“多すぎる分け前”を断る社会があった。15の小規模社会で最後通牒ゲームをしてみたら

“多すぎる分け前”を断る社会があった。15の小規模社会で最後通牒ゲームをしてみたら

読む前に予想してみよう!

最後通牒ゲームの提案額は、どの社会でもだいたい「半分ずつ」に落ち着く

研究カード(どんな研究?)
対象
狩猟採集・焼畑・牧畜・小規模農耕の15社会の成人
規模
最後通牒ゲーム約560組(ほか公共財・独裁者ゲーム)
研究の種類
異文化比較のフィールド実験
確かさ
★★★☆☆
3秒でわかる

お金の分け方ゲームを世界15の小規模社会で実施。平均の提案額は全体の26%〜58%まで大きく割れ、市場との関わりや日常の協力の度合いでかなり説明できた。

ひとことで言うと「公平」の感覚は、暮らし方によってけっこう変わるらしい!

論文スペック表研究デザイン・規模・結果・その後(玄人向け)
研究デザイン
異文化比較のフィールド実験(匿名・1回きりのゲーム)
対象
12か国の15の小規模社会(狩猟採集民3、焼畑農耕民6、遊牧民4、小規模農耕民2)
データ
最後通牒ゲーム約560組(一部の社会で公共財ゲーム・独裁者ゲームも)
主な指標
提案額(全体に対する割合)と拒否率。社会ごとの「協力の見返り」と「市場統合度」は民族誌にもとづく順位づけ
主な結果
平均提案額は26%(マチゲンガ)〜58%(ラマレラ)。2つの順位で社会間のばらつきの47%を説明、個人の特徴はほとんど予測せず
その後の追試・再分析
第2期(2010年、15集団)で市場統合度と公平な提案、共同体の大きさと罰の強さの関連を報告。Lamba & Mace (2011) は同じ民族の16集落でも大きな差を示した
もくじ
  1. きっかけは「マチゲンガ外れ値」
  2. 方法:12か国、15社会、約560組
  3. 結果:26%から58%まで
  4. 何が違いを生んだのか
  5. 第2期:市場・宗教・共同体の大きさ
  6. 研究史の中での位置づけ
  7. まとめ

あなたは1万円を受け取り、それを見知らぬ相手と分けることになりました。いくら渡すかはあなたが決めます。ただし相手が「その分け方は嫌だ」と断ったら、2人とも1円ももらえません。

経済学の教科書に出てくる「完全に合理的で、自分の得だけを考える人間」なら、答えは簡単です。相手は1円でももらえれば断らないはず。だから提案者は、最小の金額だけ渡せばいい。

ところが世界中の大学生で試すと、提案は4〜5割が普通で、3割を切るような提案はしばしば断られます。では、大学の外ではどうなのか。2000年前後、人類学者と経済学者のチームが、15の小規模社会に同じゲームを持ち込みました。行き先は、アマゾンの森からモンゴルの草原、インドネシアの捕鯨の島まで。結果は、「半分ずつ」どころではないバラバラぶりでした。

01きっかけは「マチゲンガ外れ値」

話は1990年代半ば、ペルーのアマゾンに住む焼畑農耕民マチゲンガから始まります。人類学者ジョセフ・ヘンリックが現地で最後通牒ゲームを行うと、提案が驚くほど低かったのです(Henrich, 2000)。

のちの集計では、マチゲンガの平均提案額は全体の26%。7割以上の人が15%か25%を提案していました。しかも、提案の4分の3以上が3割未満だったのに、断られたのはたった1件。教科書の「経済人」にかなり近い振る舞いでした。著者らはのちに、これを家族の外との協力や分配がもともと少ない暮らし方と重なるものとして論じています。

これは単なる珍しい結果なのか、それとも暮らし方の違いが映っているのか。1997年、米国マッカーサー財団の研究ネットワークがフィールド研究者12人と行動経済学者を集め、大学の実験室向けのゲームを、文字を読まない人も参加できる形に作り直しました。

02方法:12か国、15社会、約560組

研究者たちは12か国に散らばり、15の小規模社会でゲームを行いました。内訳は狩猟採集民3、焼畑農耕民6、遊牧民4、小規模農耕民2。

  • ゲームはすべて匿名・1回きり
  • 賭け金は現地の1日分以上の稼ぎに相当する本物のお金
  • 最後通牒ゲームは全社会で実施(約560組)。一部で公共財ゲームと独裁者ゲームも

さらに研究者たちは、各社会を民族誌の知識から2つの軸で順位づけしました。家族以外との協力が暮らしにどれだけ欠かせないか(協力の見返り)と、市場統合度です。速報は2001年に American Economic Review に、詳しい分析は2005年に Behavioral and Brain Sciences に、各分野の研究者のコメント付きで掲載されました。

同じゲームを、暮らし方の大きく違う15の社会に持ち込んだ
同じゲームを、暮らし方の大きく違う15の社会に持ち込んだ

03結果:26%から58%まで

まず、どの社会でも「経済人」の予測どおりにはなりませんでした。最小額だけを提案するのが普通、という社会はひとつもなかったのです。

一方で、ばらつきは大学生どうしの比較よりずっと大きいものでした。平均提案額は26%(マチゲンガ)から58%(ラマレラ)まで。最も多かった提案額も、15%から50%まで分かれました。

ケニアの牧畜民オルマは、公共財ゲームを見るなり、道路や学校を作るときに各家が出し合う地元の慣習「ハランベー」と同じだと言い、「ハランベー・ゲーム」と呼んで気前よく出資しました。

04何が違いを生んだのか

ここが研究の核心です。性別、年齢、学歴、集団内での相対的な豊かさといった個人の特徴は、提案額をほとんど予測しませんでした。

ところが社会単位で見ると話が変わります。「協力の見返り」と「市場統合度」の2つの順位だけで、社会ごとの平均提案額のばらつきの47%(自由度調整済みの決定係数)を説明できたのです。ここでの市場統合度は、市場での売り買いの多さに、集落の大きさと政治的な複雑さの順位を合わせた総合指標です。市場とのかかわりが深く、家族を超えた協力が暮らしに必要な社会ほど、平均の提案額が高い傾向がありました。

「公平さ」は人類共通の固定された本能というより、暮らしの仕組みとともに育つ規範かもしれない。これが著者らの解釈です。

05第2期:市場・宗教・共同体の大きさ

チームは方法を改良した第2期を行い、2010年に Science に報告しました。15の集団で3種類のゲームを行ったところ、市場統合度(食べるカロリーのうち買ったものの割合)が高いほど公平な提案、共同体が大きいほど不公平な提案への罰(拒否)が強いという関係が見られました。世界宗教への参加も公平さと関連しましたが、すべての指標で一貫してはいませんでした。

この第2期では、15集団の一つとして参加したアメリカの一般成人(学生ではない)が、独裁者ゲームの提案額、最後通牒ゲームの提案額、罰の強さという3つの指標のいずれでも分布の端に位置していました(Henrich, Heine & Norenzayan 2010 による整理)。大学生を「標準的な人間」とみなしてきた前提そのものが揺らぎ、この流れは後の「WEIRD(ウィアード)」論文につながっていきます(→心理学の「人間」の96%は欧米などの国の人だった)。

ここから玄人ゾーン

ここまで読めば要点はつかめています。この先は反論・方法論・未解決の問いまで踏み込みます。

06研究史の中での位置づけ

このプロジェクトは、行動経済学が大学生の実験で積み上げた「人は利己的ではない」という知見を、人類の幅の中に置き直した点で画期的でした。

利己性の公理が崩れたことは、実は大学生の実験でもわかっていました。新しかったのは、崩れ方が社会によって大きく違うこと、そしてその違いが暮らしの仕組みと結びついていそうだという点です。ここから「大規模な社会の協力は、市場や宗教などの制度とともに文化的に進化した」という仮説が、検証可能な形で議論されるようになりました。

同じ「分け方」でも、受け止め方は暮らしによって違う
同じ「分け方」でも、受け止め方は暮らしによって違う

07まとめ

「人は損得だけで動く」という経済人モデルは、15のどの社会でもそのままでは当てはまりませんでした。そして、その外れ方は社会ごとに驚くほど違いました。

半分以上を差し出す捕鯨の島、多すぎる贈り物を警戒する村、ほとんど断らない森の家族。私たちが当たり前だと思う「公平」は、自分たちの暮らしの仕組みが形づくったものかもしれません。次に誰かと何かを分けるとき、その「ちょうどいい」がどこから来たのか、少しだけ考えてみてください。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerThe ultimatum game is simple. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

The ultimatum game is simple. One player gets a sum of real money and offers part of it to a second player. If the second player refuses, neither of them gets anything. A purely selfish person would offer almost nothing, and the other player would accept. Around 2000, a team of anthropologists and economists took this game to 15 small-scale societies, from farmers in the Amazon to herders in Mongolia. No group behaved in the purely selfish way.

But average offers ranged from 26 percent of the money among the Machiguenga of Peru to 58 percent among the whale hunters of Lamalera in Indonesia. Groups that relied more on markets and on cooperation outside the family tended to make higher offers.

121 words ・ CEFR B1

和訳を見る

最後通牒ゲームは単純だ。一方のプレイヤーが本物のお金を受け取り、その一部を2人目のプレイヤーに提案する。2人目が断れば、どちらも何も得られない。純粋に利己的な人なら、ほとんど何も提案せず、相手もそれを受け入れるはずだ。2000年ごろ、人類学者と経済学者のチームがこのゲームを、アマゾンの農耕民からモンゴルの牧畜民まで、15の小規模社会に持ち込んだ。純粋に利己的な振る舞いをした集団はひとつもなかった。

しかし平均提案額は、ペルーのマチゲンガの26%から、インドネシア・ラマレラの捕鯨民の58%まで幅があった。市場や家族外との協力に頼る度合いが大きい集団ほど、高い提案をする傾向があった。

4択リーディングクイズ

Q1. What is the main point of the passage?

Q2. Which group made the highest average offer?

Q3. What can we infer about a purely selfish model of people?

重要単語

  • ultimatumC1
    名詞最後通牒(受けるか断るかの最終的な要求)The company gave the workers an ultimatum. give someone an ultimatum で「〜に最後通牒をつきつける」。複数形は ultimatums。
  • proposerB2
    名詞提案者The proposer offered less than a third of the money. propose(提案する)+-er。proposal(提案)とセットで覚える。
  • refuseB1
    動詞断る、拒むShe refused the offer because it seemed unfair. refuse to do で「〜するのを拒む」。名詞 refusal。reject は「(提案などを)却下する」でやや硬い。
  • selfishB1
    形容詞利己的な、自分勝手なA selfish player would keep almost all the money. self(自分)+-ish。反対語は unselfish / generous。
  • stakeB2
    名詞賭け金、(実験で)かかっている金額The stakes were equal to a day's wages. 複数形 stakes で使うことが多い。high stakes で「重大な、失敗できない」。
  • market integrationC1
    名詞市場統合度(市場での売り買いにどれだけ頼って暮らしているか)Market integration was measured by how much food people bought. integrate(組み込む)の名詞形。economic integration(経済統合)などにも使う。
  • normB2
    名詞社会規範、ふつうのやり方Sharing meat after a hunt is a strong norm there. social norm で「社会規範」。normal(ふつうの)と同じ語源。

4コマでわかる

“多すぎる分け前”を断る社会があった。15の小規模社会で最後通牒ゲームをしてみたらの4コマ漫画
「お金を分けて、相手が断ったら両方ゼロ」というゲームを世界15の小規模社会でやったら、平均の提案は全体の26%〜58%とバラバラ。半分以上あげる社会も、多すぎる申し出を断る社会もあったらしい。

押すと「マジかリスト」に保存されます

出典・参考文献(5件)タップで表示

原典ガイド:入門から読むと入りやすく、必読は議論の土台、発展はその先の論点です。

  1. 入門Henrich et al. (2001) In Search of Homo Economicus: Behavioral Experiments in 15 Small-Scale Societies, American Economic Reviewdoi.org15社会プロジェクトの速報。短く、主な結果の要点をつかむのに向く
  2. 必読Henrich et al. (2005) "Economic man" in cross-cultural perspective: Behavioral experiments in 15 small-scale societies, Behavioral and Brain Sciencesdoi.org15社会の結果を詳しく分析した決定版。各分野の研究者による公開コメントもついていて、論争の全体像が読める
  3. 発展Henrich (2000) Does Culture Matter in Economic Behavior? Ultimatum Game Bargaining Among the Machiguenga of the Peruvian Amazon, American Economic Reviewdoi.org出発点となったマチゲンガでの最後通牒ゲーム。「外れ値」がどう見つかったかが分かる
  4. 発展Henrich et al. (2010) Markets, Religion, Community Size, and the Evolution of Fairness and Punishment, Sciencedoi.org方法を改良した第2期。市場統合度・世界宗教・共同体の大きさと、公平さや罰との関係
  5. 必読Lamba & Mace (2011) Demography and ecology drive variation in cooperation across human populations, PNASdoi.org同じ民族の中の集落間の差に注目した批判的研究。「文化」をどの単位で測るべきかを考える手がかりに