作り笑いで楽しくなる? ペンをくわえる実験が巻き起こした30年越しの大論争

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笑顔をつくると気分が良くなる効果は、大規模な国際研究でも「ほんの少し」確認された
19か国の共同研究で、笑顔をまねる・自分でつくる方法では小さな効果が見られた。
- 対象
- 大学生など19か国の成人
- 規模
- 追試約1,900人、国際共同研究約3,900人、メタ分析138研究
- 研究の種類
- 事前登録の多施設追試+メタ分析
- 確かさ
- ★★★★☆
有名な「ペンをくわえて笑顔」実験は大規模追試で再現されず。でもその後の国際研究で、笑顔をつくると少しだけ気分が上がる効果が見つかった。
ひとことで言うと作り笑いの効果は「ゼロではないけど、ちょっとだけ」が今の答え!
「楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ」。100年以上前から語られてきたこの考え方を、表情フィードバック仮説と言います。かみ砕くと「顔の形が、気持ちに逆流してくる」という説です。
この説を一躍有名にしたのが、1988年の「ペンをくわえる実験」でした。ところがこの実験、のちに心理学界を揺るがす大論争の主役になります。そして、話にはさらに続きがありました。
01ペン1本で「笑顔」をつくる巧妙な実験
この実験が巧妙だったのは、参加者に「笑って」と頼んでいないこと。「ペンを持つ実験」だと思わせているので、本人は自分が笑顔の形になっていることに気づきにくい。それでも漫画の面白さの評価が変わった、というのが衝撃でした。
教科書に載り、ビジネス書や自己啓発本で「作り笑いでも幸せになれる」の根拠として、何度も紹介されることになります。
0217の研究室で追試したら…ゼロ
2010年代、心理学では「有名な実験が再現できない」という再現性の危機が大問題になっていました。そこで、このペン実験も検証されることになります。
17の研究室が、事前に手順を細かく決めたうえで、まったく同じ方法の実験を行いました(Perspectives on Psychological Science, 2016)。参加者は合わせて約1,900人。結果は――効果はほぼゼロ。歯でくわえても、唇でくわえても、漫画の面白さは変わらなかったのです。

03「カメラのせい」説と、どんでん返し
これで決着…とはなりませんでした。元の研究者側は「追試では参加者をビデオカメラで撮影していた。見られていると意識すると、自分の感情に素直になれず効果が消えるのでは」と反論。実際、イスラエルの研究チームが、カメラで撮影されていない条件では効果が出て、撮影されている条件では消えた、と報告しました(Journal of Personality and Social Psychology, 2018)。ただしこの研究も規模は大きくなく、「カメラ説」が決着したわけではありません。
2019年には、表情フィードバックに関する138の研究をまとめたメタ分析も発表され、「効果は確かにあるが小さく、条件によってばらつく」という結論でした(Psychological Bulletin, 2019)。
そして決定打になりそうなのが、19か国の研究者が参加した国際共同研究「Many Smiles(たくさんの笑顔)」です(Nature Human Behaviour, 2022)。効果に肯定的な研究者と懐疑的な研究者があえて一緒に手順を決め、事前登録したうえで、約3,900人を対象に、3つの方法で笑顔をつくらせました。
- ペンをくわえる方法 → はっきりした結論は出ず
- 笑顔の写真をまねる方法 → 少し幸福感アップ
- 自分で口角を上げて笑顔をつくる方法 → 少し幸福感アップ
つまり、「ペン実験」そのものは再現されなかったけれど、表情が気分に与える小さな効果はありそう、という、なんとも科学らしい結末になったのです。
04まとめ
「作り笑いで楽しくなる?」の答えは、「ほんの少しだけ、ホント」。でもこの話の本当の面白さは、有名な実験が崩れ、それでも研究者たちが協力して、より確かな答えにたどり着こうとしたプロセスそのものにあります。
科学は「一発逆転」ではなく、何度も答え合わせを重ねていくもの。その姿を見せてくれた、笑顔の大論争でした。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerThe facial feedback hypothesis says that our facial expressions can affect our feelings.
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4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Can a smile make you happy? In a famous study in 1988, people held a pen in their teeth. This made their faces look like a smile. They thought cartoons were funnier.
But in 2016, 17 labs tried the same test, and the result was almost zero. Later, a study in 19 countries found that making a smile can make people a little happier.
64 words ・ CEFR A2
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笑顔をつくると幸せになれるのでしょうか。1988年の有名な研究で、人々はペンを歯でくわえました。こうすると顔が笑顔のような形になります。彼らは漫画をより面白いと感じました。
しかし2016年、17の研究室が同じ実験をすると、結果はほぼゼロでした。その後、19か国での研究で、笑顔をつくると人は少しだけ幸せになれることがわかりました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
第1文 Can a smile make you happy? がテーマで、その研究の流れを紹介しているので A。
Q2. How many labs tried the same test in 2016?
in 2016, 17 labs tried the same test とあるので D。19は国の数。
Q3. In this passage, "funnier" means ...
funny は「おかしい・面白い」。funnier はその比較級なので B。
The facial feedback hypothesis says that our facial expressions can affect our feelings. A famous 1988 study tested this cleverly.
Participants held a pen either in their teeth, which forces a smile, or in their lips, which prevents one. Those who held it in their teeth rated cartoons as funnier. The study appeared in textbooks for years.
However, in 2016, 17 labs repeated the experiment with about 1,900 people and found almost no effect. The story did not end there. In 2022, researchers in 19 countries tested three ways of smiling. The pen method gave no clear answer, but copying a smile or smiling on purpose made people slightly happier.
110 words ・ CEFR B1
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表情フィードバック仮説とは、顔の表情が気持ちに影響しうるという説です。1988年の有名な研究は、これを巧みな方法で検証しました。
参加者は、笑顔の形を強いる「歯でくわえる」か、笑顔をつくれなくする「唇でくわえる」かのどちらかでペンを持ちました。歯でくわえた人たちは、漫画をより面白いと評価しました。この研究は何年も教科書に載りました。
しかし2016年、17の研究室が約1,900人で実験を繰り返したところ、効果はほとんど見られませんでした。話はそこで終わりませんでした。2022年、19か国の研究者たちが3つの笑顔のつくり方を検証しました。ペンの方法でははっきりした答えが出ませんでしたが、笑顔をまねたり、意図的に笑顔をつくったりすると、人々は少しだけ幸せになりました。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main idea of the passage?
有名な研究が再現されなかったが、その後の国際研究で小さな効果が見つかった、という流れなので C。
Q2. What happened in the 2016 replication?
17 labs repeated the experiment with about 1,900 people and found almost no effect とあるので B。
Q3. What can we infer from the 2022 study?
ペン法でははっきりせず、まねる・自分でつくる方法では効果が出たので、笑顔のつくり方で結果が変わると推測できる。正解は D。
"We don't laugh because we're happy; we're happy because we laugh." This old idea, the facial feedback hypothesis, gained scientific fame from a clever 1988 experiment. Participants held a pen either between their teeth, forcing a smile-like expression, or between their lips, preventing one, without being told the true purpose. The "smiling" group rated cartoons as funnier, and the finding spread through textbooks and self-help books.
During psychology's replication crisis, however, 17 laboratories conducted a preregistered replication with about 1,900 participants in 2016 and found essentially no effect. The original lead author objected that participants in the replication had been video-recorded, and a 2018 Israeli study indeed found the effect only when participants were not being filmed, although that study was small. A 2019 meta-analysis of 138 studies then concluded that facial feedback effects exist but are small and variable.
In 2022, the Many Smiles Collaboration, involving researchers from 19 countries, including both supporters and skeptics, tested about 3,900 people. The pen method produced inconclusive results, but mimicking smiling faces or voluntarily smiling slightly increased happiness. Even so, participants may have guessed the purpose of the study, so part of the effect could reflect their expectations rather than their faces.
200 words ・ CEFR B2
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「楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ」。表情フィードバック仮説と呼ばれるこの古い考えは、1988年の巧妙な実験によって科学的に有名になりました。参加者は、本当の目的を知らされないまま、笑顔に近い表情を強いる「歯でくわえる」か、笑顔をつくれなくする「唇でくわえる」かのどちらかでペンを持ちました。「笑顔」のグループは漫画をより面白いと評価し、この発見は教科書や自己啓発本を通じて広まりました。
しかし、心理学の再現性の危機のさなか、2016年に17の研究室が約1,900人の参加者で事前登録された追試を行い、効果は実質的にゼロであることを見いだしました。元の研究の筆頭著者は、追試では参加者がビデオ撮影されていたと反論し、2018年のイスラエルの研究は、実際に撮影されていないときにだけ効果を見いだしましたが、この研究は小規模でした。その後、138の研究をまとめた2019年のメタ分析は、表情フィードバックの効果は存在するが、小さく、ばらつきがあると結論づけました。
そして2022年、支持者と懐疑派の両方を含む19か国の研究者が参加した「Many Smiles」共同研究が、約3,900人を調べました。ペンの方法でははっきりした結果が出ませんでしたが、笑顔をまねたり自分の意思で笑顔をつくったりすると、幸福感がわずかに高まりました。それでも、参加者が研究の目的を推測していた可能性があり、効果の一部は顔ではなく期待を反映しているのかもしれません。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
1988年の実験から追試、反論、メタ分析、国際共同研究まで、表情が感情に影響するかをめぐる論争の経緯を述べているので A。
Q2. What did the 2019 meta-analysis conclude?
facial feedback effects exist but are small and variable とあるので C。
Q3. Why does the author mention participants' expectations at the end?
参加者が目的を推測していたかもしれず、効果の一部は期待によるかもしれない、という残された限界を示しているので B。
重要単語
- facial feedbackC1名詞(句)表情フィードバック(表情が感情に影響すること)Facial feedback may change how we feel.
facial は face の形容詞「顔の」。feedback は「反応・意見の返し」の意味でも日常的に使う。 - replicationC1名詞追試、再現Science depends on careful replication.
replicate(再現する)の名詞形。replication crisis「再現性の危機」は心理学の重要キーワード。 - preregisteredC1形容詞事前登録されたA preregistered study states its plan before collecting data.
pre(前もって)+register(登録する)。都合のよい結果だけを報告するのを防ぐ仕組み。 - mimicryC1名詞まね、模倣Facial mimicry happens when we copy others' expressions.
動詞 mimic「まねる」。生物学では「擬態」の意味でもよく出る。 - modestB2形容詞控えめな、ささやかなThe effect was real but modest.
人に使えば「謙虚な」。a modest increase「わずかな増加」のように数量にも使う。 - skepticC1名詞懐疑的な人Both supporters and skeptics designed the study together.
形容詞 skeptical「疑い深い」。be skeptical about ~「~に懐疑的だ」。英国つづりは sceptic。
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「ペンを歯でくわえて笑顔の形にすると漫画が面白く感じる」という超有名実験、17の研究室で追試したら再現できなかった。でも話はそこで終わらず、その後の国際研究では「笑顔をつくると少しだけ楽しくなる」効果が出たらしい。
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- Strack, Martin & Stepper (1988) Inhibiting and facilitating conditions of the human smile: a nonobtrusive test of the facial feedback hypothesis, Journal of Personality and Social Psychologydoi.org
- Wagenmakers et al. (2016) Registered Replication Report: Strack, Martin, & Stepper (1988), Perspectives on Psychological Sciencedoi.org
- Noah, Schul & Mayo (2018) When both the original study and its failed replication are correct: feeling observed eliminates the facial-feedback effect, Journal of Personality and Social Psychologydoi.org
- Coles, Larsen & Lench (2019) A meta-analysis of the facial feedback literature: effects of facial feedback on emotional experience are small and variable, Psychological Bulletindoi.org
- Coles et al. (2022) A multi-lab test of the facial feedback hypothesis by the Many Smiles Collaboration, Nature Human Behaviourdoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。









