
「ありがとう」はポルトガル語のオブリガードから来た、はウソ
日本語の「ありがたい」のほうが古い。
この判定の対象「ありがとうという言葉は、ポルトガル語のオブリガードから来た」
もくじ
ポルトガル語で「ありがとう」は、obrigado(オブリガード)です。「アリガト」と「オブリガード」。たしかに、どこか似ています。
そのせいで、こんな話が広まっています。「ありがとうは、ポルトガル語のオブリガードから来た」。小学館で辞書の編集長をつとめた神永曉さんによると、反対の話もあるそうです。「ありがとうが、ポルトガルでオブリガードになった」。ポルトガルを旅した日本人が、現地で「似ているね」と言われることもあるといいます。
でも、どちらの話もちがいます。辞書をたどると、感謝の気持ちを表す「ありがたい」は、1477年の本にもう出てきます。ポルトガル人が初めて日本に来たのは、1543年。それより66年も前のことです。
しかも、「ありがたい」のもとの意味は、感謝ではありませんでした。「めったにない」です。この記事では、まず「ありがとう」が「ありがたく」から形を変えたしくみを見ます。次に、「めったにない」という意味が、千年かけて感謝の意味に変わるまでをたどります。最後に、ポルトガル人が来たころの日本人が、お礼に何と言っていたかを紹介します。
01「ありがとう」は、「ありがたく」の「く」が「う」に変わってできた
まず、言葉の形から見てみましょう。小学館の『デジタル大辞泉』は、「ありがとう」を次のように説明しています。形容詞「ありがたい」の「ありがたく」という形が、ウ音便になったもの。
ウ音便とは、言いやすくするために、音の一部が「う」に変わることです。「ありがたく」の「く」が「う」に変わると、「ありがたう」になります。昔のかなづかいでは、実際に「ありがたう」と書きました。この「ありがたう」を、発音どおりに書き直したのが、「ありがとう」です。
同じ作りの言葉が、身近にもう一つあります。「おめでとう」です。辞書によると、これも「おめでたく」がウ音便になった形です。昔は「おめでたう」と書きました。「ありがとう」と「おめでとう」は、同じ作り方でできた、兄弟のような言葉なのです。
02「ありがたい」のもとの意味は、「めったにない」だった
「ありがたい」は、昔の言葉で「ありがたし」です。分けると、「有り」+「難し」。「あることが、むずかしい」。つまり、「めったにない」という意味でした。
この言葉はとても古く、『日本国語大辞典』によると、8世紀後半の『万葉集』にもう出てきます。
10世紀の終わりごろの『枕草子』には、こんな文があります。
「ありがたきもの、舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君」
今の言葉にすると、こうなります。「めったにないもの。それは、妻の父にほめられる婿。そして、夫の母にかわいがられるお嫁さん」。清少納言は、こうした「めったにないもの」を並べました。ここに、感謝の意味はまったくありません。
『源氏物語』では、「世の中は、ありがたく…」という使い方も出てきます。こちらは、「この世は、生きていくのがむずかしい」という意味です。
03「ありがたい」は少しずつ意味を広げ、1477年の本ではお礼の意味で使われていた
では、「ありがたい」は、いつから感謝の意味になったのでしょう。辞書にのっている昔の使い方の例(用例)をたどると、意味が少しずつ広がっていくのが分かります。
まず、「めったにないほどすぐれている」という意味が生まれました。次に、仏の教えなどに出あえることを、「めったにない、尊いこと」と言うようになります。12世紀の和歌や、13世紀のお坊さん、日蓮の文章に、この使い方があります。
そして最後に、人の親切に出あったとき、「めったにないことだ、うれしい」と言う使い方が生まれました。これが、感謝の「ありがたい」です。『日本国語大辞典』が挙げる最初の用例は、1477年の『史記抄』という本です。

04ポルトガル人が来たころ、お礼の言葉はおもに「かたじけない」だった
ポルトガル人が種子島に流れ着き、鉄砲を伝えたのは1543年です。ブリタニカの百科事典によると、ヨーロッパ側の記録には、1542年とするものも多いそうです。どちらにしても、1477年よりあとです。
では、そのころの日本人は、お礼に何と言っていたのでしょう。『日本国語大辞典』の説明では、室町時代のころの感謝の言葉は、おもに「かたじけない」でした。「ありがたい」のほうがよく使われるようになるのは、元禄(1688〜1704年)より後とされています。神永さんも、「ありがとう」が広まったのは江戸時代になってから、と書いています。
つまり、ポルトガル人が来たとき、日本語にはもう感謝の「ありがたい」がありました。ただ、お礼の言葉として、いちばんよく使われる言葉ではまだなかったのです。外国の言葉を借りてくる必要は、どこにもありませんでした。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
音が似ているだけでは、言葉の由来が同じだという証拠にならない
世界には何千もの言語があり、どの言語も、使える音の数はかぎられています。だから、まったく関係のない言語どうしで、似た音の言葉がたまたま見つかることは、めずらしくありません。
言葉の由来(語源)を確かめるには、二つのことを調べます。一つは、言葉の中の作りです。「ありがとう」は「有り+難し」に分けられ、それぞれが日本語として意味をもちます。さらに、「ありがたく」→「ありがとう」という形の変化も、「おめでたく」→「おめでとう」と同じ規則で説明できます。
もう一つは、年代の順番です。外国から借りた言葉なら、その国の言葉と出会った後に現れるはずです。でも、感謝の「ありがたい」は1477年に現れ、ポルトガル人の来日(1543年)より前にありました。言葉の作りも、年代も、日本語の中だけで説明がつきます。
「めったにない」は、「すぐれている」「尊い」と意味を変えて、「ありがとう」になった
「めったにない」が「感謝」になった流れを、順番に整理してみます。
最初は、「数が少ない」という事実を言う言葉でした。それが、「少ないから、すぐれている」という評価になります。さらに、「尊い」という心の動きを表すようになり、最後は「うれしい、ありがとう」というあいさつになりました。事実 → 評価 → 気持ち → あいさつ。一つ一つの段階では、意味は少しずれただけです。でも千年分をつなぐと、まったく別の言葉に見えるほど変わりました。
ポルトガル語のお礼は「恩を感じる」、日本語のお礼は「めったにない」という意味から生まれた
お礼の言葉が、どんな意味の言葉から生まれたかは、言語によってちがいます。
ポルトガル語の obrigado は、動詞 obrigar が変化した形です。ポルトガル語の辞書 Priberam によると、obrigar は「義務を負わせる」という意味で、もとはラテン語の obligo です。obligo は、「まわりをしばる」が元の意味。つまり obrigado は、「(あなたの親切に)しばられています、恩を感じています」という言い方です。
日本語の「かたじけない」は、もともと身分の高い人の前で「恐れ入る」気持ちを表す言葉でした。そして「ありがたい」は、「めったにない」。同じお礼の言葉でも、ポルトガル語は「恩」、日本語は「めずらしさ」や「恐れ多さ」をもとにしてきたのです。
ポルトガル語から来た日本語が実際にあるので、「ありがとう」もそうだと思われやすかった
この説がいつ、誰から始まったかは、確かな記録が見つかりません。ただ、生まれやすい条件はそろっていました。ポルトガル語から日本語に入った言葉は、実際にあります。神永さんは、カステラ、タバコ、パンを例に挙げています。「ポルトガル語から来た言葉がある」という本当の知識と、「音が似ている」という印象が組み合わさると、もっともらしい話ができあがります。
反対向きの「ありがとうがオブリガードになった」という話も、同じ方法で確かめられます。obrigado は、ポルトガル語の動詞 obrigar の形でした。そして obrigar は、ラテン語の obligo までさかのぼれます。オブリガードもまた、ポルトガル語の中だけで、作りと由来を説明できる言葉なのです。
05まとめ
「ありがとう」は、ポルトガル語のオブリガードから来た言葉ではありません。日本語の「ありがたい」の「ありがたく」が形を変えたもので、「おめでとう」と同じ作りです。もとの意味は「めったにない」でした。感謝の意味の用例は1477年で、ポルトガル人が来た1543年より66年早いのです。今日だれかに「ありがとう」と言うとき、それは千年前から「めったにないことです」と伝えてきた言葉です。
人に話すなら、こう言おう
「ありがとう」ってポルトガル語のオブリガードから来たって話、違うんだって。もとは「めったにない」って意味の日本語で、ポルトガル人が来る66年前の本にもう感謝の意味で出てるらしいよ。
英語で読む
Arigato Is Older Than You Think
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In Portuguese, people say "obrigado" to mean thank you.ポルトガル語では、「ありがとう」の意味で「オブリガード」と言います。 It sounds a little like the Japanese word arigato.それは日本語の「ありがとう」に少し似た音です。 So some people believe that arigato came from Portuguese.そのため、「ありがとう」はポルトガル語から来たと信じている人もいます。 But Japanese dictionaries tell a different story.でも、日本の辞書は別の話を教えてくれます。
Arigato comes from an old Japanese word, arigatashi.「ありがとう」は、「ありがたし」という古い日本語から来ています。 It was made from two parts: ari, "to be," and katashi, "hard."それは2つの部分からできていました。「ある」を意味する「有り」と、「むずかしい」を意味する「難し」です。 So at first, it meant "rare," or "hard to find."だから最初は、「めずらしい」つまり「なかなか見つからない」という意味でした。 The word already appears in a book of poems from the 8th century.この言葉は、8世紀の歌集にもう出てきます。 About 1,000 years ago, a famous writer made a list of rare things.約1000年前、ある有名な作家が「めったにないもの」のリストを作りました。 One was a man who gets praise from his wife's father.その一つは、妻の父からほめられる男の人でした。
Slowly, the meaning changed.少しずつ、意味が変わっていきました。 People used it for things that were rare and special.人々は、めずらしくて特別なものにこの言葉を使うようになりました。 Later, when someone was kind to them, they said it was rare and wonderful.その後、だれかに親切にされたとき、それはめったにない、すばらしいことだと言うようになりました。 This is how the word became a way to say thanks.こうして、この言葉はお礼を言う方法になったのです。
A book from 1477 already uses the word in this way.1477年の本には、もうこの意味でこの言葉が使われています。 Portuguese people first came to Japan in 1543.ポルトガル人が初めて日本に来たのは1543年です。 That is 66 years later.それは66年後のことです。 At that time, many people used another word, katajikenai, to say thanks.そのころ、多くの人はお礼を言うのに「かたじけない」という別の言葉を使っていました。 Arigato became the most common word later, in the Edo period.「ありがとう」がいちばんよく使われる言葉になったのは、その後の江戸時代です。 So arigato could not come from obrigado.ですから、「ありがとう」がオブリガードから来たはずはありません。 The two words sound alike only by chance.2つの言葉の音が似ているのは、ただの偶然なのです。
The word omedeto, which means congratulations, changed in the same way.「おめでとう」という言葉も、同じように形が変わりました。 So when you say arigato, you are saying, "This is rare."だから「ありがとう」と言うとき、あなたは「これはめったにないことです」と言っているのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C Where the Japanese word arigato really came from
第1段落で「ポルトガル語から来た」という説を紹介し、第2〜4段落で本当の由来を説明しているので正解はC。Aのポルトガル語のお礼は、話のきっかけにすぎない。
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Q2What did arigatashi mean at first?
「ありがたし」は最初、何という意味でしたか。
正解:A Rare, or hard to find
第2段落3文目に「最初は『めずらしい』つまり『なかなか見つからない』という意味だった」とあるので正解はA。Bのお礼の意味は、後から生まれた意味である。
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Q3Why could arigato not come from obrigado?
「ありがとう」がオブリガードから来たはずがないのはなぜですか。
正解:B The Japanese word was used for thanks before 1543.
第4段落で、1477年の本にもうお礼の意味で使われ、ポルトガル人が来たのはその66年後の1543年とあるので正解はB。Aは、第1段落で「少し似た音」と書かれているので合わない。
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Q4In paragraph 4, the words "by chance" are closest in meaning to
第4段落の by chance に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D without any plan or reason
第4段落では、2つの言葉は関係がないのに「音が似ているのは偶然だ」と述べているので、by chance は「たまたま」の意味。正解はD。Aの on purpose(わざと)は反対の意味。
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Q5Which is true about the word omedeto?
「おめでとう」という言葉について正しいのはどれですか。
正解:C It changed its form like arigato.
第5段落1文目に「『おめでとう』も同じように形が変わった」とあるので正解はC。Bは、同じ文で「おめでとう(congratulations)」の意味だと書かれているので合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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Portuguese名詞・形容詞ポルトガル語(の)、ポルトガルの
My friend is learning Portuguese.
私の友だちはポルトガル語を学んでいる。
💡 国名は Portugal。Japan / Japanese と同じ作り。
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rare形容詞めずらしい、まれな
This bird is very rare in Japan.
この鳥は日本ではとてもめずらしい。
💡 rarely は「めったに~ない」。rare と rarely をセットで覚える。
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dictionary名詞辞書
This word is not in my dictionary.
この言葉は私の辞書にのっていない。
💡 look up a word で「言葉を(辞書で)調べる」。
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meaning名詞意味
What is the meaning of this word?
この言葉の意味は何ですか。
💡 動詞 mean(意味する)の名詞形。過去形 meant も覚える。
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special形容詞特別な
Today is a special day for me.
今日は私にとって特別な日だ。
💡 especially(特に)と同じ仲間の語。
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wonderful形容詞すばらしい
We had a wonderful time at the beach.
私たちは海辺ですばらしい時間を過ごした。
💡 wonder(驚き)+ -ful(~に満ちた)。
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chance名詞偶然、機会
I met my teacher by chance at the station.
駅で偶然先生に会った。
💡 by chance で「偶然に」。a chance to ~ は「~する機会」。
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congratulations名詞(間投詞的)おめでとう
Congratulations on your new job!
新しい仕事、おめでとう!
💡 必ず最後に s をつける。congratulations on ~ で「~おめでとう」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 15件)。
- 有難い(精選版 日本国語大辞典/デジタル大辞泉、コトバンク)kotobank.jp
- 有難う(デジタル大辞泉、コトバンク)kotobank.jp
- 忝い(精選版 日本国語大辞典/デジタル大辞泉、コトバンク)kotobank.jp
- おめでとう(精選版 日本国語大辞典、コトバンク)kotobank.jp
- 鉄砲伝来(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典/旺文社日本史事典、コトバンク)kotobank.jp
- obrigado(Dicionário Priberam da Língua Portuguesa)dicionario.priberam.org
- 神永曉 (2017) 悩ましい日本語⑧ ありがとう【有り難う】(THE GOLD ONLINE、『さらに悩ましい国語辞典』より)gentosha-go.com
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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