
合成染料で初めて大成功した「モーブ」は、18歳の実験の失敗から生まれた
薬を作るつもりが、紫の染料ができた。
もくじ
1856年の春、ロンドン。18歳の学生ウィリアム・ヘンリー・パーキン(William Henry Perkin)は、学校が休みの間、家に作った小さな実験室で実験をしていました。パーキンが作ろうとしていたのは、マラリアの薬「キニーネ」です。キニーネを、植物から取るのではなく、薬品から人の手で作ろうとしたのです。
実験は失敗しました。フラスコの底に残ったのは、黒いかすだけでした。ところが、そのかすから出た液が、絹の布を鮮やかな紫に染めました。これが「モーブ」という紫の染料の始まりです。モーブは、人が薬品から作った染料(合成染料)として、世界で初めて商品として成功しました。
ここまでは、化学の世界ではよく知られた話です。でも、あまり知られていない続きがあります。パーキンが使った薬品には、実は別の物質が混じっていました。そして、その混じり物があったからこそ、あの紫が生まれたのです。
この記事では、まずパーキンがどんな方法でキニーネを作ろうとしたのかを紹介します。次に、失敗した実験から紫の染料ができ、工場で売り出されるまでを見ていきます。最後に、薬品に混じっていた物質が、なぜ紫の色に関係したのかを説明します。
0118歳のパーキンは、小さな分子を2つつなげればマラリアの薬ができると考えた
パーキンの父は建築業者で、息子を建築家にしたいと考えていました。ロンドン科学博物館グループの紹介によると、パーキンは12歳のころ、友だちに結晶ができる実験を見せてもらいました。それから、化学に夢中になったそうです。学校の化学の先生が父を説得し、パーキンは王立化学カレッジに進みました。そこで、ドイツ出身の化学者ホフマンの助手になりました。
そのころ、マラリアに効く大事な薬は、ほぼキニーネだけでした。キニーネは南米のキナの木の皮から取るので、いつも足りませんでした。ホフマンは、キニーネを人工的に作れたらすばらしい、と話していました。
インドの科学教育誌『レゾナンス』の2010年の記事によると、パーキンの考え方はとても単純でした。キニーネの化学式は、C20H24N2O2 だと分かっていました。そこでパーキンは、C10H13N という物質(アリルトルイジン)を2つつなげて、酸素を足せばキニーネになる、と考えたのです。化学式に出てくる原子の数を、足し算で合わせるような考え方です。
けれど当時は、分子の中で原子がどうつながっているかが、まだよく分かっていませんでした。キニーネの分子の本当の形が分かったのは、ずっとあとの1907年です。化学式を足し算するだけでは、キニーネができる見こみは、はじめからなかったのです。
02薬作りに失敗した黒いかすを洗ったら、液が紫色になった
1856年の復活祭の休みに、パーキンはアリルトルイジンを、強い薬品で酸化させました(酸素と結びつけました)。でも、できたのは赤茶色の沈殿(液の底にたまる固まり)だけでした。
パーキンはあきらめませんでした。もっと単純な形のアニリンという物質で、同じ実験をしてみました。今度は、黒い沈殿ができました。この黒いかすにメタノールを加えると、液が紫色に変わりました。パーキンは、かすを洗おうとしてメタノールを加えたのだろう、と考えられています。
パーキンは、この紫の液で絹を染めてみました。染めた布を、有名な染め物会社に送りました。すると、色がよく、色落ちもしにくいと高く評価されました。1856年8月26日、パーキンはこの染料の特許を出しました。そのとき、パーキンは18歳でした。

03先生は反対したが、パーキンは19歳で染料の工場を建てた
先生のホフマンは、パーキンが学校を離れて工場を始めることを、喜びませんでした。それでもパーキンは、父と兄の助けを借りて、工場を建てました。場所は、ロンドンの郊外のグリーンフォード・グリーンです。科学博物館グループによると、1857年の春の終わりに工事を始めました。そして、その年の12月には、絹の染め物屋にモーブを出荷していました。
最初、この染料は「ティリアン・パープル」という名前で売られました。ティリアン・パープルは、地中海の貝から取る、古代のとても高価な紫の名前です。やがて、フランス語で花の名前を意味する「モーブ」という呼び名が広まりました。
フランスの皇后ウージェニーがモーブ色の服を好んで着たことで、モーブはパリで流行しました。イギリスのヴィクトリア女王も、1858年の娘の結婚式に、モーブ色の服を着ました。
04鮮やかな紫になったのは、使った薬品に別の物質が混じっていたからだった
パーキンが使ったアニリンには、トルイジンという、よく似た物質がかなり混じっていました。のちにパーキン自身が、混じり物のない純粋なアニリンで、同じ実験をしています。すると、できたのは色のさえない染料でした。パーキンは、この染料を「プソイド(にせ)・モーヴェイン」と名づけました。
つまり、もしパーキンの使った薬品が純粋だったら、あの紫はできなかったかもしれません。パーキンの発見には、2つの偶然が重なっていました。1つはキニーネ作りに失敗したこと、もう1つは、使った薬品に混じり物があったことです。
2017年、ポルトガルの研究チームが、当時のモーブの作り方を再現しました。アニリンと、形が少し違う2種類のトルイジンを、1:2:1 の割合で混ぜてみました。すると、博物館に残っている当時の見本とよく似たモーブができました。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
混じっていた物質のせいで、染料の分子に小さな部品がつき、色が変わった
モーブの主な成分は、大きな分子です。アニリンやトルイジンの分子が、4つつながってできています。
トルイジンは、アニリンに「メチル基」という部品がついた形をしています。メチル基とは、炭素1つと水素3つがまとまった塊です。そのため、材料にトルイジンが混じると、できるモーブの分子にもメチル基がつきます。
2008年の研究では、博物館にある14点のモーブの見本を調べました。すると、ついているメチル基の数が違う分子が、少なくとも13種類混じっていました。メチル基が1つもついていない分子が、プソイド・モーヴェインです。
メチル基のつき方によって、色の具合が少しずつ変わります。ちょうどよい紫になるには、いろいろな分子が、ちょうどよい割合で混じっている必要があったのです。
モーブの主な成分である、モーヴェインAとモーヴェインBの分子の形がはっきりしたのは、1994年のことです。モーブが見つかってから、約140年たっていました。毎日のように切手や布に使われていた色なのに、どんな分子でできているかは、それほど長い間分からなかったのです。
パーキンの誕生日や工場の年は、資料によって違う
パーキンについての数字も、資料によってずれています。
- 誕生日:科学博物館グループは1838年3月12日、『レゾナンス』の記事は3月2日としています。
- 工場の年:科学博物館グループは1857年に工事を始めたとし、『レゾナンス』は会社の設立を1856年としています。
- 会社を売ったときの年齢:36歳とする資料と、35歳とする資料があります。1874年に売ったことは、どの資料でも同じです。
2008年の研究には、見本の成分を調べて、作られた時期を確かめた例も載っています。研究チームは、博物館の見本に含まれる物質を調べました。すると、「モーブの塩」というラベルの見本は、どれも1862年より後に作られたものでした。パーキンが最初に使った作り方の染料は、3点の布からしか見つかりませんでした。「最初のモーブ」とラベルがついた見本でも、本当に最初のものとは限らないのです。
モーブをきっかけに、薬品から染料を作る産業が生まれた
モーブの流行は、長くは続きませんでした。1860年代の半ばには、ほとんど時代遅れになりました。それでも、人が薬品から作る合成染料は、その後も広がり続けました。
天然の染料には弱点がありました。取れる量や品質がばらばらで、色があせやすかったのです。実はモーブより前にも、ピクリン酸など、人工の染料はいくつかありました。でも『レゾナンス』によると、どれも布をうまく染められませんでした。同じ『レゾナンス』によると、モーブの発見から20〜25年で、使われる染料の90%が合成染料に変わりました。
その後、染料を作る会社どうしの競争は激しくなりました。赤い染料アリザリンを合成する方法では、パーキンが特許を出したのは、ドイツの化学会社BASFのグループより1日遅くなりました。パーキンはイギリスでアリザリンを売る権利を得ましたが、やがて値下げ競争で苦しみました。そして1874年に会社を売り、研究の道に戻りました。
パーキンは、工場の経営でこんな決断もしています。赤紫の染料マゼンタを作るときには、水銀を含む薬品を使いました。パーキンは、水銀が働く人の体に害になることを知っていて、マゼンタを作るのをやめたと伝えられています。新しい産業は、新しい危険も生みました。その危険にどう向き合うかも、最初の化学工場が直面した問題でした。
では、パーキンが作ろうとしたキニーネは、どうなったでしょう。キニーネを、分子の立体的な形まで完全に作り分けて合成したという報告が出たのは、2001年です。18歳のパーキンの挑戦から、145年後のことでした。
05まとめ
1856年、18歳のパーキンは、マラリアの薬キニーネを、化学式の足し算で作ろうとして失敗しました。でも、失敗した実験の黒いかすから出た紫の液は、絹を鮮やかに染めました。この紫の染料「モーブ」は、世界で初めて商品として成功した合成染料になりました。
鮮やかな紫になったのは、パーキンの使った薬品に、トルイジンが混じっていたおかげでした。純粋なアニリンからは、色のさえない「にせモーブ」しかできません。キニーネ作りの失敗と、混じり物のある薬品。この2つの偶然が重なって、人が作った色が世界に広まり始めたのです。
人に話すなら、こう言おう
最初に大成功した合成染料って、18歳の学生がマラリアの薬を作ろうとして失敗したときにできたんだって。しかも、使った薬品に別の物質が混じっていたから、きれいな紫になったらしいよ。
英語で読む
A Purple Mistake
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In the spring of 1856, an 18-year-old student named William Perkin was working in a small lab at his home in London.1856年の春、ウィリアム・パーキンという18歳の学生が、ロンドンの自宅の小さな実験室で研究をしていました。 He wanted to make quinine, a medicine for malaria.彼は、マラリアの薬であるキニーネを作りたいと思っていました。 At that time, quinine came from the bark of a tree in South America, and there was never enough.当時、キニーネは南米の木の皮からとられていて、いつも足りませんでした。
His idea was simple, but it did not work.彼の考えは単純でしたが、うまくいきませんでした。 Then he tried a chemical called aniline.そこで彼は、アニリンという化学物質を試しました。 This time, he got only a black, dirty solid.今度できたのは、黒くて汚れた固まりだけでした。 But when he added alcohol to it, the liquid turned purple.ところが、それにアルコールを加えると、液が紫色に変わりました。 He put a piece of silk into the liquid, and the silk became a beautiful purple.その液に絹の布を入れると、絹は美しい紫色になりました。
Perkin called the new dye mauve.パーキンは、その新しい染料をモーブと名づけました。 A dye is a substance that gives color to cloth.染料とは、布に色をつける物質のことです。 He got a patent and built a factory with help from his father and brother.彼は特許をとり、父と兄の助けを借りて工場を建てました。 Soon, the Empress of France and many fashionable women in Paris wore mauve dresses.まもなく、フランスの皇后やパリのおしゃれな女性たちが、モーブ色のドレスを着るようになりました。 Even Queen Victoria wore one in 1858.ヴィクトリア女王でさえ、1858年にモーブ色の服を着ました。
There is a secret behind this color.この色には、ある秘密があります。 Perkin's aniline was not pure.パーキンのアニリンは、純粋ではありませんでした。 It had another chemical, toluidine, mixed in it.その中には、トルイジンという別の化学物質がまじっていました。 Later, he tried the test again with pure aniline, and the color was not as nice.のちに彼が純粋なアニリンで実験をやり直すと、色はそれほどきれいではありませんでした。 In 2008, scientists found at least 13 different chemicals in old samples of mauve.2008年、科学者たちは、古いモーブの見本の中に少なくとも13種類の化学物質を見つけました。
So the world's first popular man-made dye came from two accidents.つまり、世界で最初に広まった人工の染料は、二つの偶然から生まれたのです。 One was a failed test, and the other was a chemical that was not pure.一つは失敗した実験、もう一つは純粋ではない薬品でした。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How a failed test led to the first popular man-made dye
第2段落で実験の失敗から紫の液ができ、最終段落で「最初に広まった人工の染料は二つの偶然から」とまとめているので正解はB。Aは第3段落の一部の話にすぎない。
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Q2How old was Perkin in 1856?
1856年に、パーキンは何歳でしたか。
正解:C 18
第1段落1文目に an 18-year-old student named William Perkin とあるので正解はC。ほかの数字は本文に出てこない。
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Q3What happened when Perkin added alcohol to the black solid?
パーキンが黒い固まりにアルコールを加えると、何が起きましたか。
正解:A The liquid turned purple.
第2段落4文目に when he added alcohol to it, the liquid turned purple とあるので正解はA。キニーネはできなかったのでBはちがう。
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Q4In paragraph 4, the word "pure" is closest in meaning to ...
第4段落の pure という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D with nothing else mixed in
第4段落で not pure の説明として、別の化学物質がまじっていたと続くので、pure は「まじりけのない」の意味。正解はD。
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Q5Which is true about mauve?
モーブについて正しいものはどれですか。
正解:C Toluidine in the aniline helped make its nice color.
第4段落で、アニリンにトルイジンがまじっていて、純粋なアニリンではきれいな色にならなかったとあるので正解はC。少なくとも13種類の物質が見つかったのでBはちがう。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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medicine名詞薬
Take this medicine after dinner.
夕食のあとにこの薬を飲みなさい。
💡 take medicine で「薬を飲む」。drink は使わない。
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bark名詞木の皮
The bark of this tree is very rough.
この木の皮はとてもざらざらしている。
💡 動詞の bark は「(犬が)ほえる」。同じつづりで意味がちがう。
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solid名詞・形容詞固体/かたい
Ice is water in solid form.
氷は固体の形の水だ。
💡 liquid(液体)、gas(気体)とセットで覚える。
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silk名詞絹
This scarf is made of silk.
このスカーフは絹でできている。
💡 the Silk Road(シルクロード)の silk。
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dye名詞・動詞染料/染める
She dyed her shirt blue.
彼女はシャツを青に染めた。
💡 die(死ぬ)と発音が同じなので注意。dyed / dyeing。
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factory名詞工場
My uncle works at a car factory.
おじは自動車工場で働いている。
💡 fact- は「作る」という意味のラテン語から。
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pure形容詞純粋な、まじりけのない
This juice is pure orange, with no sugar.
このジュースは砂糖なしの、オレンジだけのものだ。
💡 名詞は purity。反対は impure(不純な)。
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accident名詞偶然、事故
I found this shop by accident.
この店は偶然見つけた。
💡 by accident で「偶然に」。形容詞は accidental。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 24件)。
- Sir William Henry Perkin 1838-1907(Science Museum Group Collection)collection.sciencemuseumgroup.org.uk
- Nagendrappa, G. (2010) Sir William Henry Perkin: The man and his 'Mauve', Resonancedoi.org
- Cova, T. F. G. G., Pais, A. A. C. C. & Seixas de Melo, J. S. (2017) Reconstructing the historical synthesis of mauveine from Perkin and Caro: procedure and details, Scientific Reportsdoi.org
- Sousa, M. M. et al. (2008) A study in mauve: unveiling Perkin's dye in historic samples, Chemistry – A European Journalpubmed.ncbi.nlm.nih.gov
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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No.001グレーGRAY付箋は、最初の試験販売ではほとんど売れなかった
付箋は最初、あまり売れなかった。
No.002瞬間接着剤の蒸気を当てると、指紋が白く浮かび上がる
瞬間接着剤は、指紋を調べる道具にもなる。
No.003電子レンジの発明者は、ポップコーンを作る特許も取っていた
電子レンジの最初の特許は、ベルトコンベア式。
No.150ウソFALSEハチ公が死んだのは、焼き鳥の串のせいではなかった
本当の死因は、心臓の寄生虫とがんだった。
No.114グレーGRAYサンドイッチ伯爵が賭けの最中に食べた、という話は本当か分からない
元の本には、伯爵の名前が書いていない。
No.196飛行機で耳が痛くなりやすいのが着陸前なのは、耳の管が下りで自然に開かないから
飛行機が下りるとき、耳の管は自分で開ける必要がある。