「単語の音と意味は無関係」は本当? 世界4千超の言語で見つかった“鼻にはn”の偏り

「単語の音と意味は無関係」は本当? 世界4千超の言語で見つかった“鼻にはn”の偏り

読む前に予想してみよう!

「ブーバ」と「キキ」のどちらが丸い形の名前かを選ぶ実験では、文字が違う国の人でも多くが「ブーバ=丸」を選ぶ

研究カード(どんな研究?)
対象
世界の4,000を超える言語の基礎語彙リスト
規模
主に40の基本概念(一部の言語は100概念)
研究の種類
大規模な言語間比較(統計解析)
確かさ
★★★☆☆
3秒でわかる

言語学の大原則「音と意味は無関係」。だが世界の言語の約3分の2を調べると、「鼻」にn、「小さい」にiなど、無関係な言語どうしで同じ音の偏りが見つかった。

ひとことで言うと音と意味はほぼバラバラ。でも「鼻はn」みたいな、世界共通のクセもあった!

論文スペック表研究デザイン・規模・結果・その後(玄人向け)
研究デザイン
観察研究(基礎語彙リストの大規模な言語間比較)
データ
世界の言語の約3分の2(4,298言語・6,447リスト)。大半は40の基本概念のみで、100概念そろうのは328リスト
偶然・系統の補正
語族単位で重みをそろえた平均(2種類の系統分類で確認)、語の長さの統制、6つのマクロ地域の半数以上での一貫性、偽発見率5%の多重比較補正
主な結果
30概念で計74の偏り。「小さい」にi、「鼻」にn、「舌」にl、「丸い」にr、「満ちた」にpやb など
関連する実験
Ćwiek et al. (2022):25言語・917人でブーバ/キキ効果を確認(一致は推定約72%)
限界
簡略表記(子音34・母音7の記号)の粗いデータ。簡略表記(子音34・母音7の記号)の粗いデータ。本文で挙げた鼻や舌の例では偏りの強さは出現率で約1.5〜2.8倍で、個々の語の形を予測する力は小さい
もくじ
  1. 問い:「たまたま似ている」と「偏っている」をどう見分けるか
  2. 方法:基礎語彙リスト × 世界の約3分の2の言語
  3. 結果:「小さい」にi、「鼻」にn、「舌」にl
  4. なぜそんな偏りが?
  5. ブーバ/キキ:25言語・917人で確かめた
  6. 研究史の中での位置づけ
  7. まとめ

日本語で「鼻」は hana。英語では nose、フランス語では nez、ドイツ語では Nase。

ヨーロッパの言語どうしは親戚なので、似ていても不思議はありません。でも日本語はまったく別の系統です。それなのに、どれにも n の音が入っている。

ただの偶然でしょうか?

言語学には「単語の音と意味の結びつきは恣意的(必然性がない)」という大原則があります。20世紀初めのソシュール以来、ほぼ教科書の常識です。ところが2016年、ブラシ(Blasi)らの国際チームが、世界の言語の約3分の2を統計的に調べました。すると、この常識に小さな、しかし無視できない穴が見つかったのです。

01問い:「たまたま似ている」と「偏っている」をどう見分けるか

音と意味の“非恣意的”な結びつきは、これまでも個別には報告されてきました。ただ、言語横断の研究は1件の例外を除けば多くても200言語ほどの規模で、扱う語も特定の意味分野に限られていました。世界の6,000を超える言語のごく一部にすぎません。

しかも、単語が似る理由はいくつもあります。

  1. 親戚だから(共通の祖先から受け継いだ)
  2. 借りたから(となりの言語から借用した)
  3. 人間の感覚や体に根ざした理由があるから

本当に面白いのは3だけ。1と2をきちんと取り除けるかが、研究の勝負どころでした。

02方法:基礎語彙リスト × 世界の約3分の2の言語

ポイントは、偏りが本物かどうかを何重にも確かめたことです。

  • 語族(または孤立語)ごとに重みをそろえて平均し、大きな語族の親戚どうしの類似で数が水増しされないようにした。系統の分け方も、性質の違う2種類の分類で確かめた。
  • 世界をアフリカ、ユーラシア、パプアニューギニアと太平洋、オーストラリア、北米、南米の6つの地域に分け、データが十分な地域の半数以上で同じ向きの偏りが出て、逆向きの地域がないかを確かめた。
  • 概念×音の組み合わせを総当たりで調べるため、偶然の“当たり”を減らすための厳しい基準(偽発見率5%)を設けた。長い語ほどどの音も入りやすいという見かけの偏りも、別の検定で取り除いた。

03結果:「小さい」にi、「鼻」にn、「舌」にl

厳しい基準をくぐりぬけて、30の概念で計74の偏り(その音が入りやすい/入りにくい)が残りました。著者らはこれを「100の基本語彙のかなりの割合」と表現しています。代表例は次のとおりです。

  • 「小さい」→ i の音(日本語の「ちいさい」にも i)
  • 「満ちた(full)」→ p や b の音
  • 「舌」→ l の音
  • 「鼻」→ n の音(日本語の「はな」にも n)
  • 「丸い」→ r の音

逆に、特定の音が避けられるケースも報告されています。

ただし、偏りの強さは「ほかの語より入りやすい」という程度です。たとえば「鼻」を表す語に n が入る割合は約36%で、ほかの語の約24%の約1.5倍。もっとも強い部類の「舌」と l でも、約42%対約15%(約2.8倍)です。また「小さい」「丸い」は100概念のリストにしかないため、調べられた系統(語族・孤立語)は56〜78にとどまります(「鼻」と n は334系統)。

そして重要なのは、これらの偏りが大陸や語族をこえて繰り返し現れ、その地理的・歴史的な分布から見ると、多くは受け継ぎや借用で広まったというより、別々の場所で独立に生まれたらしい、と著者らが結論したことです。ただし偏りの約5分の1では、同じ偏りをもつ無関係な言語が近くにあるほど現れやすく、接触による広がりも一部にはありそうです。

同じ音の偏りが、親戚関係のない言語で何度も独立に生まれていたらしい
同じ音の偏りが、親戚関係のない言語で何度も独立に生まれていたらしい

04なぜそんな偏りが?

この論文は「どの偏りがあるか」を示したもので、一つひとつの理由を実験で確かめたわけではありません。ただ、研究者たちが考えている説明の候補はあります。

  • 音の“感じ”と意味が似ている:i は口の中の空間が狭く、高く鋭い響きをもつ母音。「小ささ」を連想させやすい、という音象徴の考え方。
  • その体の部分そのものが関わる:n は鼻に息を抜く音(鼻音)、l は舌先を使う音。体の部位を指す語に、その部位で作る音が入りやすいのでは、という見方。

こうした「音と別の感覚が結びつく」傾向を実験で示す代表例が、次のブーバ/キキ効果です。

05ブーバ/キキ:25言語・917人で確かめた

丸っこい図形と、ギザギザの図形。どちらが「ブーバ」で、どちらが「キキ」? 多くの人が「丸いほうがブーバ」と答えます。1920年代にドイツの心理学者ケーラーが似た実験を行い、2000年代に「ブーバ/キキ」の名で広く知られるようになりました。

ただ、これには「文字の形のせいでは?」という疑いがありました。ローマ字の b や o は丸く、k や i はとがっている。英語などの話者は、音を聞いても頭の中で文字を思い浮かべているかもしれません。

さらに、

  • ローマ字を使う言語の話者は、ローマ字以外の言語の話者よりわずかに一致率が高い傾向(平均で75%と63%)にとどまった。
  • 各文字体系で「ブーバ」「キキ」を書いたときの“形の丸さ・とがり具合”を別の参加者に評価してもらっても、それで効果の強さは説明できなかった。

著者らは、ブーバ/キキ効果は文字ではなく、声と形の感覚的な対応に根ざしていると結論しました。ブラシらの「世界の語彙に見られる偏り」と、実験室で見られる「音と形の対応」は、同じ根っこから生えている可能性があります。

ここから玄人ゾーン

ここまで読めば要点はつかめています。この先は反論・方法論・未解決の問いまで踏み込みます。

06研究史の中での位置づけ

ソシュールの恣意性原理は、言語を「記号の体系」として研究する近代言語学の出発点でした。いっぽう、日本語の豊かなオノマトペや、アフリカやアジアなど世界各地の言語に見られる擬態語(イデオフォン)の研究は、音と意味のつながりが言語の周辺ではなく中心にもあることを示してきました。

ブラシらの研究は、その議論を世界規模の統計の土俵に乗せた点で画期的です。さらに、クロスモーダル対応の実験(ブーバ/キキ)とつなげることで、「なぜ人類の言葉に共通のクセが生まれるのか」という、言語の起源と進化の問いにも新しい手がかりを与えました。

07まとめ

「単語の音と意味は無関係」。この言語学の大原則は、大筋では正しい。犬を inu と呼ぶか dog と呼ぶかに、理由はありません。

でも、世界の言語の約3分の2を調べると、「小さい」にi、「鼻」にnのような偏りが、親戚でもない言語どうしで何度も独立に生まれていたらしいのです。ブーバ/キキ実験でも、文字の違いをこえて音と形の対応が確認されています。

判定は「ビミョー」。音と意味は“ほぼ”無関係、でも完全なデタラメではない。言葉の中には、人間の体と感覚の痕跡が、かすかに刻まれているのかもしれません。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerLinguists have long taught that the sound of a word has nothing to do with its meaning. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

Linguists have long taught that the sound of a word has nothing to do with its meaning. In 2016, an international team tested this idea with basic word lists from more than 4,000 languages, about two-thirds of the languages in the world. They looked at common meanings, such as "nose," "tongue" and "full," and checked which sounds appeared in each word.

Most lists had 40 meanings, and a few hundred had 100. To avoid counting related languages as separate cases, they grouped languages by family and compared different regions of the world. Some links appeared again and again. Words for "nose" tended to contain n, and words for "tongue" tended to contain l. These patterns seem to have appeared on their own in many different places.

126 words ・ CEFR B1

和訳を見る

言語学者たちは長いあいだ、単語の音はその意味とは関係がないと教えてきました。2016年、国際的な研究チームが、4,000を超える言語、つまり世界の言語の約3分の2の基礎的な単語リストを使って、この考えを検証しました。彼らは「鼻」「舌」「満ちた」などのよく使う意味を取り上げ、それぞれの単語にどの音が入っているかを調べました。

ほとんどのリストは40の意味だけで、100の意味がそろうリストは数百でした。親戚関係にある言語を別々の例として数えてしまわないよう、言語を語族ごとにまとめ、世界の異なる地域どうしを比べました。いくつかの結びつきが何度も現れました。「鼻」を表す語には n が、「舌」を表す語には l が入りやすい傾向がありました。これらのパターンは、多くの異なる場所でそれぞれ独自に生まれたようです。

4択リーディングクイズ

Q1. What is the passage mainly about?

Q2. Why did the team group languages by family?

Q3. What does "appeared on their own" in the last sentence suggest?

重要単語

  • arbitraryC1
    形容詞恣意的な、必然性のないThe link between a word's sound and its meaning is mostly arbitrary. 日常では「勝手な、気まぐれな」。an arbitrary decision「独断的な決定」。
  • sound symbolismC1
    名詞(句)音象徴Sound symbolism makes "kiki" feel sharp. symbol(象徴)+-ism。日本語のオノマトペ研究でもよく使われる用語。
  • iconicityC1
    名詞類像性(形が意味に似ていること)Onomatopoeia is a clear case of iconicity. icon(似姿、アイコン)から。スマホのアイコンも「中身に似せた絵」。
  • associationB2
    名詞結びつき、連想There is an association between "small" and the vowel i. associate A with B「AをBと結びつけて考える」は入試頻出。
  • lineageC1
    名詞系統、家系Related languages share a common lineage. line(線)と同語源。先祖から続く「線」のイメージ。発音は「リニイジ」に近い。
  • crossmodalC1
    形容詞感覚の種類をまたぐMatching sounds to shapes is a crossmodal task. cross(またぐ)+modal(感覚の様式)。視覚と聴覚を結びつけるような現象に使う。
  • by descentC1
    熟語(先祖からの)継承によってThese words came into the language by descent, not by borrowing. descend(下る)の名詞 descent。of Japanese descent「日系の」も覚えたい。

4コマでわかる

「単語の音と意味は無関係」は本当? 世界4千超の言語で見つかった“鼻にはn”の偏りの4コマ漫画
日本語の「はな(鼻)」にも英語の nose にも n の音。世界の言語の約3分の2を調べた研究で「鼻」にnが入りやすい偏りが確認されたらしい。「小さい」にはi、「舌」にはl。言葉の音は完全なデタラメじゃなかった。

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出典・参考文献(3件)タップで表示

原典ガイド:入門から読むと入りやすく、必読は議論の土台、発展はその先の論点です。

  1. 必読Blasi, Wichmann, Hammarström, Stadler & Christiansen (2016) Sound–meaning association biases evidenced across thousands of languages. PNASdoi.org本研究の原典。見つかった音と意味の偏りの一覧と、系統・地域の影響を取り除く手順
  2. 発展Ćwiek et al. (2022) The bouba/kiki effect is robust across cultures and writing systems. Philosophical Transactions of the Royal Society Bdoi.orgブーバ/キキ効果を25言語・10種類の文字体系で検証した実験。文字の形で説明できるかを確かめた部分が読みどころ
  3. 入門Dingemanse, Blasi, Lupyan, Christiansen & Monaghan (2015) Arbitrariness, Iconicity, and Systematicity in Language. Trends in Cognitive Sciencesdoi.org恣意性・類像性・体系性が言語の中でどう共存し、どんな役割を担うかを整理した総説。分野の全体像をつかむ入口に