ナポレオンは毒殺された? 髪の毛のヒ素を測った200年越しの論争と、病理学の見立て

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19世紀のヨーロッパでは、壁紙の緑色の顔料にヒ素化合物が使われていた
「シェーレグリーン」などのヒ素系顔料が壁紙や塗料に広く使われていた。
- 対象
- ナポレオンの頭髪と解剖記録
- 規模
- 複数の毛髪試料/胃がん患者135人との比較
- 研究の種類
- 元素分析・臨床病理学的比較
- 確かさ
- ★★☆☆☆
ナポレオンの髪には確かに高いヒ素が。でも死の7年前の髪にも高濃度で含まれ、病理学的な検討では進行した胃がんが最有力とされている。
ひとことで言うとナポレオンの髪にはヒ素があった。でも毒殺より病気が有力。
1821年5月、南大西洋の孤島セントヘレナで、ナポレオン・ボナパルトが51歳で亡くなりました。
その直後から、ささやかれ続けてきた噂があります。「毒殺されたのではないか」。
決定的な証拠になりそうだったのが、記念品として大切に保管されていた彼の髪の毛でした。1960年代以降、科学者たちはこの髪を分析し、毒殺説をめぐる論争は今も続いています。
01髪のヒ素は、確かに高かった
髪は1か月に約1cm伸びるので、毛の根元から先へ測っていけば、いつ何にさらされたかの記録になります。法医学では今も使われる手法です。
これだけ読むと、毒殺説が有利に見えます。しかし、ここに大きな「待った」がかかります。
02死の7年前の髪にも、高い濃度で入っていた
つまり、セントヘレナで誰かに毒を盛られたのなら、到着前の髪にヒ素が多い理由を説明できません。

03解剖記録を「現代のがん」の目で読み直す
では、死因は何だったのでしょう。
進行した胃がんは、現代でも予後が厳しい病気です。ナポレオンの最後の数か月の症状(食べられない、やせる、吐血のような記述)とも整合します。
04どんでん返し:記念品の髪は「本物」か?
実は、もう一段深い問題があります。分析された髪が、本当にナポレオンのものかという点です。
有名人の遺髪は収集品として売買されてきたため、由来の確かさには幅があります。研究によって報告される濃度にばらつきがあるのも、試料の違いが関係している可能性があります。
05まとめ
- ナポレオンの髪には高濃度のヒ素があり、無機ヒ素が大半だった
- だが死の7年前の髪にも高濃度のヒ素があり、毒殺説の決定的証拠にはならない
- 当時はヒ素が壁紙・薬など日常にあふれていた
- 解剖記録の現代的な検討では、進行した胃がんが最有力
「毒殺」というドラマチックな物語より、データをていねいに並べた方が、ずっと説得力があります。歴史ミステリーは、化学と病理学の腕試しの場なのです。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerWhen Napoleon died on Saint Helena in 1821 at the age of 51, rumors spread that he had been poisoned.
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4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く
原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Napoleon died on the island of Saint Helena in 1821. Some people thought someone poisoned him. Scientists tested his hair and found a lot of arsenic, a kind of poison.
But his hair from seven years earlier also had a lot of arsenic. At that time, arsenic was in green wallpaper and some medicines. Today, many experts think Napoleon probably died of stomach cancer.
64 words ・ CEFR A2
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ナポレオンは1821年にセントヘレナ島で亡くなりました。誰かが彼に毒を盛ったと考える人もいました。科学者たちが彼の髪を調べると、毒の一種であるヒ素がたくさん見つかりました。
しかし、7年前の彼の髪にもたくさんのヒ素が含まれていました。当時、ヒ素は緑色の壁紙や一部の薬に入っていました。今日、多くの専門家は、ナポレオンはおそらく胃がんで亡くなったと考えています。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
ナポレオンが毒殺されたのか病気で亡くなったのかがテーマなので B。
Q2. Where was arsenic found at that time?
arsenic was in green wallpaper and some medicines とあるので C。
Q3. In this passage, "poisoned" means someone ...
poison は動詞で「毒を盛る」。害のあるものを与えて病気にさせたり死なせたりすることなので A。
When Napoleon died on Saint Helena in 1821 at the age of 51, rumors spread that he had been poisoned. Later, scientists analyzed locks of his hair and found high levels of arsenic, and most of it was the more toxic inorganic form. This seemed to support the poisoning theory.
However, a 2004 study compared hair cut the day after his death with hair cut seven years earlier, in 1814. Both samples contained high levels of arsenic, so the arsenic could not have come only from poison given on the island. In fact, arsenic was common in nineteenth-century wallpaper, paint and medicine. A 2007 study of autopsy records concluded that advanced stomach cancer was the most likely cause of death.
120 words ・ CEFR B1
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1821年、ナポレオンが51歳でセントヘレナ島で亡くなったとき、彼は毒殺されたという噂が広がりました。のちに科学者たちが彼の髪の束を分析すると、高濃度のヒ素が見つかり、その大部分はより毒性の強い無機ヒ素でした。これは毒殺説を支持するように見えました。
しかし2004年の研究は、彼の死の翌日に切られた髪と、その7年前の1814年に切られた髪を比較しました。どちらの試料にも高濃度のヒ素が含まれていたので、ヒ素が島で盛られた毒だけから来たはずはありません。実際、ヒ素は19世紀の壁紙や塗料、薬によく使われていました。解剖記録を調べた2007年の研究は、進行した胃がんが最も可能性の高い死因だと結論づけました。
4択リーディングクイズ
Q1. Why did the arsenic in Napoleon's hair seem to support the poisoning theory at first?
found high levels of arsenic, and most of it was the more toxic inorganic form とあるので D。
Q2. What did the 2004 study compare?
hair cut the day after his death with hair cut seven years earlier とあるので B。
Q3. What can we infer from the result of the 2004 study?
死の7年前の髪にもヒ素が多かったので、島での毒殺の証拠にはならないと推論できる。正解は C。
Napoleon died on Saint Helena in 1821, and rumors of murder began at once. Tests on his preserved hair later seemed to back them up, although not every lock kept as a souvenir can be confirmed as his. Hair grows about a centimeter a month, so it keeps a record of exposure to toxic substances over time. In 2007, the toxicologist Kintz and colleagues reported arsenic levels of 37 to 42 nanograms per milligram, over 97 percent of it in the highly toxic inorganic form. Those numbers fit chronic exposure.
But chronic exposure is not the same as deliberate poisoning. A 2004 study had already found high levels in hair cut in 1814, during his earlier exile, seven years before he died. That is hard to square with poisoning on Saint Helena. Arsenic was everywhere at the time, in green wallpaper pigments, paints, rat poison and medicines.
Lugli and colleagues worked from the written autopsy description, not from tissue samples, and compared it with data from 135 modern stomach cancer patients. A tumor of more than ten centimeters, with no recorded spread to nearby organs, matched at least stage IIIA gastric cancer, possibly linked to a bacterial infection.
198 words ・ CEFR B2
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ナポレオンは1821年にセントヘレナ島で亡くなり、殺害の噂はすぐに広まりました。保存されていた彼の髪の検査は、のちにその噂を裏づけるように見えました。ただし、記念品として保管された髪の束がすべて本当に彼のものだと確認できるわけではありません。髪は1か月に約1センチ伸びるので、有害物質への曝露を時間を追って記録しています。2007年、毒物学者キンツらは、1ミリグラムあたり37〜42ナノグラムのヒ素濃度を報告し、その97%以上が毒性の強い無機ヒ素でした。
これらの数字は慢性的な曝露と合っています。しかし、慢性的な曝露は意図的な毒殺と同じではありません。2004年の研究はすでに、彼の死の7年前、1814年の最初の流刑中に切られた髪にも高い濃度が含まれていたことを明らかにしていました。これはセントヘレナでの毒殺とは両立しにくい結果です。当時、ヒ素は緑色の壁紙の顔料、塗料、ネズミ駆除剤、薬など、いたるところにありました。
ルグリらは、組織標本ではなく文書に残る解剖記録の記述をもとに、それを現代の胃がん患者135人のデータと比較しました。周囲の臓器への広がりが記録されていない10センチを超える腫瘍は、少なくともステージIIIAの胃がんに相当し、細菌感染と関係していた可能性があります。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the main argument of the passage?
ヒ素は毒殺の証拠にならず、解剖記録からは胃がんが有力という流れなので D。
Q2. Why is the 1814 hair sample important?
セントヘレナに来る前の1814年の髪にも high levels があり、島での毒殺と両立しにくいので A。
Q3. What does the author mean by "chronic exposure is not the same as deliberate poisoning"?
長期間ヒ素にさらされていたことと、誰かが意図的に毒を盛ったことは別だという意味なので B。
重要単語
- arsenicC1名詞ヒ素High levels of arsenic were found in his hair.
発音は /ˈɑːrsənɪk/。元素記号は As。推理小説の定番の毒。 - poisoningB2名詞毒による中毒・毒殺The poisoning theory became very popular.
poison(毒・毒を盛る)+-ing。toxic(有毒な)も一緒に覚える。 - exileC1名詞・動詞流刑・追放(する)He spent his last years in exile.
in exile「追放されて・亡命中で」。人を指して「亡命者」の意味にもなる。 - autopsyC1名詞解剖・検死The autopsy described a large stomach tumor.
auto-(自分で)+opsy(見ること)=自分の目で確かめる。perform an autopsy で「解剖を行う」。 - chronicB2形容詞慢性の・長期のChronic exposure can build up in the body.
chrono-(時間)から。反対は acute(急性の)。chronic disease「慢性疾患」。 - wallpaperB1名詞壁紙Green wallpaper often contained arsenic.
パソコンの「壁紙(背景画像)」も wallpaper。
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ナポレオンの髪から高濃度のヒ素が出て毒殺説が盛り上がった。でも死の7年前(エルバ島時代)の髪にも多く入っていて、解剖記録の検討では進行した胃がんが最有力。
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出典・参考文献(4件)タップで表示
- Lugli et al. (2007) Napoleon Bonaparte's gastric cancer: a clinicopathologic approach to staging, pathogenesis, and etiology, Nature Clinical Practice Gastroenterology & Hepatologydoi.org
- Lin et al. (2004) Elemental contents in Napoleon's hair cut before and after his death, Analytical and Bioanalytical Chemistrydoi.org
- Kintz et al. (2007) Arsenic speciation of two specimens of Napoleon's hair, Forensic Science Internationaldoi.org
- Kintz et al. (2002) A New Series of Hair Analyses from Napoleon Confirms Chronic Exposure to Arsenic, Journal of Analytical Toxicologydoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。











