兵を救ったとされる伝書バトが着く約5分前に、砲撃は止まっていたと学芸員は言う
歴史のウソ・ホントNo.251

兵を救ったとされる伝書バトが着く約5分前に、砲撃は止まっていたと学芸員は言う

軍はメス、博物館はオスと書いたハトは、DNAでオスと分かった

グレーGRAY

この判定の対象「伝書バトのシェール・アミが手紙を運び、大隊の兵士たちを救った」

うなり度 読む時間8分 出典4件 確認した事実33件
もくじ
  1. よく知られた話では、最後のハトが「砲撃をやめて」という手紙を運んだ
  2. 学芸員によると、ハトが着く約5分前に砲撃は止まっていた
  3. 1920年、陸軍の大尉は「大隊の手紙を運んだ記録は見つからない」と書いていた
  4. 軍の記録は「メス」、博物館は「オス」。2021年のDNA検査で決着した
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

アメリカのワシントンにある国立アメリカ歴史博物館に、1羽のハトの剥製が飾られています。片足がありません。名前はシェール・アミ(Cher Ami)。フランス語で「親しい友」という意味です。

このハトは、第一次世界大戦で敵に囲まれたアメリカ兵を救った英雄として知られています。味方の砲弾が兵士たちの上に落ちてきたとき、撃つのをやめるよう頼む手紙を運んだ、という話です。

けれど、この博物館の学芸員(資料を調べて展示する専門家)が記録を調べ直すと、話は少し違っていました。学芸員によると、ハトが着く約5分前に、砲撃はもう止まっていたのです。さらにこのハトは、オスかメスかも100年間はっきりしていませんでした。

この記事では、まずよく知られた「失われた大隊」の話を紹介します。次に、学芸員が記録から分かったことと、分からなかったことを見ます。最後に、2021年のDNA検査で性別が決まるまでをたどります。

01よく知られた話では、最後のハトが「砲撃をやめて」という手紙を運んだ

1918年10月、フランスのアルゴンヌの森。アメリカ軍第77師団の554人が、ほかの部隊から切り離され、ドイツ軍に囲まれました。この部隊は「失われた大隊」と呼ばれます。指揮官は、チャールズ・ホイットルジー(Charles W. Whittlesey)少佐でした。

大隊は10月2日に森へ入り、目標の丘を取りました。ところが、左右にいた味方の部隊が押し返され、大隊だけが敵の中に取り残されたのです。

伝えられる話はこうです。10月4日の午後、大隊の上に、味方であるアメリカ軍の砲弾が落ち始めました。ホイットルジーは急いで紙に書きました。「我々は276.4の道ぞいにいる。味方の砲撃が真上に落ちている。お願いだからやめてくれ」。

手紙は、残っていた最後のハト、シェール・アミの足の筒に入れられました。ハトは銃弾と砲弾の中を飛び立ちました。鳩舎(ハトの小屋)に着いたとき、右足はほとんどちぎれ、胸にも傷がありました。それでも、手紙の筒は足の腱にぶら下がっていたそうです。

大隊が救われたのは、10月7日の夜でした。国立公文書館のブログによると、554人のうち107人が戦死し、190人が負傷、63人が行方不明になりました。自分で歩いて出られたのは、194人だけでした。

02学芸員によると、ハトが着く約5分前に砲撃は止まっていた

この話を記録で調べ直したのは、フランク・ブラジッチ(Frank Blazich)です。ブラジッチは、国立アメリカ歴史博物館で軍事史を担当する学芸員です。2021年には、博物館のブログで、シェール・アミの記録を調べた結果を書いています。

ブラジッチは2023年、スミソニアン協会の雑誌の取材に、こう話しています。大隊の位置を伝えたハトはシェール・アミだと考えられているが、決め手になる証拠は少ない。また、大隊への砲撃は、ハトが鳩舎に着く約5分前に終わっていた。ただし、ハトが運んだ手紙には、大隊の正確な位置という大事な情報が書かれていた。

つまり、この手紙は「砲撃を止めた手紙」ではなかった、というのがブラジッチの説明です。ただし、「約5分」という数字のもとになった記録の名前は、取材記事には書かれていません。

シェール・アミは大けがをして鳩舎にたどり着いた。ただ、それがどの戦いのどの手紙だったかは、記録でははっきりしない。
シェール・アミは大けがをして鳩舎にたどり着いた。ただ、それがどの戦いのどの手紙だったかは、記録でははっきりしない。

031920年、陸軍の大尉は「大隊の手紙を運んだ記録は見つからない」と書いていた

シェール・アミは1919年4月16日にアメリカに着き、新聞や雑誌で大評判になりました。スミソニアン協会の雑誌によると、失われた大隊とホイットルジー、そしてシェール・アミは、報道を通して伝説になっていきました。けれどシェール・アミは1919年6月、戦いで受けた傷がもとで死にました。体は剥製にされ、1921年6月にスミソニアンで初めて展示されました。

その少し前の1920年9月20日、陸軍通信隊のハンガーフォード大尉は、スミソニアンに手紙を書きました。通信隊は、伝書バトを使っていた部隊です。その中でハンガーフォードは、このハトが失われた大隊の手紙を運んだという戦時の記録は見つからない、と認めています。

それでもハンガーフォードは、こう書きました。大隊の手紙を運んだかどうかは別として、このハトが、撃たれてちぎれた足に手紙をぶら下げて鳩舎に戻ったことは、記録にある。

04軍の記録は「メス」、博物館は「オス」。2021年のDNA検査で決着した

シェール・アミには、もう1つのなぞがありました。オスかメスか、です。

陸軍通信隊は、もともとこのハトを「黒いチェック模様のメス」と報告していました。ところが1921年、スミソニアンは「オス」として展示しました。もとになったのは、先ほどのハンガーフォードの手紙です。ハンガーフォードは、理由を書かずに「彼(he)」と書いていました。

雑誌も混乱していました。1919年8月、ある雑誌はシェール・アミを、パリの屋根の上を飛ぶオスのフランスのハトとして、空想まじりに描きました。同じころ別の雑誌は、「彼女(she)」と書いています。

展示から100年たった2021年5月10日、スミソニアンの研究者たちは、右足の切り口と、左の後ろ指の裏から、ごく小さな組織を採りました。そこからDNAを取り出し、PCRという方法で何百万倍にも増やして調べました。

鳥では、メスがZとWという2種類の性染色体を持ち、オスはZだけを持ちます。人間とは逆の仕組みです。6月30日に出た結果では、シェール・アミからはZが見つかり、Wは見つかりませんでした。シェール・アミは、オスだったのです。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

伝説が生まれるまでには、何段階もの「書き換え」がある

シェール・アミの話を記録の順に並べると、伝説がどう育ったかが見えてきます。

まず、陸軍通信隊の戦時の記録です。ここでは、このハトは「メス」とされていました。1920年に通信隊の大尉が探しても、このハトが失われた大隊の手紙を運んだという戦時の記録は見つかりませんでした。

次に、1919年の新聞や雑誌です。ハトは英雄として紹介され、性別もばらばらに書かれました。中には、パリの屋根の上を飛ぶハトとして描いた、空想まじりの記事もありました。

そして1920年のハンガーフォードの手紙です。大隊の手紙の記録が見つからないことを認めながら、ハトが傷を負って手紙を運んだことを、理由を書かずに「彼」と呼んで博物館に伝えました。この手紙が、1921年の展示ラベルの元になりました。ラベルは、傷の説明も「彼」という呼び方も、ほぼそのまま写していました。博物館は、その後100年、このハトを「オス」と書き続けました。

「剥製を作ったときに体を調べて、性別が分かったはずだ」と書いた本もあります。けれどブラジッチによると、剥製作りで何が分かったかを記した記録は、陸軍にもスミソニアンにも残っていません。

このように、1つの手紙や記事が、その後の「定説」を作ってしまうことがあります。歴史を調べる人は、話の出どころを1つずつさかのぼって確かめます。ブラジッチの調査は、その作業の例です。

鳥の性別は、性染色体の組み合わせが人間と逆になっている

人間では、男性がXとYという2種類の性染色体を持ち、女性はXだけを持ちます。鳥ではこれが逆で、メスがZとWの2種類を持ち、オスはZだけを持ちます。そのため、DNAの中にW染色体だけにある部分が見つかればメス、見つからなければオスと判断できます。

ただし、古い標本から取り出したDNAは、時間がたって壊れているため、扱いが難しいとされます。研究者たちは、ZとWの検査をそれぞれ2回ずつ行いました。さらに、性別の分かっている古い標本4羽も一緒に調べ、結果を確かめました。

戦場の伝書バトは「最後の手段」の伝令だった

第一次世界大戦では、電話線が敵に切られたときや、人が伝令として走るには危なすぎるとき、伝書バトが使われました。手紙は、片足につけた小さな筒に入れて運びます。ブラジッチによると、傷ついたハトは、飛べなくなっても何十マイル、時には何百マイルも歩いて鳩舎に戻ることがあるそうです。

国立公文書館のブログによると、ハトは飛行機や戦車にも積まれました。飛行機から放されたハトは、パイロットが空から見たことを地上の司令官に伝えました。同じブログは、「プレジデント・ウィルソン」という名のハトの話も紹介しています。1918年10月5日、ドイツ兵に撃たれて傷を負いながら、25分もかからずに本部へ戻った、というものです。

シェール・アミは、イギリスで育てられたハトでした。どの戦いのどの手紙だったかは分からなくても、重い傷を負いながら手紙を運んで鳩舎に戻ったことは、1920年の大尉の手紙が「記録にある」と書いています。

05まとめ

伝書バトのシェール・アミが、大けがをしながら手紙を鳩舎に届けたことは確かめられています。ただ、それがいつ、どこでのことかは、はっきりしません。そして、「失われた大隊への砲撃を止めて兵士を救った」という話には、決め手になる記録がありません。学芸員ブラジッチは、ハトが着く約5分前に砲撃は止まっていたと説明しています。

性別をめぐるなぞは、2021年のDNA検査で解けました。シェール・アミのDNAからはZ染色体しか見つからず、オスと分かりました。陸軍の記録の「メス」ではなく、博物館が理由も分からないまま100年書き続けた「オス」のほうが、当たっていたのです。

人に話すなら、こう言おう

第一次大戦で、味方の砲撃を止めて兵士を救ったハトの話があるんだけど、スミソニアンの学芸員によると、ハトが着く5分くらい前に砲撃は止まってたんだって。しかもオスかメスかも100年分からなかったらしいよ。
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英語で読む

The Pigeon Called Dear Friend

CEFR A2228 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In a museum in Washington, there is a pigeon with only one leg.ワシントンのある博物館に、片足しかないハトがいます。 Its name is Cher Ami, which means "dear friend" in French.名前はシェール・アミ。フランス語で「親しい友」という意味です。 It is famous as a hero of World War I.このハトは、第一次世界大戦の英雄として有名です。

In October 1918, 554 American soldiers were surrounded by German troops in a French forest.1918年10月、554人のアメリカ兵が、フランスの森でドイツ軍に囲まれました。 People call them the "Lost Battalion."人々は彼らを「失われた大隊」と呼びます。 The story says that their own army began to shoot at them by mistake.話によると、味方の軍がまちがえて彼らを撃ち始めました。 Their leader wrote a short note and asked the army to stop.指揮官は短い手紙を書き、撃つのをやめるよう頼みました。 The last pigeon, Cher Ami, carried it.最後のハト、シェール・アミがその手紙を運びました。 The bird was badly hurt, but the note arrived.ハトはひどいけがをしましたが、手紙は届きました。

But a museum curator, Frank Blazich, studied the old records.しかし、博物館の学芸員フランク・ブラジッチは、古い記録を調べました。 He wrote about them in 2021.彼は2021年に、そのことを書きました。 He says there is little proof that Cher Ami carried that note.シェール・アミがその手紙を運んだという証拠は少ない、と彼は言います。 He also says that the shooting stopped about five minutes before the pigeon got home.また彼は、ハトが小屋に着く約5分前に、砲撃は止まっていたと言います。 Still, the bird really was badly hurt while it carried a message.それでも、このハトが手紙を運ぶ途中でひどいけがをしたのは本当です。

There was another mystery.もう1つのなぞがありました。 Army records said that Cher Ami was a female.陸軍の記録は、シェール・アミをメスと書いていました。 But the museum said that it was a male.でも博物館は、オスだとしていました。 In 2021, scientists tested its DNA.2021年、科学者たちがそのDNAを調べました。 Female birds have two kinds of sex chromosomes, Z and W.鳥のメスは、ZとWという2種類の性染色体を持っています。 Males have only Z.オスはZだけです。 The scientists found Z but no W.科学者たちは、Zを見つけましたが、Wは見つけませんでした。

So Cher Ami was a male.つまり、シェール・アミはオスだったのです。 The museum had been right for 100 years, mostly by chance.博物館は100年間、ほとんど偶然に正しいことを書いていたことになります。 Today, he is still on display at the museum.今も彼は、その博物館に展示されています。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2How many soldiers were in the Lost Battalion?

    「失われた大隊」には何人の兵士がいましたか。

  3. Q3What did the scientists find in Cher Ami's DNA?

    科学者たちはシェール・アミのDNAに何を見つけましたか。

  4. Q4In paragraph 3, the word "proof" is closest in meaning to

    第3段落の proof という語に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • pigeon名詞
    ハト

    A pigeon was walking in the park.

    公園でハトが歩いていた。

    💡 homing pigeon / carrier pigeon で「伝書バト」。dove も「ハト」だが、平和の象徴として使うことが多い。

  • surround動詞
    囲む

    Tall trees surround our school.

    高い木々が私たちの学校を囲んでいる。

    💡 be surrounded by ~ で「~に囲まれる」。surroundings は「環境、周り」。

  • by mistake熟語
    まちがえて、うっかり

    I took your umbrella by mistake.

    まちがえて君のかさを持ってきてしまった。

    💡 make a mistake で「まちがえる」。

  • curator名詞
    学芸員(博物館で資料を調べ、展示する専門家)

    The curator told us about the old paintings.

    学芸員が古い絵について説明してくれた。

    💡 ラテン語の cura(世話)から。cure(治す)と同じ語源。

  • proof名詞
    証拠、証明

    Do you have any proof that he was there?

    彼がそこにいたという証拠はありますか。

    💡 動詞は prove(証明する)。

  • mystery名詞
    なぞ、ふしぎ

    How the cat got into the house is a mystery.

    ネコがどうやって家に入ったのかはなぞだ。

    💡 形容詞は mysterious。推理小説も mystery と言う。

  • chromosome名詞
    染色体

    Each cell in your body has chromosomes.

    体の細胞の一つ一つに染色体がある。

    💡 chromo(色)+ some(体)。染色すると色がつくことから。

  • female名詞・形容詞
    メス、女性(の)

    The female bird sat on the eggs.

    メスの鳥が卵を温めていた。

    💡 反対語は male(オス、男性)。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 33件)。

  1. Blazich, F. (2021) Solving a 100-Year-Old Mystery About a Pigeon(国立アメリカ歴史博物館ブログ。Smithsonian Magazine に転載)smithsonianmag.com
  2. Cher Ami, the Iconic World War I Carrier Pigeon, Makes His Debut at Carnegie Hall(Smithsonian Magazine, 2023)smithsonianmag.com
  3. Unsung Heroes of World War I: The Carrier Pigeons(米国国立公文書館 Prologue ブログ, 2023)prologue.blogs.archives.gov
  4. The Lost Battalion of World War I(米国国立公文書館 Prologue ブログ, 2017)prologue.blogs.archives.gov

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文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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