
一晩で髪が真っ白になることは、本当にあるのか
医学の記録は196件あるが、決着していない。
この判定の対象「人の髪が一晩で真っ白になることがある」
もくじ
フランス革命のさなか、王妃マリー・アントワネットのそばで長く仕えた女官(王妃の身のまわりの世話をする女性)がいました。カンパン夫人です。彼女はのちに書いた回想録に、こんな場面を残しています。
国王一家がパリから逃げようとして、ヴァレンヌという町でつかまった事件のあとのことです。カンパン夫人が久しぶりに王妃に会うと、王妃は帽子をとりました。そして、悲しみが髪にどんな跡を残したか見てほしい、と言ったのです。髪は「たった一晩で、70歳の女性のように白くなっていた」と夫人は書いています。
王妃は、白くなった髪をひと房入れた指輪まで作らせていました。ランバル公妃という女性に贈るためのもので、「悲しみで白くなった」という言葉が刻まれていたといいます。
「ショックで一晩のうちに白髪になる」。この話は、今では「マリー・アントワネット症候群」とも呼ばれます。本当に、そんなことが起きるのでしょうか。
この記事では、まず王妃の話を記録した女官が、その場にいたのかを確かめます。次に、毛の色が決まるしくみと、ストレスと白髪の関係を調べた研究を紹介します。最後に、医学の記録に残る「毛が急に白くなった」例を見ます。
01王妃の白髪を記録した女官は、事件のときパリにいなかった
まず、カンパン夫人の回想録をよく読んでみます。すると、事件のとき、夫人は王妃のそばにいなかったことが分かります。
国王一家が逃げた1791年6月、夫人はパリにいませんでした。5月30日にパリを出て、フランス中部のオーベルニュ地方にいたのです。逃亡の知らせを聞いたのは6月25日。王妃から「もどってよい」という手紙が来たのは8月15日ごろで、仕事にもどったのは9月1日でした。
つまり夫人が見たのは、事件からおよそ2か月たったあとの王妃です。「一晩で白くなった」というのは、夫人が自分の目で見たことではありません。王妃がそう言ったのか、夫人がそう感じたのか、どちらかです。2か月あれば、髪の毛は少しずつ伸びます。そのあいだに白い毛が増えていても、不思議ではありません。
だからといって、王妃の髪が白くならなかったとも言えません。言えるのは、回想録を書いたカンパン夫人は、「一晩で白くなった」ところを自分の目で見ていない、ということです。
02皮ふの外に出ている毛には、生きた細胞がない
では、体のしくみから考えてみましょう。毛のうち、皮ふの外に出ている部分には、生きた細胞がありません。皮ふの外の毛は、もうできあがったものなのです。
毛の色は、皮ふの下の根もとで決まります。根もとには、色のもとを作る細胞があります。毛は作られるときに色をもらい、そのまま外に押し出されていくのです。
頭の毛が伸びるのは、1か月に約1〜1.3cm。もし今日から根もとで色が作られなくなっても、白い部分は、毛が伸びるのに合わせて少しずつしか外に出てきません。長い黒髪が一晩で根もとから先まで白くなるしくみは、今の生物学では分かっていません。
03ネズミにストレスを与えると、次に生えてくる毛が白くなった
それでも、ストレスと白髪に関係はあるのでしょうか。2020年、アメリカのハーバード大学のチームが、黒い毛のネズミで調べました。
チームは、ネズミに強いストレスを与える方法を3つ試しました。3つのどの方法でも、白い毛は増えました。いちばんはっきり出たのは、トウガラシの辛み成分に似た物質を注射して、痛みのストレスを与えたときです。
白い毛が増えた原因は、副腎(腎臓の上にある小さな器官)から出るストレスホルモンではありませんでした。原因は、毛の根もとまでのびている交感神経でした。交感神経は、緊張したときに強く働く神経です。ストレスを受けると、この神経からノルアドレナリンという物質がどっと出ます。
すると、毛の根もとで休んでいた「色素幹細胞」が一気に増え始めます。色素幹細胞とは、色を作る細胞のもとになる細胞です。増えた細胞は、色を作る細胞に変わって出ていき、もとの場所からいなくなってしまいます。こうして、毛の根もとには、色を作る細胞を新しく生み出す「もと」が残らなくなるのです。
この実験では、もう一つ大事なことが分かりました。注射から5日以内に、多くの根もとで色素幹細胞が消えました。それでも、ネズミの毛は黒いままでした。すでに色を作っていた細胞は残っていたからです。白い毛が出てきたのは、次に新しい毛が生えてきたときでした。
ストレスは確かに白髪を生みました。でも、生えている毛を白くしたのではありません。白くなるのは、これから生える毛だったのです。
04人の毛では、ストレスが減った時期に白髪が元の色にもどった例がある
2021年、アメリカのチームが、9〜65歳の14人から、1本の中で2色に分かれた毛などを集めました。そして、1本の毛の色の濃さを、根もとから先まで細かく測りました。
毛は1か月に約1cm伸びます。だから、毛のどの位置が何か月前にできたのかが分かります。つまり、1本の毛の色の変化を見れば、その人の毛の色が、ここ数か月でどう変わったかをたどれるのです。
ある30歳の女性の毛には、約2cmの白い部分がありました。その白い部分ができた時期は、夫婦の問題で別居し、引っこした2か月と重なっていました。彼女にとって、その1年でいちばんストレスが強かった時期です。そして、そのあとに伸びた部分は、また黒にもどっていました。
ある男性の毛では、5本の毛がそろって、白から元の色にもどっていました。もどった時期は、2週間の休暇のあと、1年でいちばんストレスが低かった1か月と重なっていました。
白い毛が自然に色を取りもどす例は、それまで、ほとんど報告されていませんでした。この研究は、健康な人たちの毛で、白い毛が色を取りもどすことを、数字で示しました。ただし、ここでも色が変わったのは、根もとで新しく作られた部分です。

05医学の記録には、毛が急に白くなった報告が196件ある
ここまで読むと、「一晩で白髪になる」はウソだと言えそうです。ところが、医学の記録を調べると、そう言い切れない報告が残っています。
2013年、マイケル・ナーム(Michael Nahm)らは、1800年以降の医学文献から、毛が異常に速く白くなった報告を集めました。オランダ語、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語の文献です。見つかったのは196件でした。
チームは報告を3つに分けました。
- 確認例:医師が、色が変わる前と後の両方で本人を見ていた。変わっていくところを見た例も多い。
- 未確認例:医師が、色が変わったあとに本人に会った。
- うわさ例:医師が、ほかの人から話を聞いた。
カンパン夫人の記録は、医学の報告ではありません。でも、この分け方にあてはめるなら「未確認例」です。一方で、医師が変化の前と後を自分で見た確認例も44件ありました。頭の毛だけでなく、ひげやまつ毛が白くなった報告もあります。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
記録を読むときは、書いた人が自分の目で見たのかを確かめる
ナームらの3つの分類は、歴史学でいう「史料批判」と同じ考え方です。史料批判とは、記録を読むとき、書いた人がその場にいたのか、何年後に書いたのかを確かめる作業のことです。
カンパン夫人は、王妃のそばに長くいた人です。だからこそ、回想録は貴重な記録です。けれども、ヴァレンヌ事件のときにはパリを離れていました。「一晩で」という言葉は、夫人が自分で見た事実ではありません。あとから聞いた話か、夫人がそう感じたことです。実際に夫人は、逃亡のいきさつを、もどった次の夜に王妃から聞いたと書いています。王妃のベッドのそばにひざまずき、夜中の3時まで話を聞いたそうです。回想録の中の逃亡の場面は、その多くが王妃の語りをもとにしているのです。信頼できる人の記録でも、「その人が自分の目で見たこと」と「人から聞いたこと」を、一文ずつ分けて読む必要があります。
よくある説明は「色のある毛だけがぬけて、白い毛が残る」
医学でいちばんよく使われる説明は、「色のある毛だけが、急にぬける」というものです。円形脱毛症という、毛がぬける病気があります。その中に、頭全体に広く起きるタイプがあります。このタイプでは、色のある毛が選ばれるようにぬけることがあるとされます。すると、もともと混じっていた白い毛だけが残り、急に白くなったように見えるのです。
この説なら、生えている毛が色を変える必要はありません。ところが、ナームらの集計では、確認例44件のうち、毛がぬけたと書かれていたのは6件だけでした。未確認例でも、82件のうち16件です。「ぬけた毛に気づかなかっただけ」という可能性はあります。それでも、この説だけで全部を説明するのはむずかしい、と著者たちは書いています。
毛の中に空気が入ると白っぽく見える、という説もある
別の説明もあります。毛の中に小さな空気のすき間ができると、色のもとがこわれていなくても、白っぽく見えるという説です。
ナームらが紹介した記録に、こんな例があります。ひどいせん妄で入院した34歳の男性です。せん妄とは、意識が混乱し、幻覚などが出る状態です。その男性の金色の髪とひげが、4日目の朝に灰色になっていました。医師が調べると、毛の中に空気が入っていました。毛を水やエーテルなどにひたすと空気がぬけ、元の色にもどったといいます。
また、医学者ブラウン=セカール(Brown-Séquard)は、45歳のとき、ひげに出てきた白い毛をぬき続けました。すると、それから5〜6週間のあいだ、2〜5日おきに、根もとから先まで真っ白な毛が新しく見つかりました。見たところ、毛全体が一晩で白くなったようだった、と記録しています。
有名な人の名前がついていても、証拠が強いとはかぎらない
著者の一人、皮ふ科医のナヴァリーニは、数週間で髪が白くなったという54歳の女性を診ています。そして2009年、「マリー・アントワネット症候群」という題の短い報告を、皮ふ科の雑誌に出しました。
歴史上の有名人の名前がつくと、話は覚えやすくなります。けれども、その名前のもとになった王妃の話は、記録したカンパン夫人が「一晩」を見ていない記録でした。名前が有名だからといって、証拠が強いわけではありません。ナームらは結論で、こう書いています。毛が伸びるより短い時間で、生えたままの毛が色を失ったという観察は、まだ説明がついていない、と。
06まとめ
「一晩で白髪になる」は、グレーです。皮ふの外の毛には生きた細胞がなく、一晩で色を変えるしくみは分かっていません。ネズミの実験でも、ストレスで白くなったのは次に生えてきた毛でした。マリー・アントワネットの話も、記録した女官はその夜を見ていません。
それでも、医師が変化の前と後を自分で見たという記録が44件残っています。白髪を1本ぬいて、根もとから先まで、明るい場所で見てみてください。色の変わり目があれば、その毛が伸びた数か月のあいだに、根もとで作られる色が変わったということです。
人に話すなら、こう言おう
「一晩で白髪になる」って、ふつうはありえないんだって。生えてる毛には生きた細胞がないから。でも医者が白くなる前と後を自分で見たっていう記録も40件以上あって、まだなぞなんだって。
英語で読む
Can Hair Turn White in One Night?
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In 1791, the king and queen of France tried to run away from Paris, but they were caught.1791年、フランスの国王と王妃はパリから逃げようとしましたが、つかまりました。 Later, a woman who worked for Queen Marie Antoinette wrote about her hair.のちに、王妃マリー・アントワネットに仕えた女性が、王妃の髪について書きました。 She said it had become white in one single night.髪はたった一晩で白くなった、と彼女は書いています。
But this woman was not in Paris that night.でも、この女性はその夜パリにいませんでした。 She saw the queen again about two months later.彼女が王妃に再び会ったのは、およそ2か月あとのことでした。 So she did not see the "one night" part herself.つまり、「一晩で」という部分を、彼女は自分の目で見ていないのです。
Science also gives a problem.科学から見ても、問題があります。 The part of a hair above the skin has no living cells.毛の、皮ふより上の部分には、生きた細胞がありません。 Its color is made at the root, and the hair grows only about one centimeter a month.毛の色は根もとで作られ、毛は1か月に約1センチしか伸びません。 In 2020, scientists at Harvard gave mice strong stress.2020年、ハーバード大学の科学者たちは、ネズミに強いストレスを与えました。 Within five days, the cells that make new color cells disappeared from many roots.5日以内に、色をつける細胞のもとになる細胞が、多くの根もとから消えました。 But the black hair stayed black.でも、黒い毛は黒いままでした。 Only the next new hairs came out white.白く生えてきたのは、次に生えた新しい毛だけでした。
In 2021, another team studied single hairs from 14 people.2021年、別のチームが14人の毛を1本ずつ調べました。 Some white hairs became dark again when the person's stress went down.その人のストレスが減ると、白い毛が再び黒くなった例もありました。 A hair can work like a diary of the past few months.1本の毛は、ここ数か月の日記のような役目をすることがあります。
Still, the mystery is not over.それでも、なぞは終わっていません。 Doctors have reported 196 cases of very fast graying since 1800.医師たちは1800年以降、とても速く白髪になった例を196件報告しています。 In 44 of them, a doctor saw the person both before and after the change.そのうち44件では、医師が変化の前と後の両方で、その人を見ています。 Nobody can fully explain these cases yet.これらの例を、まだだれも完全には説明できていません。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B Whether hair can really turn white in one night
題名と、第1段落の王妃の話、第3〜5段落の科学の話がすべて「一晩で白髪になるか」についてなので正解はB。Cの逃亡は第1段落1文目に出てくるだけで、話の中心ではない。
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Q2When did the woman see the queen again?
その女性が王妃に再び会ったのはいつですか。
正解:C About two months later
第2段落2文目に "about two months later" とあるので正解はC。Aの「次の朝」なら一晩の変化を確かめられたはずだが、本文ではそうなっていない。
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Q3In the 2020 study, what happened to the black hair on the mice?
2020年の研究で、ネズミの黒い毛はどうなりましたか。
正解:A It stayed black.
第3段落6文目に "the black hair stayed black" とあり、白くなったのは次に生えた毛だけ(7文目)なので正解はA。Bは記事の通説そのもので、実験では起きなかった。
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Q4In paragraph 4, the word "diary" is closest in meaning to ...
第4段落の "diary" という語に最も意味が近いものはどれですか。
正解:B a record of what happened each day
diary は「日記」で、毎日の出来事を書きとめる記録のこと。第4段落では、毛の色の変化がここ数か月の記録になることをたとえているので正解はB。
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Q5Which is true about the story?
本文の内容に合うものはどれですか。
正解:D In 44 cases, a doctor saw the person before and after the change.
第5段落3文目に、44件では医師が変化の前と後の両方でその人を見たとあるので正解はD。Aは第2段落1文目、Bは第3段落3文目(約1センチ)、Cは第5段落4文目と合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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queen名詞女王、王妃
The queen waved to the people.
王妃は人々に手をふった。
💡 king(王)とセットで覚える。
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single形容詞たった一つの
I did not make a single mistake.
私は一つもまちがえなかった。
💡 a single 〜 で「たった一つの〜」と強める。
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root名詞根、根もと
The roots of this tree are very long.
この木の根はとても長い。
💡 「原因」の意味もある(the root of the problem 問題の根本)。
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stress名詞ストレス、精神的な負担
Exams give many students stress.
試験は多くの生徒にストレスを与える。
💡 動詞では「強調する」。形容詞は stressful。
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disappear動詞消える、見えなくなる
The sun disappeared behind the clouds.
太陽が雲のうしろに消えた。
💡 dis-(反対)+appear(現れる)。
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diary名詞日記
She writes in her diary every night.
彼女は毎晩日記を書く。
💡 dairy(乳製品)とつづりがにているので注意。
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mystery名詞なぞ、ふしぎ
How the cat got out is still a mystery.
ネコがどうやって外に出たかは、まだなぞだ。
💡 形容詞は mysterious(なぞめいた)。
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explain動詞説明する
Can you explain this word to me?
この単語を説明してくれますか。
💡 名詞は explanation。explain 物事 to 人 の語順に注意。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 24件)。
- Campan, J. L. H. Memoirs of the Court of Marie Antoinette, Queen of France(英訳、Project Gutenberg)gutenberg.org
- Nahm, M., Navarini, A. A. & Kelly, E. W. (2013) Canities subita: a reappraisal of evidence based on 196 case reports published in the medical literature, International Journal of Trichologydoi.org
- Zhang, B. et al. (2020) Hyperactivation of sympathetic nerves drives depletion of melanocyte stem cells, Naturedoi.org
- Rosenberg, A. M. et al. (2021) Quantitative mapping of human hair greying and reversal in relation to life stress, eLifedoi.org
- Navarini, A. A., Nobbe, S. & Trüeb, R. M. (2009) Marie Antoinette syndrome, Archives of Dermatologydoi.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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