人工甘味料のいくつかは、研究者の思いがけない味見から見つかった
失敗から生まれたNo.052

人工甘味料のいくつかは、研究者の思いがけない味見から見つかった

サッカリンは、手を洗わずに食事をして見つかった。

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もくじ
  1. サッカリンは、化学者が砂糖をめぐる裁判の日を待つあいだに見つかった
  2. サッカリンの最初の特許は、「安い糖を甘くできる」と「食べ物をくさりにくくする」を売りにしていた
  3. アスパルテームは、胃かいようの薬の研究中に指をなめて見つかった
  4. スクラロースとして売られている物は、最初の論文で「甘い」と報告された物とは少し違う
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

1878年6月のある夜。アメリカのボルチモアで、一人の化学者が夕食のパンを手に取って、かじりました。すると、パンの皮が、ありえないほど甘かったのです。

この化学者の名前は、コンスタンチン・ファールバーグ(Constantin Fahlberg)です。彼はその日、研究室で薬品を手にこぼしていました。手についた薬品が、パンにうつっていたのです。これが、世界で最初の人工甘味料「サッカリン」の始まりとされます。

人工甘味料の発見には、研究者が「うっかり味見をした」という話がよく出てきます。サッカリン、アスパルテーム、スクラロースの3つは、どれも研究者がたまたま口にして、甘さに気づいたと語られてきました。でも、特許や論文を読むと、売り文句や年、物質そのものが、伝えられている話と少しずつ違います。

この記事では、まずサッカリンの発見と、その特許に書かれた売り文句を見ます。次に、アスパルテームとスクラロースの発見の話を、論文と比べます。最後に、発見の話の読み方と、形の違う3つの物がどれも甘く感じるしくみを説明します。

01サッカリンは、化学者が砂糖をめぐる裁判の日を待つあいだに見つかった

科学史の研究所 Science History Institute の記事によると、ファールバーグはロシア出身の化学者でした。1877年、彼は砂糖の輸入会社に雇われて、ボルチモアに来ます。国が差し押さえた砂糖の質を調べるためでした。

砂糖を調べる部屋は、ジョンズ・ホプキンズ大学のアイラ・レムセン(Ira Remsen)教授が貸してくれました。分析が終わっても、ファールバーグは裁判で話す日まで待たなくてはなりません。そこで、待っているあいだ、レムセンの研究室で自分の研究をさせてもらいました。

そして、パンが甘かったあの夜です。記事によると、彼は研究室にかけもどりました。そして、机の上のビンやビーカーを、片っぱしからなめました。すると、中身がふきこぼれたビーカーに、甘さのもとが見つかりました。1879年2月、ファールバーグとレムセンは共同で論文を出し、この物質が「砂糖よりさらに甘い」と書きました。

02サッカリンの最初の特許は、「安い糖を甘くできる」と「食べ物をくさりにくくする」を売りにしていた

この発見は、のちに、だれの発見かをめぐる争いになります。1884年、ファールバーグは、レムセンに知らせないまま特許を申しこみました。1886年の特許では、自分ひとりの発見だと主張します。レムセンはすぐに、化学者の仲間たちに抗議しました。

ファールバーグのアメリカの特許は、1885年6月2日に認められました。番号は319,082です。この特許を読むと、今の私たちが思い浮かべる使い方とは違う売り文句が並んでいます。

1つ目の売り文句は、砂糖が高すぎて使えない場面で使える、ということです。例として、ブドウ糖やでんぷんから作る糖を甘くする使い方が書いてあります。安い糖にサッカリンを混ぜて、砂糖のような甘さにするのです。

2つ目は、この物質の特徴が「甘さ」と「防腐性」だ、ということです。防腐性とは、食べ物をくさりにくくする力のことです。サッカリンは、糖と違って発酵もしません。さらに、栄養にならないので、糖尿病の人の食事にも使える、と書いてあります。

ファールバーグは1882年、自分でサッカリンを10g飲んでみました。24時間たっても、体に変化はありませんでした。飲んだサッカリンは、ほとんどがそのまま尿に出たそうです。自分の体を使ったこんな実験は、今では考えられません。

03アスパルテームは、胃かいようの薬の研究中に指をなめて見つかった

2つ目の甘味料、アスパルテームの話は1965年12月です。アメリカの製薬会社 G.D.サールの化学者ジム・シュラッター(Jim Schlatter)は、胃かいようの薬を研究していました。

ブリストル大学の化学の解説ページによると、彼が作っていたのは、薬の効き目を試すための物質でした。アミノ酸(タンパク質のもとになる小さな部品)が4つつながった物です。それを作る途中でできる物質が、少し手についてしまいました。

その朝、彼は紙を取ろうとして、指をなめました。すると、甘い味がしました。最初は、休憩に食べたドーナツの甘さかと思いました。でも、トイレのあとで手は洗っていました。ほかに考えられるのは、作っていた物質だけです。

その物質の材料は、タンパク質にもともと入っているアミノ酸です。そこで彼は、口に入れても安全だろうと考えました。そして同僚と二人で、10mLのブラックコーヒーにその物質を入れて味見しました。甘いことと、苦い後味がないことを、実験ノートに書きとめました。これがアスパルテームです。アメリカで、食品に使う最初の許可が出たのは1974年でした。

シュラッターは、紙を取ろうとして指をなめたとき、アスパルテームの甘さに気づいたと伝えられる。
シュラッターは、紙を取ろうとして指をなめたとき、アスパルテームの甘さに気づいたと伝えられる。

04スクラロースとして売られている物は、最初の論文で「甘い」と報告された物とは少し違う

3つ目の甘味料、スクラロースの話は1976年のロンドンです。ロンドン大学クイーン・エリザベス・カレッジのチームが、砂糖の形を変える研究をしていました。中心になったのは、レスリー・ホフ(Leslie Hough)と、シャシカント・ファドニス(Shashikant Phadnis)です。ファドニスは、砂糖の会社テート&ライルのために働いていたとされます。

よく語られるのは、こんな話です。ホフが「test(調べて)」とたのんだのを、ファドニスが「taste(味見して)」と聞き間違えた。そこで味見をしたら、とても甘かった、と伝えられています。ただ、この話を確かめられる一次資料(当時の本人の記録など)は、今回は見つかりませんでした。

確かなのは、二人が1976年10月に科学誌『ネイチャー』に出した報告です。報告には、それまで砂糖より大幅に甘い糖の仲間は見つかっていなかった、と書いてあります。そのうえで、砂糖の分子の形を変えて塩素を4つつけた物が、サッカリン並みに甘く、いやな後味もないと報告しています。

ところが、今「スクラロース」として売られている物は、塩素が3つついた物です。最初に論文で「甘い」と報告された物と、商品になった物は、同じではありませんでした。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

3つの発見の話は、どれも論文や特許よりあとに語られたもの

3つの「うっかり味見」の話には、共通点があります。どれも、論文や特許が出たあとに語られた話だということです。

サッカリンの「甘いパン」の話は、科学史研究所の記事にくわしく出てきます。でも、この話をいつ、だれが最初に語ったのかは、今回は確かめられませんでした。一方、1879年の共同論文と1885年の特許は、日付のついた書類として残っています。

発見の年も、資料によってずれています。サッカリンは「1878年に発見」とも「1879年に発見」とも書かれます。1878年は甘さに気づいた年で、1879年は論文が出た年です。スクラロースは、もっと大きくずれます。ネイチャーの論文は1976年です。なのに、2010年のイェール大学の総説(いくつもの研究をまとめた論文)は「1979年に発見」と書いています。同じ総説は、ファドニスを「大学院生」としています。

発見の話は、何度もくり返されるうちに、細かいところが変わっていくことがよくあります。年や人名を確かめるときは、まず日付のある論文や特許を見ます。発見の話は、そのあとで、論文や特許と比べながら読みます。この順番が大切です。

サッカリンの発見者をめぐって、ファールバーグとレムセンが争った

サッカリンには、だれが発見者かという争いもあります。ファールバーグの1885年の特許には、もとの研究はレムセンとの共同論文で発表した、とはっきり書いてあります。それなのに、1886年の特許では、自分ひとりの発見だと主張しました。

レムセンは、お金よりも、発見者として名前が残ることを求めたといわれます。科学の世界では、ふつう、論文で発表した人が発見者として認められます。一方、特許は、作り方を工夫して売れるようにした人を守る制度です。この2つの考え方が、サッカリンという1つの物質をめぐってぶつかったのです。

形の違う3つの甘味料が甘いのは、舌の同じセンサーに反応するから

サッカリンは、石炭からとれる物質の仲間です。アスパルテームは、2つのアミノ酸がつながった物です。スクラロースは、砂糖に塩素をつけた物です。形も材料もばらばらなのに、どれも甘く感じます。

2002年の研究で、その理由の一部が分かりました。舌には、甘さを感じるセンサーがあります。このセンサーを「受容体」といいます。人の甘さの受容体は、T1R2 と T1R3 という2つの部品が組になってできています。研究では、この受容体が、天然の糖にも人工の甘味料にも反応することが確かめられました。形が違っても、同じ受容体にはまれば、脳は「甘い」と受け取るのです。

ホフたちの1976年の論文には、研究の目的も書いてあります。1つは、砂糖の形を変えて、甘さを強めることです。もう1つは、体の中で食べ物を分解する酵素に、分解されにくくすることです。分解されなければ、体のエネルギーにはなりにくくなります。甘さは舌の受容体で感じます。カロリーは、体の中で分解されることで生まれます。この2つは別のしくみです。だから、「甘いのにカロリーが少ない」物が作れるのです。

研究室で薬品を味見することは、今は禁止されている

イェール大学の総説には、こう書いてあります。いくつかの人工甘味料は、研究室の衛生のルールを破った科学者のおかげで見つかった。ときには、うっかり味見をした科学者のおかげだった、というのです。今の研究室では、薬品を口に入れることはかたく禁じられています。3つの発見は、ルールがゆるかった時代だから起きた偶然でもあります。

05まとめ

サッカリンは1878年、手についた薬品でパンが甘くなって見つかったとされます。ただ、1885年の特許の売り文句は、安い糖を甘くすることと、くさりにくいことでした。アスパルテームは1965年、胃かいようの薬の研究の途中で、指をなめて見つかりました。スクラロースは、1976年の論文で最初に報告された物と、商品の物とで、ついている塩素の数が1つ違います。

コーヒーに入れる甘味料の袋を手に取ったら、思い出してみてください。サッカリン、アスパルテーム、スクラロースは、どれも科学者が研究室で思いがけず口にしたことから見つかったと伝えられています。

人に話すなら、こう言おう

サッカリンって、手を洗わずに夕食のパンを食べたら甘くて見つかったんだって。しかも最初の特許では「くさりにくい」ことも売りにしてたらしいよ。
READ IN ENGLISH

英語で読む

Sweet Mistakes in the Lab

CEFR A2219 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

One night in June 1878, a chemist named Constantin Fahlberg ate some bread at dinner.1878年6月のある夜、コンスタンチン・ファールバーグという化学者が、夕食でパンを食べました。 It tasted very sweet.それはとても甘い味がしました。 Earlier that day, he had spilled a chemical on his hands in the lab.その日のうちに、彼は研究室で薬品を手にこぼしていたのです。 He ran back to the lab and tasted the things on his desk.彼は研究室にかけもどり、机の上の物を味見しました。 That chemical was saccharin, the first artificial sweetener.その薬品こそが、最初の人工甘味料であるサッカリンでした。

In 1885, Fahlberg got an American patent for saccharin.1885年、ファールバーグはサッカリンのアメリカの特許をとりました。 The patent did not only talk about sweetness.その特許は、甘さのことだけを書いていたのではありません。 It said saccharin could make cheap sugars taste better.サッカリンは安い糖の味をよくできる、と書いていました。 It also said saccharin could help keep things from going bad.また、サッカリンは物がくさるのをふせぐのに役立つ、とも書いていました。

In December 1965, Jim Schlatter was working on a new medicine for stomach problems.1965年12月、ジム・シュラッターは胃の病気の新しい薬の研究をしていました。 A little of his chemical got on his hand.彼の作っていた物質が、少し手につきました。 Later, he licked his finger to pick up a piece of paper.そのあと、彼は紙を一枚取ろうとして指をなめました。 It was sweet, so he tasted the chemical in black coffee with a coworker.甘かったので、彼は同僚といっしょに、その物質をブラックコーヒーに入れて味見しました。 This sweetener is now called aspartame.この甘味料は、今ではアスパルテームと呼ばれています。

The third story happened in London in 1976.3つ目の話は、1976年のロンドンで起きました。 People often say a researcher heard "test it" as "taste it."ある研究者が「調べて」を「味見して」と聞きまちがえた、とよく言われます。 But the first report was about a sugar with four chlorine atoms.しかし、最初の報告は、塩素原子が4つついた砂糖についてのものでした。 Their paper said it was about as sweet as saccharin.彼らの論文は、それがサッカリンと同じくらい甘いと書いていました。 The product we buy, sucralose, has only three.わたしたちが買う商品のスクラロースには、3つしかついていません。

Today, scientists must never taste chemicals in a lab.今では、科学者は研究室で薬品を決して味見してはいけません。 But three sweet mistakes gave us sweeteners that are hundreds of times sweeter than sugar.でも、3つの甘いまちがいが、砂糖の何百倍も甘い甘味料をわたしたちにくれたのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When did Jim Schlatter find aspartame?

    ジム・シュラッターがアスパルテームを見つけたのはいつですか。

  3. Q3Why did Schlatter lick his finger?

    シュラッターはなぜ指をなめたのですか。

  4. Q4In paragraph 2, the words "going bad" are closest in meaning to ...

    第2段落の going bad に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about sucralose?

    スクラロースについて正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • chemist名詞
    化学者

    The chemist mixed two liquids carefully.

    その化学者は、2つの液体を注意深く混ぜた。

    💡 chemistry(化学)+ -ist(人)。

  • spill動詞
    こぼす

    I spilled milk on the table.

    テーブルに牛乳をこぼした。

    💡 過去形は spilled(spilt とも)。spill A on B で「AをBにこぼす」。

  • artificial形容詞
    人工の

    This flower is artificial, not real.

    この花は本物ではなく、人工の物だ。

    💡 art(技術)が語源。反対は natural(自然の)。

  • sweetener名詞
    甘味料

    She puts a sweetener in her tea.

    彼女は紅茶に甘味料を入れる。

    💡 sweeten(甘くする)+ -er(もの)。

  • patent名詞
    特許

    The company has a patent for this machine.

    その会社はこの機械の特許を持っている。

    💡 get a patent で「特許をとる」。

  • lick動詞
    なめる

    The cat licked its paw.

    ネコは自分の足をなめた。

    💡 アイスクリームなどを「なめる」ときにも使う。

  • coworker名詞
    同僚、いっしょに働く人

    My coworker helped me with the report.

    同僚がレポートを手伝ってくれた。

    💡 co-(いっしょに)+ worker(働く人)。colleague とほぼ同じ意味。

  • atom名詞
    原子

    Everything around us is made of atoms.

    身のまわりの物はすべて原子でできている。

    💡 形容詞は atomic(原子の)。molecule(分子)は原子が集まったもの。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 26件)。

  1. Hicks, J. (2010) The Pursuit of Sweet(Science History Institute)sciencehistory.org
  2. Fahlberg, C. US Patent 319,082 "Manufacture of saccharine compounds"(1885)patents.google.com
  3. Walters, D. E. (2001) Aspartame, a sweet-tasting dipeptide, Molecule of the Month(University of Bristol)chm.bris.ac.uk
  4. Hough, L. & Phadnis, S. P. (1976) Enhancement in the sweetness of sucrose, Naturedoi.org
  5. Yang, Q. (2010) Gain weight by "going diet?" Artificial sweeteners and the neurobiology of sugar cravings, Yale Journal of Biology and Medicinepmc.ncbi.nlm.nih.gov
  6. Li, X. et al. (2002) Human receptors for sweet and umami taste, PNASdoi.org
  7. Aspartame and Other Sweeteners in Food(米食品医薬品局 FDA)fda.gov

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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