煙が部屋に充満しても、周りが動かないと人は動かない。災害時の「正常性バイアス」

読む前に予想してみよう!
災害が起きると、人はたいていパニックになって我先に逃げ出す
研究では、パニックより「逃げ遅れ」や「様子見」の方がずっと問題になりやすいとされる。
- 対象
- 大学生・災害の生存者など
- 規模
- 各十数〜数百人
- 研究の種類
- 実験室実験・聞き取り調査・避難行動研究のレビュー
- 確かさ
- ★★★☆☆
「自分は大丈夫」「たいしたことない」と危険を小さく見積もる心のクセ。煙の実験では、周りが平然としていると通報する人が激減した。
ひとことで言うと「まさか自分が」と思って、逃げるのが遅れちゃう心のクセ!
非常ベルが鳴った。でも、周りの人は誰も立ち上がらない。
「たぶん誤作動だよね」「訓練かな」……そう思って、手元のスマホに目を戻す。
この「まだ大丈夫」「たいしたことない」と思い込む心の働きを、防災の世界では正常性バイアスと呼びます。脳が「いつもどおりの日常」を守ろうとして、異常のサインを小さく見積もってしまうのです。
01部屋に煙が流れ込んでくる実験
この心理をあざやかに見せたのが、1968年の有名な実験です。
後で理由を聞くと、残った人たちは「スチームだと思った」「エアコンの何かかと」などと答えました。周りが落ち着いている=危険じゃないと、無意識に判断していたのです。この実験は、周りに人が多いほど助けが遅れる傍観者効果の研究の一部でもあります。
ただしこれは1960年代のアメリカの大学で行われた、各条件10〜20人台の小さな実験です。「あいまいな状況で、人は周りを手がかりにする」という大筋は他の研究とも合っていますが、数字そのものをどんな場面にも当てはめるのは注意が必要です。
02「自分だけは大丈夫」という楽観
正常性バイアスとよく似た仲間に、楽観バイアスがあります。
1980年、心理学者のニール・ワインスタインは大学生に、病気や事故など将来のいろいろな出来事について「同じ大学の学生と比べて、自分に起きる可能性は?」と尋ねました。すると学生たちは全体として、悪い出来事は「自分には平均より起きにくい」と答えたのです。全員が平均より安全、ということは統計的にありえません。
つまり私たちの脳には、
- 「いつもと同じだろう」(正常性バイアス)
- 「自分には起きないだろう」(楽観バイアス)
- 「みんな逃げてないし」(周りに合わせる心理)
という三重のブレーキがかかりやすいのです。

03どんでん返し:「パニック」はむしろまれ
映画では、災害が起きると人々が悲鳴をあげて我先に逃げ出します。でも実際の研究では、パニックはそれほど起きないことがわかってきました。
イギリスの研究者らが緊急事態の生存者に聞き取りをした研究(Drury ら, 2009)では、人々はむしろ助け合い、落ち着いて行動していたケースが多いと報告されています。
問題は「パニック」よりも、動き出すのが遅すぎること。だからこそ、正常性バイアスを知っておく意味があるのです。
04「最初に逃げる人」になる
なお、「正常性バイアス」という言葉は防災の分野で広く使われていますが、ひとつの実験で厳密に定義された用語というより、いくつかの心理をまとめた呼び名と考えるのがよさそうです。避難の研究では、人は警報を受けると「本当に危ないのか」「自分に関係あるのか」「何をすればいいのか」を順に確かめ、その途中で周りの人の様子や家族の安否確認に時間を使うことが知られています(防護行動決定モデル)。
日本の防災教育では、周りが動かなくても自分から避難を始める「率先避難者」になることの大切さが教えられています。誰かが一歩動けば、周りも「やっぱり危ないんだ」と気づけるからです。
05まとめ
正常性バイアスは、ふだんは私たちを「いちいち不安にならない」ように守ってくれる心の仕組みです。でも、本物の危機では命取りになることがあります。
空振りの避難を「恥ずかしい」と思う必要はありません。空振りは、次も逃げるための練習です。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerIn disasters, many people think "It's nothing serious" and delay escaping.
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4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
When a fire alarm rings, many people think, "It's probably nothing." This is called normalcy bias. In a 1968 study, smoke came into a room. When students were alone, 75% went out to report it.
But when they were with two calm people, only one in ten reported it. In real disasters, panic is rare. The bigger problem is that people start to move too late.
66 words ・ CEFR A2
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火災報知器が鳴ったとき、多くの人は「たぶん何でもないだろう」と考えます。これは正常性バイアスと呼ばれます。1968年の研究で、部屋に煙が入ってきました。学生がひとりのときは、75%が部屋を出て知らせに行きました。
しかし、落ち着いた2人の人と一緒のときは、知らせに行ったのは10人に1人だけでした。実際の災害では、パニックはまれです。より大きな問題は、人が動き出すのが遅すぎることなのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
「たぶん大丈夫」と思って動くのが遅れる正常性バイアスがテーマなので D。
Q2. When students were alone, how many reported the smoke?
When students were alone, 75% went out to report it. とあるので D。
Q3. In this passage, "rare" means ...
panic is rare は「パニックはまれだ」。rare は「めったにない」なので A。
In disasters, many people think "It's nothing serious" and delay escaping. This tendency is often called normalcy bias. A famous 1968 experiment showed how other people make it worse. While students filled out a questionnaire, smoke was sent into the room. Of those who were alone, 75% left to report it.
But when they sat with two people who calmly kept working, only one in ten did. Some even kept writing while rubbing their eyes. They later said they thought it was steam.
In addition, many people believe bad events are less likely to happen to them than to others. Real panic is actually rare in emergencies. The greater danger is moving too late.
114 words ・ CEFR B1
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災害時、多くの人は「たいしたことはない」と考えて避難を遅らせます。この傾向はよく正常性バイアスと呼ばれます。1968年の有名な実験は、他人がこれをどう悪化させるかを示しました。学生がアンケートに記入している間に、部屋に煙が流し込まれました。ひとりでいた人のうち、75%が部屋を出て知らせに行きました。
しかし、落ち着いて作業を続ける2人と一緒に座っていた場合は、知らせに行ったのは10人に1人だけでした。目をこすりながら書き続けた人さえいました。彼らは後で、湯気だと思ったと言いました。
さらに、多くの人は、悪い出来事は他人より自分には起きにくいと信じています。緊急時に本当のパニックが起きることは、実はまれです。より大きな危険は、動くのが遅すぎることなのです。
4択リーディングクイズ
Q1. What happened when students sat with two calm people?
only one in ten did とあるので D。
Q2. Why did some students not report the smoke?
They later said they thought it was steam. とあるので A。
Q3. What can we infer from the experiment?
周りが落ち着いていると通報が激減したので、人は他人の様子を手がかりに危険かどうか判断していると推論できる。B。
Disaster specialists use the term "normalcy bias" for the tendency to downplay warning signs and assume that everything will remain as usual. A classic 1968 experiment shows how social cues can intensify this tendency. As students completed a questionnaire, smoke was piped into the room through a vent.
When they were alone, 75% left to report it, but when seated with two confederates who calmly continued working, only one in ten did so; some kept writing while rubbing their eyes and later explained that they had assumed it was steam. A related phenomenon, optimism bias, was documented in 1980, when students overall judged negative events to be less likely to happen to them than to their peers, which is statistically impossible for everyone.
Studies of survivors suggest that panic is rare, and that people frequently help one another and behave calmly. The real hazard is delay. Two caveats apply, however. The smoke study was small, with only ten to twenty-odd participants per condition, and normalcy bias is better seen as a label for several processes than as a precisely defined construct. Research on evacuation shows that people often spend time confirming warnings and checking on family before acting.
198 words ・ CEFR B2
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防災の専門家は、警告のサインを軽く見て、すべていつもどおりだと思い込む傾向を「正常性バイアス」と呼びます。1968年の古典的な実験は、社会的な手がかりがこの傾向をどう強めうるかを示しています。学生がアンケートに記入している間に、通気口から部屋に煙が送り込まれました。ひとりのときは75%が部屋を出て知らせに行きましたが、落ち着いて作業を続ける2人の仕掛け人と一緒に座っていると、そうしたのは10人に1人だけでした。
目をこすりながら書き続けた人もおり、後で湯気だと思っていたと説明しました。関連する現象である楽観バイアスは1980年に記録されました。学生たちは全体として、悪い出来事は仲間よりも自分には起きにくいと判断したのです。
全員がそうであることは統計的にありえません。生存者の研究によると、パニックはまれで、人々はしばしば助け合い、落ち着いて行動します。本当の危険は遅れなのです。ただし、2つの注意点があります。煙の研究は各条件の参加者が10〜20人台と小規模であり、正常性バイアスは厳密に定義された概念というより、いくつかの心理過程をまとめた呼び名と考えるほうがよいでしょう。避難に関する研究によると、人は行動する前に、警報を確かめたり家族の安否を確認したりすることに時間を使うことが多いのです。
4択リーディングクイズ
Q1. According to the passage, what is the real hazard in disasters?
panic is rare ... The real hazard is delay. とあるので D。
Q2. Why is the optimism bias described as "statistically impossible for everyone"?
全員が「自分は平均より起きにくい」ということはありえない、という意味なので A。
Q3. What does the author suggest about the term "normalcy bias"?
better seen as a label for several processes than as a precisely defined construct とあるので C。
重要単語
- evacuateB2動詞避難する、避難させるResidents were told to evacuate before the flood.
e-(外へ)+vacu(空の)。vacuum と同語源。名詞 evacuation(避難)、evacuation order(避難指示)。 - emergencyB1名詞緊急事態Call 119 in an emergency.
in an emergency / in case of emergency の形で。emerge(現れる)から「突然現れた事態」。 - warningB1名詞警報、警告The town issued a tsunami warning.
issue a warning(警報を出す)がコロケーション。動詞 warn 人 of / about ~。 - underestimateB2動詞過小評価するDon't underestimate the power of the storm.
反対語 overestimate。downplay(軽く扱う)も類義語として覚えたい。 - panicB1名詞・動詞パニック、大混乱/うろたえるContrary to popular belief, panic is rare in disasters.
動詞の過去形は panicked(k が入る)。ギリシャ神話の牧神パン(Pan)が語源。 - downplayC1動詞軽く扱う、重要でないように見せるHe tried to downplay the risk.
play down とも言う。反対は emphasize / play up。 - caveatC1名詞注意書き、但し書きThere is one important caveat to this finding.
ラテン語で「用心せよ」。caveat emptor=「買い手は用心せよ」。研究紹介で「ただし~」を言う時に便利。
公式・一次情報をチェック
- 避難情報に関するガイドライン(内閣府 防災情報のページ)bousai.go.jp
- キキクル(危険度分布)(気象庁)jma.go.jp
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部屋に煙がモクモク入ってくる実験。ひとりなら多くの人がすぐ知らせに行ったのに、平然としている他人と一緒だと、知らせに行ったのは10人に1人だったらしい。災害時の「まだ大丈夫」はこうして生まれる。
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- Latané & Darley (1968) Group inhibition of bystander intervention in emergencies, Journal of Personality and Social Psychologydoi.org
- Weinstein (1980) Unrealistic optimism about future life events, Journal of Personality and Social Psychologydoi.org
- Drury, Cocking & Reicher (2009) Everyone for themselves? A comparative study of crowd solidarity among emergency survivors, British Journal of Social Psychologydoi.org
- Lindell & Perry (2012) The Protective Action Decision Model: Theoretical modifications and additional evidence, Risk Analysisdoi.org
- Kinateder, Kuligowski, Reneke & Peacock (2015) Risk perception in fire evacuation behavior revisited: definitions, related concepts, and empirical evidence, Fire Science Reviewsdoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。











