
「ケチャップ」という名前のもとは、トマトではなく魚の汁だった
1711年の本では、最高のケチャップは今のベトナム北部産。
もくじ
1711年、ロッキャー(Lockyer)という人が、インドとの貿易についての英語の本を出しました。その中に、アジアのソースの話が出てきます。醤油は日本から桶に入って届く。そして「最高のケチャップはトンキンから来る」。
トンキンは、ベトナム北部の古い呼び名です。1711年の英語の本で、一番いいケチャップの産地とされたのは、アメリカでもイギリスでもなく、今のベトナム北部でした。
今、ケチャップと言えば、真っ赤なトマトのソースです。でも、ケチャップという名前のもとは、トマトではありませんでした。英語の辞書によると、もとは中国南部の言葉で「魚や貝の塩漬けの汁」のことだったのです。
この記事では、まずケチャップという言葉のもとを、辞書で確かめます。次に、昔のイギリスのケチャップが何から作られていたかを見ます。最後に、トマトのケチャップがいつごろ登場したのかを紹介します。
01ケチャップのもとは、中国南部の言葉で「魚や貝の塩漬けの汁」
まず、イギリスの辞書を見ます。『オックスフォード英語辞典』(OED)の最初の版は、『A New English Dictionary』(NED)という名前でした。ketchup の項目がある第5巻は、1901年に出ています。
NED によると、ketchup は中国のアモイの方言の kôe-chiap(または kê-tsiap)から来たらしい言葉です。意味は「魚や貝の塩漬けの汁」。アモイは、中国の福建省の南東にある港町です。漢字では厦門と書き、中国語の読みはシアメンです。
アメリカの『アメリカン・ヘリテージ英語辞典』も、ほぼ同じ言葉を挙げています。福建の言葉の kê-chiap です。この辞典によると、kê は「魚の塩漬け」、chiap は「汁、ソース、塩水」という意味です。
日本の『世界大百科事典』にも、同じような説明があります。アモイの周りには、魚から作る調味料(魚醤)をケチャップと呼ぶ所がある、という説明です。
02英語の古い本では、ケチャップは「東インドのソース」だった
NED が引く一番古い例は、1690年の辞書です。年は NED が示すものです。このときのつづりは catchup で、「East-India(東インド)の濃い味のソース」と説明されています。東インドは、昔はおもにインドを指し、今は東南アジア全体を指すこともある言葉です。
1711年のロッキャーの本では、つづりが今と同じ Ketchup になっています。そして、ここに冒頭の文が出てきます。醤油は日本から桶で届き、最高のケチャップはトンキンから来る。ただ、どちらも品質のよいものが、中国でとても安く作られ、売られている、と続きます。
トンキンは、漢字では「東京」と書きます。でも日本の東京とは関係なく、ベトナム北部の古い呼び名です。『世界大百科事典』によると、この名前は、1400年代のはじめに、今のベトナムの首都ハノイが「東京(東の都)」と呼ばれたことから始まりました。1600年代からは、ヨーロッパの人たちがベトナム北部をトンキンと呼ぶようになりました。この本では、ケチャップは醤油と並ぶ「アジアから来るソース」として書かれています。

03昔のイギリスでは、キノコやクルミでケチャップを作った
やがてイギリスでも、ケチャップが作られました。材料は、トマトではありませんでした。
1748年の家事の本は、ある物を家に蓄えておくようにすすめています。「Kitchup, or Mushroom Juice(ケチャップ、つまりキノコの汁)」です。1751年のグラス夫人(Mrs. Glasse)の料理の本には、「外国のケチャップのような味になる」という一文があります。『日本大百科全書』も、イギリスのケチャップは、東南アジアや中国南部から輸入していた魚醤をもとに作ったソースだと言われている、と書いています。
1845年の料理の本には、Walnut catsup(クルミのケチャップ)が出てきます。『世界大百科事典』によると、18〜19世紀のイギリスの料理の本には、いろいろなケチャップがのっていました。材料は、カキ、マッシュルーム、クルミ、キュウリ、魚などです。
1840年には、作家のディケンズ(Dickens)の小説にもケチャップが出てきます。パン粉をつけた子羊の骨つき肉に、ケチャップをたっぷりかけた料理です。NED は、ケチャップを「キノコやクルミ、トマトなどの汁から作るソースで、肉や魚にそえるもの」と説明しています。
04トマトのケチャップの作り方は、1812年の雑誌にある
アメリカに、ある雑誌がありました。1810年から1813年まで出ていた『Archives of Useful Knowledge(役に立つ知識の記録)』です。その1812年1月の号に、「TOMATOE, OR LOVE-APPLE CATSUP」という作り方がのっています。「トマト、またはラブアップルのケチャップ」という意味です。
作り方はこうです。トマトを薄く切り、1段ごとに塩をふって24時間おく。よくつぶして30分煮て、香辛料(メースとオールスパイス)を加える。冷めたら、刻んだエシャロットと、ブランデーを少し入れて、びんにしっかり栓をする。この作り方には、今のトマトケチャップに使われる酢や砂糖が出てきません。
『日本大百科全書』によると、トマトケチャップを商品にしたのはハインツです。1870年代のアメリカで、ヘンリー・ジョン・ハインツ(Henry John Heinz)が売り出しました。ハインツの公式の歴史によると、ハインツのトマトケチャップがアメリカの店に並んだのは1876年です。そのときの名前は「Ketchup」ではなく「Catsup」でした。
日本では、カゴメの公式の歴史に、1908年(明治41年)にトマトケチャップの製造を始めた、と書かれています。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
ケチャップがどの言葉を通って英語に入ったかは、辞書によって違う
ケチャップのもとが中国南部の言葉だという点では、辞書の説明はおおむね一致しています。でも、その言葉が「どの道を通って」英語に入ったかは違います。
NED は、英語は中国語(アモイの方言)からとったらしい、と書いています。マレー語の kechap をもとだとする説も紹介していますが、マレー語の言葉のほうが中国語から来たのかもしれない、という書き方です。
一方、アメリカン・ヘリテージ英語辞典は、英語はマレー語の kicap(発酵させた魚のソース)からとり、そのマレー語が福建の言葉の kê-chiap から来た、としています。Dictionary.com も、英語はマレー語の kəchap(魚のソース)から来たとしています。
もとの中国語の言葉の意味も、辞書によって違う
アメリカン・ヘリテージ英語辞典は、kê-chiap の kê を「魚の塩漬け」と説明しています。ところが Dictionary.com は、もとの中国語の言葉を、中国語の qié(ナス)と chī(汁)に関係があるものとしています。
「魚」と「ナス」では、ずいぶん違います。どちらの説明が正しいのかは、今回調べた辞書だけでは決められません。ただ、Dictionary.com も、マレー語の段階の意味は「魚のソース」としています。英語に入る前のケチャップが、魚のソースや、魚や貝の塩漬けの汁だったという点は、3つの辞書で共通しています。
ketchup、catchup、catsup の3つのつづり
アメリカン・ヘリテージ英語辞典は、ketchup の別のつづりとして catchup と catsup を挙げています。NED の例を見ると、1690年は catchup、1711年は Ketchup、1730年のスウィフト(Swift)の作品では catsup です。3つのつづりは、300年前にはもう並んで使われていたことになります。
なお、英語での最初の記録の年も、辞書によって違います。NED の一番古い例は1690年ですが、Dictionary.com は最初の記録を「1705〜15年」としています。
ハインツが1876年に売り出したときの名前も、catsup でした。3つのつづりは、今もアメリカン・ヘリテージ英語辞典にのっています。
1711年の本では、醤油とケチャップが同じ文に並んでいた
1711年のロッキャーの本は、醤油(soy)とケチャップを同じ文で紹介しています。醤油は日本から桶で届き、ケチャップはトンキンのものが最高。ただ、どちらも品質のよいものが、中国で安く作られ、売られている。この本を読むと、ケチャップがアジアのいくつもの土地とつながった調味料として書かれていることが分かります。
醤油のほうの英語 soy のもとも、辞書で確かめられます。アメリカン・ヘリテージ英語辞典によると、英語の soy は、オランダ語を通って、日本語の「しょうゆ」から来た言葉です。その「しょうゆ」という言葉も、さらにさかのぼると昔の中国語から来ている、とこの辞典は書いています。同じ文に並ぶ2つのソースの名前は、どちらも中国語までさかのぼることになります。
ケチャップという名前は残り、材料は魚からトマトに入れかわった
ケチャップという名前は、魚の汁から始まりました。それがイギリスでキノコやクルミのソースの名前になり、やがてトマトのソースの名前として広まりました。今、アメリカン・ヘリテージ英語辞典は、ケチャップを「ふつうトマトから作る、とろりとした香辛料入りのソース」と説明しています。日本の『デジタル大辞泉』も、ケチャップは特にトマトケチャップを指すことが多い、と書いています。材料はまったく変わったのに、名前だけが300年以上生き残ったのです。
日本語の「ケチャップ」の古い例として、『日本国語大辞典』は1930年の『新時代用語辞典』を挙げています。
05まとめ
ケチャップという名前のもとは、中国南部の言葉で「魚や貝の塩漬けの汁」です。1711年の英語の本では、醤油は日本から、最高のケチャップはベトナム北部のトンキンから来る、と書かれていました。その後イギリスでは、キノコやクルミでケチャップを作るようになりました。トマトのケチャップの作り方は1812年のアメリカの雑誌にのり、1876年にはハインツのトマトケチャップが店に並びました。1711年の本で最高のケチャップの産地とされたトンキンは、漢字で書くと「東京」です。ただし日本の東京ではなく、今のベトナム北部のことです。
人に話すなら、こう言おう
ケチャップって、もとは中国南部の言葉で「魚の塩漬けの汁」のことなんだって。昔のイギリスではキノコやクルミでも作ってて、トマトのケチャップが広まったのは1800年代かららしいよ。
英語で読む
Ketchup Was Once a Fish Sauce
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In 1711, a man named Lockyer wrote a book in English about trade with India.1711年、ロッキャーという人が、インドとの貿易について英語で本を書きました。 He said that soy sauce came from Japan in tubs.彼は、醤油は日本から桶に入って届く、と書きました。 He also said that the best ketchup came from Tonquin.また、最高のケチャップはトンキンから来る、とも書きました。 Tonquin was an old name for the north of Vietnam.トンキンは、ベトナム北部の古い呼び名でした。 In Chinese characters, it is written with the same two characters as Tokyo.漢字では、東京と同じ2文字で書きます。
So where does the word ketchup come from?では、ケチャップという言葉はどこから来たのでしょうか。 An old English dictionary says it came from a word used in Amoy, a port city in southern China.ある古い英語の辞書は、中国南部の港町アモイで使われていた言葉から来たと書いています。 The word meant the salty liquid from pickled fish or shellfish.その言葉は、塩漬けにした魚や貝から出る、しょっぱい汁という意味でした。 Other dictionaries say the word went through the Malay language first.ほかの辞書は、この言葉はまずマレー語を通った、と書いています。
Later, people in England made their own ketchup.その後、イギリスの人たちは自分たちでケチャップを作りました。 But they did not use tomatoes.でも、トマトは使いませんでした。 A book from 1748 called it "Kitchup, or Mushroom Juice."1748年の本は、それを「ケチャップ、つまりキノコの汁」と呼んでいます。 Other English cookbooks had ketchup made from walnuts, oysters, and even cucumbers.ほかのイギリスの料理の本には、クルミやカキ、さらにはキュウリで作ったケチャップものっていました。
Tomato ketchup came later.トマトのケチャップは、もっと後に登場しました。 An American magazine printed a recipe for tomato catsup in January 1812.アメリカのある雑誌が、1812年1月にトマトのケチャップの作り方をのせました。 The recipe used salt, spices, and a little brandy, but no vinegar or sugar.その作り方は、塩と香辛料と少しのブランデーを使っていましたが、酢も砂糖も使っていませんでした。 In 1876, Heinz tomato ketchup first went on sale in American stores, and it was called "Catsup."1876年、ハインツのトマトケチャップがアメリカの店で初めて売られ、その名前は「Catsup」でした。
In Japan, the history of Kagome says it started making tomato ketchup in 1908.日本では、カゴメの歴史によると、1908年にトマトケチャップを作り始めました。 Today, most people think of a red tomato sauce when they hear the word.今では、ほとんどの人がこの言葉を聞くと、赤いトマトのソースを思い浮かべます。 But the name began with fish, not tomatoes.でも、この名前はトマトではなく、魚から始まったのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How the word ketchup and the sauce changed
第2段落で言葉のもと、第3段落でキノコなどのケチャップ、第4段落でトマトのケチャップを説明しているので、話全体はケチャップの言葉と中身の変化についてです。醤油は第1段落に少し出てくるだけです。
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Q2In 1711, where did the best ketchup come from?
1711年には、最高のケチャップはどこから来ましたか。
正解:D Tonquin
第1段落3文目に the best ketchup came from Tonquin とあります。日本から来たのは醤油です(第1段落2文目)。
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Q3What did the old word from Amoy mean?
アモイの古い言葉はどんな意味でしたか。
正解:A Salty liquid from pickled fish or shellfish
第2段落3文目に The word meant the salty liquid from pickled fish or shellfish. とあります。キノコの汁は、のちのイギリスのケチャップの話です(第3段落)。
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Q4In paragraph 4, the word "recipe" is closest in meaning to
第4段落の recipe という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:B a way to cook something
第4段落で、その recipe は塩・香辛料・ブランデーを使ったと説明しているので、recipe は「料理の作り方」です。値段や店の話は出てきません。
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Q5Which is true about the story?
この話について正しいものはどれですか。
正解:C Heinz first called its tomato ketchup "Catsup."
第4段落最後の文に、1876年のハインツのケチャップは Catsup と呼ばれたとあります。1812年の作り方に砂糖は使われず(第4段落)、1748年のものはキノコの汁で(第3段落)、マレー語を通ったと書くのは「ほかの辞書」だけです(第2段落)。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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trade名詞貿易、取り引き
Japan has a lot of trade with China.
日本は中国と多くの貿易をしている。
💡 動詞では「交換する、取り引きする」。trade A for B で「AをBと交換する」。
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sauce名詞ソース、たれ
I like this pasta sauce.
私はこのパスタソースが好きだ。
💡 soy sauce で「醤油」。
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port名詞港、港町
The ship arrived at the port in the morning.
船は朝、港に着いた。
💡 airport(空港)は「空の港」。
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pickled形容詞(塩や酢に)漬けた
She likes pickled vegetables.
彼女は漬け物の野菜が好きだ。
💡 pickle は「漬け物、漬ける」。
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liquid名詞液体、汁
Pour the liquid into a glass.
その液体をグラスに注いでください。
💡 solid(固体)、gas(気体)とセットで覚える。
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mushroom名詞キノコ、マッシュルーム
We put mushrooms in the soup.
私たちはスープにキノコを入れた。
💡 複数形は mushrooms。mushroom soup で「キノコのスープ」。
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recipe名詞料理の作り方、レシピ
My grandmother gave me her cake recipe.
祖母がケーキの作り方を教えてくれた。
💡 発音は「レサピ」に近い。最後の e も読む。
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vinegar名詞酢
Add a little vinegar to the salad.
サラダに少し酢を加えてください。
💡 数えられない名詞なので、a little vinegar(少しの酢)のように言う。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 22件)。
- Murray, J. A. H. ほか編 (1901) A New English Dictionary on Historical Principles, Vol. V「Ketchup」(OED 初版、archive.org)archive.org
- Murray, J. A. H. 編 (1893) A New English Dictionary on Historical Principles, Vol. II「Catchup」(OED 初版、archive.org)archive.org
- ketchup(The American Heritage Dictionary of the English Language)ahdictionary.com
- ketchup(Dictionary.com)dictionary.com
- ケチャップ(世界大百科事典/日本大百科全書(ニッポニカ)/日本国語大辞典、コトバンク)kotobank.jp
- Archives of Useful Knowledge, Vol. II, No. 3(1812年1月、archive.org)archive.org
- Our Story(Heinz 公式)heinz.com
- カゴメの歴史(カゴメ公式)kagome.co.jp
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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