
鏡で自分の目を左右に動かしても、目が動くところは見えない
鏡の中の自分の目は、動く瞬間だけが見えない
もくじ
鏡の前に立って、鏡に映った自分の右目を見てください。次に、すばやく左目を見てください。これを何回かくり返してみましょう。
鏡の中の目は、「右目を見ている姿」と「左目を見ている姿」のどちらかでしか見えないはずです。目が右から左へ動いていく途中は、どうしても見えません。ところが、横で友だちに見てもらうと、あなたの目はちゃんと動いています。
このことに気づいたのは、ドイツのハレ大学で読書の研究をしていた2人の学者です。ベンノ・エルトマン(Benno Erdmann)と、アメリカ人のレイモンド・ドッジ(Raymond Dodge)でした。ドッジは1900年の論文に、頭をしっかり止めておくと「鏡の中で自分の目が動いているところを、私たちは一度もとらえられなかった」と書いています。
この記事では、まず鏡の実験をくわしく紹介します。次に、目が動くあいだに脳の中で何が起きているのかを見ていきます。最後に、家で確かめられる方法を3つ紹介します。
01鏡の中の自分の目は、止まっている姿しか見えない
ドッジの論文によると、エルトマンとドッジは、読書中の目の動きを調べていました。本を読むとき、目は文字の上をなめらかに動くのではありません。止まっては跳び、止まっては跳ぶ、というリズムで動いています。2人は、この止まる時間の意味を調べていたのです。
その研究の途中で、2人は偶然、鏡の中の自分の目が動くところを見られないことに気づきました。頭をしっかり止めておくと、目は「こちらを向いた姿」と「あちらを向いた姿」でしか見えません。右目から左目へ見るときも、遠くの物から自分の目へ視線を移すときも同じでした。へこんだ鏡で目を大きく映しても、結果は変わりませんでした。
ドッジは、この実験をするときの注意点も書いています。1つ目は、頭を動かさないことです。頭が少しでも動くと、目が動いたように見えてしまうからです。2つ目は、片方の目を隠すことです。左右の目の動く速さが少しでも違うと、遅いほうの目の動きの終わりだけが見えてしまうことがあるからです。
02目は、1秒に何回も「跳ぶように」動いている
私たちの目は、ふだんから、ある点から別の点へ素早く跳ぶように動いています。この素早い目の動きをサッカードといいます。研究者のワーツ(Wurtz)らは、サッカードは1秒に何回も、目に映る景色をずらしていると書いています。
目がこんなに動くのは、物がくっきり見える場所が、目の中のごく一部だけだからです。その場所を、見たい物に次々と向けるために、目は跳ぶように動きます。
エルトマンとドッジは、読書について大事なことを見つけていました。目が文字の上を跳んでいるあいだに見せた文字は、読めませんでした。文字が読めるのは、目が止まっているあいだだけだったのです。

03目が跳んでいるあいだ、脳は見え方を弱めている
目が跳んでいるあいだ、目に映る景色は大きく流れます。それなのに、私たちは景色が流れるのを感じません。その理由の1つは、目が動くあいだ、脳が見え方を弱めていることです。これをサッカード抑制といいます。
1960年代になると、目の動きを正確に記録できるようになりました。暗いところで光を一瞬だけ光らせる実験では、目が跳んでいるあいだに光に気づくには、止まっているときの約3倍の明るさが必要でした。しかも、見え方が弱まるのは、早いときには目が動き出す50ミリ秒(0.05秒)も前から始まっていました。目が動き出す前から始まるということは、景色が流れてぼやけることだけが原因ではない、ということです。
ただし、目が動くあいだ、何も見えなくなるわけではありません。1994年、バー(Burr)らは、どんな模様が見えにくくなるかを調べました。見えにくくなったのは、明るさの違いでできた、大きくてぼんやりした模様でした。細かい模様や、色の違いだけでできた模様は、見えにくくなりませんでした。むしろ、少し見えやすくなっていました。
04自分の目の動きは、自分では分からない
ドッジは、自分で自分の目の動きを観察しても、まったく当てにならないと書いています。5年以上も目の動きを研究してきたドッジ自身でさえ、自分の判断を信用していませんでした。そこでドッジは、実験のたびに助手に目の動きを見てもらいました。
ドッジは、こんな例を挙げています。本の1行の左はしと右はしを、目をゆっくり動かして見ると、1行全部がはっきり見えた気がします。ところが、横で見ている人には、その「ゆっくりした動き」が、実は何回かの止まる時間で区切られているのが分かります。私たちは、目をなめらかに動かしているつもりでも、実際には止まっては跳んでいるのです。
05家で確かめる3つの方法
1つ目は、鏡の実験です。鏡の前で頭を動かさないようにして、片方の目を手で隠します。そして、見えている目で、鏡に映った目と、鏡のはしなど別の場所を交互に見ます。目が動く途中は見えないはずです。
2つ目は、友だちと見せ合う方法です。友だちに、あなたの右目と左目を交互に見てもらいます。あなたからは、友だちの目が動くところが見えます。次に役を交代すると、友だちからは、あなたの目が動くのが見えます。自分の目だけが、自分には見えないのです。
3つ目は、秒針のあるアナログ時計を使う方法です。時計から少し離れた場所を見ておいて、さっと秒針に目を移します。すると、最初の1秒だけ、秒針が止まっているように長く感じることがあります。この現象については、深掘り講義でくわしく説明します。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
「なぜ見えないのか」には、2つの考え方がある
目が跳ぶあいだに景色の流れが見えないのはなぜか。この問いには、120年以上前から2つの考え方がありました。
1つは、脳が自分から見え方を止めている、という考え方です。ドッジと同じころ、ホルト(Holt)という研究者は、目が動くあいだ、脳の中で見る働きが「まひ」すると考えました。今の言葉でいうと、脳は「これから目を動かす」という命令の写しを、脳の中で見る働きを受け持つ場所にも送っています。その写しを使って、目が動くあいだの景色の流れを、先回りして弱めているという考え方です。
もう1つは、目が動く前と後に見える景色が、動いているあいだのぼやけた景色を隠してしまう、という考え方です。くっきりした景色にはさまれると、その間の一瞬のぼやけは気づかれにくくなるのです。ドッジは、脳の働きと、こうした景色どうしの関係の両方が関わっていると考えていました。2026年にも、こうした考え方を比べる研究が発表されています。
ドッジは「目が動くあいだは何も見えない」説を、自分で否定した
ドッジは、目が動くあいだ目がまったく見えなくなる、という説も考えました。しかし、自分の実験でそれを否定しています。
ドッジは、黒い厚紙の円板のふちに小さな穴を並べ、円板を回しました。目を止めて見ると、穴の光はつながって明るい輪に見えます。ところが、円板と同じ向き・同じ速さで目を動かすと、3つの丸い穴が、くっきりと明るく見えたのです。目の上で光の位置が止まれば、目が動いていても物は見えるということです。ドッジはまた、日光に照らされた明るい景色を後ろに置いたすりガラスなら、目が動くあいだも光の帯として見えることを確かめています。
時計の秒針が止まって見える「クロノスタシス」
2001年、ヤロー(Yarrow)らは、時計を使った実験を発表しました。目を素早く動かして時計を見ると、秒針が次に動くまでの時間が、ふつうより長く感じられることがあります。時計が一瞬止まったように見えるので、「クロノスタシス」と呼ばれています。
ヤローらによると、これは脳が、目が動いた先で見た物を、目が動き出す直前まで時間をさかのぼって「見えていたこと」にしているからです。ヤローらは、目が跳んでいるあいだの見えにくい時間を、あとから見た物で埋めているのだと考えています。この埋め合わせは、目を動かすたびに毎回起きています。ふだんは気づきませんが、秒針のように時間を刻む物があると、それが分かるのです。
見え方が弱まるのは、目に見える物だけではない
2018年、ビンダ(Binda)とモローネ(Morrone)は、サッカードの研究をまとめました。大きなサッカードのたびに、明るさの違いでできたぼんやりした模様への感度が下がります。その影響は、私たちが気づく見え方だけでなく、瞳が光で小さくなる反応のように、自分では止められない体の反応にも出ます。
さらに、サッカードの直前や最中には、物の位置や時間、数の感じ方まで、一時的にゆがむことが分かっています。私たちが毎日見ている「止まった安定した世界」は、目から入る情報そのままではありません。脳が、目の動きに合わせて調整した結果なのです。
06まとめ
鏡で自分の右目と左目を交互に見ても、目が動くところは見えません。読書の研究をしていたエルトマンとドッジがこのことに気づき、ドッジが1900年の論文に書き残しました。目が跳ぶように動くあいだ、脳は見え方を弱めているのです。
横で見ている友だちには、あなたの目が動くのがちゃんと見えます。今夜、鏡の前で片目を隠して、自分の目を交互に見てみてください。見えないはずの「動いている自分の目」を探すのは、案外むずかしいはずです。
人に話すなら、こう言おう
鏡で自分の右目と左目を交互に見てみて。目が動くところって、なぜか見えないんだよ。でも、横で友だちが見てると、ちゃんと動いてるのが分かるんだって。
英語で読む
The Eyes You Cannot See Moving
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
Stand in front of a mirror and look at your right eye.鏡の前に立って、自分の右目を見てください。 Then quickly look at your left eye.次に、すばやく左目を見てください。 Do it a few times.これを何回かくり返します。 You can see your eyes in one position or the other.目は、どちらかの位置にあるところは見えます。 But you never see them move.でも、目が動くところはまったく見えません。
Two scientists found this more than 120 years ago.120年以上前、2人の学者がこのことを見つけました。 Benno Erdmann and Raymond Dodge were studying how people read.ベンノ・エルトマンとレイモンド・ドッジは、人がどう文字を読むかを研究していました。 Their book came out in 1898.2人の本は1898年に出版されました。 In 1900, Dodge wrote that they could never catch their own eyes moving in a mirror.1900年、ドッジは、鏡の中で自分の目が動くところを一度もとらえられなかったと書きました。
Our eyes do not move smoothly when we read.文字を読むとき、私たちの目はなめらかには動きません。 They stop, jump, and stop again.止まって、跳んで、また止まるのです。 These quick jumps are called saccades.このすばやい跳ぶ動きは、サッカードと呼ばれます。 They happen several times every second.サッカードは、1秒に何回も起こります。 During a jump, the brain makes our vision weaker.目が跳んでいるあいだ、脳は見え方を弱くします。 This is one reason we do not see the world slide past.これが、私たちに景色が流れていくのが見えない理由の1つです。
In the 1960s, scientists tested this with flashes of light.1960年代、科学者たちは光を一瞬光らせて、このことを調べました。 During a jump, a flash had to be about three times brighter to be seen.目が跳んでいるあいだは、光が約3倍明るくないと気づけませんでした。 The weaker vision even started about 50 milliseconds before the eyes moved.見え方が弱くなるのは、目が動く約50ミリ秒前から始まっていました。
You cannot see your own eye jumps, but other people can.自分の目が跳ぶのは自分には見えませんが、ほかの人には見えます。 Dodge knew this, so he always asked a helper to watch his eyes.ドッジはこのことを知っていたので、いつも助手に自分の目を見てもらいました。 Try it with a friend.友だちと試してみましょう。 Ask your friend to look at your right eye and then your left eye.友だちに、あなたの右目を見てから左目を見てもらいます。 You will see your friend's eyes jump.友だちの目が跳ぶのが見えるはずです。 Your own eyes are the only eyes you cannot see moving.動くところが見えないのは、自分の目だけなのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:D Why we cannot see our own eyes move in a mirror
第1段落で鏡の実験が紹介され、第3・4段落でその理由(目が跳ぶあいだ脳が見え方を弱める)が説明されているので正解はD。Bの読書は、発見のきっかけとして出てくるだけです。
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Q2When did Erdmann and Dodge's book come out?
エルトマンとドッジの本が出たのはいつですか。
正解:B In 1898
第2段落の3文目に "Their book came out in 1898." とあるので正解はB。1900年はドッジが鏡のことを書いた年、1960年代は光の実験の年です。
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Q3Why do we not see the world slide past when our eyes jump?
目が跳ぶとき、なぜ私たちには景色が流れていくのが見えないのですか。
正解:A The brain makes our vision weaker during a jump.
第3段落に "During a jump, the brain makes our vision weaker. This is one reason we do not see the world slide past." とあるので正解はA。Bのようにまぶたが閉じるとは書かれていません。
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Q4In paragraph 3, the word "saccades" means
第3段落の "saccades" という語の意味はどれですか。
正解:C quick jumps of the eyes
第3段落で "These quick jumps are called saccades." と説明されているので正解はC。
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Q5Which is true according to the story?
話の内容に合っているのはどれですか。
正解:B Other people can see your eye jumps.
第5段落の1文目に "You cannot see your own eye jumps, but other people can." とあるので正解はB。Aは助手に見てもらったことと、Cは「動く前から始まる」と、Dは「止まって跳ぶ」と合いません。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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mirror名詞鏡
She checked her hair in the mirror.
彼女は鏡で髪を確かめた。
💡 in the mirror で「鏡で、鏡の中に」。
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position名詞位置
Put the chair back in its position.
いすを元の位置に戻しなさい。
💡 「立場、地位」の意味でも使う。
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smoothly副詞なめらかに
The train started smoothly.
列車はなめらかに動き出した。
💡 形容詞は smooth(なめらかな)。
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jump名詞跳ぶこと、跳躍
The cat made a big jump onto the table.
ネコはテーブルの上へ大きく跳んだ。
💡 動詞としても使う。ここでは目のすばやい動きのこと。
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vision名詞視力、見ること
Glasses help people with poor vision.
眼鏡は、視力の弱い人の助けになる。
💡 「将来の見通し」の意味もある。
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flash名詞(光の)ひらめき、一瞬の光
We saw a flash of lightning.
稲妻がピカッと光るのが見えた。
💡 カメラのフラッシュも flash。
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millisecond名詞ミリ秒(1000分の1秒)
A camera flash lasts only a few milliseconds.
カメラのフラッシュは数ミリ秒しか続かない。
💡 milli- は「1000分の1」。millimeter も同じ。
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helper名詞手伝う人、助手
The teacher chose two helpers for the class event.
先生はクラスの行事の手伝いを2人選んだ。
💡 help(助ける)+ -er(〜する人)。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 23件)。
- Dodge, R. (1900) Visual perception during eye movement, Psychological Review 7:454-465doi.org
- Wurtz, R. H. (2008) Neuronal mechanisms of visual stability, Vision Research 48:2070-2089doi.org
- Wurtz, R. H., Joiner, W. M., Berman, R. A. (2011) Neuronal mechanisms for visual stability: progress and problems, Philosophical Transactions of the Royal Society B 366:492-503doi.org
- Burr, D. C., Morrone, M. C., Ross, J. (1994) Selective suppression of the magnocellular visual pathway during saccadic eye movements, Nature 371:511-513doi.org
- Yarrow, K. ほか (2001) Illusory perceptions of space and time preserve cross-saccadic perceptual continuity, Nature 414:302-305doi.org
- Calleri, U., Pomè, A., Zimmermann, E. (2026) Comparing masking and habituation roles in saccadic omission of stimuli optimized for intra-saccadic vision, Journal of Vision 26(7):5doi.org
- Binda, P., Morrone, M. C. (2018) Vision During Saccadic Eye Movements, Annual Review of Vision Science 4:193-213doi.org
- Wade, N. J. (2010) Pioneers of eye movement research, i-Perception 1:33-68doi.org
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文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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SOSは、何の略でもない。
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キヤノンのインクジェットは、はんだごての偶然から生まれた
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産みたての卵ほど、ゆで卵の殻はむきにくい。