
アリが円になって死ぬまで回る「死の渦」は、実際に記録されている
有名な記録は、直径10cmの小さな輪だった。
もくじ
1936年9月4日の朝7時半。パナマの島にある研究所で、料理人のローザが、興奮したようすで、ある生物学者を呼びました。図書館の前のセメントの歩道で、アリが輪になって回っていたのです。
数百匹の小さな黒いアリが、同じ方向にぐるぐる回っていました。輪の外側の直径は10〜11.5cmほど。手のひらに乗るくらいの大きさです。真ん中には、動かないアリが小さくかたまっていました。
呼ばれた生物学者は、アメリカ自然史博物館のシュネイラ(T. C. Schneirla)です。彼はこの輪を、翌朝まで何度も見に行って記録しました。シュネイラの記録は、1944年に論文になりました。アリが輪になって回り続ける「アリの死の渦」を、時間を追ってくわしく書いた記録です。
この記事では、まずシュネイラが記録した輪のようすを、時間の順に追います。次に、アリたちがなぜ輪から抜け出せなかったのかを、アリの歩き方から説明します。
011936年9月4日の朝、研究所の歩道で、数百匹のアリが輪になって回っていた
場所は、パナマ運河の中にあるバロ・コロラド島です。熱帯の森が残る島で、研究所が置かれていました。
輪をつくっていたのは、グンタイアリの仲間の一種でした。グンタイアリは、仮の巣を次々に移しながら、大群で狩りをするアリです。前の日、この種の群れが研究所の敷地を通って狩りをしていました。
輪は、反時計回りに回っていました。ときどき、反対向きに走り出すアリもいました。でもそのアリは、流れてくるアリと正面からぶつかり合ううちに、すぐ流れと同じ向きにもどされました。
シュネイラは朝8時15分に、いったん森の調査に出かけました。昼に見ると、輪は直径14〜15cmに広がっていました。真ん中のかたまりは消えていました。
02雨が降ると、アリの輪は回りながら、ぬれない場所へ移動した
昼12時15分、雨が降り始めました。輪のほとんどは、建物の広いひさしの下にあり、雨が当たりませんでした。でも、建物から遠い側には、雨のしぶきが当たります。雨の当たる側に来たアリは、ためらいます。それでも、後ろから押されて前へ進みます。
雨が降っても、アリは回るのをやめませんでした。午後2時に見ると、輪はぬれた場所をさけ、建物側へ15cm移動していました。まっすぐ移動したのではなく、回りながら少しずつずれていったのです。
午後3時40分には、約60匹が輪から抜け出していました。でも、そのアリたちも、まわりをばらばらにさまようだけでした。
夜8時半、輪は2つに分かれていました。どちらも、やはり反時計回りです。夜10時にも、2つの輪はゆっくり回っていました。
03翌朝には、ほとんどのアリが死んでいた
9月5日の朝6時半。歩道には、死んだアリと死にかけたアリが散らばっていました。生き残った3ダース(約36匹)ほどが、直径7cmほどの小さな輪で、まだゆっくり回っていました。
7時半には、立っているアリはほとんどいませんでした。近所にすむ別の種類の小さなアリたちが、死がいを運んでいました。
シュネイラは、アリたちは乾燥で死んだと考えました。乾いたセメントの上で、24時間以上ほとんど休まず回り続けたからです。雨のたびにぬれた場所をさけていなければ、もっと長く生きられたかもしれない、とも書いています。

では、なぜ研究所の歩道に、アリの一団がいたのでしょうか。前の日の午後3時前、1時間ちょっとで約28mm(1.12インチ)の大雨が降っていました。狩りの途中だった一団が、雨で群れへの帰り道を失ったのだろう、とシュネイラは推定しています。
04グンタイアリは、仲間がつけたにおいの道をたどって歩く
グンタイアリは、仲間が残したにおいの道をたどって歩きます。においの道とは、アリが地面につけた化学物質(フェロモン)の跡です。シュネイラによると、この道は大雨が何度降っても、しばらく残りました。
生まれたばかりの働きアリは、すぐには道をたどれません。上手になるまで、4〜5日かかります。群れから離して5日間育てたアリは、道の上でうまく動けませんでした。群れの中で仲間のにおいに慣れることが大事なのだろう、とシュネイラは考えました。
においの道をたどる性質は、狩りではとても役に立ちます。狩りの列の先は、巣から150〜200mにもなります。列の先頭にいるのは、1匹のリーダーではありません。たくさんのアリが交代で、数cmずつ道をのばしていくのです。
ところが、においの道が丸くつながってしまうと、困ったことが起きます。前のアリについていくだけのアリたちは、同じ円をいつまでも回り続けることになります。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
アリの輪は、押し合い・におい・勢いの3つの力で保たれていた
シュネイラは、輪が回り続けるしくみを3つの力で説明しました。
1つ目は、仲間に押される力(圧力)です。グンタイアリは、強くぶつかられると、ぶつかった側から離れる向きに曲がります。正面からぶつかられると、向きを反対にします。そのため、反対向きに走るアリは、まわりに押されて流れにそろえられます。輪がずっと反時計回りだったのは、この力のためだと考えられます。
2つ目は、においの道や、前や横の仲間にふれることで、そちらへ引きよせられる力です。アリは、仲間のにおいがする側、軽くふれている側へ曲がります。
3つ目は遠心力です。カーブを走るアリは、勢いで円の外へ飛び出しそうになります。
シュネイラは、この3つの力がつり合うことで、輪の形が保たれたと考えました。
アリの輪は、においの道をなぞっていただけではなかった
ただし、シュネイラは「アリは丸いにおいの道をなぞっていただけ」とは考えませんでした。輪は12時間たらずで約30cmも移動していたからです。においの道が同じ場所にあるだけなら、輪は動かないはずです。
一方で、アリがにおいの輪に反応していた証拠もありました。輪の一部をきれいな布でこすると、アリの流れが一時的に乱れたのです。シュネイラは、においの道、押し合い、勢いという、いくつもの力がからみ合って輪ができていた、と結論しています。
実験室でも、ガラスびんを使ってアリの円い列を作れた
シュネイラは実験室でも、円い列を作ってみせました。テーブルのふちを走るアリの列の近くに、直径10〜25cmのガラスびんを置きます。びんに軽くふれたアリは、びんのまわりを回り始め、やがて円い列ができました。
ただし、強くぶつかったアリは、逆にびんから離れました。つまり、アリがびんのまわりを回るか、びんから離れるかを決めていたのは、ふれたものの種類ではなく、ふれ方の強さだったのです。
これより前の1910年、アリ研究者のホイーラー(Wheeler)も、飼っていたグンタイアリがガラスびんの底のまわりを46時間回り続けたと記録しています。彼は「本能の限界」を示す例だと書きました。
死の渦は、大群で狩りをする暮らしの副作用だという見方
2003年、ブレイディ(Seán Brady)の研究で、グンタイアリの仲間は約1億500万年前の共通の祖先から生まれたらしいと分かりました。グンタイアリの仲間には、3つの性質がそろっています。群れで狩りをすること、巣を移動すること、羽のない女王が大量の卵を産むことです。どの種も、この3つがそろった暮らしを捨てていません。
この結果を受けて、フランスの研究者デルシュク(Frédéric Delsuc)は、アリの死の渦を「代償」と呼びました。代償とは、よいものを手に入れるかわりに、はらわなければならないもののことです。グンタイアリは、ひとりではうまく狩りができません。仲間のにおいを信じて大群で動く作戦で、熱帯の森の強い狩人になりました。その作戦の副作用として、ときどき死の渦が起きる、という見方です。
同じ2003年、クーザン(Couzin)とフランクス(Franks)は、アリの動き方の単純なルールから、狩りの道に渋滞の少ない車線ができることを示しました。デルシュクによると、死の渦の円い行進も、アリどうしが直接ふれ合うだけの単純なルールから生まれる「自己組織化」の結果です。自己組織化とは、1匹1匹は単純に動くだけなのに、全体として形や流れが生まれることです。
05まとめ
「アリの死の渦」の有名な記録は、パナマの研究所の歩道にできた、直径10cmほどの輪でした。数百匹のグンタイアリが、雨をよけて場所を変えながら、24時間以上回り続けました。
アリたちは、仲間のにおいと、体のふれ合いと、走る勢いにしたがって動いていただけです。翌朝その死がいを片づけていたのは、近所にすむ別の種類のアリでした。
人に話すなら、こう言おう
アリが円になってぐるぐる回り続ける「死の渦」って、有名な記録だと直径10cmくらいの小さな輪なんだって。雨が降ると、ぬれない方へ輪ごと移動しながら、丸一日以上回ってたらしいよ。
英語で読む
The Ants That Walked in a Circle
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
On the morning of September 4, 1936, a cook named Rosa saw something strange at a science station in Panama.1936年9月4日の朝、ローザという料理人が、パナマの研究所で奇妙なものを見つけました。 In front of the library, hundreds of small black ants were walking in a circle.図書館の前で、数百匹の小さな黒いアリが輪になって歩いていたのです。 The circle was only about 10 centimeters wide.その輪の大きさは、直径10cmほどしかありませんでした。
Rosa called a scientist, T. C. Schneirla.ローザは、T・C・シュネイラという科学者を呼びました。 He came back many times that day to watch them.彼はその日、何度も戻ってきてはアリを観察しました。 The ants went around and around, always in the same direction.アリたちは、いつも同じ向きに、ぐるぐると回り続けました。 When rain began, the whole circle slowly moved to a dry place under the roof.雨が降り始めると、輪全体がゆっくりと屋根の下の乾いた場所へ動きました。 But the ants did not stop.それでもアリたちは止まりませんでした。
These were army ants, which hunt in large groups.これはグンタイアリという、大きな群れで狩りをするアリでした。 They follow a chemical trail, a kind of smell path, left by other ants.彼らは、ほかのアリが残した化学物質の道、つまり「においの道」をたどります。 They also follow the ants that touch them.また、体にふれる仲間のアリにもついていきます。 The day before, heavy rain probably cut this group off from the main colony.前の日の大雨で、この一団はおそらく群れの本隊から切り離されたのです。 So the trail became a circle, and every ant followed the ant in front.そのため道が円になり、どのアリも前のアリについていきました。
The next morning, most of the ants were dead.次の朝、アリのほとんどは死んでいました。 They had walked for more than 24 hours on the dry walk.彼らは乾いた歩道の上を、24時間以上歩き続けていたのです。 Schneirla thought they died because they dried out.シュネイラは、アリたちは乾いて死んだのだと考えました。 Other small ants from the area were carrying the bodies away.近くにすむ別の小さなアリたちが、死がいを運び去っていました。
Today, scientists call this an ant mill.今日、科学者たちはこれを「アリの渦(アント・ミル)」と呼びます。 Army ants cannot hunt well alone, so they trust their group.グンタイアリはひとりではうまく狩りができないので、群れを信じて動きます。 Most of the time, this habit makes them strong hunters.ほとんどの場合、この習性のおかげで彼らは強い狩人になれます。 But once in a while, following the leader can lead nowhere.でもときどき、前の者についていくことが、どこにもたどり着かない道になってしまうのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C Why some ants walked in a circle until they died
第1段落でアリの輪が見つかり、第3段落で理由、第4段落でアリが死んだことが書かれているので正解はC。Aの料理人ローザは発見者として出てくるだけ。
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Q2How wide was the circle of ants at first?
最初、アリの輪の大きさはどれくらいでしたか。
正解:A About 10 centimeters
第1段落3文目に The circle was only about 10 centimeters wide とあるので正解はA。24という数字は、アリが歩き続けた時間(24時間以上)で、長さではない。
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Q3What happened when the rain began?
雨が降り始めたとき、何が起きましたか。
正解:B The circle moved to a dry place.
第2段落4文目に the whole circle slowly moved to a dry place under the roof とあるので正解はB。Cは誤りで、アリはいつも同じ向きに回っていた(第2段落3文目)。
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Q4In paragraph 3, the phrase "cut this group off" means the rain
第3段落の cut this group off は、雨が何をしたという意味ですか。
正解:C separated the group from the others
第3段落4文目は、大雨でこの一団が群れの本隊(main colony)から離れたという意味なので正解はC。Dは cut の文字どおりの意味だが、ここでは「切り離す」の意味で使われている。
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Q5Which is true about army ants in the story?
この話のグンタイアリについて正しいものはどれですか。
正解:B They follow smell paths and other ants.
第3段落2・3文目に、においの道(chemical trail)と、ふれる仲間についていくと書かれているので正解はB。Aは第5段落2文目「ひとりではうまく狩りができない」と合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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circle名詞円、輪
The children sat in a circle on the floor.
子どもたちは床に輪になって座った。
💡 in a circle(輪になって)。動詞で「ぐるりと回る」の意味もある。
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army名詞軍隊
My grandfather was in the army for two years.
祖父は2年間、軍隊にいた。
💡 army ant(グンタイアリ)は、軍隊のように大群で動くことから。
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chemical形容詞・名詞化学の、化学物質
Do not touch these chemicals with your hands.
これらの化学物質に手でさわってはいけない。
💡 chemistry(化学)の形容詞。名詞では「化学物質」。
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trail名詞(通った)跡、小道
We walked along a mountain trail.
私たちは山道を歩いた。
💡 動物が残した跡にも使う。follow a trail(跡をたどる)。
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colony名詞(アリなどの)群れ、集団
A colony of bees lives in that tree.
あの木にはハチの群れがすんでいる。
💡 人間の「植民地」の意味もある。アリやハチの群れ全体を指す。
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dry out動詞句乾ききる、ひからびる
Water the plant, or it will dry out.
植物に水をやりなさい。そうしないと、ひからびてしまう。
💡 dry だけより「すっかり乾く」感じが強い。
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habit名詞習慣、くせ
Reading before bed is a good habit.
寝る前の読書はよい習慣だ。
💡 動物の決まった行動にも使う。break a habit(くせをやめる)。
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once in a while副詞句ときどき、たまに
I eat cake once in a while.
私はたまにケーキを食べる。
💡 sometimes より回数が少ない感じ。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 29件)。
- Schneirla, T. C. (1944) A unique case of circular milling in ants, considered in relation to trail following and the general problem of orientation, American Museum Novitates 1253(アメリカ自然史博物館)hdl.handle.net
- Delsuc, F. (2003) Army ants trapped by their evolutionary history, PLoS Biology 1:e37doi.org
- Brady, S. G. (2003) Evolution of the army ant syndrome, PNAS 100:6575-6579doi.org
- Couzin, I. D., Franks, N. R. (2003) Self-organized lane formation and optimized traffic flow in army ants, Proceedings of the Royal Society B 270:139-146doi.org
公式ページで見てみよう
- Schneirla (1944) 原論文PDF(アメリカ自然史博物館デジタルライブラリー)hdl.handle.net
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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