
ローテンブルクの博物館にある「鉄の処女」のトゲは、中世ではなく19世紀のもの
鉄の処女の話は、1792年の本ですでに疑われていた。
この判定の対象「鉄の処女は、中世に使われた拷問・処刑の道具だった」
もくじ
人の形をした箱の扉を開けると、内側にトゲがびっしり並んでいる。拷問の道具として有名な「鉄の処女」です。中世の恐ろしい拷問や処刑の道具として、よく紹介されます。
ところが、ドイツのカッセルにある博物館の説明は違います。ローテンブルクという町の中世犯罪博物館に、ニュルンベルクから来た鉄の処女が1体あります。その内側のトゲは、19世紀になってから付け足されたものだと分かったのです。
この記事では、まず18世紀の終わりの本にのった、鉄の処女の記事を読みます。次に、19世紀の終わりに鉄の処女がどんなふうに見せ物にされたかを見ます。最後に、今の博物館がこの道具をどう説明しているかを紹介します。
011792年の本にのった「鉄の処女」は、トゲの箱ではなく刀で切る鉄の像だった
1792年、ニュルンベルクで『ニュルンベルク史料集』の第2巻が出ました。ニュルンベルクの歴史についての古い文書や記録を集めた本です。編集したのは、アルトドルフの法学教授、ヨハン・クリスティアン・ジーベンケース(Johann Christian Siebenkees)です。
この本の753ページに、「ある年代記より」として、短い記事がのっています。年代記とは、出来事を年の順に書いた記録のことです。記事の中身は、次のようなものです。
1533年、罪人のための「鉄の処女」が、町の塔の壁ぎわに作られた。人前で処刑するのがためらわれる罪人に使い、それを「罪人を魚のところへ送る」と呼んだ。中には鉄の像があり、両腕を罪人に向けて広げている。死刑を行う役人が踏み板にふれると、像は幅の広い刀で罪人を細かく切る。その切れはしは、隠れた水の中の魚が飲みこむ。
ここには、内側にトゲが並んだ箱は出てきません。出てくるのは、刀で人を切る鉄の像です。今の私たちが思い浮かべる鉄の処女とは、形がまるで違います。
02編者のジーベンケース自身が「全部、伝説では?」と書いていた
この記事のすぐ下には、短い書き添えがあります。書いた人の名前はありません。ただ、年代記からの引用は「」でくくられていて、書き添えはその外にあります。そのため、編者のジーベンケースが自分の考えを書いたものと考えられます。
このような秘密の裁きは、昔はいくつかの町にあった。けれど、ここに書かれたものの跡が今も残っているかどうかは知らない。それが使われたと読んだこともない。そして最後に、「全部が伝説なのではないだろうか」と問いかけています。
つまり、この記事をのせた本人が、すでに話を疑っていたのです。しかも、記事のもとになった年代記は、名前も、書かれた年も示されていません。1533年という年から、本が出た1792年までは、259年もたっています。
031890年代、鉄の処女は「本物」としてイギリスやアメリカで見せ物になった
それから約100年後、鉄の処女は海をこえて見せ物になっていました。1893年、アメリカのニューヨークで、ある展示会の目録が出ています。目録とは、展示する品の一覧と説明をまとめた冊子です。
目録によると、この拷問具のコレクションは、イギリスのシュルーズベリー伯爵という貴族のために買われました。1890年4月にニュルンベルクの城から運び出され、イギリスの主な都市で展示されました。そして1893年には、ニューヨークで公開されていました。
目録は、品物のすべてが「実際に使われた」と書いています。ただし、その証拠は示していません。そして636番の品として、「有名な本物の鉄の処女」をあげています。
その説明はこうです。じょうぶな木でできていて、鉄の帯でとめてある。2枚の扉があり、内側全体に長いトゲがついている。扉を閉めると、トゲが体に刺さる。死んだ人の体は、床の落とし戸から堀や川に落とされた。年代は15世紀である。

1792年の記事と比べると、話の中身が変わっています。刀で切る鉄の像は、トゲのついた木の箱になりました。「水の中に落とす」という部分だけが、形を変えて残っています。
目録は、鉄の処女はニュルンベルクだけのもので、町の年代記に何度も出てくると考えられている、とも書いています。でも、どの年代記のどこに書かれているのかは、示していません。
04今の博物館は、トゲは19世紀に付け足されたと説明している
ドイツのカッセルには、「葬送文化博物館」があります。死や葬式についての博物館です。この博物館には、高さ10.4cmの、青銅でできた小さな鉄の処女の像があります。1900年ごろに作られた、おみやげの品です。背中には「NÜRNBERG EISERNE JUNGFRAU(ニュルンベルク 鉄の処女)」と書かれています。
この博物館は、品物の説明に次のように書いています。鉄の処女は中世の拷問や処刑の道具として伝えられてきた。でも研究者たちは、この言い伝えが、むしろ作り話を広めたと考えるようになった。この道具は、罪人をおどすための「恥のマント」だったらしい。そして、ローテンブルクの中世犯罪博物館にあるニュルンベルクの一体は、内側のトゲが19世紀になってから付け足されたと分かった、と。
恥のマントがどんな形の物だったかは、カッセルの博物館の説明には詳しく書かれていません。ただ、1893年の目録も、恥をかかせる軽い罰の道具として、酔っぱらいやけんか好きに使う「マント」をあげています。
ローテンブルクの中世犯罪博物館は、今も鉄の処女を展示しています。博物館のホームページの見学案内では、「人前で恥をかかせる罰」のすぐ次に、鉄の処女が並んでいます。この博物館は1998年に、1冊の冊子を出しています。ヴォルフガング・シルト(Wolfgang Schild)さんが文を書いた『鉄の処女――作り話と本当のこと』です。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
「いつ書かれた記録か」で、話の重みが変わる
歴史の話を確かめるとき、大切なのは「その記録が、いつ、だれによって書かれたか」です。出来事と同じ時代に、見た人が書いた記録なら、信頼できる度合いが高くなります。時代が離れ、書いた人が分からない記録ほど、注意が必要です。
1792年の本の記事は、「ある年代記より」とだけ書かれていて、年代記の名前も年も分かりません。しかも、出来事とされる1533年から259年後の本です。編者のジーベンケース自身が、使われたと読んだことはない、と書いています。この記事は、「1533年に鉄の処女があった」証拠ではなく、「18世紀の終わりに、そういう話が伝わっていた」証拠と読むのが正確です。
話は、伝わるうちに形を変える
1792年の記事では、鉄の処女は「両腕を広げ、刀で切る鉄の像」でした。1893年の目録では、「トゲのついた木の箱」になっています。共通しているのは、「鉄の処女」という名前と、「死んだ人を水に落とす」という部分くらいです。
名前が同じでも、中身はずいぶん変わりました。ただし、だれが、いつ、どうして形を変えたのかは、今回開いた資料からは分かりません。
1893年の目録は、似た名前の別の道具にもふれています。16世紀のスコットランドにも「メイデン(乙女)」と呼ばれる処刑の道具があった。けれど、それは上から刃が落ちて首を切る道具で、鉄の処女とはまったく別の物だ、というのです。「乙女」という名前がついていても、中身が同じとは限らないことが分かります。
拷問具は、19世紀には「見せ物」になっていた
1893年の目録は、コレクションを「教育的な価値がとても高い」と宣伝しています。そして、すべての道具が実際に使われたと書いています。けれど、それぞれの道具がいつ、どこで、だれに使われたのかという記録は示していません。
カッセルの博物館にある1900年ごろの小さな像は、おみやげとして作られた物です。つまり、このころには、鉄の処女はおみやげの形にもなっていました。「本物の拷問具」という説明は、展示会の目録という、見せ物の宣伝の中で語られていたのです。
博物館は「神話か本当か」を考える展示をしている
ローテンブルクの中世犯罪博物館には、「神話か本当か? 法律の空想」という展示があります。覆面をした死刑執行人や鉄の処女のように、昔の罰について広まっているイメージを取り上げています。そして、そのうちどれが歴史の証拠で裏付けられ、どれが伝説にすぎないかを考える展示です。
鉄の処女そのものを展示している博物館が、その言い伝えを疑う展示もしているのです。この博物館は、物を見せるだけでなく、物にまつわる話が本当かどうかを考える場所にもなっています。
鉄の処女は「恥をかかせる罰」の道具だったらしい
ローテンブルクの中世犯罪博物館は、法律と罰の歴史を順番に見せる博物館です。ホームページの見学案内では、2階の展示として、「人前で恥をかかせる罰」のすぐ次に鉄の処女があげられています。
カッセルの博物館も、鉄の処女はもともと、罪人をおどすための恥のマントだったらしいと説明しています。1893年の目録にも、恥の仮面や、さらし台、酔っぱらいやけんか好きに使う「マント」が、軽い罰の道具としてのっています。人を殺す道具として語られてきた物は、実は、人前で恥をかかせる罰の道具だったのかもしれないのです。
05まとめ
拷問具として有名な「鉄の処女」について、この記事で調べた中でいちばん古いのは、1792年の本にのった話でした。それは「刀で切る鉄の像」で、編者のジーベンケース自身が「全部が伝説なのでは?」と書いていました。
1890年代には、トゲのついた木の箱が「15世紀の本物」としてイギリスやアメリカで見せ物になりました。そして今、ドイツの博物館は、ローテンブルクにある一体の内側のトゲは19世紀に付け足されたものだと説明しています。ローテンブルクの博物館の見学案内では、鉄の処女は「恥をかかせる罰」の展示のすぐ次に並んでいます。
人に話すなら、こう言おう
トゲだらけの箱の拷問具「鉄の処女」って、中世の物じゃないらしいよ。ドイツの博物館にある一体は、トゲが19世紀に付け足されてたんだって。しかも1792年の本にのった話は「刀で切る鉄の像」で、編者が「伝説じゃない?」って書いてたの。
英語で読む
The Iron Maiden and Its Missing History
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
The iron maiden is a famous torture device.「鉄の処女」は、有名な拷問の道具です。 It looks like a tall box in the shape of a person, with sharp spikes inside.人の形をした背の高い箱のような形で、内側にとがったトゲがついています。 Many people think it was used in the Middle Ages.多くの人は、それが中世に使われたと思っています。 But the history of this device is full of questions.でも、この道具の歴史は、疑問だらけです。
In 1792, a book about the history of Nuremberg in Germany printed a short story from an old chronicle.1792年、ドイツの町ニュルンベルクの歴史についての本が、古い年代記から短い記事をのせました。 It said that an iron maiden was built in 1533.記事には、1533年に鉄の処女が作られたと書かれていました。 But this iron maiden was not a box with spikes.でも、この鉄の処女は、トゲのついた箱ではありませんでした。 It was an iron statue that cut people with swords.刀で人を切る、鉄の像だったのです。 The editor wrote that he had never read about anyone using it, and he asked if the whole thing was a legend.本の編者は、それが使われたと読んだことはないと書き、全部が伝説なのではないかと問いかけました。
About 100 years later, a collection of torture tools from Nuremberg was shown in Britain and the United States.約100年後、ニュルンベルクの拷問具のコレクションが、イギリスとアメリカで展示されました。 A catalog from 1893 called one item the original iron maiden.1893年の目録は、その中の1つを本物の鉄の処女と呼びました。 It said the wooden box was from the 1400s.目録は、その木の箱は1400年代の物だと書きました。 But it gave no proof.でも、証拠は示していませんでした。
Today, a museum in Germany gives a different story.今、ドイツのある博物館は、違う説明をしています。 It says researchers now think the old story spread a myth.研究者たちは今、昔の話が作り話を広めたと考えている、というのです。 The museum also says the spikes inside one iron maiden were added in the 1800s.その博物館は、ある鉄の処女の内側のトゲが1800年代に付け足された、とも説明しています。 The device may first have been a cloak of shame, used to frighten people who broke the law.この道具は、もとは法を破った人をおどすための「恥のマント」だったのかもしれません。
So the scary spikes on that iron maiden came much later than the Middle Ages.つまり、その鉄の処女にこわいトゲがついたのは、中世よりずっとあとのことだったのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Why the history of the iron maiden is doubtful
第1段落の最後で「歴史は疑問だらけ」と述べ、第2〜5段落でその理由を説明しているので正解はB。Aのトゲの箱は第1段落の説明にだけ出てくる。
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Q2According to the 1792 book, what did the iron maiden look like?
1792年の本によると、鉄の処女はどんな物でしたか。
正解:D An iron statue that cut people with swords
第2段落4文目に「an iron statue that cut people with swords」とあるので正解はD。Aの木の箱は1893年の目録の説明(第3段落)。
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Q3What did the editor of the 1792 book write?
1792年の本の編者は何と書きましたか。
正解:A He asked if the whole thing was a legend.
第2段落の最後の文に、使われたと読んだことはないと書き、全部が伝説ではないかと問いかけたとあるので正解はA。Cの1800年代はトゲが付け足された時代(第4段落)。
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Q4In paragraph 3, the word "proof" is closest in meaning to
第3段落の "proof" に最も意味が近いのはどれですか。
正解:C evidence
1400年代の物だと書いたが、それを示す物はなかった、という流れなので「証拠」のCが正解。Aの値段では文の意味が通らない。
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Q5Which is true, according to the story?
本文の内容と合うのはどれですか。
正解:B The spikes inside one iron maiden were added in the 1800s.
第4段落3文目と同じ内容なので正解はB。Aは第3段落の最後で証拠がなかったとあるので逆、Cは第2段落と合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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torture名詞・動詞拷問(する)
Torture is against the law in many countries.
多くの国で、拷問は法律で禁じられている。
💡 torture device=拷問の道具。
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device名詞道具、装置
This small device can measure the temperature.
この小さな装置で温度を測れる。
💡 スマートフォンなどの機器も device と呼ぶ。
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spike名詞とがった物、トゲ
The fence has spikes on top.
そのへいの上にはトゲがついている。
💡 陸上のスパイクシューズの spike も同じ語。
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chronicle名詞年代記
The old chronicle tells the history of the town year by year.
その古い年代記は、町の歴史を年ごとに伝えている。
💡 chrono-は「時間」の意味(chronology=年表)。
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editor名詞編集者、編者
The editor checked every page of the book.
編集者は本のすべてのページを確かめた。
💡 動詞は edit(編集する)。
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legend名詞伝説
There is a legend about a dragon in this lake.
この湖には竜の伝説がある。
💡 形容詞は legendary(伝説の)。
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catalog名詞目録、カタログ
I found the shoes in the store's catalog.
私はその靴を店のカタログで見つけた。
💡 イギリス英語では catalogue とつづる。
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myth名詞神話、作り話、根拠のない話
The story about a monster in the lake is just a myth.
湖に怪物がいるという話は、ただの作り話だ。
💡 神話の意味と、「広く信じられているがまちがった話」の意味がある。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 19件)。
- Siebenkees, J. C.(編)(1792) Materialien zur Nürnbergischen Geschichte, Bd. 2, S. 753archive.org
- Ichenhäuser, J. D. (1893) Illustrated catalogue of the historical and world-renowned collection of torture instruments … from the Royal Castle of Nuremberg, New Yorkarchive.org
- Plastik "Eiserne Jungfrau"(Museum für Sepulkralkultur, Kassel / museum-digital)hessen.museum-digital.de
- Round tour(Mittelalterliches Kriminalmuseum, Rothenburg ob der Tauber)kriminalmuseum.eu
- Myth or reality? Legal fantasies(Mittelalterliches Kriminalmuseum)kriminalmuseum.eu
- Schild, W. (1998) Die Eiserne Jungfrau: Dichtung und Wahrheit(ドイツ国立図書館の書誌)d-nb.info
公式ページで見てみよう
- 中世犯罪博物館(ローテンブルク)kriminalmuseum.eu
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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