の本の「計算」だったらしいよ。
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How Fast Is a Sneeze, Really?

CEFR A2217 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

Some people say a sneeze is as fast as a bullet train.くしゃみは新幹線と同じくらい速い、と言う人がいます。 You may hear numbers like 300 kilometers an hour.時速300kmといった数字を聞くこともあるでしょう。 But what happens when scientists really measure it?では、科学者が本当に測ると、どうなるのでしょうか。

In 2021, a team from China and Japan studied the sneezes of 10 adults.2021年、中国と日本のチームが、10人の大人のくしゃみを調べました。 The people sneezed into a box full of tiny particles of stage fog.参加者は、舞台用スモークの小さな粒でいっぱいの箱に向かってくしゃみをしました。 A laser and a fast camera followed the particles.レーザーと高速カメラが、その粒を追いかけました。 The fastest air in a sneeze moved at about 57 kilometers an hour on average.くしゃみの中でいちばん速い空気は、平均で時速約57kmで動いていました。 That is like a car in a city, not a bullet train.それは町を走る車くらいで、新幹線ではありません。

Some science papers used an even bigger number.いくつかの科学の論文は、もっと大きな数字を使っていました。 A book from 1955 said a sneeze could reach 100 meters a second.1955年の本に、くしゃみは秒速100mに達しうると書かれていました。 That is 360 kilometers an hour.それは時速360kmです。 But the writer did not measure any sneezes.でも、書いた人はくしゃみを一つも測っていませんでした。 He used a physics formula to guess the wind speed needed to make very small drops.彼は物理の式を使って、とても小さなしずくを作るのに必要な風の速さを推測したのです。

Around 1940, another scientist took photos of sneezes with very short flashes of light.1940年ごろ、別の科学者が、とても短い光を使ってくしゃみの写真を撮りました。 He thought the drops flew at about 165 kilometers an hour.彼は、しずくが時速約165kmで飛んだと考えました。 But drops and air do not always move at the same speed.でも、しずくと空気は、いつも同じ速さで動くとはかぎりません。

Other studies found even slower sneezes, like 16 kilometers an hour.ほかの研究では、時速16kmのような、もっとおそいくしゃみも見つかりました。 The numbers are different because people measured different things.数字がちがうのは、人々がちがうものを測ったからです。 So next time you hear a fun number, ask one question.だから今度おもしろい数字を聞いたら、一つ質問してみましょう。 What did they measure, and how?何を、どうやって測ったの?

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2How fast was the fastest air in a sneeze on average in the 2021 study?

    2021年の研究で、くしゃみのいちばん速い空気は平均でどのくらいでしたか。

  3. Q3Why is the number in the 1955 book not a good answer?

    1955年の本の数字がよい答えでないのはなぜですか。

  4. Q4In paragraph 3, the word "guess" is closest in meaning to ...

    第3段落の guess という語にもっとも近い意味は?

  5. Q5Which is true about the story?

    この話の内容と合っているのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • sneeze名詞・動詞
    くしゃみ(をする)

    Pepper makes me sneeze.

    コショウで私はくしゃみが出る。

    💡 「くしゃみをした人」へは Bless you! と声をかける習慣がある。

  • measure動詞
    測る

    We measured the length of the room.

    私たちは部屋の長さを測った。

    💡 名詞は measurement(測定)。

  • particle名詞
    粒、粒子

    Dust particles float in the sunlight.

    日の光の中でほこりの粒がただよっている。

    💡 part(部分)と同じ語源。とても小さなかけら。

  • average名詞・形容詞
    平均(の)

    The average age of the class is 14.

    そのクラスの平均年齢は14歳だ。

    💡 on average で「平均して」。

  • formula名詞
    式、公式

    Use this formula to find the area.

    面積を出すにはこの式を使いなさい。

    💡 複数形は formulas または formulae。

  • guess動詞
    推測する、見当をつける

    Can you guess how old she is?

    彼女が何歳か当ててみて。

    💡 Guess what! は「ねえ聞いて!」という会話表現。

  • flash名詞
    ぱっと光る光、フラッシュ

    Please do not use a flash in the museum.

    博物館ではフラッシュを使わないでください。

    💡 a flash of light で「一瞬の光」。

  • speed名詞
    速さ

    The train is running at full speed.

    列車は全速力で走っている。

    💡 at a speed of 50 kilometers an hour で「時速50kmで」。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 20件)。

  1. Tang, J. W. ほか (2013) Airflow Dynamics of Human Jets: Sneezing and Breathing - Potential Sources of Infectious Aerosols, PLOS ONE 8:e59970doi.org
  2. Han, M. ほか (2021) Experimental measurements of airflow features and velocity distribution exhaled from sneeze and speech using particle image velocimetry, Building and Environment 205:108293doi.org
  3. Nishimura, H. ほか (2013) A New Methodology for Studying Dynamics of Aerosol Particles in Sneeze and Cough Using a Digital High-Vision, High-Speed Video System and Vector Analyses, PLOS ONE 8:e80244doi.org
  4. Scharfman, B. E. ほか (2016) Visualization of sneeze ejecta: steps of fluid fragmentation leading to respiratory droplets, Experiments in Fluids 57:24doi.org
  5. Rui, Y. ほか (2025) The sneeze reflex in physiological and pathological states: a mini review, Frontiers in Neuroscience 19:1598027doi.org

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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