脳と心理ビミョー

思い出すたびに、記憶は"いったん溶けて"作り直されていた。怖い記憶を弱める「再固定化」研究

思い出すたびに、記憶は"いったん溶けて"作り直されていた。怖い記憶を弱める「再固定化」研究

読む前に予想してみよう!

一度しっかり固まった記憶は、思い出しても変化しない

研究カード(どんな研究?)
対象
ラット・健康な成人
規模
数十人規模の実験が中心
研究の種類
動物実験・ヒトの実験・総説
確かさ
★★★☆☆
3秒でわかる

思い出した直後の記憶は不安定になり、作り直される。この性質で怖い記憶を弱める研究が進むが、人での結果は一貫していない。

ひとことで言うと記憶は思い出すたびに「上書き保存」されているのかもしれない!

もくじ
  1. 思い出した直後に"作り直し"を邪魔すると……
  2. 人の「怖い記憶」も弱められる?
  3. どんでん返し:人では「うまくいかない」ことも多い
  4. まとめ

記憶はよく、パソコンの「保存ファイル」にたとえられます。一度保存したら、開いても中身は変わらない——そう思っていませんか?

ところが脳の記憶は、どうも違うようです。思い出すたびに、記憶はいったん"やわらかく"なり、もう一度保存し直されている。そんな驚きの発見が、2000年に報告されました。

01思い出した直後に"作り直し"を邪魔すると……

新しい記憶は、しばらくのあいだ不安定で、脳の中でタンパク質が作られることでしっかり固まる(固定化)と考えられていました。一度固まれば、もう安定——というのが常識でした。

しかも——

  • 思い出させずに薬を入れた場合は、記憶はそのまま残った
  • 思い出させてから6時間後に薬を入れても、記憶は消えなかった
  • 覚えてから14日後の古い記憶でも、同じことが起きた

つまり、思い出した直後の数時間、記憶は再び不安定になり、作り直し(再固定化)が必要になるらしいのです。

思い出すたびに、記憶はいったん取り出され、少し形を変えて戻される?
思い出すたびに、記憶はいったん取り出され、少し形を変えて戻される?

02人の「怖い記憶」も弱められる?

この発見は、つらい記憶に苦しむ人の治療につながるかもしれない、と大きな期待を集めました。

2009年、オランダのキント(Kindt)さんらは、人に「ある写真を見ると不快な刺激が来る」と学習させた後、記憶を思い出させる前に、血圧の薬としても使われるプロプラノロールを飲ませました。すると翌日、驚いたときの体の恐怖反応が見られなくなりました。

2010年には、アメリカのシラー(Schiller)さんらが、薬を使わない方法を報告しています。怖い記憶を一度思い出させ、その10分後に「もう怖いことは起きない」という経験(消去訓練)をさせると、恐怖反応が戻りにくくなり、その効果は少なくとも1年続いた人もいました。思い出させてから6時間後では、この効果はありませんでした。

03どんでん返し:人では「うまくいかない」ことも多い

ところが、その後の研究では再現できない結果も少なくありませんでした。

2018年、キントさんら自身がまとめた総説によると、再固定化と一致する観察はたくさんある一方で、結果の食い違いも多く、「本当に再固定化が起きている」とは言い切れない部分が残っています。

  • 思い出させ方が弱すぎても強すぎても、記憶は不安定にならないらしい
  • 実験室の単純な記憶と、現実のつらい体験の記憶は大きく違う
  • 「記憶が消えた」のか「一時的に出てこないだけ」なのかの区別が難しい

04まとめ

記憶は、一度保存したら終わりのファイルではありませんでした。思い出すたびに、いったん不安定になり、作り直されている——少なくとも動物では、そう考えられています。

その仕組みで、つらい記憶を和らげられる日が来るかもしれません。でも人での研究は、まだ道半ば。期待しつつ、慎重に見守りたいテーマです。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIt was once believed that a memory, after it has been fixed in the brain, stays stable. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

It was once believed that a memory, after it has been fixed in the brain, stays stable. In 2000, however, researchers in New York trained rats to expect an electric shock after a sound. Days later, they played the sound to bring back the memory and immediately put a drug that stops protein production into the amygdala, a fear center.

The rats no longer showed fear. When the drug was given without recalling the memory, or six hours afterward, the fear remained. This suggests that a recalled memory becomes unstable for a few hours and must be stored again. Researchers hope this could help people with painful memories, but results in humans have not been consistent.

116 words ・ CEFR B1

和訳を見る

かつては、記憶はいったん脳に定着すると安定したままだと信じられていました。しかし2000年、ニューヨークの研究者たちは、ラットに音の後に電気ショックが来ると予測するよう学習させました。数日後、音を聞かせて記憶を呼び起こし、その直後に、恐怖の中枢である扁桃体へタンパク質の合成を止める薬を入れました。

するとラットは恐怖を示さなくなりました。記憶を思い出させずに薬を与えた場合や、6時間後に与えた場合は、恐怖は残りました。このことは、思い出された記憶は数時間不安定になり、もう一度保存されなければならないことを示しています。研究者たちは、これがつらい記憶を持つ人の助けになることを期待していますが、人での結果は一貫していません。

4択リーディングクイズ

Q1. In which case did the rats lose their fear?

Q2. What does the drug used in the experiment do?

Q3. What is the writer's attitude toward using this finding for people?

重要単語

  • reconsolidationC1
    名詞再固定化Reconsolidation may let us update old memories. re-(再び)+consolidation(固定化・強化)。consolidate は「(地位・記憶などを)固める」。
  • retrieveC1
    動詞(記憶を)呼び起こすRetrieving a memory can make it unstable. 名詞 retrieval。犬の retriever(獲物を取ってくる犬)と同語源。「取り戻す」が原義。
  • unstableB2
    形容詞不安定なThe memory was unstable for a few hours. un-+stable。同義の fragile(壊れやすい)も研究英語で頻出。
  • extinctionC1
    名詞消去(学習で反応を弱めること)Extinction training reduces fear responses. 一般には「絶滅」の意味。心理学では「条件づけられた反応が消えていくこと」。多義語として注意。
  • amygdalaC1
    名詞扁桃体The amygdala is involved in fear. ギリシャ語で「アーモンド」。形が似ていることから。恐怖・情動の中枢として頻出。
  • replicateC1
    動詞(実験結果を)再現するOther labs could not replicate the result. 名詞 replication。replication crisis「再現性の危機」は近年の科学論の重要語。

4コマでわかる

思い出すたびに、記憶は"いったん溶けて"作り直されていた。怖い記憶を弱める「再固定化」研究の4コマ漫画
記憶は一度できたら固まるもの、と思われていた。でもネズミの実験で、思い出した直後に脳のタンパク質合成を止めると、その記憶が消えたらしい。思い出すたびに記憶は「作り直されている」? 人での応用は、まだ論争中。

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出典・参考文献(4件)タップで表示
  1. Nader, Schafe & LeDoux (2000) Fear memories require protein synthesis in the amygdala for reconsolidation after retrieval, Naturedoi.org
  2. Kindt, Soeter & Vervliet (2009) Beyond extinction: erasing human fear responses and preventing the return of fear, Nature Neurosciencedoi.org
  3. Schiller et al. (2010) Preventing the return of fear in humans using reconsolidation update mechanisms, Naturedoi.org
  4. Elsey, Van Ast & Kindt (2018) Human memory reconsolidation: A guiding framework and critical review of the evidence, Psychological Bulletindoi.org