思い出すたびに、記憶は"いったん溶けて"作り直されていた。怖い記憶を弱める「再固定化」研究

読む前に予想してみよう!
一度しっかり固まった記憶は、思い出しても変化しない
動物実験では、思い出した直後の記憶が一時的に不安定になり、作り直し(再固定化)が必要になることが示された。
- 対象
- ラット・健康な成人
- 規模
- 数十人規模の実験が中心
- 研究の種類
- 動物実験・ヒトの実験・総説
- 確かさ
- ★★★☆☆
思い出した直後の記憶は不安定になり、作り直される。この性質で怖い記憶を弱める研究が進むが、人での結果は一貫していない。
ひとことで言うと記憶は思い出すたびに「上書き保存」されているのかもしれない!
記憶はよく、パソコンの「保存ファイル」にたとえられます。一度保存したら、開いても中身は変わらない——そう思っていませんか?
ところが脳の記憶は、どうも違うようです。思い出すたびに、記憶はいったん"やわらかく"なり、もう一度保存し直されている。そんな驚きの発見が、2000年に報告されました。
01思い出した直後に"作り直し"を邪魔すると……
新しい記憶は、しばらくのあいだ不安定で、脳の中でタンパク質が作られることでしっかり固まる(固定化)と考えられていました。一度固まれば、もう安定——というのが常識でした。
しかも——
- 思い出させずに薬を入れた場合は、記憶はそのまま残った
- 思い出させてから6時間後に薬を入れても、記憶は消えなかった
- 覚えてから14日後の古い記憶でも、同じことが起きた
つまり、思い出した直後の数時間、記憶は再び不安定になり、作り直し(再固定化)が必要になるらしいのです。

02人の「怖い記憶」も弱められる?
この発見は、つらい記憶に苦しむ人の治療につながるかもしれない、と大きな期待を集めました。
2009年、オランダのキント(Kindt)さんらは、人に「ある写真を見ると不快な刺激が来る」と学習させた後、記憶を思い出させる前に、血圧の薬としても使われるプロプラノロールを飲ませました。すると翌日、驚いたときの体の恐怖反応が見られなくなりました。
2010年には、アメリカのシラー(Schiller)さんらが、薬を使わない方法を報告しています。怖い記憶を一度思い出させ、その10分後に「もう怖いことは起きない」という経験(消去訓練)をさせると、恐怖反応が戻りにくくなり、その効果は少なくとも1年続いた人もいました。思い出させてから6時間後では、この効果はありませんでした。
03どんでん返し:人では「うまくいかない」ことも多い
ところが、その後の研究では再現できない結果も少なくありませんでした。
2018年、キントさんら自身がまとめた総説によると、再固定化と一致する観察はたくさんある一方で、結果の食い違いも多く、「本当に再固定化が起きている」とは言い切れない部分が残っています。
- 思い出させ方が弱すぎても強すぎても、記憶は不安定にならないらしい
- 実験室の単純な記憶と、現実のつらい体験の記憶は大きく違う
- 「記憶が消えた」のか「一時的に出てこないだけ」なのかの区別が難しい
04まとめ
記憶は、一度保存したら終わりのファイルではありませんでした。思い出すたびに、いったん不安定になり、作り直されている——少なくとも動物では、そう考えられています。
その仕組みで、つらい記憶を和らげられる日が来るかもしれません。でも人での研究は、まだ道半ば。期待しつつ、慎重に見守りたいテーマです。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIt was once believed that a memory, after it has been fixed in the brain, stays stable.
音声
4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Many people think a memory is like a saved computer file. But the brain may work differently. In 2000, scientists taught rats to fear a sound.
Later, the rats heard the sound again and remembered their fear. Right after that, the scientists gave them a drug in the brain. After that, the rats were not afraid of the sound anymore. When we remember something, the memory may become soft and be saved again.
73 words ・ CEFR A2
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多くの人は、記憶は保存されたコンピューターのファイルのようなものだと考えています。しかし、脳は違う働き方をしているのかもしれません。2000年、科学者たちはラットにある音を怖がるように教えました。
その後、ラットはもう一度その音を聞き、恐怖を思い出しました。その直後、科学者たちはラットの脳に薬を入れました。すると、ラットはもうその音を怖がらなくなりました。私たちが何かを思い出すとき、記憶はやわらかくなり、もう一度保存されるのかもしれません。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
思い出すと記憶がやわらかくなり保存し直される、というのが中心なので A。
Q2. When did the scientists give the rats the drug?
Right after that(=音を聞いて恐怖を思い出した直後)に薬を入れたので B。
Q3. In this passage, "afraid of" means ...
be afraid of ~ は「~を怖がる」で scared of と同じ意味なので D。
It was once believed that a memory, after it has been fixed in the brain, stays stable. In 2000, however, researchers in New York trained rats to expect an electric shock after a sound. Days later, they played the sound to bring back the memory and immediately put a drug that stops protein production into the amygdala, a fear center.
The rats no longer showed fear. When the drug was given without recalling the memory, or six hours afterward, the fear remained. This suggests that a recalled memory becomes unstable for a few hours and must be stored again. Researchers hope this could help people with painful memories, but results in humans have not been consistent.
116 words ・ CEFR B1
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かつては、記憶はいったん脳に定着すると安定したままだと信じられていました。しかし2000年、ニューヨークの研究者たちは、ラットに音の後に電気ショックが来ると予測するよう学習させました。数日後、音を聞かせて記憶を呼び起こし、その直後に、恐怖の中枢である扁桃体へタンパク質の合成を止める薬を入れました。
するとラットは恐怖を示さなくなりました。記憶を思い出させずに薬を与えた場合や、6時間後に与えた場合は、恐怖は残りました。このことは、思い出された記憶は数時間不安定になり、もう一度保存されなければならないことを示しています。研究者たちは、これがつらい記憶を持つ人の助けになることを期待していますが、人での結果は一貫していません。
4択リーディングクイズ
Q1. In which case did the rats lose their fear?
音で記憶を呼び起こした直後に薬を入れた場合だけ恐怖が消えた。それ以外では恐怖が残ったので C。
Q2. What does the drug used in the experiment do?
a drug that stops protein production とあるので A。
Q3. What is the writer's attitude toward using this finding for people?
期待しているが、人での結果は一貫していない、と述べているので「期待しつつ慎重」の B。
In 2000, Nader, LeDoux and colleagues at New York University trained rats to link a tone with an electric shock. Later they played the tone alone to bring the memory back, and immediately infused a protein-synthesis inhibitor into the amygdala. The rats stopped showing fear.
Without the reminder, or when the drug came six hours later, nothing happened, and the result held even for memories fourteen days old. Recalling a memory, it seemed, made it fragile again, so it had to be stored anew. This process is called reconsolidation. The finding raised hopes for treating traumatic memories.
In 2009, people who took propranolol before recalling a learned fear showed no startle response the next day. In 2010, extinction training given ten minutes after reactivation, but not six hours later, kept fear from returning, in some cases for at least a year.
But many of these findings proved hard to replicate. A 2018 review co-written by Kindt, who had led the 2009 study, listed possible reasons. Reminders that are too weak or too strong may not destabilize a memory. Laboratory memories differ from real trauma. And telling an erased memory from a hidden one is hard.
195 words ・ CEFR B2
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2000年、ニューヨーク大学のネイダー、ルドゥーらは、ラットに音と電気ショックを結びつけるよう訓練しました。その後、音だけを聞かせて記憶を呼び起こし、その直後にタンパク質合成阻害薬を扁桃体に注入しました。するとラットは恐怖を示さなくなりました。
音を聞かせない場合や、薬を6時間後に与えた場合には何も起こらず、この結果は14日前に作られた記憶でも同じでした。思い出すことで記憶は再び壊れやすくなり、もう一度保存し直す必要があるようなのです。この過程は再固定化と呼ばれます。この発見は、トラウマとなった記憶の治療への期待を高めました。
2009年には、学習した恐怖を思い出す前にプロプラノロールを服用した人は、翌日、驚いたときの反応を示しませんでした。2010年には、再活性化の10分後(6時間後ではなく)に行った消去訓練が恐怖の再発を防ぎ、少なくとも1年続いた例もありました。
しかし、こうした結果の多くは再現が難しいことがわかってきました。2009年の研究を率いたキント自身も共著者となった2018年の総説は、考えられる理由を挙げています。思い出させるきっかけが弱すぎても強すぎても、記憶は不安定にならないかもしれません。実験室の記憶は現実のトラウマとは異なります。そして、消えた記憶と隠れているだけの記憶を見分けるのは難しいのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
動物では想起後に記憶が壊れやすくなり再固定化が必要だが、人では many of these findings proved hard to replicate とあり結果がまちまち、が主旨なので A。
Q2. In the 2010 study, when was extinction training effective?
extinction training given ten minutes after reactivation, but not six hours later とあるので D。
Q3. Which is NOT given as a reason for inconsistent results in humans?
2018年の総説が挙げた理由は A・C・D の3つ。薬の価格には触れていないので B。
重要単語
- reconsolidationC1名詞再固定化Reconsolidation may let us update old memories.
re-(再び)+consolidation(固定化・強化)。consolidate は「(地位・記憶などを)固める」。 - retrieveC1動詞(記憶を)呼び起こすRetrieving a memory can make it unstable.
名詞 retrieval。犬の retriever(獲物を取ってくる犬)と同語源。「取り戻す」が原義。 - unstableB2形容詞不安定なThe memory was unstable for a few hours.
un-+stable。同義の fragile(壊れやすい)も研究英語で頻出。 - extinctionC1名詞消去(学習で反応を弱めること)Extinction training reduces fear responses.
一般には「絶滅」の意味。心理学では「条件づけられた反応が消えていくこと」。多義語として注意。 - amygdalaC1名詞扁桃体The amygdala is involved in fear.
ギリシャ語で「アーモンド」。形が似ていることから。恐怖・情動の中枢として頻出。 - replicateC1動詞(実験結果を)再現するOther labs could not replicate the result.
名詞 replication。replication crisis「再現性の危機」は近年の科学論の重要語。
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出典・参考文献(4件)タップで表示
- Nader, Schafe & LeDoux (2000) Fear memories require protein synthesis in the amygdala for reconsolidation after retrieval, Naturedoi.org
- Kindt, Soeter & Vervliet (2009) Beyond extinction: erasing human fear responses and preventing the return of fear, Nature Neurosciencedoi.org
- Schiller et al. (2010) Preventing the return of fear in humans using reconsolidation update mechanisms, Naturedoi.org
- Elsey, Van Ast & Kindt (2018) Human memory reconsolidation: A guiding framework and critical review of the evidence, Psychological Bulletindoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。














