
イカは、好きなエサのために最大130秒がまんできた
子どもの「マシュマロ・テスト」と同じ形の実験。
もくじ
水そうの中に、透明な扉のついた小部屋が2つ並んでいます。片方の部屋には、大きなエビの生の切り身。もう片方には、生きた小さなエビ。生きた小エビは、コウイカの大好物です。
切り身の部屋の扉は、すぐに開きます。小エビの部屋の扉は、しばらく待たないと開きません。しかも、イカが切り身に近づいたとたん、小エビは片づけられてしまいます。
コウイカは、目の前の切り身をがまんしました。そして、好物の小エビが出てくるのを待ちました。一番長く待てたイカは、130秒も待ちました。待つあいだ、切り身から体を背けるイカもいました。
2021年に発表されたこの実験は、人の子どもの「マシュマロ・テスト」と同じ考え方で作られています。マシュマロ・テストは、子どもが目の前のお菓子を食べずにどれだけ待てるかを測る実験です。
この記事では、まずイカ用の実験がどう作られたかを説明します。次に、イカがどれだけ待てたか、待つあいだに何をしていたかを見ます。最後に、長く待てたイカほど学習も速かったことと、この研究の限界を紹介します。
01コウイカの実験は、子どものマシュマロ・テストをまねて作られた
マシュマロ・テストは、心理学者ウォルター・ミシェル(Walter Mischel)らの研究で有名になりました。実験の場所は、スタンフォード大学のキャンパスにある幼稚園です。子どもたちの前にマシュマロなどのお菓子を置き、食べずにどれだけ待てるかを測りました。
イカの実験をしたのは、アレクサンドラ・シュネル(Alexandra Schnell)らのチームです。チームは、アメリカの海洋生物学研究所(MBL)の水そうで、生後9か月の若いコウイカ6匹を調べました。種類はヨーロッパコウイカ(学名 Sepia officinalis)です。
まず、イカがどのえさを好きかの順番を調べました。1位は生きた小エビ、2位は大きなエビの生の切り身、3位は小さなカニでした。6匹とも同じ順番です。カニはあまり人気がなく、イカは3分以上近づかなかったり、食べなかったりしました。そこで本番では、小エビと切り身の2種類を使いました。
02好物の小エビは「待てば開く」部屋に、切り身は「すぐ開く」部屋に入れた
装置は、3Dプリンターで作った黒い2つの小部屋です。扉は透明なので、中のえさがよく見えます。部屋には白い形のマークがついています。イカは、マークの意味を練習で覚えました。
マークは3種類あり、それぞれ意味が違います。1つめは「すぐ開く」。2つめは「待てば開く」。3つめは「開いても、透明な板があって、えさが取れない」です。
本番では、すぐ開く部屋に切り身を入れました。待てば開く部屋には、好物の小エビを入れました。イカはいつでも待つのをやめて、切り身を食べにいけます。

比べるために、条件を変えた実験もしました。好物の小エビを、「待っても取れない」部屋に入れたのです。このときイカは、小エビが見えていても、すぐに待つのをやめて切り身を食べました。
つまりイカは、のんびりしていて切り身を食べなかったわけではありません。「待てば小エビがもらえる」ときだけ、ちゃんと待っていたのです。
03コウイカは1匹ごとに50〜130秒まで待てて、待つあいだは切り身から体を背けていた
待ち時間は10秒から始めて、10秒ずつ伸ばしました。待ち時間が長くなるほど、待ち続けるイカは減りました。どこまで待てたかは、イカによって50秒から130秒まで、ばらばらでした。
チームは、待っているイカの様子も見ていました。イカは、すぐ食べられる切り身から体を背けていました。まるで、切り身を見ないようにして、自分の気をそらしているようでした。
チンパンジーやイヌ、ヨウム(大型のインコ)も、待つときに目をそらしたり、目を閉じたりすることが知られています。ただし、イカの水そうは天井が一部覆われていて、上から見えない所がありました。そのため、体を背ける行動は、すべての回で記録できたわけではありません。論文も「さらに調べる必要がある」と書いています。
04長く待てたイカほど、別の学習テストも少ない回数で覚えた
チームは、同じ6匹にもう1つのテストをしました。明るさの違う2つの板のうち、正しいほうを選ぶとごほうびがもらえます。イカは平均27回の挑戦で、どちらが当たりかを覚えました。
そのあと、当たりの板を入れかえます。イカは前のルールを捨てて、新しいルールを覚えなければなりません。こちらは、覚えるまでに平均46回かかりました。
2つのテストの結果を、待てた時間と並べてみました。すると、長く待てたイカほど、どちらのテストも早く覚えていました。人やチンパンジーでは、自制心(がまんする力)と頭のよさが結びつくことが知られています。論文は、霊長類(サルや類人猿の仲間)以外の動物で、自制心と学習の結びつきを示したのは初めてだと書いています。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
コウイカは、がまんする力が育つと考えられてきた条件を1つも持っていない
自制心は、どんな動物で発達するのでしょう。これまでの研究では、類人猿やカラス、オウムで、高い自制心が見つかってきました。なぜこれらの動物で発達したのかについては、いくつかの説があります。
1つめは、長生きで体の大きい動物は待てる、という説です。2つめは、仲間と協力する動物は、目の前の得をがまんする必要がある、という説です。3つめは、食べ物を蓄える動物や、道具を使う動物で発達した、という説です。
ところが、類人猿もカラスも、これらの条件をいくつも同時にもっています。そのため、どの条件が本当の理由なのかを、分けて調べることができません。
コウイカは、どの条件にも当てはまりません。体の中でエネルギーを使う速さ(代謝)が速く、寿命は普通2年より短いのです。協力する必要のない、単純な社会で暮らしています。道具も使わず、食べ物も蓄えません。それでもコウイカは待てました。論文は、コウイカの自制心は狩りの仕方から生まれたのかもしれない、と考えています。
コウイカの「待つ力」は、じっと隠れて獲物を待ち伏せする暮らしから育ったのかもしれない
野生のコウイカは、長い時間じっと動かずに、周りの色に溶け込んで休んでいます。そして、ときどき短い時間だけ外に出て、狩りをします。待ち伏せで獲物を襲うなら、獲物にじゅうぶん近づいてからのほうが、成功しやすいはずです。そのため、待つ力が狩りに役立ったのかもしれません。
論文は、もう1つの可能性もあげています。周りに溶け込んでじっとしている暮らしのために進化した性質が、ついでに「待つ力」も生んだ、という考えです。論文はこれを、別の性質が進化したことで、ついでに生まれた「副産物」と呼んでいます。
調べたのが6匹だけなど、この実験には限界もある
著者たちは、実験の弱点も正直に書いています。まず、調べたイカは6匹だけです。また、この実験では、同じ待ち時間を何度も繰り返してから、次の長さに進みました。この繰り返しで慣れたことが、イカの成績を上げたのかもしれません。ただし、繰り返しによる上達は、はっきりとは見られませんでした。
さらに、2つのテストのどちらにも、「マークとえさを結びつけて覚える学習」が入っています。そのため、テストで測ったのが、がまんする力そのものなのか、マークの意味をどれだけしっかり覚えたかなのかを、完全には分けられません。
「長く待てた子は、のちに成績がよい」という結びつきは、あとの大きな調査ではずっと小さかった
人の子どものマシュマロ・テストにも、続きがあります。1989年、ミシェルらは科学誌「サイエンス」で、次のように報告しました。4歳で長く待てた子どもは、思春期に勉強の成績がよく、ストレスにも強かったというのです。
しかし、この追跡調査は、少ない人数にもとづいていました。最初は600人以上の子どもが参加しました。ところが、ある追跡調査で連絡がとれたのは、653人中185人だけでした。「待てた時間と、のちの成績の結びつき」を示す数字は、35〜89人のデータから出されたものです。
2018年、ワッツ(Tyler Watts)らは、アメリカ各地の918人のデータで確かめ直しました。母親が大学を出ていない552人を中心に分析すると、待てた時間と15歳の成績の結びつきは、元の研究の半分ほどでした。家庭環境などを考えに入れると、結びつきは、さらに3分の2ほど小さくなりました。15歳での行動との結びつきは、もっと小さいものでした。「待てる子は成功する」という有名な話は、そのままでは言えないのです。
「何を測れば自制心と言えるのか」は、まだ議論が続いている
シュネルらは2022年、カケス10羽でも、待つ力と知能テストの成績が結びつくことを示しました。
一方、2025年にはダンバー(Robin Dunbar)らが、別の見方を出しています。ダンバーらは、まず霊長類のデータを分析しました。そして、「がまんのテスト」と呼ばれてきた課題には、中身の違うものが混ざっていると指摘しました。さらに、哺乳類と鳥のデータから、先を見越してがまんする力は、サルの仲間(真猿類)だけが持つものだと主張しています。この論文は、イカを調べたものではありません。それでも、「何を測れば自制心と言えるのか」という問いは、イカの実験にも当てはまります。
05まとめ
コウイカは、好物の生きた小エビのために、目の前の切り身を最長130秒がまんしました。小エビが「待っても取れない」ときは、すぐにあきらめて切り身を食べました。つまりコウイカは、待てば小エビがもらえるかどうかを見分けて、待っていたことになります。
長く待てたイカほど、別の学習テストも少ない回数で覚えました。コウイカは、寿命が2年もない生き物です。そのコウイカが、長いものでは2分以上もじっとがまんしました。そのあいだ、イカは目の前のえさから体を背けていたのです。
人に話すなら、こう言おう
イカにマシュマロ・テストみたいな実験をしたら、好物のエビのために最長130秒もがまんしたんだって。しかも、待つあいだ、目の前のえさから体を背けてたらしいよ。
英語で読む
The Cuttlefish That Could Wait
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In a water tank, there are two small rooms with clear doors.水そうの中に、透明な扉のついた小部屋が二つあります。 One room has a piece of dead prawn, and the other has a live shrimp.片方の部屋にはエビの切り身が、もう片方には生きた小エビが入っています。 A cuttlefish, a sea animal like a squid, loves the live shrimp.イカの仲間の海の生き物、コウイカは、生きた小エビが大好きです。 But the door to the shrimp opens only after a wait.でも、小エビの部屋の扉は、しばらく待たないと開きません。
In 2021, scientists tested six young cuttlefish this way at a lab in the United States.2021年、科学者たちはアメリカの研究所で、この方法で6匹の若いコウイカを調べました。 The idea came from the famous marshmallow test for children.このアイデアは、子どもを対象にした有名なマシュマロ・テストから来ています。 In that test, a child tries not to eat a sweet.そのテストでは、子どもがお菓子を食べないようにがまんします。 If a cuttlefish went to the prawn, the shrimp was taken away.コウイカが切り身のほうへ行くと、小エビは片づけられてしまいました。
The cuttlefish waited.コウイカは待ちました。 The scientists made the wait longer and longer, 10 seconds at a time.科学者たちは、待ち時間を10秒ずつ、どんどん長くしていきました。 Some cuttlefish gave up at 50 seconds, but the best waited 130 seconds.50秒であきらめたイカもいましたが、いちばん長いイカは130秒待ちました。 While they waited, some turned their bodies away from the prawn.待っているあいだ、切り身から体をそむけるイカもいました。
The cuttlefish were not just slow.コウイカは、ただのんびりしていたわけではありません。 When the shrimp could never come out, they quickly ate the prawn.小エビが絶対に出てこないときは、すぐに切り身を食べました。 They waited only when waiting would bring a better meal.待てばもっといい食事がもらえるときだけ、待ったのです。 The team also gave them a learning test.研究チームは、イカたちに学習のテストもしました。 The cuttlefish that waited longer learned faster.長く待てたイカほど、速く覚えました。
Why can cuttlefish wait?なぜコウイカは待てるのでしょう。 They do not need to work with others, and they usually live less than two years.彼らは仲間と協力する必要がなく、ふつう2年も生きません。 But in the sea, they often stay still and hide.でも海の中では、よくじっと動かずに隠れています。 Then they attack when food comes close.そして、えさが近づいてきたときに襲いかかります。 For a hunter like this, patience may be a very useful skill.こんな狩りをする動物にとって、がまん強さはとても役に立つ力なのかもしれません。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B How cuttlefish waited for better food
第3段落でコウイカが待ち、第4段落で待てばよい食事がもらえるときだけ待ったと書かれているので正解はB。Cのマシュマロ・テストは第2段落で実験の元として出てくるだけ。
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Q2How long did the best cuttlefish wait?
いちばん長く待ったコウイカは、どれくらい待ちましたか。
正解:D 130 seconds
第3段落3文目に the best waited 130 seconds とあるので正解はD。Bの50秒は、早くあきらめたイカの時間。
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Q3What did the cuttlefish do when the shrimp could never come out?
小エビが絶対に出てこないとき、コウイカはどうしましたか。
正解:A They quickly ate the prawn.
第4段落2文目に When the shrimp could never come out, they quickly ate the prawn とあるので正解はA。Bは、待てば小エビがもらえるときの行動。
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Q4In paragraph 5, the word "patience" is closest in meaning to
第5段落の patience に最も意味が近いのはどれですか。
正解:B the ability to wait calmly
第5段落で、じっと隠れてえさが近づくのを待つ狩りの話のあとに patience が出てくるので、「落ち着いて待つ力」のBが正解。Aの速さは、待つこととは反対の意味に近い。
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Q5Which is true about the story?
この話の内容と合っているのはどれですか。
正解:C The cuttlefish that waited longer learned faster.
第4段落5文目に The cuttlefish that waited longer learned faster とあるので正解はC。Aは誤りで、第2段落1文目のとおり調べたのは6匹。Dは第5段落2文目「仲間と協力する必要がない」と合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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cuttlefish名詞コウイカ
A cuttlefish can change the color of its skin.
コウイカは皮ふの色を変えることができる。
💡 fish とつくが魚ではない。複数形も cuttlefish のままが多い。
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shrimp名詞小エビ
We had fried shrimp for dinner.
夕食にエビフライを食べた。
💡 大きなエビは prawn や lobster。複数形も shrimp のままが多い。
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tank名詞水そう、タンク
There are three goldfish in the tank.
水そうには金魚が3匹いる。
💡 fish tank(魚の水そう)。戦車やガソリンタンクの意味もある。
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give up動詞句あきらめる
Do not give up before you try.
やってみる前にあきらめてはいけない。
💡 give up ~ing で「~するのをやめる」。give up smoking(たばこをやめる)。
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turn away動詞句顔・体をそむける
She turned away from the scary scene.
彼女はこわい場面から顔をそむけた。
💡 turn away from ~ で「~から目をそらす」。人を「追い返す」の意味もある。
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hide動詞隠れる、隠す
The cat likes to hide under the bed.
そのネコはベッドの下に隠れるのが好きだ。
💡 活用は hide - hid - hidden。hide-and-seek(かくれんぼ)。
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attack動詞襲う、攻撃する
The lion attacked a zebra.
ライオンはシマウマを襲った。
💡 名詞でも同じ形。heart attack(心臓発作)。
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patience名詞忍耐、がまん強さ
Fishing needs a lot of patience.
釣りにはたくさんのがまん強さが必要だ。
💡 形容詞は patient(がまん強い)。名詞の patient は「患者」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 27件)。
- Schnell, A. K., Boeckle, M., Rivera, M., Clayton, N. S., Hanlon, R. T. (2021) Cuttlefish exert self-control in a delay of gratification task, Proceedings of the Royal Society B 288:20203161doi.org
- Mischel, W., Shoda, Y., Rodriguez, M. I. (1989) Delay of gratification in children, Science 244:933-938doi.org
- Watts, T. W., Duncan, G. J., Quan, H. (2018) Revisiting the Marshmallow Test, Psychological Science 29:1159-1177doi.org
- Schnell, A. K., Boeckle, M., Clayton, N. S. (2022) Waiting for a better possibility: delay of gratification in corvids and its relationship to other cognitive capacities, Philosophical Transactions of the Royal Society Bdoi.org
- Dunbar, R. I. M., Shultz, S. (2025) Self-control has a social role in primates, but not in other mammals or birds, Scientific Reports 15doi.org
公式ページで見てみよう
- Cuttlefish exert self-control in a delay of gratification task(論文全文・PMC)pmc.ncbi.nlm.nih.gov
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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