「舌の場所ごとに感じる味が違う」という味覚地図はウソだった
都市伝説ファクトチェックNo.014

「舌の場所ごとに感じる味が違う」という味覚地図はウソだった

味を感じる細胞は、舌全体に散らばっている。

ウソFALSE

この判定の対象「舌は場所ごとに、感じる味の担当が決まっている」

うなり度 読む時間8分 出典6件 確認した事実20件
もくじ
  1. 1901年の論文が示したのは、舌の場所による「ほんの少しの差」だった
  2. 1942年の本のグラフの描き方で、舌の場所による小さな差が大きく見えた
  3. 1974年に測り直すと、薄い苦味は舌の先のほうが分かりやすかった
  4. 深掘り講義
  5. まとめ
  6. 英語で読む(A2・4択5問)
  7. 出典・ウラ取り

理科の教科書や図鑑で、こんな図を見たことはありませんか。舌の先は「甘味」、両わきは「酸味」、いちばん奥は「苦味」。舌が国の地図のように色分けされている図です。

この「味覚地図」が間違いだということは、最近ではわりと知られるようになりました。けれども、この図がどこから来たのかを知っている人は、ほとんどいません。

調べていくと、味覚地図のもとは、1901年のドイツ語の論文でした。その論文のデータは、舌の場所によるほんの少しの差を示しただけでした。そのデータが、1942年のアメリカの本に、1枚のグラフとして載ります。そしていつの間にか、「場所ごとに担当の味が決まっている地図」に変わっていきます。1974年に測り直してみると、薄い苦味はむしろ舌の先のほうが分かりやすいという結果まで出ました。

この記事では、1901年・1942年・1974年の3つの研究を、年の順にたどります。最後に、味を感じるしくみが、分子のレベルでどう分かったかを紹介します。

011901年の論文が示したのは、舌の場所による「ほんの少しの差」だった

まず、味覚地図のもとになった1901年の論文を見てみましょう。D・P・ヘーニッヒ(D. P. Hänig)という研究者が、ドイツ語で書いたものです。題名は「味覚の精神物理学について」。雑誌『哲学研究(Philosophische Studien)』の17巻に載りました。

ヘーニッヒは、舌のふちに沿って場所を変えながら、ある値を測りました。それぞれの味を感じとれる、いちばん薄い濃さ(閾値=いきち)です。閾値が低いほど、その場所はその味に敏感だということになります。

『Sensation & Perception』という、感覚・知覚の教科書があります。その補助教材として、オックスフォード大学出版局が解説を公開しています。その解説によると、ヘーニッヒのデータでは、場所による閾値の違いは小さいものでした。ただ、味ごとに少しずつ違う傾向はありました。甘味は舌先で、苦味は奥で、閾値がわずかに低い、という程度の違いです。

つまり、こういうデータでした。「舌先でも苦味は感じる。ただ、ほんの少しだけ奥のほうが敏感かもしれない」。「舌先では苦味を感じない」とは、どこにも書かれていなかったのです。

021942年の本のグラフの描き方で、舌の場所による小さな差が大きく見えた

ヘーニッヒのデータを有名にしたのは、1942年に出た1冊の本です。心理学者エドウィン・ボーリング(Edwin G. Boring)の、『実験心理学の歴史における感覚と知覚』という本です。

この本の図76は、「舌のふちに沿った味の感度の分布:ヘーニッヒ(1901)」という折れ線グラフです。図の説明には、このグラフの描き方が書かれています。感度は「閾値の逆数」(1÷閾値)で表し、それぞれの味のいちばん高い感度を1とした比で描いた、というのです。閾値が低い(薄くても分かる)場所ほど、感度は高くなります。

この描き方には、問題がありました。どの味も「いちばん敏感な場所=1」にそろえて描くと、ほんの少しの差でも、山と谷がはっきりしたグラフになるのです。オックスフォード大学出版局の解説は、こう指摘しています。ボーリングはヘーニッヒの濃さの単位を読み違え、差がどれほど小さいかを見誤った。こうして「甘味の山は舌先、苦味の山は奥」というグラフができました。それがのちに、「甘味は舌先の担当、苦味は奥の担当」という地図に読みかえられていったのです。

同じ解説には、学校でこの地図を確かめる実験をした生徒たちの話ものっています。地図どおりにならないので、「自分がやり方を間違えた」と思った生徒もいたそうです。

小さな差も、目盛りのとり方しだいで大きな山に見えてしまう。
小さな差も、目盛りのとり方しだいで大きな山に見えてしまう。

031974年に測り直すと、薄い苦味は舌の先のほうが分かりやすかった

1974年、ヴァージニア・コリングス(Virginia B. Collings)が、舌の場所ごとの味の感じ方を測り直しました。測った場所は、舌の4か所と、軟口蓋(なんこうがい)です。軟口蓋とは、口の天井の奥のやわらかい部分のことです。5種類の物質について、2つのことを測りました。その味だと分かるいちばん薄い濃さ(認知閾値)と、感じ方の強さです。使ったのは、食塩(塩味)、砂糖の一種のショ糖(甘味)、キニーネと尿素(苦味)、クエン酸(酸味)です。

その結果、場所による違いは、以前の報告より大きいことが分かりました。ただし、その違い方は、味覚地図とは違いました。苦味の閾値は、舌の奥よりも舌先と軟口蓋のほうが低かったのです。コリングスは、これを「古いデータとは逆」と書いています。

濃さを上げていったときの、感じ方の強まり方も、場所によって違いました。多くの物質で、強まり方は舌の奥やわきのぶつぶつした部分(有郭乳頭・葉状乳頭)のほうが急でした。つまり「舌のどこが敏感か」は、薄い味で比べるか、濃い味で比べるかでも変わります。舌の場所ごとに、違いはあります。けれども、1つの味を舌の1か所だけが担当しているわけではありません。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

いちばん高い値を1にそろえると、差の大きさが分からなくなる

ボーリングのグラフは、味ごとに「最大の感度=1」にそろえていました。データ分析でいう正規化です。違う単位のものを1枚の図で比べるには、便利な方法です。ただしその代わりに、グラフからは、もとの差がどれくらいの大きさだったかが読みとれなくなります。

たとえば、甘味の感度が舌先で100、奥で95だったとします。ほとんど差はありません。でも「最大=1」の図では、舌先が1、奥が0.95となります。それでも、縦軸の目盛りを0.9から1までのようにせまくとると、1から0.95への下がり方が急な坂に見えます。ボーリングの図の目盛りのとり方に、この問題があったかどうかまでは、確かめられません。けれども、いちばん高い値を1にそろえたグラフは、読む人が差の大きさを見誤りやすい形です。

「感度に差がある」が、引用されるうちに「担当がある」に変わった

味覚地図の話は、次のような順で形が変わっていきました。

  • 1892〜1901年:ショア、キーゾウ、ヘーニッヒが、舌の場所による感度の差を報告(ボーリングの本の記述による)
  • 1942年:ボーリングが、ヘーニッヒのデータを「最大=1」のグラフで紹介
  • その後:グラフが、色分けされた「担当地図」として教科書に広がる

ここで大事なのは、ヘーニッヒもボーリングも「舌先では苦味を感じない」とは書いていないことです。もとの主張は、「場所によって感度に少し差がある」でした。それが、ほかの本に引用されるたびに、「場所ごとに担当の味がある」へ変わっていったのです。

味を受けとるセンサーが見つかり、味覚地図の間違いがはっきりした

2000年代のはじめ、味を感じるしくみが、分子のレベルで分かりはじめます。

2000年には、苦味の受容体の候補となる、たんぱく質のグループ(T2R)が見つかりました。受容体とは、味の物質を受けとるセンサーのことです。T2Rは、ヒトとネズミなどのげっ歯類で40〜80種類ありました。そして、舌と上あごの味細胞(味を感じる細胞)の一部に現れていました。2001年には、T1R2とT1R3という2つのたんぱく質が組になって、甘味の受容体として働くことが報告されました。2002年には、T1R1とT1R3の組が、アミノ酸を受けとる受容体、つまりうま味の受容体として働くことが報告されました。

この研究を進めたのが、カリフォルニア大学サンディエゴ校のジャヤラム・チャンドラシェカールとチャールズ・ズーカー(Charles Zuker)らです。2006年、彼らは総説(研究をまとめた論文)で、こうまとめています。甘・酸・苦・塩・うま味の5つの基本味それぞれに、専用の受容体をもつ別々の細胞がある。そしてそれぞれが、1つの味の専用センサーとして働いている。

つまり、味を分けているのは「舌の場所」ではなく、「味細胞の種類」でした。味細胞は、味蕾(みらい)という小さなつぼみ状の集まりの中にあります。味蕾は、舌のあちこちや上あごにあります。違う味を担当する細胞は、舌の1か所に固まっているのではありません。舌全体に散らばっているのです。

味覚地図には、日本で1908年に見つかった「うま味」が描かれていない

味覚地図には、たいてい4つの味しか描かれていません。けれども日本では、1908年にすでに、5つ目の味「うま味」のもとになる物質が分かっていました。池田菊苗(いけだ・きくなえ)は、東京帝国大学の化学者です。池田は、昆布のうま味の成分がグルタミン酸ソーダであることを突き止めました。そして、それを主な成分とする調味料の製法で、特許(第14805号)を取りました。特許庁は、池田を「日本の十大発明家」の一人に選んでいます。池田の論文は、のちに英訳されて、海外の学術誌にも載りました。

うま味を受けとる受容体の報告が相次いだのは、2000年から2002年にかけてです。日本で見つかったうま味が、舌のセンサーの分子のレベルで確かめられるまでに、およそ1世紀かかったことになります。

04まとめ

「甘味は舌先、苦味は奥」という味覚地図はウソです。1901年のヘーニッヒのデータは、小さな差を示しただけでした。そのデータが、1942年のボーリングの本で「最大=1」のグラフになりました。そしてのちに、「場所ごとに担当の味がある」という地図に変わっていきました。1974年の測り直しでは、薄い苦味はむしろ舌の先のほうが分かりやすいという結果も出ています。

今では、5つの基本味それぞれに専用の味細胞があると分かっています。その細胞は、舌のあちこちに散らばっています。コーヒーやゴーヤを少しだけ舌の先にのせてみてください。舌先でも、ちゃんと苦く感じるはずです。

人に話すなら、こう言おう

「甘味は舌先、苦味は奥」って地図、ウソなんだって。100年前のデータの差はすごく小さくて、1974年に測り直したら、薄い苦味はむしろ舌の先のほうが分かりやすかったらしいよ。
READ IN ENGLISH

英語で読む

The Tongue Map That Was Never Real

CEFR A2229 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

Have you seen a picture of the tongue with different taste areas?味ごとに場所が分かれた舌の絵を見たことがありますか。 Sweet is on the tip, and bitter is at the back.甘味は先のほう、苦味は奥、というものです。 Many students learned this map at school, but it is wrong.多くの生徒が学校でこの地図を習いましたが、これはまちがいです。

The story starts in 1901.話は1901年に始まります。 A researcher named Hänig tested how weak a taste could be and still be noticed.ヘーニッヒという研究者が、味をどこまで薄くしても人が気づけるかを調べました。 He tested many places along the edge of the tongue.彼は舌のふちに沿って、たくさんの場所で調べました。 The differences between places were very small.場所によるちがいは、とても小さなものでした。 Each taste could be felt at every place he tested.どの味も、彼が調べたすべての場所で感じとれました。

In 1942, Edwin Boring put Hänig's data into a graph in his book.1942年、エドウィン・ボーリングは自分の本の中で、ヘーニッヒのデータをグラフにしました。 The graph made the small differences look large.そのグラフは、小さなちがいを大きく見せてしまいました。 Later, other books turned the graph into a colorful map.後に、ほかの本がそのグラフを色分けされた地図に変えてしまいました。 The map said each part of the tongue had its own job.その地図は、舌のそれぞれの場所に担当の仕事があると伝えていました。

In 1974, a scientist named Virginia Collings tested the tongue again.1974年、ヴァージニア・コリングスという科学者が、舌をもう一度調べました。 People noticed weak bitter tastes more easily at the front of the tongue than at the back.人は薄い苦味に、舌の奥よりも舌の先のほうで気づきやすかったのです。 That is the opposite of the map.これは地図とは逆です。

Today, scientists know that taste cells are all over the tongue.今では、味を感じる細胞は舌のあちこちにあることが分かっています。 Each type of cell has receptors, tiny sensors, for one basic taste.細胞の種類ごとに、1つの基本の味のための受容体、つまり小さなセンサーがあります。 There are five basic tastes: sweet, sour, bitter, salty, and umami.基本の味は、甘味、酸味、苦味、塩味、うま味の5つです。 A Japanese chemist, Kikunae Ikeda, found the secret of umami in kombu.日本の化学者、池田菊苗は、昆布の中にうま味の正体を見つけました。 He got a patent for it in 1908.彼は1908年に、それについての特許を取りました。 Try putting a little coffee on the tip of your tongue.舌の先に少しだけコーヒーをのせてみてください。 It will still taste bitter.ちゃんと苦く感じるはずです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When did Edwin Boring put Hänig's data into a graph?

    エドウィン・ボーリングがヘーニッヒのデータをグラフにしたのはいつですか。

  3. Q3What did Virginia Collings find?

    ヴァージニア・コリングスは何を見つけましたか。

  4. Q4In paragraph 4, the word "opposite" is closest in meaning to

    第4段落の "opposite" に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the five basic tastes?

    5つの基本の味について正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • tongue名詞
    舌

    The doctor asked me to show my tongue.

    医者は私に舌を見せるように言った。

    💡 mother tongue で「母語」。発音は「タング」。

  • bitter形容詞
    苦い

    This medicine is very bitter.

    この薬はとても苦い。

    💡 「つらい」「くやしい」の意味もある。a bitter memory(苦い思い出)。

  • taste名詞・動詞
    味/味がする

    This soup tastes good.

    このスープはおいしい。

    💡 taste +形容詞で「〜な味がする」。

  • notice動詞
    気づく

    Did you notice the new picture on the wall?

    壁の新しい絵に気づいた?

    💡 名詞では「掲示、お知らせ」の意味もある。

  • edge名詞
    ふち、はし

    Don't sit on the edge of the table.

    テーブルのはしに座らないで。

    💡 on the edge of 〜 で「〜のふちに」。

  • opposite名詞・形容詞
    反対(の)、逆(の)

    Hot is the opposite of cold.

    「熱い」は「冷たい」の反対だ。

    💡 the opposite of 〜 で「〜の反対」。

  • receptor名詞
    受容体(刺激を受け取るしくみ)

    Our eyes have receptors for light.

    私たちの目には光の受容体がある。

    💡 receive(受け取る)と同じ仲間の語。

  • patent名詞
    特許

    The inventor got a patent for his new machine.

    発明家は新しい機械の特許を取った。

    💡 get a patent for 〜 で「〜の特許を取る」。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 20件)。

  1. Scientific Urban Legend: The Bogus Tongue Map(Wolfe et al., Sensation & Perception 4e, Oxford University Press / Sinauer)learninglink.oup.com
  2. Boring, E. G. (1942) Sensation and Perception in the History of Experimental Psychology(Internet Archive)archive.org
  3. Collings, V. B. (1974) Human taste response as a function of locus of stimulation on the tongue and soft palate, Perception & Psychophysicsdoi.org
  4. Nelson, G. et al. (2002) An amino-acid taste receptor, Naturedoi.org
  5. Chandrashekar, J. et al. (2006) The receptors and cells for mammalian taste, Naturedoi.org
  6. 日本の十大発明家:池田菊苗(特許庁)jpo.go.jp

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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